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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0718

 魔法使いもも――その響きに小さな体が揺れる。
「ももちゃん。このままだとお城も壊れちゃうしお姉ちゃんもドラゴンに殺されちゃう。だからここから出して。だんごこーえんのおじいちゃんに教えてもらった魔法、まだ覚えてる?」
「だんごこーえん?」
「ももちゃんがいつも遊んでいる公園。滑り台で遊ぶのが大好きだったよね。そこに魔法使いのおじいちゃんが来て、ももちゃんに魔法を教えてくれたでしょ?」
「まほーつかいのおじいちゃん……」
 ももちゃんはしばらくの間考え込むような仕草をしていたが、突然、はっとしたような顔をする。
「もも、そこでおじーちゃんみたっ! もものまえでおだんごいっぱいたべてたー」
「教えてもらった魔法、まだ覚えてる?」
「うんっ」
「あれはモノを壊す魔法なの。ももちゃんの力でこの瓦礫を壊して。そこにある杖を持って、呪文を唱えて!」
 私の言葉にももちゃんがはいっと立派な返事をする。地面に転がっていた杖を拾い、すぐさま呪文を唱えた。隕石の接近で全てを粉砕することはできなかったけど、一番大きな瓦礫が割れたことで私はなんとか脱出することができた。自由になった私はももちゃんのもとへ走り、ぎゅうと抱きしめる。
「ありがとうももちゃん。あなたは最高の魔法使いよ」
「おねえちゃん、わたしなにをすればいいの?」  
「あのね、ドラゴンをおとなしくさせてほしいの。お願いって頼むだけでいいから。できるかな?」
「わかったー」
 ももちゃんは私に杖を返すと、くるりと踵を返す。荒ぶるドラゴンにありったけの声で叫んだ。
「ドラゴンさん、やめてぇーっ!」
 小さな子供の声に大きな獣の体がびくりと揺れる。ドラゴンがこちらを見た。ギラギラした目でぎろりと睨まれビビるももちゃんに私は大丈夫だから、と言葉を重ねる。
「ももちゃんなら絶対できるよ」
 手を握り、肩を抱くとももちゃんが小さく頷く。私達は改めてドラゴンと正面から向き合った。
「ドラゴンさん、このおしろこわさないでっ。ここがこわれちゃうとおかあさんがしごとできなくなっちゃう。そうしたらおかあさんおかねもらえなくなって、もも、すごくこまるの。おもちゃもおかしもかってもらえなくてすごーくこまるの。だからおとうさんのしごと、とらないで!!」
 ももちゃんの訴えは少々リアルで切羽詰まっている。最初「おかあさん」だったのが最後「おとうさん」になっていたのはももちゃんにかけた暗示が解けてきたせいだろう。ももちゃんの母親である従妹は専業主婦で旦那の給料が日々の家計がと嘆いていた。ももちゃんはそれを子供なりに感じとっていて、あんな台詞が出てきたのかもしれない。
 声に反応したのか、ドラゴンの動きが鈍くなる。
「こっちおいで。おとなしくしてくれたらももが『いいこいいこ』してあげる」 
 ももちゃんは両手を天に向かって広げた。ドラゴンが空中に体を留める。二、三回ほど翼を上下させたあとで大きく旋回しながら高度を下げていった。地上に降り立つと頭を垂れ、首をももちゃんに差し出す。ぐるう、と猫にも似た音がドラゴンから発せられる。ドラゴンさんいいこいいこ、と頭をなでるももちゃんにドラゴンはゆっくり瞼を閉じた。とても気持ちよさそうだ。
「やっ……た」
 私はほうとため息をつく。それと同時に腰が抜けた。気を張っていたせいなのか城壁にぶつかった時の痛みが今頃になってやってきた。うわ、半端なく痛いんですけど。骨とか折れてないよね?
 やがて、私達の周りが急に騒がしくなった。声のある方を見やると、建物の上でヤツが沢山の魔法使いを連れていた。その隣には地図を広げたスピンさんの姿が。さっき言ってた魔力が潜んでいる場所――『気』の抜け道に当たりをつけたのだろう。
 ヤツは一度私の方に視線を向けた。落ちついたブラックドラゴンを見据え納得したように頷く。ヤツが箒にまたがり空に飛び出すとあとから魔法使いがぞろぞろとついていった。私は痛む体に鞭を打ち立ちあがった。私なんか猫の手にもならないけど、何もしないよりかはずっとましだ。それに(最終的にはももちゃんの手柄だけど)ドラゴンと対峙したことで自信がついたというか。今なら何でも出来る――そんな気がしたのだ。
 私はクロムを呼び、その背にまたがった。すぐさまヤツを追いかけようとする。でも私はそれを一瞬躊躇った。ももちゃんが私たちの前に立ちはだかったからだ。
