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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

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2013

0811

 翌朝、あいりが署に出勤すると早速署長室に呼ばれた。一抹の不安を抱えながらあいりが署長室に向かう。すると廊下でご機嫌顔の甲斐と出くわした。
「もしかしたら昨日のことですかねぇ?」 
 甲斐はうきうき顔だ。どうやら甲斐は犯人逮捕をしたことについて褒められるかと思ったらしい。でも世の中そんなに甘くない。あいりの予想通り、署長の雷をくらった。理由は言うまでのない。事件になりそうな案件をすぐに上司に報告しなかったからだ。全くおまえらは、と毒を吐く署長にあいりと甲斐は肩をすくめる。甲斐と別れ、刑事課に戻ると上司から厭味ったらしい報告を受けた。このぶんだと警察は拉致監禁の容疑で送検の手続きを進めることだろう、と。
 その後あいりはアキを訪れた。アキは昨日保護されたあと、病院に検査のため入院することになった。あいりが話を聞くと、アキはとつとつと語り始める。予想通り、アキはtooyaのタッチや癖を熟知していて、完全にコピーできる才能を持っていた。店で問題を起こした後は長島を説得するためにあの家を訪れ、地下に閉じ込められたらしい。あの家の地下室は携帯の電波が届きにくく、アキはなんとかして電波を拾おうと携帯を窓の外に突き出した。だがその時に手を滑らせ携帯を落としてしまったのだという。
 白鳥たちは最初、アキを殺すつもりはなかったらしい。その証拠に食事は一日一回長島が届けていた。だがそれも最低限のものでしかなく、特に水分が足りなかったとアキは振り返る。アキは脱水症状を避けるために見張りの残した酒を舐めることで凌いでいた。でもそれは下戸のアキにとって相当辛いもので甲斐がドライエリアに居た時は、人の気配を感じていたが酒のせいで意識が半分飛んでいたのだという。
 アキの証言は上司から聞いた白鳥や長島の自白と概ね一致していた。アキは保護した直後は憧れのアーティストや自分の才能を認めてくれた男に裏切られたことにかなりショックを受けていたようだ。だがあいりが訪れた時、本人の口から音楽はやめないという言葉を聞いた。今度は自分の音で勝負するらしい。アキの真っ直ぐな瞳を見てあいりは安堵した。
 署に戻ったあいりは一連の事件の調書を綴る。書き終え、上司に提出すると時刻はお昼を回っていた。あいりは警務課を訪れ、甲斐をお昼に誘う。もちろん昨日のお礼だ。奢るからの一言に甲斐は尻尾を振ってついてきた。
 いつものように署の近くにある行きつけの店を訪れると、衣咲が早速あいりの腕に飛びついてきた。
「おねーさまっ、アキちゃんは?」
 真剣な目で訴える衣咲にあいりは無事見つかった旨だけを伝える。
「本当ですか?」
「色々あって――今はまだ会える状況じゃないけど、でも元気になったらまたお店に行くって。アキさん言ってた」
 あいりの報告に衣咲の表情がぱあっと明るくなる。話を聞いていたのか、カウンターでマスターが安堵の笑みを浮かべていた。マスターに特別に奢るから何でも頼んで、と言われたのであいりは牛タンシチューを二つ頼む。すると衣咲が口を挟んだ。
「マスター、盛りつけ、私がやっていいですか?」
「いいよぉ」
 マスターの返事に衣咲はご機嫌顔でカウンターの奥へ入っていった。皿を二枚出しシチューを盛るとあいりたちの前に差し出した。が――
「え?」
 あいりと甲斐は絶句する。同じものを頼んだはずなのに、あいりはなみなみと注がれた大盛りで、甲斐のは皿の半分以下の量。あいりはいーさーきーぃ、と声を上げた。
「あのさぁ、いくらなんでも差がありすぎじゃない? 私、こんなに食べれないんだけど」
「そんなこと言わずに食べて下さいよぉ。衣咲の気持ち受け取ってください」
「あのね、甲斐くんがいなかったらアキさんの居場所も分からなかったし助け出すこともできなかったの。盛るなら私と同じ量を甲斐くんに出しなさい」
「そんなのわかってますよぉーだ」
 そう言って衣咲は口を尖らせると、奥の冷蔵庫から冷えたアイスをもうひとつ出し、私のおごりですと言って甲斐の前に置く。甲斐は思わず苦笑した。
 一方、あいりは何かを思い出したようにあ、と呟く。中上さんにもお礼を言っておかないと、と言うと甲斐がすかさず、あの人は僕から言っておくんでいいです、と返した。
「あの人に関わるとろくなことがないんで。瀬田さんは近づかないで下さい」
「そうなの?」
「そうです」
「でもあの人、今後何度か関わるかもしれない、って言ってたわよ。つうかあの人何者? 甲斐くんの先輩って言ってたけど」
「それは――」
 甲斐が何か言いかける。するとその前にあいりの携帯が鳴った。相手は課の上司だ。調書に何か書き損じでもあったかと思い、電話に出る。しかし話の内容は全く別だった。管内で強盗殺人事件が起きたらしい。
「わかりました。今そちらに向かいます」
 あいりは食事に手をつけることなく席を立つ。大股で一歩二歩、と歩いた後であ、と呟いた。
「甲斐くん、あなたの出番だから」
「ふぇ?」
 大盛りの皿に手をつけた甲斐に事件が起きたの、とあいりは説明する。ほおばった肉を完全に咀嚼したあとで、甲斐がえーっ、と声を上げた。
「まさか。死体とかありませんよねぇ?」
「さぁそれはどうでしょう?」
 そう言って首を横にかしげるあいりに何かを察したらしい。甲斐がぶるぶると首を横に振る。
「僕、嫌ですからね。あとで美味しい所とか綺麗なお姉さんの所とか連れていってくれるって言っても、ぜーったい現場には行かないんですからっ! というかいい加減、普通でいさせてくださいよーっ」
「はいはい。愚痴はあとで聞くからねー」
 あいりは事務的に答えると、甲斐の襟首をむんずと掴み引きずっていく。いーや―だと叫ぶ甲斐の声が店の中に無情に響き渡ると、二人はいずこへと消えて行った。(了)


あいりと甲斐の話は以上で終わりです。ここまで読んでいただきありがとうございます。
明日からは以前と同じ単発の掌握を書く予定。気が向いたらまたお題の連載をはじめるかもしれません。

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プロフィール
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女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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