2030
これから一日一題消化、365日連続投稿を目指します。ジャンルは色々。短いお話なのでさくっと読めます。
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お題は もの書きさんに80フレーズさん 言の葉屋さんから頂きました。
2014
「このあいだはえほんとたくさんのおはな、ありがとう」
突然姪っ子に言われて私は反応に少しだけ困ってしまった。
確かにお礼を言われるようなことはしたと思う。この間、自分が昔使っていた本をあげたのだ。
ただ、私が渡したのは食べものや乗り物の絵本で、その中に花なんて一切出てこないのだ。
この子は一体何のことを言っているんだろう?
私がいぶかしげな顔で姪っ子を見つめていると、彼女は自分の部屋へ向かった。一冊の本を抱えて戻ってくる。
それは私が小さい頃に何度も読んだ絵本だった。
床に置かれた本がゆっくりと開かれる。古びた紙の匂いと共にぱらり、と何かが蠢いた。動物的な物とは違う、どこか優しくて優雅な動き。
再び本に着地したのはカラカラに渇いた草花たちだった。ちょっとでも触ったら壊れそうな四つ葉や黄色い花びらたちに私はあっ、と小さな声をあげる。
体の内側が過去にトリップした。
そういえば――小学校の頃、周りで押し花を作るのが流行っていたことがあった。
近くの土手にある蒲公英やクローバーを本や辞書に挟んで、それぞれの形や大きさを競ったりしていたっけ。
地味な遊びだったから一か月もしないうちに廃れてしまったけど――
「うわ、なっつかしいなぁ」
私はすっかり干からびた草花たちをまじまじと見つめる。
思えばよくこんなにも摘んだものだなぁ。よく見れば白い蒲公英もあるし。それに四つ葉のクローバーなんて幾つある?
私が邂逅にふけっていると、ふいに腕をつかまれた。
「おねえさん。リカ、もっともーっとおおはながみたい。ごほん、もっとある?」
「うーん、どうだろう?」
今姪っ子が持っている絵本は実家の物置を掃除中に出てきたものだ。当時使っていた教科書も出てきたけど、それ以前の物は出てこなかった。
つまり、これが私の持ち物の中で一番古いものだということ。
でも――
「じゃあさ、これからお花摘んできて、作ってみよう」
「いいの?」
目をきらきらと輝かせる姪っ子に私はにっこり笑う。
今じゃこんなにも見つけられないだろうけど。ひとつくらいならできるかも、そんな淡い期待を寄せながら。
2014
「ねぇ、この服和真着たらすっごく似合うと思うんだけど」
くったくのない笑顔を見せる雪菜はとても可愛い。可愛いけど。
そのすり抜け術は意図的か? それとも天然?
この間も映画館でさりげなく手に触れようとしたら、ちょうどいいタイミングでポップコーンをつまんでたし。
まさか俺を避けてるってことはないよな?
俺は悶々とした気持ちを抱えながら雪菜を追いかける。
雪菜と付き合って一年近く。高校入学と同時に雪菜が県外に引っ越してしまったので、会えるのは月に一度あるかないかだ。だから雪菜と一緒の時間はとても貴重で俺の妄想スイッチも全開なわけで。
なのに俺たちはラブラブからは程遠い付き合いをしている。手を繋いだのだってこれまでに数回だけ。とても健全過ぎる。つうか、これじゃ付き合う前と全然変わらないじゃないか!