「もももいくっ。ももはまほうつかいだから。こまったひとをたすけるのがおしごとだもん。だからもももいくっ」
 必死で訴えるももちゃんに私は困ってしまった。別にももちゃんが一緒に来るのは構わない。魔力は私以上にあるし戦力として役に立つだろう。けど問題がひとつある。
 私は骨抜きにされたドラゴンを見た。このぶんだと、こいつもついていくと言いかねない。まかり間違って翼を広げられたら、せっかくの魔法も効かなくなる。さて、一体どうしたものか。
「あのね、ドラゴンさんがいると、みんなのお仕事の邪魔になっちゃうというか……ちょっと、ね」
 私が言葉を濁すと、ももちゃんはわかった、と言ってクレアさんの所へ走った。彼女から紐のようなものを一本貰って戻ってくると、片方をドラゴンの首に、もう一方をまだ若い苗木にくくりつけた。
「ドラゴンさん、ここからはなれないでね。このひもきったら『めっ』だからねっ」
 ももちゃんの指示にドラゴンは小さな唸り声をあげて固まった。ついさっきまで暴れまくり城を半壊させたブラックドラゴンも、今は細く長い紐を切らさないよう必死だ。その姿を見て思わず苦笑がこみあげた。小さな女の子に頭が上がらないブラックドラゴンって、傍から見たらすごい光景――って、感心してる場合じゃないんだっけ。
 私はももちゃんを抱き上げると自分の前に座らせた。小さな手を包み込むようにして手綱を握る。
「飛ぶからね。しっかりつかまってて」
「うんっ」
 クロムは翼を広げ大きく羽ばたいた。城を半周し海に向かって弾丸のごとく飛んでいく。あっという間に魔法使いの群衆を捕まえた。クロムは更に高度を上げ空に浮かぶ積乱雲を突き抜ける。箒で飛ぶ彼らを軽々越え、先頭にいるヤツに追いついた。ヤツがおひょ、と変な声を上げる。
「おまえら、追いかけてきたのかぃえ?」
「追いかけてきて悪い?」
「そんなことはないが――まぁ、手間が省けて丁度よかったわい」
 ヤツはさっきの私と似たような台詞を落としたあと、こっちじゃ、と言って私達を誘導した。ドラゴンが右に旋回すると景色が変わる。連れてこられたのは山間にある渓谷だった。そこは緑と水に溢れていて、見るからにマイナスイオンが放出されていそうな――癒しの空間だった。空気がとても澄んでいて、深呼吸すると体の芯から力がみなぎってくる。ここがパワースポット、なのだろうか?
 ヤツに促され、私達は地上に降り立った。気がつくとヤツと私たちのまわりを魔法使いたちが囲んで円陣を組んでいた。
「よいか。ワシが合図したら一斉に呪文を唱えろ。それまで目を閉じて『気』を集中させるのじゃ」
 偉大なる魔道士の言葉に、精鋭の魔法使い達は頷き瞼を閉じた。私もももちゃんも目を閉じて集中する。けど――ヤツはいつまで経っても合図の声をかけなかった。数分後、痺れをきらした私が片目だけ開け様子を伺う。するとヤツが私に向かってにたぁと笑うのが見えた。
 ヤツは私に向かってこう言う。
「ところでおまえ。先ほどはワシにとんでもないことをしたな」
「は?」
「さっきワシの胸ぐらを掴んで殺してやると言ったじゃろう? この国で偉大な魔道士と呼ばれるワシを亡きものにしようとするのは大罪に等しい。つまり、お仕置きじゃな」
「ちょ、ちょっ! 何でここでお仕置きされなきゃいけないの? 今はそれどころじゃないでしょ?」
「ここは魔力がたーっぷりあるからのう。いつもの何十倍の電力が……ほれっ」
 そう言ってヤツが自分の杖を振る。刹那、ばちばちと音を立てるでかい玉が私めがけて飛んできた。
「ぎゃーっ!やーめーてえええっ!」
 私はいつもの反動で防御魔法を唱えた。自分を守るシールドが張られると持っていた杖から光の銃弾がいくつも放たれ、電気玉にヒットする。バチバチという音とともに光の噴水が溢れた。その瞬間を、ヤツは逃さない。
「それぇっ、今じゃ!」
 ヤツの号令とともに円陣から魔法が解き放たれる。私と同じような銃弾が空に打ち上げられた。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫――放出した七つの光は私の出したそれと結合した。点どうしが繋がり、線が広がるとやがて空に巨大な魔法陣が現れる。
 七色の光をまとった魔法陣は地上から溢れる『気』を吸い込んで膨張した。そして徐々に色を失い大気と同化していく。そして魔法陣が消えてなくなると、空に見えない壁が再び張りめぐらされた。


