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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

1124
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2013

1126

  それから私は何もできないまま、無駄に時間を過ごすことになった。 
 窓の外の様子を伺おうにも手足の自由がきかないから何もできない。今の私にできるのはソファーに横になることか、扉の前に立っている無愛想な見張りとにらめっこをすることだ。
 そうこうしていくうちにも夜が更けてゆく。あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。私はいつまでここに閉じ込められるんだろうか。
 家に帰らなくて親は心配しているのかな? 久実に電話をかけて確認してるとか?
 久実に私のことが知らされたならニシに連絡が行くのも時間の問題だろう。
 でもあの女、自分が情報操作に長けていると自慢していたし。攫われた時に携帯電話も取り上げられたんだっけ。
 だとしたら嘘のメールを親に送っている可能性もあるわけで――そしたら完全にお手上げだ。 
 期待は時間とともに諦めへ変わっていく。そのうち考えることも疲れて体を横にした。自然と眠気に襲われる。
 事態は急変したのはそんな頃だ。
 カタカタ、と窓が震える。部屋全体が揺れ始め私は体を起こした。
 何、地震?
 私は体を強張らせ、気を張る。すぐにサイレンのけたたましい音が家中を巡った。
「庭にて不審者を発見。危険レベル二。これより第四次防衛体制に入る。従業員および関係者は各配置につくように」
 無機質な声に無愛想な見張りは目を丸くした。
「レベル二で第四次体勢だと?」
 一体どういう事だ? と見張りは疑問符を浮かべる。当然ながら私にはレベル二や第四次なんちゃらというのはよく分からない。だから見張りの男に聞いてみようとするけど――
「あれ?」
 気がつけばさっきまで睨みを利かせていた見張りがいない。どうやら私を放り出して部屋を飛び出したようだ。
 予想外の展開に私は開いた口がふさがらない。出て行った見張りに自分の持ち場離れちゃっていいの? なんてツッコミたくなったけど、よくよく考えれば私の方がイレギュラーだったんだっけ。そりゃ人質より家や主を守る方を優先するわな。
 私はソファーから降りると開きっぱなしになったドアに両足飛びで近づいた。部屋の前の廊下では人がせわしなく動いている。みんな不審者の方に気を取られて私の方に目もくれない。そのうち、一方向に向かって皆消えてしまった。
 突然訪れた豪邸の珍事だけど――これって脱出のチャンスかも?
 私はきゅっと唇を結ぶと、部屋をもう一度見渡した。ぴょんぴょん跳ねて窓辺に向かう。
 まずはここが何階かを確かめなければならない。逃げるなら膝のことも考えて最短のルートを取るべきだろう。最悪、窓から飛び降りて――
 その時部屋の扉がぎい、と音を立てた。人の気配を感じ私は肩を揺らす。
 誰?
 私はくるりと体を翻そうとする。でも急ぎ過ぎたせいでバランスを崩してしまった。ここは手足を使って踏ん張りたい所だけど、今の私にそれは無理。おかげで顔面を床に打ちつけてしまった。絨毯があったのが唯一の救いだ。
 無様だな、とぼやく声が耳に届く。何だか馬鹿にしたような感じだったので、私はむっとする。
 「うるさい、あんたが突然現れるからこうなったのよ!」
