もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
今、隣りにいる男は大学のサークル仲間である。
奴は漫画で言う所の当て馬キャラだ。とにかく恋に報われない。
いい雰囲気になったなーと言う所で告ると実は本命が、な展開になる。付き合っても他の男に横取りされる。別れ際の台詞は「貴方はいい人だからもっと素敵な人が現れるわ」が定番だ。とにかく損な役回りしか来ない。
更に厄介なのが、その元カノたちと今でも連絡を取り合っていることだ。どういうわけか奴は彼女達に相談を持ちかけられる。彼女ら曰く、奴なら口も堅くて、安心して相談できるから、らしい。
だが彼女達は知らない。自分が持ちかけた相談内容が全て私に筒抜けだということを。
「ねー、ケイちゃん。今日、元カノに会って話たんだけど」
今日も奴は元カノの相談を受けていたらしい。私はどの元カノよ? と聞き返す。
「えーと、半年前に別れた芹沢さん。ケイちゃんと同じ大学の」
ああ、あの女ね。私は心の中で舌打ちする。彼女は「自分の方が似合うから」という理由で人のモノをパクるのが趣味だった。服もバッグも男でさえも。彼女に泣かされた人間は数知れない。彼女持ちばかり狙う中、シングルだった奴とつきあったのは唯一の奇跡と言ってもいいだろう。
「なんかね、バイト先の店長の事好きになっちゃったんだって。で、その店長ってのが結婚してて」
あのビッチ、とうとう妻帯者に手を出したか。
「他に好きなのができたなら別れればいいじゃん」
「でも、今の彼氏ってのがすごく優しくてその、体の相性もいいんだって。自分をこんなに大切に思ってくれる人は居ないから別れるのは申し訳ないって」
「つまり今の彼が金持ちでセックスも上手いから簡単に捨てられませんってことだね」
「そこまで露骨に言わなくても。ケイちゃんって芹沢さんの話になると不機嫌になるよね」
「そお?」
「芹沢さんはケイちゃんが思うほど悪い人じゃないよ。彼女は純粋で素直で、自分に嘘がつけないだけで」
「はいはい、あんたの前ではそうでしたねぇ」
私は厭味ったらしい言葉で話を切る。奴のお人よしは天然記念物並みだ。聞くだけでイライラしてくるので奴に背中を向けた。
「もしかして――まだ元カレが芹沢さん好きになったのが許せない?」
「そんなんじゃない」
「じゃあ何で?」
奴に問われ、私はうろたえる。せっかくのチャンスだというのに自分から言うのは癪に思えてならない。
言えるわけがない。奴があの女を褒めるのが許せないだなんて。
一番許せないのは奴が私の気持ちに気づいてないということだ。直球で話しても冗談として返される。ありえないだろそれは。
いい加減に気づけ、バカ野郎!
私は側にあったクッションを奴に投げつけた。(1128文字)
実は主人公も当て馬でした、なラブコメ。ちなみに、芹沢さんが「奴」と付き合ったのは以前主人公と奴が仲良く歩いていたのを目撃したから。
奴は漫画で言う所の当て馬キャラだ。とにかく恋に報われない。
いい雰囲気になったなーと言う所で告ると実は本命が、な展開になる。付き合っても他の男に横取りされる。別れ際の台詞は「貴方はいい人だからもっと素敵な人が現れるわ」が定番だ。とにかく損な役回りしか来ない。
更に厄介なのが、その元カノたちと今でも連絡を取り合っていることだ。どういうわけか奴は彼女達に相談を持ちかけられる。彼女ら曰く、奴なら口も堅くて、安心して相談できるから、らしい。
だが彼女達は知らない。自分が持ちかけた相談内容が全て私に筒抜けだということを。
「ねー、ケイちゃん。今日、元カノに会って話たんだけど」
今日も奴は元カノの相談を受けていたらしい。私はどの元カノよ? と聞き返す。
「えーと、半年前に別れた芹沢さん。ケイちゃんと同じ大学の」
ああ、あの女ね。私は心の中で舌打ちする。彼女は「自分の方が似合うから」という理由で人のモノをパクるのが趣味だった。服もバッグも男でさえも。彼女に泣かされた人間は数知れない。彼女持ちばかり狙う中、シングルだった奴とつきあったのは唯一の奇跡と言ってもいいだろう。
「なんかね、バイト先の店長の事好きになっちゃったんだって。で、その店長ってのが結婚してて」
あのビッチ、とうとう妻帯者に手を出したか。
「他に好きなのができたなら別れればいいじゃん」
「でも、今の彼氏ってのがすごく優しくてその、体の相性もいいんだって。自分をこんなに大切に思ってくれる人は居ないから別れるのは申し訳ないって」
「つまり今の彼が金持ちでセックスも上手いから簡単に捨てられませんってことだね」
「そこまで露骨に言わなくても。ケイちゃんって芹沢さんの話になると不機嫌になるよね」
「そお?」
「芹沢さんはケイちゃんが思うほど悪い人じゃないよ。彼女は純粋で素直で、自分に嘘がつけないだけで」
「はいはい、あんたの前ではそうでしたねぇ」
私は厭味ったらしい言葉で話を切る。奴のお人よしは天然記念物並みだ。聞くだけでイライラしてくるので奴に背中を向けた。
「もしかして――まだ元カレが芹沢さん好きになったのが許せない?」
「そんなんじゃない」
「じゃあ何で?」
奴に問われ、私はうろたえる。せっかくのチャンスだというのに自分から言うのは癪に思えてならない。
言えるわけがない。奴があの女を褒めるのが許せないだなんて。
一番許せないのは奴が私の気持ちに気づいてないということだ。直球で話しても冗談として返される。ありえないだろそれは。
いい加減に気づけ、バカ野郎!