(使ったお題:12.積乱雲)

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2013

0717
そう。いくらシールドが張れたとしても、それを破壊するドラゴンを抑えなきゃ意味がない。確か数人がかりで服従の魔法をかけると聞いていたけど――
 私がその詳しい方法を問いただすとヤツはこう答えた。
「知っているとおり、ブラックドラゴンの翼は魔法を中和する力を持っている。ドラゴンが翼を広げている間は何をしても無駄じゃ。だからドラゴンが地上に降りた瞬間に翼を根元から斬りおとす。それから服従の魔法をかけ、ヤツを誘導するのじゃ」
 その話を聞いて、何だか痛そうというかドラゴン可哀想かもと思ったのだけど、ヤツが言うにはブラックドラゴンに限らずドラゴンというものは体の一部分を破損しても時間がたてば再生するらしい。つまりさっき翼を破損したホワイトドラゴンも時間がたてば元通りに修復する、ということ。それを聞いて私はちょっとだけほっとした。あのドラゴンは子連れで、あまりにも気の毒だったから。消えてしまってからも少し心配していたのだ。
 私達はこの世界を守るために動き出す。スピンさんは世界地図と各国の地形を詳しく調べ上げた本を開き、この世界にあると言われているパワースポットを探し始めた。ヤツは力のある魔法使いを集めるべく奔走する。そして逃げたドラゴンを抑える役目は私とプミラさんが引き受けることになる。
 護身用に一振りの剣が渡され、絶対に傷つけないという条件で、スピンさんからダックとクロムを借りる。彼らの背中に乗れば長距離の移動もだいぶ楽になるだろう。
 私はクロムの背中に乗ると城の窓から外へと飛び出した。ダックに乗ったプミラさんが私のあとにつづく。目指すはブラックドラゴンが好む温暖な地域だ。私達はドラゴンが飛んで行った方向の果てを目指して飛行する。
 やがて、城から数十キロほど離れた郊外で空を旋回するホワイトドラゴンを見つけた。ドラゴンは気が立っているのか、私達を見た瞬間、牙をむき出しにして威嚇した。悲鳴にも似た雄たけびが耳をつんざく。かなり興奮状態な為、おいそれと近づくことすらできない。
 それにプミラさんは傷のせいで動くのも辛そうだ。ここでの闘いは避けられないけど、できることならその負担を少しでも軽くしないと。
 しばらくの間私達とブラックドラゴンのにらみ合いが続いた。時間の経過とともに負の感情が私に忍び寄る。
 目の前の絶望を放っておけなくて、つい勢いで出てきちゃったけど――やっぱり私には荷が重すぎるというか、無茶だったのかもしれない。そもそも、私がドラゴンを服従させることが無理。だってそうじゃない。ヤツからはちゃんとした教えもなかったし、力だってままごと程度でももちゃん以下だし――って、あれ?
 その瞬間、私はあああっ、と大きな声を上げていた。私の悲鳴にプミラさんは勿論、ドラゴン達も体を揺らす。私ってば! なんて大事なことを忘れていたんだろう。
「プミラさん、一旦城に戻ろう」
「え?」
「もっと簡単な方法を思い出したの」
 一先ず、戦略的撤退だ。私は急旋回し城へ戻ろうとする。すると戦線を離脱したことに腹を立てたのか、ドラゴンが超特急で私達を追いかけてきたではないか。なんという執念深さ。ええい、こうなったらついて来い。その方が手間が省ける!
 ダックとクロムが必死に飛んでくれたおかげで、城に着くまでそう時間はかからなかった。建物の周りをぐるりと一周すると中庭にももちゃんとクレアさんの姿を見つける。私は二人の名を呼ぶと、彼女たちに近づいた。
「あらあらどうしたの? 何か忘れ物?」
 相変わらずゆったりした口調のクレアさんに私はいえ、と返事をすると花壇で花つみをしていたももちゃんに声をかける。
「ももちゃん、あなたにお願いが――」
 その時、地面が大きく揺れた。地震かと思ったけど――違う。私達を追いかけたブラックドラゴンが城に体当たりしたのだ。鋭い爪で壁を引っかかれ、近くにあった見張り塔が崩壊する。瓦礫がこちらに降ってきた。
 私は慌てて防御の呪文を唱え、クレアさんとももちゃんの身を守る。が、それを邪魔するかのようにドラゴンが私めがけて火を吹いてきた。
「ひえええっ!」 
 私の悲鳴が空を抜ける。すると機転を利かせたクロムが翼を広げ旋回した。すんでのところで炎を回避した私はクレアさんとももちゃんを探す。空中から目をこらすと、彼女たちが崩れた塔の陰でかたずを飲んでいるのが確認できた。よかった――私はひとまず安堵する。
 ドラゴンは自分の攻撃が失敗したと知ると更に奇声をあげ、今度はプミラさんに向かってきた。鋭い爪が何度も空を斬る。プミラさんは絶妙な所でドラゴンの連続攻撃をかわすけど、その動きはだんだん鈍くなる。私の目から彼女の服に血がにじんでいるのが確認できる。ドラゴンは血の臭いに更に興奮を覚えたらしく目が爛々と光っている。
 プミラさんが腰につけていた剣を抜いた。ダックをドラゴンの死角につけ跳躍する。大きな背にまたがり、その翼に剣を突きたてようとした――まさにその瞬間だった。ドラゴンが自分の腹を天上に翻しプミラさんを振り落とす。すぐさまダックが救出に向かった。血の気を失い気絶した彼女を拾ってスピンさんのいる書庫へと向かっていく。
 残された戦力は私だけ。私はきゅっと唇を結び、浮遊するドラゴンに突進する。するとドラゴンはくるりと向きを変え、その尻尾でクロムごと私を吹き飛ばした。クロムはすんでの所で一回転して助かったけど、私は慣性の法則に従って城壁に叩きつけられる。背中に強い衝撃を受け、そのまま地上に落下した。瓦礫が私を覆うと持っていた杖が手から離れ、ももちゃんのすぐそばまで転がった。
 うわ、なんて素敵なシュチュエーション。ももちゃんにしてみればファンタジーの主人公さながらのドキドキ展開ではないか。
 瓦礫に体を捕らわれた私は半ばやけっぱちでその名を叫んだ。 
「ももちゃん! その杖を拾って。あなたの力で私を――お姉ちゃんを助けて!」
「え、でも……」
「あなたならできる。だってあなたは『魔法使いもも』なんだから!」