 私はそう文句を言いながら起き上がる。相手の顔を睨もうとして――ぎょっとした。目の前の相手が長い耳の持ち主だったからだ。
 ふっさふさの毛にくりくりの目、口からちょろっと出した前歯が何ともキュートな兎、じゃなくて兎の面を被った女子高生。
 私は唇をわなわなとふるわせる。喉から出かかった悲鳴がようやく上がると、兎は自分の手で私の口を封じた。
「大声を上げるんじゃない」
 その声をはっきり聞きとった私はああっ、と再び悲鳴をあげそうになる。何とか堪えこくこくと頷く私の姿に無表情の兎の顔がふっと笑った――気がする。
 兎は私の手足を自由にすると、何かを私に差し出した。それは世界的に有名な癒し系キャラクターのマスクで、目の前の動物と同じ面をしている。どうやらこれをかぶれというらしい。
 私にはこれを着用する理由がよく分からないけど、とりあえず兎の指示に従うことにした。
「こっちだ」
 兎の行く方向に私はついていく。部屋を出るとやたらでかい屋敷の廊下を右へ左へと進んでいった。時折、サーチライトの光が窓辺を照らす。その度に私たちは立ち止まり、息をひそめて様子を伺う。
 そして何度目かの曲がり角で人とばったりと出くわした。突然現れた兎二匹におっさん達が驚く。一瞬目が点になってたけど、すぐにいたぞー、とおふれが回ってしまった。あっという間に囲まれてしまう。
「おまえら、一体何のつもりだ?」
 おっさんの中でもとりわけ背の高い男が私たちに問いかける。兎は私を自分の後ろに追いやると男を見上げた。 
 男が予告もなく突進してくる。兎は自分の両手を前に差し出し型を作ると、男の脇に滑り込み腕を掴んだ。勢い余った男の足が浮く。くるりと一回転したあとで大男は見事にひっくり返った。
 それがあと二回ほど続くとおっさん達の動きが急に止まった。
「コイツできるそ。気をつけろ!」
 おっさん達がじりじりと間を詰めながら威嚇すると兎は私をかばうようにじりじりと後退する。兎の息づかいは相当荒い。マスクをしたままだから体力の消耗が激しいのかもしれない。
 壁際に押しやられた私は何とかしてこの状況を打破しようと頭を振り絞った。そして偶然視界に入った消火器を見つけこれだ、と思う。
「どいて!」
 私は消火器を抱えたまま兎を押しのけた。すぐさまピンを抜き、渦中に向けて噴射する。驚きの声とともに白い煙が辺りを取り囲んだ。
 視界が遮られ、皆が慌てる。そんな中――
「ヒガシ! こっちだ」
 兎の声に私は消火器を投げ捨てた。差し伸べられた兎の手を迷うことなく掴む。反対の手で私の両足をすくった兎はそのまま私を抱きかかえて走り出した。
 ぃええええええ? 
「ちょ、何するのよ!」
「おまえの膝考えたらこっちが早いだろ!」
 しっかりつかまってろ、そう言って兎は廊下の奥へと突進していった。がたがたと揺れる腕の中で、私は自分の体制をキープするのに必死だ。助けてくれたのはありがたいけど、誰がしがみつくもんかと、こんなときにまで変な意地を張ってしまうから笑ってしまう。
 私と兎は長い廊下の終点にたどりつくと、バルコニーに繋がる扉を開いた。冷たい風が私たちを襲う。そこはどこの部屋にも繋がらない、単なる見晴らし台だけかと思ったけど――中央に四角い穴が開いていた。
 兎は私を下ろすと、迷いもせずその穴の中へと向かっている。穴には梯子があって――どうやら緊急時に使う非常梯子らしい。
 でも、その仕様がちょっと違うのは気のせいかな? 普段閉まっているはずの扉は何故か開いているし。どう見ても怪しいんですが。
 そんな私の不安とは裏腹に兎は梯子へ手をかけた。ぎしぎしと音を立てながら下の階へと降りて行く。私もあとに続き、ぽっかりと空いた穴の中へ向かった。

