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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0808
甲斐は自分の考えを告げ、あいりと少し話をする。それからもう一度店を出た。駅前でレンタカーを借りるためだ。あいりは酒を飲んでしまったので、運転手はもちろん甲斐がすることになる。二人はそれぞれの準備を整えると、例の売家まで車を走らせる。到着すると時刻は夜九時をまわっていた。
「瀬田さん。着きましたけど。そっちはどうですか?」
「こっちはさっき届いた」
 携帯をいじりながらあいりは言う。まぁ、こっちはつけ刃程度にしかならない証拠だけどね。と付け加えて。
「甲斐くん自身が『おとり』とはいえ、最悪の事態を招きかねないから気をつけないと。ここが正念場だから気を引き締めていこ」
「ええ」
 甲斐はポケットから携帯電話を取りだした。例の番号に電話をかけ、一度目を閉じる。相手の声が耳に届くと、昼間の事が思い出され身震いが走った。一瞬言葉を出すことを躊躇うが、隣りにいるあいりを見て勇気を振り絞る。あらかじめ用意したメモ書きを一気に読み上げた。
「あの、昼間○○町の家のことで電話した者ですけど。ええと。先ほどは大変失礼しました。突然電話して気を悪くされましたよね。あの、猫は別の場所で見つかって解決しましたので、ご安心下さい。それで、今電話したのはもう一つ用件があって――あの、あの家は本当に売らないのでしょうか? その、僕、来月結婚の予定があって新居を探していたんです。最初は新築の分譲マンションしか考えられなかったんですけど、昼間そちらの家を見ていたら中古の一軒家でもいいかなーって思えるようになって。彼女にもそのこと話したら一度見てみたいって乗り気なんですよ。だからもし、あの家を売る気があって、そちらの都合がよければこれから家の中を見せてもらいたいのですが」
 電話を切らさぬよう、甲斐はそこまで一気に話した。しばらくの間沈黙が広がる。もしかしたら相手は甲斐の言葉に迷っているのかもしれない。甲斐は相手が食いつきそうな言葉を更に重ねた。
「実は僕の中ではあの家でほぼ決まっているんです。だから彼女がOK出してくれたらすぐに契約しようかと――印鑑も前金も用意してあるんですっ!」
 甲斐はそこまで言うと相手の出方を待つ。結婚前の男というのは自分で考えた設定だ。返事が来るまでの間、甲斐の中では大丈夫だと言う思いと軽くあしらわれてしまったらどうしよう、という気持ちがせめぎ合う。だが甲斐の不安は杞憂に終わった。向こうからわかった、と低い声が耳に届いたからだ。
「今夜は無理だ。明日午前中なら、いい」
「う、わぁっ。ありがとうございます。そしたら会社休んで彼女と来ます。何時頃がよろしいですか?」
「十時、くらいなら」
「分かりました。そしたら明日の午前十時にお伺いしますので。では」
 甲斐は話を終え、通話を切った。半年分の神経を使ったせいかどっと疲れが押し寄せる。甲斐はその場にしゃがみこんだ。
「ちょっと、大丈夫?」
 あいりに支えられる自分はいつ見ても情けないなぁ、と思いつつ、甲斐は事が上手く運んだことにとりあえず安堵した。これで売主には翌日の十時まで猶予が与えられたことになる。
「たぶん、向こうは今日中に動くと思います」
 甲斐たちは家から少し離れた塀に車をつけエンジンを切った。まれに通り過ぎる通行人に怪しまれないよう、本や携帯でカモフラージュをする。会話も小声だ。
 窓を少しだけ開けても、夏の夜はじめっとして暑い。甲斐はあらかじめお茶を用意していたが、すでに半分以上が体の中に取り込まれている。一方あいりのペットボトルはまだ沢山の水が残っていた。甲斐はあいりについ、水分取らなくていいんですか、とお節介を入れてしまう。
「この中暑くないすか?」
「暑いにきまってるでしょ」
「じゃあ水分補給しないと――全然飲んでないじゃないですか」
「一気に飲むとトイレに行きたくなるから少しずつ飲むの」 
 あいりの答えになるほど、と甲斐は唸った。あいりたちはこんな場面を何回も繰り返していたのかと思うと、刑事という職業は難儀だなぁと思う。テレビドラマでは格好良く映っている部分も実際は血を吐くほどのねばり強さと辛抱が必要だ。これが昼間だったら自分は確実に脱水症状か貧血で倒れていただろう、と甲斐は思う。
 張りこんでから一時間近くたつと、家の前に一台のワゴン車が現れた。玄関を塞ぐように停車する。運転席から人が降りた。反対の助手席からも扉の開く音がする。運転席の一人が建物の方へ向かった所で、甲斐とあいりは車から降り、そっと近づいた。彼らに気づかれないよう、車の陰に潜む。建物により近づくと甲斐たちの耳に男同士のこんな会話が聞こえてきた。
「その話、本当に信用していいんだな?」
「そりゃあ昼間一回脅しかけたのに、またかかってきたのには驚いたよ。でも、懲りずに電話かけてきたってのはよっぽどこの家が気に入ったとしか思えないだろ? しかも向こうは女連れで来るって言うし」 
「まぁ、それもそうだな」
「で。本当にやるのか? 別の場所に移動するんじゃなくて?」
「今更怖じ気づいたか?」
「だって……」
「何言ってる。この家売って金にしないとこっちがヤバいの分かってるだろう? 時間がない。今日中に始末をつけるんだ」
 その言葉に売主と思われる男はわかったよ、と渋々言う。その手で家の鍵が開けられ、数秒後に玄関の灯りが灯る。その瞬間二人の男の顔が明らかになった。あいりの肩がぴくりと動く。甲斐がやっぱり?と目で問うとあいりは小さく頷いた。どうやら自分の予想は大当たりだったらしい。
 男二人が家の中に入ると、あいりは縮めていた膝を伸ばした。一度屈伸運動してからゆっくり立ち上がる。さっさと先に行ってしまったので、甲斐は出遅れてしまった。気配がないことに気づいたあいりが振り返る。
「何してるの? 行くんでしょ」
「それはそうですけど」
 ここであいりのリーチが長いせいで置いてきぼりをくらったんだ、と言ったら怒られるだろうか? 甲斐はふと思い、別の言いわけを考えてしまう。
「その、これって不法侵入ですかね?」
「今更何よ。甲斐くんは待ち合わせの約束をしたんでしょ? だったら、正当な理由はどうともつけられる。『時間まで待ちきれなくて、立地条件や外観を調べようと近くまで来た』とか」
「そうですね『たまたま扉が開いてたから中に入ってみた』とか?」
「彼女と一緒って設定なら、いっそのこと腕組んで入ってみる?」
「え?」
「冗談よ。ほら、行きましょ」
 一瞬だけ熱が走った甲斐はうぇい、と変な返しをしてしまう。二人は鍵のかかってない扉をそっと開けると靴を脱ぎ、男たちのあとを追った。

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プロフィール
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女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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