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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

0513
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2013

0811

 翌朝、あいりが署に出勤すると早速署長室に呼ばれた。一抹の不安を抱えながらあいりが署長室に向かう。すると廊下でご機嫌顔の甲斐と出くわした。
「もしかしたら昨日のことですかねぇ?」 
 甲斐はうきうき顔だ。どうやら甲斐は犯人逮捕をしたことについて褒められるかと思ったらしい。でも世の中そんなに甘くない。あいりの予想通り、署長の雷をくらった。理由は言うまでのない。事件になりそうな案件をすぐに上司に報告しなかったからだ。全くおまえらは、と毒を吐く署長にあいりと甲斐は肩をすくめる。甲斐と別れ、刑事課に戻ると上司から厭味ったらしい報告を受けた。このぶんだと警察は拉致監禁の容疑で送検の手続きを進めることだろう、と。
 その後あいりはアキを訪れた。アキは昨日保護されたあと、病院に検査のため入院することになった。あいりが話を聞くと、アキはとつとつと語り始める。予想通り、アキはtooyaのタッチや癖を熟知していて、完全にコピーできる才能を持っていた。店で問題を起こした後は長島を説得するためにあの家を訪れ、地下に閉じ込められたらしい。あの家の地下室は携帯の電波が届きにくく、アキはなんとかして電波を拾おうと携帯を窓の外に突き出した。だがその時に手を滑らせ携帯を落としてしまったのだという。
 白鳥たちは最初、アキを殺すつもりはなかったらしい。その証拠に食事は一日一回長島が届けていた。だがそれも最低限のものでしかなく、特に水分が足りなかったとアキは振り返る。アキは脱水症状を避けるために見張りの残した酒を舐めることで凌いでいた。でもそれは下戸のアキにとって相当辛いもので甲斐がドライエリアに居た時は、人の気配を感じていたが酒のせいで意識が半分飛んでいたのだという。
 アキの証言は上司から聞いた白鳥や長島の自白と概ね一致していた。アキは保護した直後は憧れのアーティストや自分の才能を認めてくれた男に裏切られたことにかなりショックを受けていたようだ。だがあいりが訪れた時、本人の口から音楽はやめないという言葉を聞いた。今度は自分の音で勝負するらしい。アキの真っ直ぐな瞳を見てあいりは安堵した。
 署に戻ったあいりは一連の事件の調書を綴る。書き終え、上司に提出すると時刻はお昼を回っていた。あいりは警務課を訪れ、甲斐をお昼に誘う。もちろん昨日のお礼だ。奢るからの一言に甲斐は尻尾を振ってついてきた。
 いつものように署の近くにある行きつけの店を訪れると、衣咲が早速あいりの腕に飛びついてきた。
「おねーさまっ、アキちゃんは?」
 真剣な目で訴える衣咲にあいりは無事見つかった旨だけを伝える。
「本当ですか?」
「色々あって――今はまだ会える状況じゃないけど、でも元気になったらまたお店に行くって。アキさん言ってた」
 あいりの報告に衣咲の表情がぱあっと明るくなる。話を聞いていたのか、カウンターでマスターが安堵の笑みを浮かべていた。マスターに特別に奢るから何でも頼んで、と言われたのであいりは牛タンシチューを二つ頼む。すると衣咲が口を挟んだ。
「マスター、盛りつけ、私がやっていいですか?」
「いいよぉ」
 マスターの返事に衣咲はご機嫌顔でカウンターの奥へ入っていった。皿を二枚出しシチューを盛るとあいりたちの前に差し出した。が――
「え?」
 あいりと甲斐は絶句する。同じものを頼んだはずなのに、あいりはなみなみと注がれた大盛りで、甲斐のは皿の半分以下の量。あいりはいーさーきーぃ、と声を上げた。
「あのさぁ、いくらなんでも差がありすぎじゃない? 私、こんなに食べれないんだけど」
「そんなこと言わずに食べて下さいよぉ。衣咲の気持ち受け取ってください」
「あのね、甲斐くんがいなかったらアキさんの居場所も分からなかったし助け出すこともできなかったの。盛るなら私と同じ量を甲斐くんに出しなさい」
「そんなのわかってますよぉーだ」
 そう言って衣咲は口を尖らせると、奥の冷蔵庫から冷えたアイスをもうひとつ出し、私のおごりですと言って甲斐の前に置く。甲斐は思わず苦笑した。
 一方、あいりは何かを思い出したようにあ、と呟く。中上さんにもお礼を言っておかないと、と言うと甲斐がすかさず、あの人は僕から言っておくんでいいです、と返した。
「あの人に関わるとろくなことがないんで。瀬田さんは近づかないで下さい」
「そうなの?」
「そうです」
「でもあの人、今後何度か関わるかもしれない、って言ってたわよ。つうかあの人何者? 甲斐くんの先輩って言ってたけど」
「それは――」
 甲斐が何か言いかける。するとその前にあいりの携帯が鳴った。相手は課の上司だ。調書に何か書き損じでもあったかと思い、電話に出る。しかし話の内容は全く別だった。管内で強盗殺人事件が起きたらしい。
「わかりました。今そちらに向かいます」
 あいりは食事に手をつけることなく席を立つ。大股で一歩二歩、と歩いた後であ、と呟いた。
「甲斐くん、あなたの出番だから」
「ふぇ?」
 大盛りの皿に手をつけた甲斐に事件が起きたの、とあいりは説明する。ほおばった肉を完全に咀嚼したあとで、甲斐がえーっ、と声を上げた。
「まさか。死体とかありませんよねぇ?」
「さぁそれはどうでしょう?」
 そう言って首を横にかしげるあいりに何かを察したらしい。甲斐がぶるぶると首を横に振る。
「僕、嫌ですからね。あとで美味しい所とか綺麗なお姉さんの所とか連れていってくれるって言っても、ぜーったい現場には行かないんですからっ! というかいい加減、普通でいさせてくださいよーっ」
「はいはい。愚痴はあとで聞くからねー」
 あいりは事務的に答えると、甲斐の襟首をむんずと掴み引きずっていく。いーや―だと叫ぶ甲斐の声が店の中に無情に響き渡ると、二人はいずこへと消えて行った。(了)