(使ったお題:09.一先ず、戦略的撤退)

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2013

0716
ブラックドラゴンが空の彼方へ消えてしまった後、私はプミラさんを家へ運んだ。クレアさんを叩き起こし一連の出来事を伝えると、彼女から能天気な表情が消えた。すぐにヤツを呼んでもらい合流する。事情を把握したヤツは全てを国王に報告すると言うと、箒にまたがり先に城へ飛んでいった。私達もその後をすぐに追う。プミラさんの傷は本人が唱えた回復魔法で塞がれた。でもそれは皮と皮を繋ぎとめただけのもので、ちょっと動くとすぐに傷が開いて血が流れる。だから城に向かうのでさえ慎重を要した。私は彼女を支えながら細心の注意を払う。
 世界を守る砦が消えたことは瞬く間に広がっていた。人から人、町から都市、国から国へ――このぶんだとこの世界全ての人に伝わるまでそう時間がかからなさそうだ。
 町中を見渡すと、人々は恐怖と不安に襲われていた。ある者は泣き叫び、ある者は狂いにも似た笑いをあげる。家財道具を荷車に積み、遠くへ逃げる者もしばしば見つけた。それらを見るたびにプミラさんの表情は険しいものに変わっていく。
 城にたどり着いた彼女を待ち受けていたのはヤツ以外の魔法使いたちによる非難の嵐だった。何故気づかなかったとか何故このタイミングでドラゴンを放したんだ、から始まって、魔法使いの素質はないだの、果ては彼女の師匠の悪口まで。そのあまりの酷さに私は顔をしかめた。彼女が責められるのはある程度仕方ないとしても、ここにいない人物の悪口を言うのはお門違いな気がする。更にお偉いさんの悪態は私にも飛んできて、何故止めなかった、だから異世界の者はと見下してきた。
「大した力のない奴が、偉大なる魔道士の弟子になるなどおかしい。媚びて体でも売ったのか?」
 その、下品極まりない言葉に私の体温が急上昇した。何を!と叫びそうになるが、その前にヤツがぶちキレた。
「この愚弄どもが! ここで未来を担う若者を責めてどうする? そうこうしている間にも隕石は近づいているんじゃ。今はこの危機をどう回避すべきかが最優先じゃろ。その頭、もっと別のことに使え!」
 本気で怒るヤツに私は目を丸くする。これまで何だかんだとつるんできたけど、ここにきて初めてヤツがまともな人間に見えた。ちょっと――いや、かなり見直すと同時に、そんなコト言えるなら普段から真面目にやってくれたらいいのに、そしたら私もちょっとは尊敬するのになぁ――なんてどうでもいい事も考えてしまったわけだが。
 とにもかくも、ヤツのひと声で空気の流れが変わった。すぐさま議長を中心とした重鎮らの間で会議が開かれ、住民たちを避難させる段取りが組まれたのである。避難、といっても落下予定地点から遠く離れた地下シェルターに誘導するだけだ。強力な魔力でできたそれはノアの方舟さながら。でも収容する人数は限られている。なので、魔法使いたちはこれからあぶれた人たちの為のシェルターを生成しなければならない。魔力が弱まっている今、シェルターを作るのにはかなりの人手が必要になる。
 私もその手伝いに向かおうとすると、城の回廊でヤツに引き止められた。 
「そなたは何もしなくていい」
「何で?」
 こういうことじゃ、そういってヤツは私の腕に手をかけた。腕輪の留め金が外れ、ぽろりと床に落ちる。
 この腕輪が外される時――それは私が一人前の魔法使いとして認められた時か、師弟の契約を解除した時、のはず。そりゃヤツとの師弟関係は破棄したいと願っていた。けどなんでこのタイミングなの?
「一体どういう事?」
「そなたはももと共に自分の世界へ戻れ。ワシが飛ばしてやる」
「飛ばすって――魔力が低下してるんでしょ? 帰れても何処に飛ばされるか分からないって」
「それでもここにいるよりましじゃ。この世界は滅亡するかもしれん。異世界から来たそなた達がここに留まる必要はない――ワシの言ってることが分かるな?」
 ヤツの言葉に私の背中がぞくりとうずく。
「ちょ、なんで急に優しくなるの。気持ち悪いじゃないか」
「失礼な。ワシゃ最初から優しかったぞぉ」
「絶対嘘だ!」
「とにもかくも、この世界から早く逃げるんじゃ、ワシらのことは気にするな」
 そう言ってヤツが笑うけど、そこにいつもの含みはない。やだ、なんでそんな顔するの。まるで今生の別れみたいな――
 私はその場でうつむいた。握った拳が震える。胸に熱が走っているのが分かる。わかってる。それを言葉に表すならふざけんな! の一言だ。
 これだけ人を巻き込んでおいて、強制退場ってどういうことよ。だったら最初からこの世界に飛ばすんじゃない!
 私はヤツの胸ぐらを掴むとその体をぐいっと持ち上げた。顔を近づけ、ガンを飛ばす。涙目で半べそだけど、そんなのは気にしない。
「ジジィは私を救えて、それで満足かもしれないけどさ。こんな状況見せつけられて、はいわかりましたなんて――言えるかこの野郎!」
「な、師匠の好意を仇で返すとな、そなた、狂いおったか。こら、正気に戻れぇ」
「うるさい!」
