もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
何処に飛ばされるかはその時々に起こる時空の波によって決められるらしい。これだけはどうにもならないとヤツは言っていた。
でも前は農家の馬小屋で着地早々馬に蹴り飛ばされるし、その前は城の厨房でぐつぐつ煮立つ鍋の中へ危うく放りこまれる所だった。さて今回は何処にとばされることやら。格好が格好だしできることなら人目につかない所がいいのだけど――
時空の波に漂いながら私は頭を巡らせる。すると突然、波が急直下した。これは異世界に到着した合図だ。引力に誘われるがまま私は地面に落下する。
私が着地したのは全身白で覆われた世界だった。触ってみるとそれは思った以上に柔らかくて心地よい――というかこれ、シーツじゃないか?ここは一体何処?
私はシーツの海をかき分け、空いた隙間に顔を突っ込む。すると青い空が私を迎えてくれた。水の匂いが鼻をくすぐる。聞こえてくるのは川のせせらぎ。詳しい情報が欲しくて私は空の向こうへ身を乗り出す。が、バランスを崩し上半身をひねるように転んでしまった。
「いたたたた」
私は打った顔面をさすりながら起き上がる。あたりに散らかるのは沢山のシーツとそれが入っていたであろう籠。私は近くで洗濯をしている女性と目があった。女性は口をぽっかりと開けたまま動かない。一糸まとわない私に視線が釘付けだ。
「えー……っと」
私はこの気まずさをどうにかしたくてとりあえずこんにちは、と挨拶をしてみる。けどやっぱりと言うか何と言うか。相手の方はぎゃああ、と素敵な悲鳴を上げて、尻もちまでついてくれた。
「な、な、な、なんなのっ」
ああ、その気持ち良く分かります。数分前の私もそうでしたから。私は心の中で突っ込みを入れるものの、この展開を打破する術が見つからない。ええと、どこから説明すればいいんだ?
私が川岸で途方に暮れていると、あさっての方向からおおここにいたのか、と声がする。そちらを見やればヤツがのほほんとした顔でやって来たではないか。私は慌てて、手元のシーツを体に巻き布の山から脱出した。
「すまぬのう。気がついたらいつもの調子でお前を放り出してしもうたわい」
そう言ってヤツはてへぺろ、と可愛らしくポーズを取る。いい年をしたジジィが何やってんだか――と私は呆れるがすぐにはっとする。
「ちょ、そこのジジぃ、今の言葉は何? あんた『いつもの調子で』と言ったよね?」
もしかして、もしかしなくても着地点を意図的に選んでいたということだよね? 着地点は時空の波で決まるってのは嘘だったの? なんじゃそれはーっ!
私はヤツの胸ぐらを掴んでどういうことよ、と詰め寄る。ヤツは暴力反対と言うけれど、そんなの鼻で吹き飛ばしてやった。洗濯をしていた女性は私の暴挙にオロオロしている。
これまで色んな仕打ちを受けてきたけど、どうにか堪えていたわよ。でも今回のは最初からタチが悪すぎる。決めたらここが吉日。今ここで爆発しなくてどうする。
「さあ、お仕置きしたいならしなさいよ! 受けて立つわ」
私は今度こそ失敗しないよう、防御の呪文を唱える。多少の痺れは気合いでどうにかしてやる!
私がそう息まいて時を待っていると、あらあらにぎやかねぇ、とのんびりした声が加わった。ヤツが現れたのと同じ方向から別の女性がやってきたのだ。
その人は人間の年でいうなら五十歳前後、優しげな笑顔を持つおばさんだった。私は彼女に一度会ったことがある。名前は確か――クレアさんだっけ。彼女はヤツの遠い親戚で、城の厨房で働いている。そして週に一度ヤツの家を訪れ掃除や食事の世話をしているらしい。
「お弟子さん、お久しぶり。元気にしてた?」
彼女の挨拶に私ははい、まぁ、と思わず返事をしてしまう。クレアさんがここにいるということは――ここはヤツの家なのか、と思ったけど洗濯をしていた人に見覚えがないから違うのだろう。ではここは一体どこなんだ?