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2013

1125
学校を出てから一時間後、私はソファーの上で何度目かの馬鹿、を呟いていた。ループする思考は留まることなく、時間だけが費やされていく。
 ああ、私の馬鹿馬鹿大馬鹿。なんて馬鹿をやったのだろう。
 久実と別れた後、私は駅までの道をのろのろ歩いていた。日はすっかり沈み通りすがりの人の顔も近くで見ないと確認できない状態だった。しかも私の頭の中はヤツが起こした問題で埋め尽くされていて――注意力が欠けていたと言ってもいい。
 だから目の前に黒塗りの車が見えた時、私は疑いもせずにその車に近づいてしまったのだ。
 あんた昨日から一体何してたのよ、こっちはアンタのせいで大変だったんだから!
 なーんて開いたドアに不満を爆発させたらいきなり口を塞がれて、無理やり車の中へ連れていかれて――現在に至るわけである。
 私が今いるのはどこかの家の客間のようだ。それもかなり裕福そうな家。天上はシャンデリアが輝き、床はふかふかの絨毯が敷かれている。壁はおそらく大理石。インテリアに置かれた壺は高そうだし今転がっているソファーも上等のものだ。
 最初はニシの家に連れて行かれたのかと思ったけど、その案はすぐに却下された。何故なら今私は手足を縛られているからだ。いくらなんでもニシにこんな趣味はないだろう。
 あと考えられる金持ちの類はただ一人。たぶんそっちが本命だ。
 私はロープを解こうとソファーの上で体をくねらせる。縛られてる、と言ってもロープと体の間にタオルを挟まれているから一応の配慮はされている。が、動けないことに変わりはない。
 なんとかソファーから降りることが出来た私は両足飛びで扉に向かう。
 すると突然ドアが開いた。内側に弧を描いた扉は見事私の鼻先にぶつかり、私はふかふかの絨毯に転がった。
 部屋に入ってきたのは以前私に嫌がらせをしてきた縦巻き女だ。女は床にへばりつく私と目があうと鋭い目で睨む。
「なんて無様な恰好なのかしら」
 その一言に私は誰のせいよ! と反抗する。だが女はそれを鼻息で吹き飛ばした。ついてきた大柄の執事らしき男が私を抱え、ソファーに放り投げる。
「この姿を晃さんに見せたい所だけど――残念ね」
 縦巻き女は持っていたタブレットを私につきつけた。画面には黒塗りのベンツが門の中へ入っていく様子が映っている。画面は一分も待たずに室内の映像に切り変わり、そこでは玄関らしきエントランスを歩くニシの姿が確認できた。
「このとおり、晃さんは無事帰宅したわ。あなたがここにいるなんて知る由もない」
 縦巻き女の言葉に私は眉をひそめた。
 まぁ、期待はしてなかったけど、いざ見せつけられるとちょっとだけ凹む。たぶん久実も私が攫われたなんて思ってないだろう。
 私の沈んだ気持ちとは裏腹に画面はくるくると切り替わっていく。映像が絶えずニシを追いかけているものだから私は思わず聞いてしまった。
「あんたってまさか、ニシのストーカー?」
「失礼ね。私は晃さんの純粋なファンよ。平穏に暮らせるよう影から見守っているだけ。あんな下衆どもと一緒にしないで」
「だからそういうのをストーカーっていうんじゃ」
 うっかり滑った私の言葉に女の顔が引きつる。衝動的と言っていいほど、女の手が大きく振りかざされた。
 うわ、殴られる? 
 私は思わず身構えた。けど、女の手は一定時間空を彷徨っただけですぐに下げられる。変わりに出てきたのは私への暴言とも言える命令だ。
「ちょっと! この汚い口を封じて頂戴」