 私はジジィの戯言を突っぱねた。
「確かに、腕輪取れたのはラッキーだけど、これであんたが死んだら後味悪すぎるっての! だったらここで果てた方がマシよ。つうかジジィならこの世界に骨埋める覚悟で挑め、って言うんじゃないの?
 私の事さんざん振り回して、最後の最後で逃がすって? そういう優しさは偽善っていうの。そんな自己満足、あんたの首と一緒にひねり潰してやるわ、このくそジジィ! 世界が滅亡する前に死にやがれーーーっ!」
 私は握った拳に更に力を込めると老いぼれの体が更に上昇した。そしてヤツの息がひゅう、と音を立てた瞬間、
「どうやら大おじさまの負けのようですねぇ」
 と、のんびりとした口調でクレアさんがやってきた。彼女の足元にはももちゃんがひっついていて、すごい剣幕でまくしたてていた私をじっと見ている。その無垢な眼差しに射抜かれた瞬間、私の力が抜けた。ヤツの体がずるりと音を立て床にのさばる。
「な。なんという怪力よ……この仕返しは絶対してやるぞ。覚えておれぇ」
「さあさ、ケンカはそのくらいにして、ごはんにでもしましょう。朝からごたついててまだ食べてないでしょう?」
 そう言ってクレアさんは手に持っていたバスケットを胸の高さまで持ち上げる。するとヤツと私の腹の音が見事にハモってくれた。
 仕方なく、私達は図書館の奥にある書庫へと向かう事にした。中に入ると、書庫の主であるスピンさんがプミラさんの怪我を見ていた。立派に成長した二匹のドラゴンは折り重なるように体を寄せている。そこに人間が四人が加わると、書庫の密度はかなり高くなる。私は人数分のお茶を入れると空いている席に座った。
 ひととおり手当を終えた後、でどうなったの? とスピンさんが聞いてくる。
「とりあえず住民をシェルターに避難させるそうじゃ」
「あれって全員は入んないんじゃなかったっけ?」
「入りきらなかった人は魔法使いの作ったシェルターに移すって」
「誰だよそんな馬鹿なこと言ったの? 隕石の大きさ考えたら即席のシェルターなんて作っても意味ないし。磁波のせいで強度ないから一発でご臨終じゃねーか」
「え? そうなの?」
「隕石の直撃免れたとしても、二次災害に遭うのは必至。やっぱりシールドを破られたのは痛いな。これが数日前だったらまだ対処方法が見つかったのに」
 スピンさんの話を聞いてプミラさんの表情が暗くなる。隕石の軌道をずらすことが不可能である以上、最悪の事態を回避するには他の方法を探さなければならない。
 そういえば、こんな状況に似た話をどっかで聞いたような……ああ、十年以上前に公開された映画だ。あれは小惑星が地球にぶつかるって話で、それを回避するため、小惑星の地中深くに核爆弾を仕込んで軌道を変える――そんな内容だった。
 でも、この世界に核兵器の技術なんてあるわけがないし、そんなものあって欲しくもない。
「せめて、この世界の魔力が回復すればいいのじゃが……」
 ヤツの台詞に誰もが共感していた。せっかく入れたお茶がどんどん冷えていく。大人たちの間に沈黙が走った。こんな緊迫した雰囲気の中で、ももちゃんとドラゴン達はいたって呑気だ。
 最初は私達の周りをぐるぐると走って追いかけっこをしていたのだが、そのうち相撲なのかレスリングなのか分からないじゃれあいを始めた。がっぷり四つに汲むダックとクロムにももちゃんが割り込む。手を組み輪になって力比べを始めた一人と二匹。するとスピンさんがあっ、と叫んだ。もの凄い勢いで書庫を飛び出したと思ったら、あっと言う間に一冊の本を抱えて帰ってくる。赤い皮表紙の本を開き、文字を指でたどったあとで、やっぱりそうだ、と呟いた。
「もしかしたらなんとかなるかもしれない」
 その一言に皆がはっと顔を上げた。その視線が彼に集中する。
「百年前、この惑星を周回する隕石の研究をしていた学者の論文なんだが――これによると隕石から発生する磁波は地上から発する魔力の元である『気』と同じで、その質量はほぼ等しいと説いている。流星年に魔力が弱まるのは、隕石からの『気』 と地上からの『気』がぶつかって力が相殺されるからで、でも魔力が完全に消えたわけじゃないらしい。ある一定の条件を満たした場所では限りなく大きな魔力が放出され、身体の増幅や治癒が著しく表れると書かれている」
「それってつまり――パワースポットってこと?」
「確たる証拠や詳しい実験結果は記されていないが、その『一定の条件を満たした場所』を見つけることができればまたシールドを張ることができるかもしれない」
 彼の言葉に私の心臓がどくんと波打った。暗闇に一筋の光が差し込む。こっちの世界では何というか分からないけど、そう言った「気」の集まる所は私の世界では人気の観光スポットだ。まさか、それがこっちの世界にもあるかもしれないなんて。
「探さなきゃ」
 私が言葉にする前に、プミラさんが言う。椅子から立ち上がると歯を食いしばり、傷の痛みに耐えながら歩き出す。きっとでなくても彼女は全ての責任を背中に抱えている。だから私は待って、と声をかけた。
「パワースポットを探すだけじゃ全ては解決しない。あのドラゴンも探さないと」