あいりと甲斐の話は以上で終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございます。
明日からは以前と同じ単発の掌握を書く予定。気が向いたらまたお題の連載をはじめるかもしれません。

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2013

0810

 あいりの正体を知った長島が目を見開く。その手が先程から小刻みに震えていた。
「『光と影』に収録された曲はtooyaが作ったものではありません。全て盗作だった――演奏もアキさんがしていたんじゃないんですか? 違いますか?」
 あいりが真を突くと、突然長島が訳の分からない叫び声を上げた。斧をあいりと甲斐の間に突き落とす。二人がそれぞれの方向へ逃げると、長島は比較的動きの鈍い甲斐を狙った。白鳥が甲斐の腕を捕らえ、はがいじめにする。そこへ長島が斧を振りかぶる。長島の強行を防ごうと、あいりは体当たりをした。同時に甲斐が白鳥の頭に頭突きをくらわせる。白鳥が悶絶し、甲斐の身が解放された。
「甲斐くん大丈夫?」 
「大丈夫ですけど――って、瀬田さん右っ!」
 甲斐の指示にあいりはわかってる!と叫びながら長い足を持ち上げる。くるりと体をひねると、見事な回し蹴りが再び襲ってきた長島の首にヒットした。持っていた斧が床にはじかれ、刃を中心にくるくると回る。床に沈められた長島は一度呻き声を上げた後、意識を失った。
「これでコイツを縛って」
 あいりがスーツの上着を脱いで放り投げた。甲斐はそれを受け取ると袖の部分を使って犯人の手首をぐるぐる巻きにする。これで残った敵はただ一人。白鳥は唯一の脱出口に立つ砦に顔を歪ませた。
「おまえら……警察がこんなことしていいと思ってるのか?」
「今のはどうみたって正当防衛です!  斧なんて振り回す方が悪い!」
 さあ、どうします? 冷静な口調であいりが白鳥を追いつめる。
「今ここでアキさんを拉致監禁したことを認めるのなら、自首扱いにすることもできますけど」
「残念だが私らは何の罪も犯していない。『光と影』はtooyaのオリジナルだ。演奏だって本人がしている。それが真実だ」
「そんなのは嘘です」
 甲斐は叫んだ。気絶した長島を一旦見据え、それから白鳥を睨み付ける。
「匂いを嗅げば一発でわかる。この人は今ピアノを弾ける状態じゃない。彼にはアルコール依存症の症状が出ているんです。手の震えが止まらない人間にどう演奏させたと言うんですか!」
 甲斐の指摘に白鳥が言葉に詰まった。そこへあいりが更なる追いうちをかける。
「あなたはデビューの話でアキさんを誘い真実を告げないままレコーディングをして――tooyaの曲として売り出した。つまり、あなたは始めからアキさんの才能を利用したということです」
「それは詭弁だよ。証拠はどこにある? tooyaの曲じゃないって証拠が何処に?」
「確かにレコーディングに関わった人間をひとりひとり任意同行するのは難しいかもしれません。でも、私と同じことを思う人が他にもいたら?」
 そう言ってあいりはパンツのポケットから携帯を取り出した。指で操作すると、ピアノを演奏している画像が流れてくる。それはアキがあるイベントのリハーサルで『光と影』を弾いている姿だった。背景にある垂れ幕には、イベントの名と日付が書かれている。あいりはそれを白鳥に突きつけた。
「これは今年の春に撮ったものです。先ほど動画サイトに投稿しました。これを見た視聴者は彼女がtooyaよりもずっと前に『光と影』を演奏していることに疑問を持つはず。これが証拠にならなくても、世間やマスコミに興味を持たせるには十分です。大手とは言い難いあなたの事務所は彼らの噂や追求を止めることができますか?」
「――そんなの、放っておけばいいだろ」
 急に白鳥の口調が変わった。開き直ったのか、白鳥は急にあいりを見下し始める。
「お前らは知らないだろうがなぁ、この世界は夢を見させてナンボなんだよ! 話が違う? それがどうした? そんなの騙された方が悪いんだ!
 お前らに俺の何が分かる? どーしようもねぇコイツを売るために頭下げて、血を吐きながら会社を守って――あいつをここまで育て上げたのは俺だ! tooyaの奇跡の復活はこれから始まる。それを邪魔されてたまるか!」
 そう言って白鳥はおもむろに走り出した。床に置かれた斧を取ろうとしたので、甲斐がそれを蹴飛ばし、手の届かない部屋の奥へ飛ばす。すると白鳥はあいりに向かって拳を突き立て突進してきた。あいりはすんでのところで攻撃をかわす。相手の腕を捉えると後ろに回し手首をひねった。
 どこからかパトカーのサイレンが聞こえる。それはアキがあいりの指示通り動いた証拠でもあった。家の中にひとりふたりと警察官が入っていく。あいりが彼らに事情を説明すると、白鳥と長島を署へ連行して欲しいと伝える。
 長い夏の一日がようやく終わりを迎えようとしていた。

