2013
数日後、俺は彼女に例の招待状を手渡した。
「パーティと言っても内輪だけのお祝いだから。堅苦しく考えないでほしい」
「でも――私が来たら場違いなんじゃ……裕福な方が多いんでしょう?」
「実は今回ヒガシも招待しているんだけど同じ理由で渋っているんだ。だから南さんにも来てもらえると助かる。もちろん俺の友達として。駄目かな?」
俺の説得に彼女の強張った顔が少し緩んだ。親友をダシに使ったことについて罪悪感もあったが、彼女を確実に誘うにはそれが一番の方法だったのだ。仕方ない。
「わかった。喜んで参加させてもらいます。ヒガシさんと一緒なら安心だし」
「そのことだけど――二人がただ一緒に来るのも面白くないよね」
「え?」
「例えばヒガシ一人で来させて逆に驚かせるとか? もちろん、あいつが南さんが来ることを知らないってのが前提だけど」
「ちょっとしたサプライズ、か。何だか面白そう」
俺の提案に彼女は快く乗った。俺は招待状を渡す。受け取った彼女は当日を楽しみにしてます、と言い満面の笑みを浮かべた。
サプライズ当日、俺はいつものように彼女を家へ送るべくファミレスに赴いた。店の駐車場は俺が乗った車が入ると満車になった。店に入ると、騒々しさが広がる。どうやら今日は繁盛日らしい。
入口の前で立っていると、彼女が前を通り過ぎた。目が合い、彼女があ、と言葉を漏らす。
「ごめんなさいニシくん。もうちょっとで上がるから。よかったら席に座って」
「わかった」
ほどなくして俺は窓際の席に通される。ただ待っているのも何なので俺はメニューからパンケーキのセットを頼むことにする。
待っていると携帯が鳴った。通話ボタンを押すと受話器から聞き覚えのある声が届く。相手は北山だ。先ほど俺は北山に頼んだ案件がどうなったか、経過報告だけでも知らせてほしいとメールを打っていた。
彼の報告を聞き、俺は分かった、とだけ返事をする。通話を切ると先に出されていた水を飲んだ。全てを流し込み、一息つく。先ほどの話を一つ一つ自分の中で咀嚼する。北山は予想以上の働きをしてくれた。彼には あとで礼のひとつでも言うべきだろうか――
丁度その時俺の頼んだ品が届いた。運んできたのはヒガシだ。親友は内容を告げると静かに皿を置いた。一連の作業を終えたところで、俺に話しかける。
「今日も南さん送っていくの?」
「そのつもりだが」
そう言って俺はナイフを手にする。薄っぺらい小麦粉の生地を切ろうとするが、紗耶香さんと南さん、どっちが好き? と話を振られ、俺は手の動きを止めた。見上げればヒガシが神妙な顔をしている。
「ニシは南さんと一緒に居て辛くない? 紗耶香さんのことを思い出したりしない?」
まさか、このタイミングで聞かれるとは思いもしなかった。俺はナイフを置き親友をまじまじと見つめる。最初は冷やかしかと思われたが、そうでないという事はこいつの目を見ればわかる 。こいつは俺を心配しているのだ。なんだが嬉しくなって、俺は少しだけ心が温かくなる。こいつと出逢えたことを俺は心から感謝した。
親友の名に恥じないよう俺は自分の中にあるありのままの気持ちを口にする。全てを吐きだすと、ヒガシは何とも言えぬ複雑な顔をした。
「……南さんに、紗耶香さんのこと話したの?」
「まだだ。でも彼女は気づいているんじゃないかって思う」
俺が未だ罪悪感に苛まれていること、ふたりの間で揺れていたことも。たぶん彼女は気づいている。彼女には聞きたいことが沢山あった。だから俺は話そうと思う。自分の思いのたけを。
ヒガシがいなくなって十分後、学生服に着替えた彼女が現れる。彼女は大きな紙袋を抱えていた。それは何? と聞くと秘密、とかわされてしまう。その思わせぶりな態度に俺は苦笑した。中身はおそらく、これから貰うプレゼントなのだろうか。
俺は彼女をエスコートすると、外に待たせていた車の中へ促す。運転手がサイドブレーキを戻した。車がゆっくりと動き出す。俺の右隣りに座った彼女は車が動いても店のある方向を気にしていた。
「ヒガシさん、今日残業するって言ってたんですけど……パーティ間に合うのかしら? 本当に何も言わなくてよかったの?」
そう、彼女は心配そうな顔をする。俺は大丈夫だから、と答えた。
「ヒガシは今日のことを知らない」
「え?」
「実はヒガシには招待状を送っていなかった――というよりあいつは最初から行く気がなかったんだ。でもそれを言ったら南さんも来ないかもしれないと思ったから、嘘をついた」
「どうしてそんなこと」
「南さんと二人きりで誕生日を祝いたかったから。俺の話を聞いてほしかったんだ」
俺の言いわけにに彼女は眉をひそめる。当然だろう。彼女は騙されたのだから。気分が悪くなるのも無理はない。だから俺は悪意はなかったんだ、と言葉を続けた。
「望むならここで車を停めて君を降ろすこともできる。俺の誕生日を祝ってくれなくても構わない。そのかわり話を聞いてほしい。長くなるかもしれないけど、大切な話だ」
どうする? と問いかけた後で俺は彼女の名を口にする。その瞬間、彼女ははっとしたような顔をした。俺は小さく頷く。彼女は自分の視線を膝に置かれた手に向けた。その指先がわずかに震えている。
「選ぶのは君だ。俺は君の本当の気持ちが知りたい」
この車には付添いや護衛の者はいない。今日だけ俺がそうさせたのだ。運転手も必要なら車から降ろさせる。彼女に失礼なことは一切させないつもりだ。
俺は口を閉ざした。彼女の返事をひたすら待つ。長い沈黙は怖くなかった。たっぷり時間をおいたあとで、彼女は口を開いた。うつむいたまま分かり ました、と言う。
「その『大切な話』というのを聞くことにします。けどその前に――」
彼女は自分の左腕を俺の右腕に絡めた。俺を押さえつけ、反対の手で黒い「何か」を首元に突きつける。一瞬しか見えなかったが火花を散らすあれは――スタンガン、か?
体が痺れ、目の内側に花火が咲く。俺は短い呻き声を上げると、彼女の腕の中へ崩れ落ちた。
(使ったお題:40.指先が震えた)