(使ったお題:63.正気に戻れ)

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2013

0715

 その日私は夜が明ける少し前に目が覚めてしまった。
 しばらくの間ベッドの中でもぞもぞと体を動かす。布団に残る温もりに漂い無理矢理瞼を閉じてみるけれど、夢の世界へ通じる扉は固く閉ざされていて、入ることすらできない。寝返りを打っても余計に目が冴えるばかりだ。
「ううぅっ!」
 私は怒りにも近いうなり声を上げると、嫌々体を起こした。服を着替え部屋を出る。まずは台所に向かった。いつも起きる時間だったら、ここでクレアさんが朝御飯を作っていて台所に来た私におはよう、と言ってくれるのだがこの時間は彼女もさすがに眠っている。私は水瓶に残っていた水を一口飲んで、勝手口から外へ出た。
 空気の冷たさにひとつ身震いをする。朝もやの中を少し歩いていくと、私が最初に着地した川のほとりへたどり着く。ここは毎朝クレアさんの娘が水を汲みにいっているけど――以下同文。そのかわり、川辺には何故かプミラさんが佇んでいた。隣には以前私の鼻をかじったドラゴンもいて川の水を飲んでいる。あの時はオウムと同じ大きさだったのに、今は子馬位まで成長している。
 私は彼女におはよう、と挨拶をした。彼女は一瞬肩を震わせたが、声をかけたのが私だと知ると胸をなでおろす。
「ああ、あなただったのね」
「プミラさんも散歩?」
 私の問いに彼女は首を横に振る。
「この子を自然の群れにかえそうと思って。このまま私の『使い』にすることもできるんだけど、親の愛情を知らないまま育ってしまうのは何だか可哀想な気がして――」
 そう言って彼女は静かに笑う。少し悲しげな表情を浮かべた後で、川辺にもう一度目を向けた。視線の先を追いかけると、少し離れた上流にホワイトドラゴンの親子連れが水浴びをしていた。
「あれが前に言ってた――はぐれた親のドラゴン、なの?」
「そうじゃないけど、ホワイトドラゴンは仲間意識が強くて同族なら自分の子じゃなくても家族として迎えてくれるの」
 プミラさんは大きくなったドラゴンを一度抱きしめる。別れを惜しむかのようにひとつ口づけを落とすと何かを唱えた。小さな光がドラゴンの口から吐き出され、天に昇っていく。
「服従の呪文は解いたから、貴方はもう自由よ。仲間のところへ行きなさい」
 ドラゴンははじめ、きょとんとした顔をしていたけど、そのうち羽を広げて仲間の所へ向かっていった。水浴びをしていたドラゴンの子供が、同じ色をした同類に吸い寄せられるように近づいていく。全ては順調に進むと思われた――が。
 突然、獣の奇声が耳をつんざく。
 予想ではドラゴン達がお互いの存在を確かめあうのにお互いの体を摺り寄せるはずだった、らしい。だが、プミラさんに育てられたホワイトドラゴンは仲間へ牙を向けるだけだ。
 奇声がしばらく続いたあと、ホワイトドラゴンは一度翼を広げ親子から離れていった。大きく旋回を続け威嚇したあと、突然急降下する。自分と同じ大きさのドラゴンに牙を向けた。とっさに親ドラゴンが子を突き飛ばし、火を吐いて威嚇する。ホワイトドラゴンは一旦身を引いたものの、次に降下した時は子をかばった親に噛みつき、翼の一部を引きちぎっていた。