クレアさんはヤツを私からひきはがすと、今はここでケンカをしている場合じゃないですよ、と静かにたしなめた。
「もう少しで会議が始まるから早く支度済ませないと」
「おお、そうじゃった。で、『アレ』は用意できてるかの?」
「もちろん。大おじさまの注文通りに仕立ててもらいましたよ」
「そうかそうか」
そう、ヤツは満足げに微笑んだ。私はくすぶった気持ちを抱えながらも、ヤツが何を企んでいるのかが気になって仕方ない。
「とにもかくも。お弟子さんを捜してたのよ。早く着替えなきゃね」
さあこっちよ、そう言ってクレアさんは私を自分の家へ連れて行った。どうやら今回の着地地点はクレアさんの家の近くだったらしい。家の中にはももちゃんがいて、私と同じように白い布をまとっていた。私の姿をみるなり、おねーちゃんおそーいと駄目出しする。その素直ですぎる言葉に私が苦笑を浮かべると、一旦奥の部屋に入ったクレアさんが服を持って戻ってきた。
「会議とはいえ、今回は王も同席するから正装で行きましょうね」
そう言ってクレアさんが服を広げ私に見せた。魔法使いの服装というとヤツが普段着ている長いローブしか思いつかないけど、私が今回着るのはウエストの部分が帯で締まったワンピースだった。袖はシースルーになっている。それを着て最後に三角帽子と黒いローブをまとうと私は「如何にも」な魔法使いに変身した。私の髪を乾かし、結ってくれたのはあの時洗濯をしていた女性だ。彼女はクレアさんの娘なのだという。
「良く似合っているわ。とっても素敵」
そう言われ、私は頬を赤く染めた。褒められるのは嫌じゃない。嬉しいくらいだ。でも私は素直に喜ぶことはできなかった。確かにヤツが見立てた服は私が修行の時に使うのよりも軽いし、布も上質で肌触りも格別だ。けど色が赤だし、何だか派手じゃないか?
「あの、やっぱりコレ着て城に行かなきゃならないんでしょうか?」
不安になった私はクレアさんに聞いてみる。お祝いとか祭りならともかく、緊急事態とか言ってなかったっけ?
「あの、こっちの世界が大変なことになっているってきいたんですけど」
「そう。この国の大ピンチ。存亡をかけた一大事なの。でもこの国で名高い魔法使いである大おじさまの弟子のお披露目でもあるから、ここは派手にいかないと」
クレアさんはまるでこの状況を楽しんでいるかのように笑っている。ヤツよりは遥かにいい人なのだけど、そんなにも楽天的なのはヤツの一族の遺伝子のせいなのだろうか。それに、言ってる事の意味がよくわからないのだけど。
私はこれから城で起こる「お披露目」に一抹の不安を抱く。その横では私と色違いの服に着替えたももちゃんがきゃっきゃとはしゃいでいた。
「わたしはまほうつかいもも。こまったことがあったらなんでもわたしにおまかせよっ」
そう言ってマントをひらひらとさせ、飛ぶ真似をする。すっかりこの世界が気に入ったようだ。
ももちゃんの無邪気さにクレアさんが目を細める。
「大おじさまとお弟子さんが城に居る間は、私と娘がももちゃんのお世話をしますので安心してください」
「それじゃあ行くかのぉ」
ヤツに呼ばれ、私は重い腰を上げる。かくして私は赤いドレスをまとったまま、名ばかりの師匠であるヤツと城に登城することになったのである。
(使ったお題:02.視線が釘付け)
でも前は農家の馬小屋で着地早々馬に蹴り飛ばされるし、その前は城の厨房でぐつぐつ煮立つ鍋の中へ危うく放りこまれる所だった。さて今回は何処にとばされることやら。格好が格好だしできることなら人目につかない所がいいのだけど――
時空の波に漂いながら私は頭を巡らせる。すると突然、波が急直下した。これは異世界に到着した合図だ。引力に誘われるがまま私は地面に落下する。
私が着地したのは全身白で覆われた世界だった。触ってみるとそれは思った以上に柔らかくて心地よい――というかこれ、シーツじゃないか?ここは一体何処?
私はシーツの海をかき分け、空いた隙間に顔を突っ込む。すると青い空が私を迎えてくれた。水の匂いが鼻をくすぐる。聞こえてくるのは川のせせらぎ。詳しい情報が欲しくて私は空の向こうへ身を乗り出す。が、バランスを崩し上半身をひねるように転んでしまった。
「いたたたた」
私は打った顔面をさすりながら起き上がる。あたりに散らかるのは沢山のシーツとそれが入っていたであろう籠。私は近くで洗濯をしている女性と目があった。女性は口をぽっかりと開けたまま動かない。一糸まとわない私に視線が釘付けだ。
「えー……っと」
私はこの気まずさをどうにかしたくてとりあえずこんにちは、と挨拶をしてみる。けどやっぱりと言うか何と言うか。相手の方はぎゃああ、と素敵な悲鳴を上げて、尻もちまでついてくれた。
「な、な、な、なんなのっ」
ああ、その気持ち良く分かります。数分前の私もそうでしたから。私は心の中で突っ込みを入れるものの、この展開を打破する術が見つからない。ええと、どこから説明すればいいんだ?
私が川岸で途方に暮れていると、あさっての方向からおおここにいたのか、と声がする。そちらを見やればヤツがのほほんとした顔でやって来たではないか。私は慌てて、手元のシーツを体に巻き布の山から脱出した。
「すまぬのう。気がついたらいつもの調子でお前を放り出してしもうたわい」
そう言ってヤツはてへぺろ、と可愛らしくポーズを取る。いい年をしたジジィが何やってんだか――と私は呆れるがすぐにはっとする。
「ちょ、そこのジジぃ、今の言葉は何? あんた『いつもの調子で』と言ったよね?」
もしかして、もしかしなくても着地点を意図的に選んでいたということだよね? 着地点は時空の波で決まるってのは嘘だったの? なんじゃそれはーっ!