 縦巻き女の命を受け、ついてきた執事らしき人間が動き出した。すぐさま私の口にタオルが噛まされる。アンタの声聞いてると耳が腐るわ、の一言にそれはこっちの台詞だ! と返しそうになる。
「大丈夫よ。あんたに危害を加えるほど私だって馬鹿じゃない」
 外側からはね、と意味深な言葉を残して女は不敵な笑みをのぞかせた。
「私の家はITを中心とした企業展開をしてて、世間の情報をいち早く入手することができるの。情報量の多さは国で一番と言っていいくらい。人様には大きく言えないけれどハッキングも超一流なのよ。例えば――」
 女が画面をタップして操作を始める。その指が止まるとにやりと笑った。
「東菜乃花、県立茜が丘高等学校一年E組、出席番号二十六番、この間の中間試験の成績は現国六十三点、世界史五十四点――あらあら英語なんて赤点ギリギリじゃないの」
 ちょ、何で人の成績知ってるのよ!
 私は思わず叫ぶけど、猿ぐつわをされたせいで唸り声しか出てこない。
 私の慌てぶりを見て味をしめた女は更なる攻撃を仕掛けてきた。 
 タブレットを再び私に向けられる。液晶に映し出されたのは野球のユニフォームをまとった少年たちの姿だ。その中にはまだ幼かった頃の私もいる。
 懐かしい顔ぶれに私は目を丸くした。心臓がどくりとうずく。
「あなた、この野球チームに所属していたんですってね。当時はその俊足を生かして大活躍で、周りから盗塁王女と呼ばれたとか」
 それが――どうした?
 私は唇をぎゅっと噛みしめる。じわじわと押し寄せる不安が私を取り囲んだ。
「でも二年前、あなたは突然チームを辞めてしまった。試合中に膝を故障して再起不能になったというのが表向きの理由とされているけど――あら? 顔色が悪いわよ。どうしたの?」
 ゆったりと語りかける女はとても楽しげだ。
 私は握った拳を強く握りしめる。手のひらにしめったものがにじんだ。動悸がなかなか止まらない。
「そうよね。当時一緒だったチーム仲間と監督に暴力をふるっってチーム追い出されたなんて大きな声で言えないわよねぇ。しかも親が示談金ばら撒いて口止めしたとか。そのお金も消費者金融から借りたそうね」
 それ以上言うな! 
 私は低い声で唸った。体をひねってなんとか立ち上がろうとするけど、両足を縛られていてうまく動けない。バランスを崩した私はソファーに頭からずり落ちる恰好になってしまった。
「あらあら、とても見苦しいですわね。下着が見えてますよ」
 女の余計なお節介に私は焦りを通り越して赤面した。
 私の失態に女はにやにやと笑っている。そのあとで手を合わせ、そうそう、と言葉を続けた。
「その怪我をなさった人にお話を聞くことができたんでしたっけ。あなたのこと色々と言っておりましたわ。よかったら聞かせましょうか?」
 女が軽快に指を動かすと、タブレットの画面が動画に切り替えられた。私の動悸がひどくなる。できることなら耳を塞ぎたいけどこの状況じゃ無理だ。
 私は今度こそ覚悟を決める。するとあさっての方向からアラームが鳴った。後ろで待機していた執事がお嬢様、と声をかけてくる。
「就寝のお時間でございます」
 そのひと声に女がちっ、と舌打ちする。これからが面白くなるってのに、と低い声で呟いた。でもすぐに猫なで声で分かりました、と対応する。そのあとでもう一度私を睨んだ。
「でも仕方ないわよね。明日は晃さんと文化祭を見る約束があるから、肌を休ませておかないといけないと。この続きは明日の朝にしましょう」
 ではごきげんよう、そう私に挨拶をした女はタブレットを抱え部屋を出て行く。去り際にいい夢がみられるといいわね、と残しつつ。
 こうして私は再び部屋に閉じ込められることになったのである。