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2013

0809

 玄関の中に入るとすぐ目の前に階段が見える。二人は目で合図を送ると、あいりは一階の部屋の扉の影に、甲斐は階段を昇って二階へ向かう。しばらくして火災報知機が鳴り響いた。音を聞きつけた男二人――白鳥とtooyaこと長島が地下から戻ってくる。長島が手に小振りの斧を持っていたのが気になったが、彼らが二階と一階で手分けして原因を探し始めたのを確認すると、あいりはタイミングを見計らって地下への階段を下りた。開けっ放しになっている扉の中へ入る。
 そこはコンクリートが打ちつけられただけの部屋だった。物置代わりにしていたのか、年代物の家具が埃を被っている。視線を上にずらすと壁に小窓があるのを見つけた。おそらくあの窓が甲斐の言ってたドライエリアに繋がっているのだろう。外側から格子が張られた窓は人の出入りができず、空気の入れ替えだけの役目を果たしていた。
 あいりは部屋を隅々まで見渡した。すると、部屋の隅っこで何かが蠢いた。毛布にくるまれたそれはちょうど人一人の大きさに等しい。あいりは毛布をはぎ取り目隠しと猿ぐつわを外す。目の前に写真で見た顔が現れた。
「安芸翠さんですね?」
 突然現れた第三の人物にアキの体がびくりと揺れる。あいりは相手の警戒心を下げるため、自分の警察手帳を提示した。
「立花衣咲さんの相談を受けて、あなたを探していたの」
「衣咲ちゃんが?」
 アキが思わず声を上げたので、あいりは人差し指を自分の口にあてた。あいりはアキが暴行を受けていないかどうかを確認する。抵抗した時についたのか、アキの頬には痣と小さな引っかき傷があった。だがそれ以外は大きな怪我もなさそうだ。
 あいりは自分の持っていた車の鍵をアキに渡すと小声で喋った。
「これから家の外に案内するから、私が合図したら右の角に停めてある車の中に逃げて。あと、車の中に貴方の携帯があるからそれで一一〇番通報をして欲しいの。車に鍵をかけることを忘れないで。できる?」
 その言葉にアキがこくりと頷いた。あいりは彼女を支えるようにして部屋を出、階段を昇る。一階の玄関前にたどり着くと警報はすでに止まっていた。そのかわりてめぇ何しに来た! という罵声が飛んでくる。
「いやその。たまたま訪れたら電気ついてたし。何か鍵が開いてたからつい」
「つい、じゃねえだろ!明日来いって言っただろ!」
 長島と甲斐の接触を声で確認したあいりは逃げて、とアキの背中を押す。アキが家の外へと飛び出した。扉が閉まりその姿が見えなくなると、今度は後ろからうわぁ、という悲鳴とともに甲斐が階段の踊り場からふっ飛んできた。
「甲斐くん!」
 あいりは着地点に滑り込むと甲斐を受け止めた。甲斐は華奢な体だが体重はそれなりにある。支えきれなくなったあいりが尻もちをつくと、重力に従って甲斐が重なる。
「うわあああっ、瀬田さんありがとうというかごめんなさいっ」
「申し訳ないって思うなら早くどいて……」
 あいりの呻き声に甲斐が更にごめんなさいと謝罪する。すると一階でにいた白鳥があいりを見て声を上げた。
「おまえ、さっきの――こいつの仲間だったのか?」
「ええと、彼女は僕の結婚相手で、その」
「もう芝居しなくていいんじゃない?」
 あいりが面倒くさそうに言うと、まぁそうですねと甲斐が返事をする。いちいち説明するのもかったるいと感じたあいりは先に警察手帳を出した。
「安芸翠さんは私が保護しました。あなたたちを拉致監禁の現行犯で逮捕します」