 同族同士の争いに私は息を飲む。一体何なの、と声を上げ、隣りを見るが、プミラさんの姿がそこにない。彼女は私のずっと先を――争いの渦中に向かって走っていた。
「止めなさい! やめてっ!」
 プミラさんがドラゴンの親子をかばうように立ちはだかると、杖を握った。改めてドラゴンに服従の呪文をかけるが、成功率0か100かの魔法は今日も失敗に終わってしまう。それどころかドラゴンは育ての親である彼女に襲い掛かってきたのだ。
 鋭い爪が彼女の肌を傷つける。腕に足に背中に赤い筋が走る。地面に転がるプミラさんを見て、私ははっとした。このままでは彼女が殺されてしまう!
 私は一歩を踏み出す覚悟を決めた。忍び足で近づくと、ホワイトドラゴンの背中に回った。傷を負ったドラゴンの親子はプミラさんが囮になったおかげで川の更に上流へ逃げている。私は下流に向かって石を投げた。ぼちゃん、という音とともに、ドラゴンの気がそちらに向かう。隙をついて彼女の腕を取ると近くの林に飛び込み、鬱蒼とした木の陰に隠れた。
「大丈夫?」
 私はプミラさんに問う。彼女は一度頷くと深く息をついて呼吸を整えていた。彼女が全身に負った傷は思った以上に深い。血をみるだけでこちらにも痛みが伝わってくる。
「なんで? あの子――ホワイトドラゴンはこんな攻撃的な性格じゃないはずなのに」
 一時とはいえ、自分が育てたドラゴンの豹変に、プミラさんはかなり困惑していた。私はというと、目の前の展開に驚いていたがその一方で冷静に見ている自分がいた。それはきっと私の脳裏に昨日読んだ文献の端々が浮かんだからだろう。
 ドラゴンの遺伝子においては、ある確率を持って劣性遺伝子を強く継いだ奇形腫が産まれることがある。
 ブラックドラゴンは警戒心が強く、攻撃力は他のドラゴンの十倍。
 ――つまり。
 あれはホワイトドラゴンではなく劣性遺伝子を持ったブラックドラゴンかもしれない?
 ブラックドラゴンの巣に託卵したドラゴンが数合わせのために卵をひとつ落としたとしたら。それをプミラさんが拾ったとしたら。たまたま色素が抜けた奇形腫が羽化したとしたら。 
 全ては臆測でしかない。でもそれらすべてが正解だったら――とてつもなく危険な状況じゃないか! もしドラゴンがシールドに気づいたら。もし、そこに翼が触れてしまったら。とんでもなくまずい!
 私は上空を旋回するドラゴンを見上げた。すべてがたらればの話であってほしい。これ以上高く飛ばないでほしい。そう願うが時すでに遅し、若いドラゴンは更なる高みを目指して飛んでいく。そのうち、ドラゴンは七色の壁に気づいた。朝日を浴びきらきらと光るそれはドラゴンの格好の餌となる。
 ドラゴンはシールドの手前で一度速度を緩める。壁の様子を伺うように右へ左へと翼を揺らした後、もう一度旋回する。そして流星のごとくスピードを上げるといっきに壁を突き抜けた。ぱりん、という音。世界を守る盾が粉々に砕ける。それは私の推測が正解だという証でもあった。
 魔法使いたちの努力は報われないまま。森に、町に、城に、虹色の欠片が降り注ぐ。それは美しくも儚い絶望の雨だった。


