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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0812
私が小さな居酒屋で酒を飲んでいると、引き戸がおもむろに開いた。おひとりさまですか、の問いに相手ははいと返事をする。その聞き覚えのある声に私の肩がぴくりと動いた。席をひとつ置いて座った人物に自然と目がいき――絶句した。
 カウンターに座ったのは立木だ。高校時代の元カレで、今は同じ会社で働いている。立木は私と目が合うと、驚きのあとでなんとも言えぬ複雑な表情を見せた。そんな顔をさせたのは私のせいだ。
 三十分ほど前、私は立木の唇を奪った。気が動転した私は立木を突き飛ばし、会社から逃げてきた。そしてここで後悔のるつぼにはまっていたわけだが――まさかこんな所で出くわすなんて。この展開を誰が予想できただろう。
 さあどうする? 私はグラスを両手で抱えながら思案に暮れる。いつもと同じ調子で明るく話しかければいいのだろうか? あれは本当は冗談なんだよ、っておどければ全てはリセットされるのだろうか? いや違う。今更そんなこと言っても白々しいのは目に見えている。
 私は怖いんだ。あいつと気まずくなることを私は何よりも恐れている。ようやく修復された友達関係を、一時の感情で壊してしまったことが悔やまれてならないのだ。
 私は唇をそっと噛みしめる。あの時の熱はまだ消えない。勢いとはいえ、立木にキスしてしまったのは私の失態だ。
 葛藤に苛まれていると、無駄に時間だけが過ぎてゆく。グラスの中にあった琥珀色はすでに消え、氷だけが虚しく音を立てる。私の中でこのまま無視して逃げてしまおうか、という思いも走るけど、負けず嫌いな性格がそれを邪魔する。そう、ここで逃げても何も変わらない、変われないのだ。だから私は覚悟を決めるしかない。
「びっくり……したよね?」
 私はたどたどしい言葉であいつに問いかける。
「その、あんなことして……びっくりしたでしょ?」
 しばらくの沈黙のあと、立木が小さく頷いた。 
「言い訳にしか聞こえないかもしれないけどさ。私は昔のことをちゃんと整理できてた。昔立木と付き合ったことも、つまんない意地でケンカ別れになったことも。私の中では過去の話になってたんだ。
 立木と再会して、これから『ともだち』として付き合っていけるってそう思ってた。立木が彼女と付き合ったって聞いた時も、よかったって心から思っていたんだ」
「なら、どうして――」
「わからない」
 私は横にかぶりを振る。どうしてこんな気持ちになったのか――自分でも分からない。気がつけば仕事場で立木の姿を探していた。声を聞いて安堵したり不安になる自分がいるのだ。立木の彼女が嬉しそうにデートの報告をするたびに私はもやもやとした気持ちをずっと抱えてて。でもそれは醜いものだと思って、ずっとゴミ箱の中にぶちこんでいた。
 私は空っぽのグラスをテーブルに戻す。硝子を両手で包みこんだままうなだれた。何だか泣けてきて、立木の顔を見ることも出来ない。
 すると立木がぽつりと言った。楢崎は俺にどうしてほしいの、と。
「こんな言い方ずるいかもしれないけど……正直に言うよ。さっきキスされて、気持ちを知って――すごくぐらついている。おまえ、昔っから一人で全部背負っていたから。俺に心配かけないよう必死だったから。だから――俺にそういう感情をぶつけてくれたのが嬉しかった。
だからおまえが望むなら、受け入れてもいいって――そう思っている」
 どうする? 立木の甘い誘いに私の心は揺れる。正直にわからない、と答えた。勝手に誘惑しておいて何だけど、私はこれ以上踏み込むことを躊躇っている。今、立木に触れられたらきっと私は感情に身を任せてしまう。だから薄っぺらい皮一枚の理性をまとって必死に堪えていた。
 立木は席をひとつずらし、私の隣りに座った。狭いカウンター席故に肩が触れる。これ以上近づかないでと私は切に願った。目を見て話すことはできない。でも、この場を――立木の側を離れたくはない。
 しばらくの間、私はその場を動くことができなかった。

80フレーズⅠの「29.もう戻れない」「79.酔っているだけ」の続き。その後どうなったかは想像にお任せということで。
帰省&企画物執筆のため、明日から3日間お休みします。次回更新は金曜日となります。

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女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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