2013
玄関の中に入るとすぐ目の前に階段が見える。二人は目で合図を送ると、あいりは一階の部屋の扉の影に、甲斐は階段を昇って二階へ向かう。しばらくして火災報知機が鳴り響いた。音を聞きつけた男二人――白鳥とtooyaこと長島が地下から戻ってくる。長島が手に小振りの斧を持っていたのが気になったが、彼らが二階と一階で手分けして原因を探し始めたのを確認すると、あいりはタイミングを見計らって地下への階段を下りた。開けっ放しになっている扉の中へ入る。
そこはコンクリートが打ちつけられただけの部屋だった。物置代わりにしていたのか、年代物の家具が埃を被っている。視線を上にずらすと壁に小窓があるのを見つけた。おそらくあの窓が甲斐の言ってたドライエリアに繋がっているのだろう。外側から格子が張られた窓は人の出入りができず、空気の入れ替えだけの役目を果たしていた。
あいりは部屋を隅々まで見渡した。すると、部屋の隅っこで何かが蠢いた。毛布にくるまれたそれはちょうど人一人の大きさに等しい。あいりは毛布をはぎ取り目隠しと猿ぐつわを外す。目の前に写真で見た顔が現れた。
「安芸翠さんですね?」
突然現れた第三の人物にアキの体がびくりと揺れる。あいりは相手の警戒心を下げるため、自分の警察手帳を提示した。
「立花衣咲さんの相談を受けて、あなたを探していたの」
「衣咲ちゃんが?」
アキが思わず声を上げたので、あいりは人差し指を自分の口にあてた。あいりはアキが暴行を受けていないかどうかを確認する。抵抗した時についたのか、アキの頬には痣と小さな引っかき傷があった。だがそれ以外は大きな怪我もなさそうだ。
あいりは自分の持っていた車の鍵をアキに渡すと小声で喋った。
「これから家の外に案内するから、私が合図したら右の角に停めてある車の中に逃げて。あと、車の中に貴方の携帯があるからそれで一一〇番通報をして欲しいの。車に鍵をかけることを忘れないで。できる?」
その言葉にアキがこくりと頷いた。あいりは彼女を支えるようにして部屋を出、階段を昇る。一階の玄関前にたどり着くと警報はすでに止まっていた。そのかわりてめぇ何しに来た! という罵声が飛んでくる。
「いやその。たまたま訪れたら電気ついてたし。何か鍵が開いてたからつい」
「つい、じゃねえだろ!明日来いって言っただろ!」
長島と甲斐の接触を声で確認したあいりは逃げて、とアキの背中を押す。アキが家の外へと飛び出した。扉が閉まりその姿が見えなくなると、今度は後ろからうわぁ、という悲鳴とともに甲斐が階段の踊り場からふっ飛んできた。
「甲斐くん!」
あいりは着地点に滑り込むと甲斐を受け止めた。甲斐は華奢な体だが体重はそれなりにある。支えきれなくなったあいりが尻もちをつくと、重力に従って甲斐が重なる。
「うわあああっ、瀬田さんありがとうというかごめんなさいっ」
「申し訳ないって思うなら早くどいて……」
あいりの呻き声に甲斐が更にごめんなさいと謝罪する。すると一階でにいた白鳥があいりを見て声を上げた。
「おまえ、さっきの――こいつの仲間だったのか?」
「ええと、彼女は僕の結婚相手で、その」
「もう芝居しなくていいんじゃない?」
あいりが面倒くさそうに言うと、まぁそうですねと甲斐が返事をする。いちいち説明するのもかったるいと感じたあいりは先に警察手帳を出した。
「安芸翠さんは私が保護しました。あなたたちを拉致監禁の現行犯で逮捕します」