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2013

1122

  しばらくの沈黙のあと、ニシが動き出した。
「ちょ、何処行くのよ」
「おまえは家に帰れ。このことは忘れるんだ」
「え?」
「ヒガシが攫われたのは俺のせいだ。だから俺がカタをつけてくる」
「カタをつけるって――」
 一体何するわけ? と私は問う。いつぞや聞いた自衛隊張りの人達をあの女の家に送りこんでナノちゃんを救出するとでも?
 私は彼らの姿を実際に見たことがないから、人から聞いた話や想像で賄うしかない。たぶん物語で言う所のSPみたいなものなのだろう。ニシに忠誠を誓う彼らなら自分の身を呈してでもナノちゃんを救ってくれそうだ。
 でも――。
 私は妙な違和感に捕らわれていた。電話先で見たあの女の余裕ぶりがすごく気になったのだ。
 考えてもみれば、あの女は常に先回りをし邪魔をしていた。今回だって自分の身を守るためにナノちゃんを誘拐したわけだし。もしかしたら巽は他にも何かを企んでいるのかもしれない。
 私はどんどん先へ行くニシを追いかけた。腕をがっちりと掴んで抑えこむ。
「だったら私も連れてきなさいよ」
「何故だ?」
「ナノちゃんの親友は私の方が先輩なんだからっ。私を差し置いて勝手なことしないでよ!」
「でもおまえがいたら足手まといだ」
「そりゃそうだけど!」
 私はニシに食い下がる。丁度その時、背後から水野、という声がした。
 自分と同じ苗字だったので思わず振り返る。見知った顔がちらほらと見えた。同じクラスの友達だ。その中には斉藤の姿もあった。
「おまえ、こんな奴と何してるんだよ」
 斉藤は太い眉を中央に寄せながら聞いてきた。その視線はニシの腕にある。夢中になってて気がつかなかったが、ニシの腕は胸の谷間にすっぽりと収まっていた。
「ふうん。ヒガシとは『親友』で水野とは『そういう』仲なんだ」
 どうやら斉藤は私のニシの仲を疑っているらしい。とても馬鹿馬鹿しいと思った。今はそんなのに相手をしている場合じゃないっていうのに。
 私は斉藤たちを無視する。ニシを引きずって車に乗せようとするけど、それは北山さんに遮られてしまった。
「どうした?」
「実は――先ほど旦那さまから緊急の連絡があって、ニシ家に仕える者は全て本邸に集まれとの指示を受けました」
「父が? どういうことだ?」
「理由は分かりません。とにかくすぐ集まれと」
 その言葉にニシは驚きの表情を隠せなかった。
「晃さんの知っている通り、二人以上の人間から同時に指示が下った時は当主により近い人間が優先されます。それ故私は本邸に向かわなくてはなりません。おそらく他の者も同じかと――こうなった以上救出は難しいかもしれません」
「そんな」
 私は愕然とする。頼みの綱だった人達が使えなくなるなんて――
「これもあの女の作戦か?」
 ぽつりと呟いた一言に私は体を強張らせた。
「動画の件もそうだが、あの女は情報収集に長けている。ねつ造もお手の物だ。父に何らかの理由をつけてけしかけたのかもしれない」 
「じゃあ、もう打つ手なしってこと?」
「いや。まだ可能性はある」
 そう言ってニシは踵を返すと斉藤たちを見た。ゆっくりと彼らに近づく。
「おまえたちは部活でかなり体を鍛えていると聞いている。そこを見込んで頼みたいことがあるのだが――」
「嫌だね」
 真っ先に答えたのは斉藤だ。
「何を頼むのかは知らないけど、クラスメイトをクズだって思ってるヤツの言う事なんか聞きたくない」
 斉藤の言っていることは私にも分からなくない。自分を見下した人間が手のひら返して頼ってくるんだから。怒って当然なのかもしれない。
 だから私はニシのフォローに回って説得を引き継ぐことにする。
「斉藤、そんなこと言わないで手伝って。詳しい事情は話せないけど、ナノちゃんが誘拐されて――とにかく一大事なの! あんたクラスメイトの危機になんとも思わないわけ?」
「だったら『神の一族』の力でなんとかすればいいじゃないか」
「それができないから頼んでいるんじゃない! 私が頼んでもダメなわけ?」
 私の問いに斉藤が一度口を閉ざした。何か考えている様子だったが、それでも駄目だ、と突っぱねられる。
「何で?」
「ニシの味方につくヤツは信用できない」
 それを聞いて私はこの分からずやを殴りたい衝動に駆られた。怒りで体がのめりになる。でもそれはニシよって抑えられた。
 ニシは私の前に立ちはだかるとしごく冷静な声で問う。
「確かに、俺が何を言っても綺麗事にしかならないだろうな。どうすればおまえは納得するんだ?」
 その質問に斉藤の眉がぴくりと動いた。ニシの真剣な目をじっくり見据えた斉藤がふっと笑みを覗かせる。
「だったらまずは土下座してもらおうか」
 ヒガシが大切なら、その位簡単だよな? と斉藤は続ける。周りがざわめいたのは言うまでもない。私もいくら何でもそこまで、と思った位だ。
 けどニシは迷うことなく地面に両手をついた。深々と頭を垂れ声を振り絞る。
「頼む。力を貸してくれ」
「それだけか?」
「このままではヒガシの――親友の身が危ないんだ。それだけは避けたい。絶対あってはならないんだ」
 ニシは更に頭を下げ、額を地面にこすりつけた。彼の言葉に屈辱という感情は一切ない。それどころか切羽詰まったものが伺える。ナノちゃんを助けたいという気持ちが全身から溢れている。
 見ていた私はとてもやりきれなくなった。切なくて悔しくて。自分がいながらニシにこうさせてしまったことに情けさを感じる。
 私は斉藤を睨みつけた。
「ニシを跪かせることができてそんなに嬉しい?」
 私が放った言葉に斉藤が閉口する。他のクラスメイトもばつの悪い顔をしていた。
「今のあんたはサイテーだ。それこそクズよ」
 私はニシの腕を引っ張った。こんな奴に頭下げる必要なんかない、と促す。だけどニシはそこから動こうとしない。地面に顔を伏せたまま頼む、と繰り返すばかりで。
 しばらくの間、沈黙が広がる。ニシの土下座に私たちは動けずにいた。