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2013

0808
甲斐は自分の考えを告げ、あいりと少し話をする。それからもう一度店を出た。駅前でレンタカーを借りるためだ。あいりは酒を飲んでしまったので、運転手はもちろん甲斐がすることになる。二人はそれぞれの準備を整えると、例の売家まで車を走らせる。到着すると時刻は夜九時をまわっていた。
「瀬田さん。着きましたけど。そっちはどうですか?」
「こっちはさっき届いた」
 携帯をいじりながらあいりは言う。まぁ、こっちはつけ刃程度にしかならない証拠だけどね。と付け加えて。
「甲斐くん自身が『おとり』とはいえ、最悪の事態を招きかねないから気をつけないと。ここが正念場だから気を引き締めていこ」
「ええ」
 甲斐はポケットから携帯電話を取りだした。例の番号に電話をかけ、一度目を閉じる。相手の声が耳に届くと、昼間の事が思い出され身震いが走った。一瞬言葉を出すことを躊躇うが、隣りにいるあいりを見て勇気を振り絞る。あらかじめ用意したメモ書きを一気に読み上げた。
「あの、昼間○○町の家のことで電話した者ですけど。ええと。先ほどは大変失礼しました。突然電話して気を悪くされましたよね。あの、猫は別の場所で見つかって解決しましたので、ご安心下さい。それで、今電話したのはもう一つ用件があって――あの、あの家は本当に売らないのでしょうか? その、僕、来月結婚の予定があって新居を探していたんです。最初は新築の分譲マンションしか考えられなかったんですけど、昼間そちらの家を見ていたら中古の一軒家でもいいかなーって思えるようになって。彼女にもそのこと話したら一度見てみたいって乗り気なんですよ。だからもし、あの家を売る気があって、そちらの都合がよければこれから家の中を見せてもらいたいのですが」
 電話を切らさぬよう、甲斐はそこまで一気に話した。しばらくの間沈黙が広がる。もしかしたら相手は甲斐の言葉に迷っているのかもしれない。甲斐は相手が食いつきそうな言葉を更に重ねた。
「実は僕の中ではあの家でほぼ決まっているんです。だから彼女がOK出してくれたらすぐに契約しようかと――印鑑も前金も用意してあるんですっ!」
 甲斐はそこまで言うと相手の出方を待つ。結婚前の男というのは自分で考えた設定だ。返事が来るまでの間、甲斐の中では大丈夫だと言う思いと軽くあしらわれてしまったらどうしよう、という気持ちがせめぎ合う。だが甲斐の不安は杞憂に終わった。向こうからわかった、と低い声が耳に届いたからだ。
「今夜は無理だ。明日午前中なら、いい」
「う、わぁっ。ありがとうございます。そしたら会社休んで彼女と来ます。何時頃がよろしいですか?」
「十時、くらいなら」
「分かりました。そしたら明日の午前十時にお伺いしますので。では」
 甲斐は話を終え、通話を切った。半年分の神経を使ったせいかどっと疲れが押し寄せる。甲斐はその場にしゃがみこんだ。
「ちょっと、大丈夫?」
 あいりに支えられる自分はいつ見ても情けないなぁ、と思いつつ、甲斐は事が上手く運んだことにとりあえず安堵した。これで売主には翌日の十時まで猶予が与えられたことになる。
「たぶん、向こうは今日中に動くと思います」
