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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0615
 二度も床に頭をぶつけた俺は起き上がる気力を失っていた。あいつの足が俺の前でふらつく。二、三歩後退したあと、くるりと踵を返された。やがてヒールの走る音が届く。それは徐々に小さくなり、やがて扉の向こうへと消えて行った。誰もいなくなった社内で俺はようやく体を起こす。
 一瞬何が起こったのか分からない――というより信じられなかった。
 自分の唇に指を添える。あいつの唇の柔らかさは昔と何も変わらない。すき、の言葉が耳から離れない。
 もしこれが飲みの席だったら酔っているだけ、の話で終わらせていただろう。けどここは会社だ。お互い酒も飲んでいない。素面でもあんな冗談をかますような奴じゃないってことは俺自身が知っている。それに何より、あいつが逃げた時点で冗談でも何でもないということが確定してしまった。
 あいつは俺のことが好き――? そんな馬鹿な。
 俺は横にかぶりを振る。そりゃあ確かに俺とあいつは昔付き合っていた。まだ、この会社に入るずっと前――高校生の頃だ。
 あいつは何でも平均以上の結果を出す、いわゆる出来た人間だった。それでいて負けず嫌いで弱音を吐くのを誰よりも嫌っていた。だから何か悩み事があっても俺に相談することはなかった。
 友達関係の事や勉強のこと、進路のこと。あいつは苦しみや悲しみを一人だけ抱えて、自分で解決していった。いつも聞かされるのは事後報告。だから俺はキレた。
「俺の存在って一体何? 付き合っている意味あるの?」
 そう、あの時俺はあいつに問い詰めた。俺はあいつの辛さを一緒に分かち合いたかった。けどあいつは迷惑をかけたくなかったから、と言うばかり。俺はその一言で済ませようとしたあいつが許せなくて、あいつと何度も揉めた。
 結局喧嘩別れして卒業を迎えたわけだけど、俺はあいつを憎んでいたわけじゃなかった。ただこんな形で終わってしまったことを俺は後悔したし、残念に思っていた。
 大学を卒業した後、俺は中堅スーパーの事務職に就いた。その数年後、社の吸収合併で今の部署に配属になったわけだが、その時吸収した側から出向してきたのがあいつだ。赴任の挨拶でこんなことを言った。
「今日からこちらで働くことになった楢崎です。最初にいっておきますと、実は私には一つだけ欠点があります。それは何でも自分で解決しようとする所です。私はそれを直そうとしたのですがどんなに頑張っても無理でした。なので、それは個性なんだなって開き直ることにしました。でも、この性格では仕事をしても上手く回らないと思います。もし、私が仕事で詰まった時、何か一人で抱え込んでそうだな、と思った時は遠慮なく私を叱って下さい」
 そう言葉を結びあいつは俺を見た。おどけたように肩をすくめる。俺は苦笑した。それでもあいつも自分なりに努力していたのだと知って何だか嬉しかった。もう、昔のような関係には戻れないけど、また「ともだち」からなら始められる、そう思っていた。向こうもきっと同じ気持ちなんだろうと思っていた。
 だけど――
 俺は顔を手で覆う。そんな時、聞きなれた音楽が流れた。彼女からのメールだ。
 まだ仕事してるの? 無理しないでね。
 そんな言葉に胸が軋む。すぐに返事を書いた。わかったと画面に言葉を打ちこんで――指を止める。彼女に話すべきか一瞬迷ったが、結局黙ることにした。話した所で向こうが不機嫌になるのは分かっている。そもそも彼女は俺とあいつが付き合っていたことすら知らない。というかあれは不可抗力だ。黙っていればいいじゃないか。
 そこまで考えて、俺は失笑した。いつの間にか彼女への言いわけを連ねている自分がいる。あいつの気持ちに対して俺は逃げ道を作っている。自分の気持ちを否定している。本当はぐらぐら揺れているくせに。
 その昔、ずるい事を考えるようなるのは大人になった証拠だ、と誰かが言っていた。そんな奴になるもんか、と当時の自分は粋がっていたけど、今はその言葉が心に染みる。
 彼女宛てのメールを飛ばすことなく、俺は立ち上がった。ゆっくりとした足取りで会社を出て駅へ向かう。こんな日は酒でも飲まないとやってられない。俺の足は自然と繁華街へ吸い込まれていった。(1732文字)


29.もう戻れない」の続き立木視点。楢崎が言っていた【やっと「ともだち」まで戻したのに】というのはこういう経緯があったからなのです。

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プロフィール
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女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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