(使ったお題:27.踏み出す覚悟を)

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2013

0711

 スピンさんが私に与えた仕事――本の整理は三日ほどで終わった。研究室にいるドラゴン達の世話も最初は悪戦苦闘していたけど、四日過ぎると慣れてきた。そして仕事を始めてから数日たつと、私はここでの時間も持て余すようになっていた。
 今日スピンさんは書庫にいない。頼まれていた魔法道具が完成したので、魔法使いの所へ見せに行ったのだ。ダックとクロムも一緒だ。
 その日の午前中、書庫の掃除を終えた私は重たい扉の向こうにある図書室へ足をしのばせた。本棚からドラゴンに関する本を何冊か抜き取る。
 思えば火あぶりにされそうになったり、鼻を噛まれたり、頭からぱくりと飲みこまれそうになったり……今回私はドラゴンの格好の餌食になっていた。だから、今度こそ酷い目に遭わないようにしなければならない。そのために相手のことを勉強してみることにしたのだ。


 私は本棚から何冊かの本を抜きとり書庫の机にそれを置く。一旦席についてから表紙を開いた。私の世界のドラゴンは架空の生物で神聖めいたものがあるけど、魔法使いがいるこの世界でのドラゴンは人と同等のものとして考えられているようだ。
 本に添付されているドラゴンの写真は前に資料で見たとおりだ。鋭い爪と牙、蝙蝠をおおきくしたような骨組み。どちらかと言えば西洋よりのドラゴンなのかもしれない。
 私は更にドラゴンの生態へと指を伸ばす。ドラゴンの成長は人間の五倍の速さだが、寿命が長い。本に書かれている最高記録は一万年だ。ドラゴンは体の色によって性格もその力も違うらしい。
 ブルーは主への忠誠心が強く、ホワイトは好奇心旺盛で俊敏、レッドは果敢で攻撃的、グリーンは温厚で人を癒す力を持っている。そしてブラックドラゴンは警戒心が一番強く、攻撃力も他のドラゴンの十倍はあるのだとか。なので、ブラックドラゴンを服従させるのに魔法使いは数人がかりで挑まないとかなり危険らしい。
 ドラゴンの保護をする、と言った時点で結構大変な仕事になるとは思っていたけど、まさかここまで厄介だとは思いもしなかったな。
 別の本を開くと、遺伝子や生態についての説明が書かれていた。
 こちらの世界でも遺伝子学においてはメンデルの法則と似たようなものがあり、ある確率をもって劣性遺伝を強く受けた奇形腫も現れるという。
 更にドラゴンの中には別のドラゴンの巣に卵を産み捨ててしまう――いわゆる託卵をするものがいるらしい。その時、産み捨てる側のドラゴンは巣にある卵をひとつ巣の外へ放り出して数合わせするのだとか。確か、私の世界にも託卵をする動物がいたような。カッコウとかダチョウとかの鳥類だった気がする。
 こうして読んでみるとなかなか興味深いものがある。異なる世界とはいえども、生態は似たり寄ったりなのかもしれない。
 机に頬をついて唸る。すると、ヤツがのほほんとした顔でやってきた。
「やっぱりここにおったか」
「何?」
「おまえがスピンの所で働いてると聞いてな。ちぃと様子を見に来た。飲み物でもくれんかのぅ」
 ここはカフェじゃないんだけどな。私は心の中でつぶやきつつ、重い腰を上げる。研究室の一角に置いてあるポットにお茶が入っていたのでそれをカップに注ぎ戻ると、ヤツが私の読んでいた本を手に取った。
「ほぉ……なかなか面白いものを読んでいるではないか」
「ちょ、読んでる途中なんだから勝手に頁めくらないでよ。どこ読んでるか分からなくなるじゃない!」
「調べ物があるならこの間渡した本があるじゃろう? そっちは使わないのか?」
「それは――」
 私は質問の答えを言いかけ、口ごもる。あの本はいわばパソコンみたいなものだ。知りたいことをキーワードとして入力(こっちの世界では頭に思い浮かべるだけだけど)すれば何千、何万もの資料がすぐに出てくる。
 それはとても楽ではあるけれど、こっちの世界でゆったりと過ごさざるを得ない私には少し物足りない。だからあえて手間のかかる方法を取ってみたのだ。アナログの検索をするだけでも、この図書室は広くて時間がかかる。でもその間だけは余計なことを考えなくても済む。図書室を歩きまわるのは散歩にちょうど良くて、いい気分転換にもなった。
 私はあれ使い勝手が悪いから、と本のせいにすることで、自分の考えを内側に閉じ込めた。それよりも、と前の言葉を脇においてヤツに問いかける。
「ドラゴンの保護は進んでいるの? ここで休んでていいわけ?」
「おまえが手伝わないから順調だわ。このぶんだと今日には全ての作業が終わるじゃろう。シールドを張っている方も準備が整ったようじゃし」
「そう」
「何じゃ? 浮かない顔をして。 もしかして作業の手伝いをしたいとでも言うのか」
「別にそんなんじゃありません」
 ただ、自分は本当に役立たずだったんだなって。そう思っただけだ。でもそれを言ったらヤツはきっと鼻で笑うのだろう。当然だと言うのだろう。
 私は心の中でヤツへの皮肉を述べると、自分の作業に戻った。さっき読んでいた本のページを開き次の章へと目を動かす。私が相手しないと分かると、ヤツは茶を一気に飲みほして、私から離れて行った。
 その日、私が書庫を出たのはスピンさんが仕事を終えてからだいぶたった後のことだった。窓の外は暗く、夜も更け始めている。図書室は勿論、城の中もとても静かだった。魔法使いどころか人ひとり会いやしない。明日は隕石の衝突する日だから、皆早く寝て明日に備えているのだろうか。
 私は窓から見える景色をしばらく眺めていた。満天の空にひときわ輝く大きな星ひとつ。あれがきっと、役目を終えた隕石なのだろう。星はわき目もふらずこちらに向かっている。真っ直ぐに城へ向かっているような。落ちてくるものが大きいからそんな風に見えるのかな?
 ヤツはドラゴンの保護は今日中に終わると言っていた。シールド班も準備が整ったと言っていた。なのに何故? この静けさのせいだろうか? 何だか胸騒ぎがする。
 私は自分の中に溢れる予感が何なのか――この時点でははっきりとしなかった。でもそれは隕石の接近とともに正体を現す。
 きっかけは夜明けに起きたひとつの事件だった。

(使ったお題:04.溢れる予感)

嵐の前の静けさまで来たところで一旦休憩。明日より3日間ブログをお休みします。次の更新は7/15になります。 

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すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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