 甲斐たちは家から少し離れた塀に車をつけエンジンを切った。まれに通り過ぎる通行人に怪しまれないよう、本や携帯でカモフラージュをする。会話も小声だ。
 窓を少しだけ開けても、夏の夜はじめっとして暑い。甲斐はあらかじめお茶を用意していたが、すでに半分以上が体の中に取り込まれている。一方あいりのペットボトルはまだ沢山の水が残っていた。甲斐はあいりについ、水分取らなくていいんですか、とお節介を入れてしまう。
「この中暑くないすか?」
「暑いにきまってるでしょ」
「じゃあ水分補給しないと――全然飲んでないじゃないですか」
「一気に飲むとトイレに行きたくなるから少しずつ飲むの」 
 あいりの答えになるほど、と甲斐は唸った。あいりたちはこんな場面を何回も繰り返していたのかと思うと、刑事という職業は難儀だなぁと思う。テレビドラマでは格好良く映っている部分も実際は血を吐くほどのねばり強さと辛抱が必要だ。これが昼間だったら自分は確実に脱水症状か貧血で倒れていただろう、と甲斐は思う。
 張りこんでから一時間近くたつと、家の前に一台のワゴン車が現れた。玄関を塞ぐように停車する。運転席から人が降りた。反対の助手席からも扉の開く音がする。運転席の一人が建物の方へ向かった所で、甲斐とあいりは車から降り、そっと近づいた。彼らに気づかれないよう、車の陰に潜む。建物により近づくと甲斐たちの耳に男同士のこんな会話が聞こえてきた。
「その話、本当に信用していいんだな?」
「そりゃあ昼間一回脅しかけたのに、またかかってきたのには驚いたよ。でも、懲りずに電話かけてきたってのはよっぽどこの家が気に入ったとしか思えないだろ? しかも向こうは女連れで来るって言うし」 
「まぁ、それもそうだな」
「で。本当にやるのか? 別の場所に移動するんじゃなくて?」
「今更怖じ気づいたか?」
「だって……」
「何言ってる。この家売って金にしないとこっちがヤバいの分かってるだろう? 時間がない。今日中に始末をつけるんだ」
 その言葉に売主と思われる男はわかったよ、と渋々言う。その手で家の鍵が開けられ、数秒後に玄関の灯りが灯る。その瞬間二人の男の顔が明らかになった。あいりの肩がぴくりと動く。甲斐がやっぱり?と目で問うとあいりは小さく頷いた。どうやら自分の予想は大当たりだったらしい。
 男二人が家の中に入ると、あいりは縮めていた膝を伸ばした。一度屈伸運動してからゆっくり立ち上がる。さっさと先に行ってしまったので、甲斐は出遅れてしまった。気配がないことに気づいたあいりが振り返る。
「何してるの? 行くんでしょ」
「それはそうですけど」
 ここであいりのリーチが長いせいで置いてきぼりをくらったんだ、と言ったら怒られるだろうか? 甲斐はふと思い、別の言いわけを考えてしまう。
「その、これって不法侵入ですかね?」
「今更何よ。甲斐くんは待ち合わせの約束をしたんでしょ? だったら、正当な理由はどうともつけられる。『時間まで待ちきれなくて、立地条件や外観を調べようと近くまで来た』とか」
「そうですね『たまたま扉が開いてたから中に入ってみた』とか?」
「彼女と一緒って設定なら、いっそのこと腕組んで入ってみる?」
「え?」
「冗談よ。ほら、行きましょ」
 一瞬だけ熱が走った甲斐はうぇい、と変な返しをしてしまう。二人は鍵のかかってない扉をそっと開けると靴を脱ぎ、男たちのあとを追った。