雪菜の神がかり的なガードにより、俺は今日も恋人らしいアクションを起こすこともできないままずるずると一日を過ごし――別れの時間を迎えてしまった。
駅の下りホームで俺たちは最後の時間を過ごす。田舎に向かう駅のホーム人気がなくて、実質貸切状態だ。
「今日はすっごく楽しかった。また一緒に出かけようね」
「あ、ああ……」
口ごもる俺をよそに銀色の電車がするりとホームに入っていく。雪菜がこの中に入ったらしばらく会えない。
ならいっそのこと、ここでぐっと抱きしめてしまえともう一人の俺が囁く。勢いにまかせてその唇に触れて――それから。
俺は作った拳にぐっと力をこめた。ささやかな夢をかなえるために強張った声で電車に向かう雪菜を呼び止める。
「えっと、そのお願いというか――」
「何?」
「キ、キ、きっ」
「き?」
俺の不自然な呂律に雪菜が首を横にかしげていると、一陣の風がホームを抜けた。俺たちの視界に桃色がかすめる。桜の花びらがホームに舞い込んできたのだ。
優雅に泳ぐ花びらに俺は一瞬だけ見とれる。列車の発車を知らせる音楽が鳴り響き、はっとする。雪菜を見送ろうと振り返った瞬間、唇に柔らかいものが触れた。前髪が目元をくすぐる。とても甘い匂い。
「じゃあね」
軽やかな足取りで雪菜が電車の中へ飛び込んでいく。俺が最後に見たのはほんのり顔を上気させて、はにかんだ笑顔。すぐに扉が閉まると電車はすぐに発車した。
俺は口元に手を当てる。一瞬だったけど――確かに感じた。これまでおあずけをくらっただけに破壊力がありすぎじゃねーか。
不意打ちの攻撃に俺は思わずしゃがみこんでしまった。
2014
俺の家は母子家庭だ。姉と俺はひとまわり以上離れている。母と姉たちは所謂友達親子ってやつでお互いの身に起きたことをあけっぴろげに話す人達だった。
月に一度来るオンナノコの日とか、好きな男の話とか、果ては性についてのあれやこれやまで。物心つく頃から俺は彼女たちに「女の子は大変なんだよー」と言いきかされていた。
俺は自然と女の子に優しくするようになっていた。実際母は俺たちを養うのも大変だったし、姉たちは共に男で苦労していたし。だから俺は女の子は本当は弱くて脆いものだと、守って当然だと信じていた。まさか、それが彼女たちの「作戦」だとも知らずに――
俺がそれに気づいたのは中学に入って間もなくのこと。順調に仕事のキャリアを積んでいく姉たちが母にこんなことをこぼしたのだ。
「私、仕事の方が楽しくなっちゃって結婚なんてどうでもよくなっちゃった」
「私も恋はしたいけど結婚までは……ねぇママ。私達独身のままでいいよね? ウチにはリュウがいるし」
扉の影で聞いていた俺は最初、姉たちが母に孫の顔を見せることができなくてごめんという意味で言ってるのかと思った。でも、次に放った母の言葉がそれを見事に覆した。
「わかった。あんた達もリュウに面倒見させましょう」
「大丈夫かなぁ?」
「大丈夫よ。何たってあの子、最強のフェミニストだから。ねぇ?」
「何の為に小さい頃から私らが頑張って仕込んだと思っているの。こういう時の為じゃない」
彼女たちの談笑に俺は頭が真っ白になった。つまり、俺は彼女たちの都合のいいよう洗脳されていたのだ。
女は強かで打算的だ。事実を知った瞬間、俺は女性そのものに失望した。もちろん、世の女性が全てそんな人間じゃないっていうのは承知している。だけど学校と言う狭い世界で生きている俺にとっては家族が全ての基準になるわけで――そうそう気持ちを切り替えることができなかった。
更に俺の女子に対する行動ははすでに染みついていた。考えるよりも先に体が動いてしまう。当時俺につけられたフェミニストという代名詞は人生で最大の汚点となっていた。
シーナが俺の通う中学に転校してきたのもその頃だ。
帰国子女のシーナはとても乾いた空気を持つ女の子だった。
それなりに友好関係は作るけどグループに群れようとしない。間違ったことにはっきりNOを言うけど、考えの違いは素直に認める。なのに変な所でわがまま。