私はヤツの胸ぐらを掴んでどういうことよ、と詰め寄る。ヤツは暴力反対と言うけれど、そんなの鼻で吹き飛ばしてやった。洗濯をしていた女性は私の暴挙にオロオロしている。
これまで色んな仕打ちを受けてきたけど、どうにか堪えていたわよ。でも今回のは最初からタチが悪すぎる。決めたらここが吉日。今ここで爆発しなくてどうする。
「さあ、お仕置きしたいならしなさいよ! 受けて立つわ」
私は今度こそ失敗しないよう、防御の呪文を唱える。多少の痺れは気合いでどうにかしてやる!
私がそう息まいて時を待っていると、あらあらにぎやかねぇ、とのんびりした声が加わった。ヤツが現れたのと同じ方向から別の女性がやってきたのだ。
その人は人間の年でいうなら五十歳前後、優しげな笑顔を持つおばさんだった。私は彼女に一度会ったことがある。名前は確か――クレアさんだっけ。彼女はヤツの遠い親戚で、城の厨房で働いている。そして週に一度ヤツの家を訪れ掃除や食事の世話をしているらしい。
「お弟子さん、お久しぶり。元気にしてた?」
彼女の挨拶に私ははい、まぁ、と思わず返事をしてしまう。クレアさんがここにいるということは――ここはヤツの家なのか、と思ったけど洗濯をしていた人に見覚えがないから違うのだろう。ではここは一体どこなんだ?
クレアさんはヤツを私からひきはがすと、今はここでケンカをしている場合じゃないですよ、と静かにたしなめた。
「もう少しで会議が始まるから早く支度済ませないと」
「おお、そうじゃった。で、『アレ』は用意できてるかの?」
「もちろん。大おじさまの注文通りに仕立ててもらいましたよ」
「そうかそうか」
そう、ヤツは満足げに微笑んだ。私はくすぶった気持ちを抱えながらも、ヤツが何を企んでいるのかが気になって仕方ない。
「とにもかくも。お弟子さんを捜してたのよ。早く着替えなきゃね」
さあこっちよ、そう言ってクレアさんは私を自分の家へ連れて行った。どうやら今回の着地地点はクレアさんの家の近くだったらしい。家の中にはももちゃんがいて、私と同じように白い布をまとっていた。私の姿をみるなり、おねーちゃんおそーいと駄目出しする。その素直ですぎる言葉に私が苦笑を浮かべると、一旦奥の部屋に入ったクレアさんが服を持って戻ってきた。
「会議とはいえ、今回は王も同席するから正装で行きましょうね」
そう言ってクレアさんが服を広げ私に見せた。魔法使いの服装というとヤツが普段着ている長いローブしか思いつかないけど、私が今回着るのはウエストの部分が帯で締まったワンピースだった。袖はシースルーになっている。それを着て最後に三角帽子と黒いローブをまとうと私は「如何にも」な魔法使いに変身した。私の髪を乾かし、結ってくれたのはあの時洗濯をしていた女性だ。彼女はクレアさんの娘なのだという。
「良く似合っているわ。とっても素敵」
そう言われ、私は頬を赤く染めた。褒められるのは嫌じゃない。嬉しいくらいだ。でも私は素直に喜ぶことはできなかった。確かにヤツが見立てた服は私が修行の時に使うのよりも軽いし、布も上質で肌触りも格別だ。けど色が赤だし、何だか派手じゃないか?
「あの、やっぱりコレ着て城に行かなきゃならないんでしょうか?」
不安になった私はクレアさんに聞いてみる。お祝いとか祭りならともかく、緊急事態とか言ってなかったっけ?
「あの、こっちの世界が大変なことになっているってきいたんですけど」
「そう。この国の大ピンチ。存亡をかけた一大事なの。でもこの国で名高い魔法使いである大おじさまの弟子のお披露目でもあるから、ここは派手にいかないと」
クレアさんはまるでこの状況を楽しんでいるかのように笑っている。ヤツよりは遥かにいい人なのだけど、そんなにも楽天的なのはヤツの一族の遺伝子のせいなのだろうか。それに、言ってる事の意味がよくわからないのだけど。
私はこれから城で起こる「お披露目」に一抹の不安を抱く。その横では私と色違いの服に着替えたももちゃんがきゃっきゃとはしゃいでいた。
「わたしはまほうつかいもも。こまったことがあったらなんでもわたしにおまかせよっ」
そう言ってマントをひらひらとさせ、飛ぶ真似をする。すっかりこの世界が気に入ったようだ。
ももちゃんの無邪気さにクレアさんが目を細める。
「大おじさまとお弟子さんが城に居る間は、私と娘がももちゃんのお世話をしますので安心してください」
「それじゃあ行くかのぉ」
ヤツに呼ばれ、私は重い腰を上げる。かくして私は赤いドレスをまとったまま、名ばかりの師匠であるヤツと城に登城することになったのである。
(使ったお題:02.視線が釘付け)
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自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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