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2013

0807
店の中にあいりを一人残し、甲斐は店を一旦出る。通話状態になっている携帯を耳をあてた。
「どーしたんですかこんな時間に。そっちはまだ仕事なんじゃないんですか?」
「残念ながら、今日は休みなんだなぁ~」
 昔からの聞きなれた声に甲斐は小さくため息をつく。甲斐に電話をかけてきたのは中上だった。外から電話をかけているのか、雑音がする。
「時間ある? ちょっと会いたいんだけど」 
「今人と会っているのでまた今度にしてください」
「ふーん。その相手はもしかして『鉄壁の巨人』ちゃん?」
 ずばり答えを言い当てられ、甲斐はぎくりとする。なんでそれを、と呟くと受話器の向こうから中上の笑い声が聞こえた。さっき俺がよくいく店で会ったんだよ、と楽しそうに答える中上に甲斐は驚きを隠せない。あいりがそのことを口にしなかったから尚更だ。
「彼女独身でしょ? 最初は婚活かなんかだと思ってたんだけど、店長との話こっそり聞いたら人探ししてるっていうじゃん。面白そうだから少し首突っ込んじゃった」
「先輩は余計なことはしなくていいです」
「心外だなぁ。俺は人助けしただけなのに」
「先輩の人助けは偽善でしょうが。まさか、瀬田さんに変なこと言ってないでしょうね?」
「さあ、それはどうでしょう?」
 逆に問い返され甲斐は頭を抱えた。中上がこんな切り返しをする時は、何かやらかしたと言うのがほとんどだ。本当中上と関わるとろくなことがない。一体何をあいりに吹きこんだというのだろう。
 甲斐が口を尖らせていると、携帯からまぁ冗談はこのくらいにして、と声が聞こえる。
「その探し人について彼女に伝えておいてほしいことがあってさ。直接かけると不審がられるし、だからおまえに電話したんだよ」
「で、伝言は何ですか?」
「それがだな」
 中上は一旦そこで言葉を切った。咳払いをひとつ聞いたあとで、ちゃんとメモしとけ、と言われたので甲斐はポケットから無地の手帳を出し、空白の頁を開く。携帯を顎と肩で支え、ペンを手に取った。
「まず、アキと揉めたという白鳥って男、周りには羽振り良く見せていたようだがありゃ嘘だ。手掛けてるアーティストが億単位の借金抱えてその肩代わりをしてたらしい。実際コイツの経営してる芸能プロダクションも今年に入って一度不渡りを出していた。その後、その借金抱えたアーティスト――tooyaって言うんだが、そいつが出したCDが売れたおかげである程度は返済できたという話だ。でも、一部ではそのCD自体が怪しいとの声も出てる」
「何でですか?」
 甲斐の質問に中上はひとつの可能性を提示した。それを聞いて甲斐の表情が険しくなる。
「なんでそんな話が」
「まぁ、色々説は出てきたけど、共通してるのは前回のデビューCDから二年近く経っていることだな。一発屋でもこんなに時間をあけることは珍しいってさ。で、俺も気になってネットで調べてみたら、tooyaはここ一年音楽活動もろくにしてなくて、ファンクラブも事実上の休止状態だった。今回のCDが出るまでファンの一部ではtooyaが病気じゃないかと噂も出ていた位だ」
「そうですか……まぁ、tooya本人に色々あったとして、そこから復活したとは考えられません?」
 甲斐は希望的見解を述べてみたが、中上からはさぁどうだろうねぇ、と疑問形で返してきた。 
「これは俺の経験から言えることなんだが。音楽にしろ何にしろ一度止めてしまったら止める前まで完全に戻すのにかなり時間がかかるんだ。それこそ血のにじむような努力が必要なわけ」
「はぁ」
「たとえ止めずに続けていたとしても成長過程で好みや癖が微妙に変化する。なのに、tooyaの演奏は昔と何ら変わらないという評価が多い。だから疑いたくなるわけだ。とりあえず俺が調べたtooyaの経歴をメールで送るから、それを煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「分かりました。情報ありがとうございます」
 じゃあな、中上の言葉を最後に通話は切れた。数分後、甲斐の携帯に予告されていたメールが届く。甲斐はそれを開くと記されていたURLに飛んだ。tooyaの経歴にざっと目を通そうとして――甲斐は大きく目を見開く。これは何かの偶然だろうか?
「確かめなきゃ」
 甲斐は自分に言い聞かせるように呟いた。託された伝言を手に店内へ戻る。顔が強張っていたのか、カウンターに座っていたあいりにどうしたの? と声をかけられた。甲斐はカウンターに残ったウーロン茶を一気に飲み干す。そして瀬田さん、と声をかけ、あいりの目を見た。
「これから僕がすることに手を貸してもらえませんか? 確かめたいことがあるんです」

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プロフィール
HN:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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