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2013

1121

 あのあと、私はニシの車で再び学校へ向かった。ナノちゃんと別れた地点で車を降りるともう一度駅へと向かって歩き出す。
 どっかで見落としがあったのかもと思い目をこらしながら探したけど、歩道を歩いているのは帰宅途中の会社員がほとんどで、ナノちゃんの姿は見つからない。寄り道でもしたのかと通学路の途中にあるコンビニを外から注意深く見てみたけど、その姿を見つけることができなかった。
 一体どこに行っちゃったの?
 私は何度目かのコールを鳴らそうと携帯に手をかける。返ってくるのは同じ文句ばかりだ。
 駅前の道路をふらふらしているとクラクションを鳴らされる。振り返るとニシの車がこちらに向かっていた。車は私を追い越すと道の脇に寄せられる。お抱えの運転手が後ろのドアを開けた。
「ヒガシは見つかったか?」
 車から出てきたニシに私は首を横に振る。不安が一気に押し寄せた。
「これって誘拐かな? ナノちゃんの家や警察に連絡した方がいいんじゃ――」
「いや、それはこっちの調べがつくまで待ってほしい」
 ニシの視線を追いかけると襟元のマイクに向かって何か呟いていた運転手さんと目が合った。強面のその口が晃さん、と言葉を紡ぐ。
「防犯カメラに映っていた車のナンバーはやはり巽家の車でした」
 その報告にニシの表情が曇る。何か知ってるようなそぶりだったので私は問わずにはいられない。
「タツミって、ニシの知ってる人なの?」
「巽は――あの女の苗字だ」
「え」
「あの女、文化祭で俺らが何かしてくると踏んで先回りをしたらしい」
 相変わらず食えない女だ、とニシは言葉を吐き捨てた。
「北山、巽家と連絡が取りたい。テレビ電話を繋げてくれ」
 ニシの指示を受け、北山と呼ばれた運転手が車へ向かった。一分後、液晶タブレットを手にして戻ってくる。すぐさまニシの手に渡される。回線はすでに繋がれていて画面にはあの女の姿が映し出されていた。 
 久々に見る女の姿は麗しい。時代遅れの縦巻きが残念だが、くりくりとした目に長いまつげ、筋の通った鼻は申し分がない。西洋人形を思わせるような顔立ちは美人の部類と言えるだろう。
 綺麗に着飾った女は待ってましたと言わんばかりの微笑みで喋りはじめた。
「ごきげんよう。もう生徒会長ではないから今は晃さん、と呼べばいいのかしら?」
 女の馴れ馴れしい口ぶりにニシの眉がひくついたのを私は見逃さなかった。ニシに嫌悪感とも言える表情が浮かぶ。
「おまえ、ヒガシに何をした?」
「あら、いきなり何ですの?」
「茜が丘近辺の防犯カメラに巽家の車が映っていた。巽家はこんな所をうろつくような柄ではない。ヒガシを連れ去ったのはおまえだな?」
「連れ去ったなんて人聞きの悪い。私はただ、彼女を招待しただけ――」
「何が招待だ! これはれっきとした誘拐じゃないか!」 
 ニシが通常の三倍ともいえる大声を上げたので私は体を強張らせた。物騒な言葉を聞きつけた通りすがりがいぶかしげに私たちを見ている。だが、言った本人はそんなのは全然気にしていない。目の前の問題を解決するのに必死だ。
 ニシは怒っている。出会ってまだ間もないけど、彼がこんなにも感情をあらわにする所を見たのは初めてだ。
 一方、疑いをかけられた女に動揺したようなそぶりは見られない。むしろこの状況を楽しんでいるかのような表情だ。
「庶民の女にうつつを抜かすなんて、ニシ家も落ちぶれたものですね」
「何だと?」
「ご心配なく。明日の夕方になったら彼女を家まで送りますから。それまでは巽家が丁重にお預かりします。もちろん、晃さんのご招待は謹んでお受けしますよ。文化祭楽しみにしています」
 それは文化祭が終わるまで自分に手を出すなという宣告とも取れた。それは何かした場合、ナノちゃんの身の保障はできないみたいに聞こえて――
「ナノちゃんに変なことしたら絶対に許さないから!」
 私はニシを押しのけ声をあげた。
 突然画面に割り込んできた第三者に巽はぱちぱちと瞬きを繰り返す。そのうちくすくすと笑い始めた。たかが庶民が何を、とでも言いたげだ。
「何を誤解しているのか知りませんが、変な勘繰りはしないで下さい。私のわがままに『ちょっと』付き合ってもらうだけですよ」
 ではまた会いましょう、そう言って巽は電話を一方的に切った。画像がぷつりと途絶えたあとでタブレットが小刻みに揺れたのはニシの腕がぶるぶると震えていたせいだ。
 ニシがタブレットを投げつける。時代の先端をいく機器はシリコンでカバーされていたから衝撃にも耐えられるのだろうけど、それでもひやひやする。