今でこそ中性的という言葉で表現できるけど、当時の俺にとってシーナはこれまでに見た女子たちとも違う、未知の生命体だった。
「――河内ってさ。女子のこと軽蔑してるでしょ」
掃除当番で一緒にゴミ捨てに言った時、シーナはふいに呟いた。見透かされたその一言にどきりとして、俺は思わず空っぽのゴミ箱を落としてしまう。
「どうして――そう思ったの?」
「河内が女の子に優しい時はいつもそう。顔は笑ってるのに目が死んでる。そこだけ機械みたいに冷たい」
とてもしっくりする例えに俺は感慨した。本心を剥がされたことで俺を悩ませた抱えきれないほどの荷物が軽くなった、そんな気がしたのだ。
「ねぇ、そんなにも目が死んでた? 機械的だった?」
「……なんで嬉しそうに聞いてくるの?」
「いいから。教えてよ。優しい時の俺ってそんなにひどいヤツ?」
俺は身を乗り出して聞く。シーナはそんな俺を怪訝そうな顔で見つめていた。
2014
放課後、クラスの某女子グループに呼び止められた私はフレンドリーとは言い難い高圧的な視線で問いかけられた。
「椎名さんって河内とどういう関係?」
予想通りの展開に私は肩をすくめた。まぁ、声をかけられた時点で嫌な予感はしていたんだけど。正直言えば面倒くさい。
でもここできちんと答えないとこれからの学園生活に支障がきたすのだろう。ボッチに対して偏見はないけれど、できればそれは避けたい。それが私の心情だ。
私はひとつため息をついた。彼女たちの顔をひとりひとり確認したあとで、尤もらしい理由を並べてみた。
「どういうって……アイツとは同中なだけだけど? あとは部活仲間とか、クラスメイトとか?」
「本当に? やけに仲がいいみたいだけど?」
そんなに仲いいとは思わないんだけどなぁ。
私はひとり、心の中でごちる。
河内は女性に対して特に優しい。それは血筋というか、育った環境がアレなわけで。それにアイツは――
「あっれぇー? みんなそこで何してるの?」
ふいに背中側から間の抜けた声が響いた。彼女たちが一瞬ひるむ。声の主を瞬時に悟った私は後ろを振り返ることなく言葉を発した。
「河内説明してやって! 私とアンタは無関係だってことを」
「シーナは俺の恋人ですけど、なにか?」
河内の返答に女子たちの表情が一変した。私はと言うと開いた口が塞がらず。何言ってやがるんだこの阿呆、と叫ぼうとするけどそれは周りからの鋭い視線に阻まれた。
「やっぱり嘘だったんじゃない」
「騙してたのね。卑怯な」
「嘘じゃないって! 嘘ついているのはあっち!」
「だーかーら。コイツは俺のモノなの」
河内は悪戯っぽく笑うと、見せしめと言わんばかりに前にいた私を後ろから抱きしめる。でかい体で急に締め付けてくるものだから私は思わず声を上げた。
「ちょ、誰がアンタのモノだって! だいたいアンタは――」
女よりも男が好きなんでしょう? そう言葉を続けようとしたら突然顔の向きを変えられ 口を塞がれた――河内の唇で。
公衆の面前でのキスに彼女たちが声なき悲鳴を上げたのは無理もない。私は親の仕事の関係で海外に暮らしていた経験がある。ついでに言うなら友人も親戚も外国人が多いわけで。だからキスに対しての抵抗は他の人に比べたら少ない。
だからこそ、河内はソレに付け込んできたのだ。
自分の嗜好をカモフラージュするために私を生贄に選ぶなんて!
河内に触れたままの状態で私は眉を引きつらせる。必死になって引きはがそうとするけれど河内は余計に私にくっつくばかりで。
私は河内の唇を思いっきり噛んでやった。鋭くも甘い悲鳴が耳をつんざく。やっと唇が離れると鉄の香りが鼻をかすめた。
「シーナったら。そんなに激しいコトしなくてもいいじゃん」
ついた血を舌でなめずりながら河内は言う。睨み顔の私に不敵な笑みをのぞかせて。その色っぽい表情に彼女たちは反抗の術を失っていた。
学園内で王子と称される河内のあんな姿はさぞかし衝撃的だっただろう。
女子高生の情報網は恐ろしく早い。今日中にも私とキスしたことが学校中に広まるに違いない。
酸欠でくらくらする頭を抱えながら私は途方に暮れた。