2014
俺の家は母子家庭だ。姉と俺はひとまわり以上離れている。母と姉たちは所謂友達親子ってやつでお互いの身に起きたことをあけっぴろげに話す人達だった。
月に一度来るオンナノコの日とか、好きな男の話とか、果ては性についてのあれやこれやまで。物心つく頃から俺は彼女たちに「女の子は大変なんだよー」と言いきかされていた。
俺は自然と女の子に優しくするようになっていた。実際母は俺たちを養うのも大変だったし、姉たちは共に男で苦労していたし。だから俺は女の子は本当は弱くて脆いものだと、守って当然だと信じていた。まさか、それが彼女たちの「作戦」だとも知らずに――
俺がそれに気づいたのは中学に入って間もなくのこと。順調に仕事のキャリアを積んでいく姉たちが母にこんなことをこぼしたのだ。
「私、仕事の方が楽しくなっちゃって結婚なんてどうでもよくなっちゃった」
「私も恋はしたいけど結婚までは……ねぇママ。私達独身のままでいいよね? ウチにはリュウがいるし」
扉の影で聞いていた俺は最初、姉たちが母に孫の顔を見せることができなくてごめんという意味で言ってるのかと思った。でも、次に放った母の言葉がそれを見事に覆した。
「わかった。あんた達もリュウに面倒見させましょう」
「大丈夫かなぁ?」
「大丈夫よ。何たってあの子、最強のフェミニストだから。ねぇ?」
「何の為に小さい頃から私らが頑張って仕込んだと思っているの。こういう時の為じゃない」
彼女たちの談笑に俺は頭が真っ白になった。つまり、俺は彼女たちの都合のいいよう洗脳されていたのだ。
女は強かで打算的だ。事実を知った瞬間、俺は女性そのものに失望した。もちろん、世の女性が全てそんな人間じゃないっていうのは承知している。だけど学校と言う狭い世界で生きている俺にとっては家族が全ての基準になるわけで――そうそう気持ちを切り替えることができなかった。
更に俺の女子に対する行動ははすでに染みついていた。考えるよりも先に体が動いてしまう。当時俺につけられたフェミニストという代名詞は人生で最大の汚点となっていた。
シーナが俺の通う中学に転校してきたのもその頃だ。
帰国子女のシーナはとても乾いた空気を持つ女の子だった。
それなりに友好関係は作るけどグループに群れようとしない。間違ったことにはっきりNOを言うけど、考えの違いは素直に認める。なのに変な所でわがまま。
今でこそ中性的という言葉で表現できるけど、当時の俺にとってシーナはこれまでに見た女子たちとも違う、未知の生命体だった。
「――河内ってさ。女子のこと軽蔑してるでしょ」
掃除当番で一緒にゴミ捨てに言った時、シーナはふいに呟いた。見透かされたその一言にどきりとして、俺は思わず空っぽのゴミ箱を落としてしまう。
「どうして――そう思ったの?」
「河内が女の子に優しい時はいつもそう。顔は笑ってるのに目が死んでる。そこだけ機械みたいに冷たい」
とてもしっくりする例えに俺は感慨した。本心を剥がされたことで俺を悩ませた抱えきれないほどの荷物が軽くなった、そんな気がしたのだ。
「ねぇ、そんなにも目が死んでた? 機械的だった?」
「……なんで嬉しそうに聞いてくるの?」
「いいから。教えてよ。優しい時の俺ってそんなにひどいヤツ?」
俺は身を乗り出して聞く。シーナはそんな俺を怪訝そうな顔で見つめていた。