 

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2013

1119
私はナノちゃんと別れたあと、駅とは反対の方へ向かった。
 通りを二つ超えた先の角で左に曲がる。黒のベンツが停まっていたので、私は後部座席の窓を軽くノックした。パワーウィンドウがゆっくりと動き出す。車の中にいたのは今日クラスを騒がせた張本人、ニシである。
 ニシは重そうな瞼を二度三度はためかせたあとで髪をかいた。大きなあくびがひとつ飛ぶ。
「ずいぶん遅くまで学校にいたんだな」
「まぁ色々あってね……『例のもの』はどうなったの?」
「これでいいか?」
 ニシは車内にあった大きな紙袋を私に掲げた。私は窓からそれを受け取る。中身を確認したあとでにやりと笑った。
「ありがとう、これ手に入れるの大変だったでしょ?」
「既存はすでに販売終了していたから作者に直接掛け合って作ってもらった」
「この数を?」
「そうだ。直接取りにいって一時間前に帰国したばかりだ」
 そう言ってニシはまたあくびを飛ばす。けだるそうにしていたのは時差ボケのせいだったのか、と思う。それからわざわざ海外まで出向いて作ってもらわなくてもよかったのに、とも。
 ニシにはあるものを用意してほしいと前々から頼んでいた、でも無いなら似たようなものでいい、と前もって言っておいたはずだ。なのにニシはわざわざ海外に出向いてまで用意した。どうしても譲れないものがあったらしい。なのでこの件に関して言及するのはやめた。
 そのかわり別の件で釘を指すことにする。 
「『あの女』ちゃんと来るんだよね?」
「本人に意志がなくても、俺が明日学校に連れて来る。大丈夫だ」
 それを聞いて私はちょっとだけ安心した。
 明日の文化祭で私はあるサプライズを計画している。それは暁学園で味わった苦汁に対する報復ともいえた。
 あの日、私はナノちゃんから貰った招待状で暁学園の文化祭を楽しんでいた。でもすぐに学園の風紀委員に捕まり、理不尽な取り調べやらボディチェックやらを受ける羽目になったのである。
 そのあと私はあの女を筆頭とするグループに引き渡され、私は学園内にあるカジノへと連れだされた。何でも好きなゲームを、と言われたので私はポーカーをリクエストした。カードゲームは「引き」の強い私の得意とするジャンルだ。その中でもポーカーは私の十八番でもあった。
 今思えば、あの時点で適当に負けてればよかったのだと思う。少なくともあんな目に遭う事もなかっただろう。でもテロの犯人扱いされていた私はむしゃくしゃしていて、奴らを見返すことしか考えてなかったのだ。
 案の定、連勝する私にあの女はイカサマだ何だといちゃもんをつけてきた。そしておしおきと言って私のフラグゲームの会場へ放りこんだのだ。試合は全てあの女の思うがままで、私は苦汁を飲まされた。
 アンタは所詮会長が招待した女の身代わりなの。だから誰に何をされようが仕方ないのよ。
 あの女の高笑いは今も私の耳にこびりついている。あのあと私のピンチは親友のナノちゃんが救ってくれたけどあの女への恨みつらみは消えない。ナノちゃんに悪意を向けたなら尚更だ。
 もろもろの恨みを晴らすのに、文化祭は絶好の機会だった。
 目には目を。嫌がらせには嫌がらせを。そうでもしなきゃ私の腹の虫は収まらない。一度地獄に落としてやろうじゃないか。
 これが私の復讐だ、とニシに話したら怖い奴だな、と鼻で笑われた。でもニシもあの女に一杯食わせてやりたかったらしく、私に協力してくれると約束してくれた。その後私たちはあの女の弱点を突いたシナリオを立て、それぞれの準備にとりかかり――現在に至るわけである。 
 私は次の欠伸を噛みしめるニシにそうそう、と話を持ちかける。
「この間斉藤にクズって言ったでしょ? 今日その事でクラスが大変なことになっちゃったんだから」
「そうなのか?」
「おかげでニシの評価は最悪だね。ナノちゃんも親友だって言いふらされたせいで対応に困ってたわよ。どうするの?」
「……昼間電話がかかってきたのはそのせいなんだな」
「口にはしなかったけど、あれは相当苛々してたね。メールでも打っておけば?」
「いや。直接電話する」
 そう言ってニシは自分の携帯でナノちゃんを呼び出した。数秒してニシの口からんん? と声が上がる。 
「何、着信拒否でもされた?」
「そうじゃない。出ないんだ」
 ニシは自分の携帯を私の耳に近づける。スピーカーからは電源が入っていないためかかりませんというアナウンスが流れていた。
 私も首を横にかしげる。何故なら今朝、ナノちゃんから充電をフルにしたという話を聞いていたからだ。新しい携帯は前よりも電池の減りが遅くて助かるみたいなことを言っていたのに。携帯の電源を切る用事でもあったんだろうか?
 私は思いつく限りの可能性を考えてみた。けどこの近くに病院はないし、電波の届きにくい場所もない。電車に乗るにしてもあと徒歩で五分はかかるはずだ。意図的に電源を切るなんてありえない。
 だとしたら――
「ニシ、車で駅まで送ってもらいたいんだけど。いい?」
「それは構わないが。どうかしたのか?」
「……すごーく嫌な予感がするんだ」
 それは漠然としたものだったけど、とても嫌な感じだった。
 すぐに後ろのドアが開いたので私は車に乗り込んだ。ニシが運転手さんに声をかける。学校まで車を走らせ、そこからは通学路をなぞって駅へ向かった。
 車のライトが道を照らす。ナノちゃんの足ならそろそろこの辺で出くわすはず――
 だけど、そこにナノちゃんらしき高校生の姿はどこにも見当たらない。そうこうしているうちに車は駅に着いてしまった。
 私は自分の携帯を出すとナノちゃんに電話をかける。でも返ってくるのは電源が切れていると言うお決まりの言葉だけ。
「なんで?」
 ナノちゃんと別れてから追いかけるまで数分もなかったはずだ。なのに彼女は消えてしまった。まるで神隠しに遭ったかのような展開だ。
 私は口元に手を当てる。きっと青ざめた顔をしていたのだろう。ニシがどうした? と聞いてくる。
「顔色が良くない。具合でも悪いのか?」
「どうしよう……ニシ」
 ナノちゃんが消えちゃった――
 私が紡いだ言葉にニシは目を大きく見開いた。

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プロフィール
HN:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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