私は側にあったクッションを奴に投げつけた。(1128文字)
実は主人公も当て馬でした、なラブコメ。ちなみに、芹沢さんが「奴」と付き合ったのは以前主人公と奴が仲良く歩いていたのを目撃したから。
PR
2013
例えば、君が地球上全ての大陸を制したとしよう。この世の王に君臨した所で自分の望む世界が作れるか? 答えは「No」だ。
この世界は広い、土地によって暮しも文化も宗教も違う。それでいて未熟だ。だから完璧な世界など最初から作れるわけがない。
もしそれができるのだとしたら、そいつは神か悪魔に等しい存在だろう。
前置きが長くなってしまったね。そろそろ本題に入ろうか。
率直な話、僕はこの国のトップに立ちたい。そしてこの国を争いのない国にしたいんだ。
僕の言葉は綺麗事にしか聞こえないだろう。さっきの例えにあるように、自分の望む世界は難しいかもしれない。
でもこの国は侵略以外の方法を考えなければならない。血塗られた歴史はもう終わりにするべきなんだ。
明日、夜明けと同時に城を占拠する。失敗したら命はないだろう。
でも――もし成功したら、その時は僕と結婚して欲しい。
ずっと言えなかったけど、僕はずっと前から君のことが好きだった。今も他の誰より君を愛している。
だから待っていて欲しい。必ず迎えにくるから。(458文字)
お題の使い方に非常に悩み紆余曲折を経た最終形態がプロポーズだったという
この世界は広い、土地によって暮しも文化も宗教も違う。それでいて未熟だ。だから完璧な世界など最初から作れるわけがない。
もしそれができるのだとしたら、そいつは神か悪魔に等しい存在だろう。
前置きが長くなってしまったね。そろそろ本題に入ろうか。
率直な話、僕はこの国のトップに立ちたい。そしてこの国を争いのない国にしたいんだ。
僕の言葉は綺麗事にしか聞こえないだろう。さっきの例えにあるように、自分の望む世界は難しいかもしれない。
でもこの国は侵略以外の方法を考えなければならない。血塗られた歴史はもう終わりにするべきなんだ。
明日、夜明けと同時に城を占拠する。失敗したら命はないだろう。
でも――もし成功したら、その時は僕と結婚して欲しい。
ずっと言えなかったけど、僕はずっと前から君のことが好きだった。今も他の誰より君を愛している。
だから待っていて欲しい。必ず迎えにくるから。(458文字)
お題の使い方に非常に悩み紆余曲折を経た最終形態がプロポーズだったという
2013
本来ならば直接会ってお礼を言うべきなのでしょう。
失礼を承知で筆を取りました。
Nさん、先日はお世話になりました。
あれから私は相変わらずの日々を送っています。
六月を迎え、庭の薔薇が満開の花を咲かせました。
私はこの季節がとても好きです。
庭が一面の紅色に染まるのは圧巻です。
私は庭から三本の蕾と一つの花を摘んで、部屋に飾りました。
今度はNさんにも赤い薔薇の葉を送りましょう。
それではまた、お手紙を書きます。
「これは暗号――というよりレンジョウカだね」
葉書を読み終えた後で彼が言う。レンジョウカ? 私はオウム返しした。彼が庭に落ちていた枝を取る。地面に恋情歌、と記した。
「おそらく、お母さんはNさんのことが好きなんだと思う。だから花言葉に乗せてこの手紙を書いたんだ」
紅色の薔薇は【死ぬほど恋焦がれています】といった意味があるのだという。そして満開の薔薇は【私は人妻です】とも。
私の心臓がどきどきうずいた。葉書は昨日母にポストに入れておいてと頼まれたものだ。ポストに入れる直前、何気に内容を読んで私は首をかしげた。家の庭には薔薇の木など一本もなかったからだ。しかも宛先の名は男性。
でもまさか。これが暗号文だなんて思いもしなかった。
「つまり、お母さんは浮気してるってこと?」
私は彼に問う。それはない、と彼は即答した。
「この手紙を読む限りは何もないよ」
「どうしてそう言い切れるの?」
「手紙をよく読めばわかる」
つまり自分で解読しろということか。
葉書を返された私はため息をつく。心を読んだ彼がショックだった? と聞いてきた。私は素直に頷く。
父と母はお見合い結婚だったけど、とても仲が良かったから。私にはそういう想像ができなかったのだ。
かといって他の男性に心を乱した母を責める気はない。いくつになっても心ときめく出会いはあるのだと思う。ただ、一線を超えるか超えないかだけの話で。
しばらくして、私達を呼ぶ声がした。母だ。
「こっちでお茶でも飲まない?」
私たちは顔を一度見合わせ、わかったと答える。そのあとで彼が言った。
「一度お母さんに聞いてみたら? 気になるならちゃんと吐き出した方がいい」
「そうだね」
まずは手紙を読んだことを謝ることから始めよう。
私は葉書を上着のポケットにしまうと、母の元へ向かった。(995文字)
母の日だけに母ネタで。三つの蕾に一つの花→【あのことは永遠に秘密】 赤い薔薇の葉→【あなたの幸福を祈るわ】
失礼を承知で筆を取りました。
Nさん、先日はお世話になりました。
あれから私は相変わらずの日々を送っています。
六月を迎え、庭の薔薇が満開の花を咲かせました。
私はこの季節がとても好きです。
庭が一面の紅色に染まるのは圧巻です。
私は庭から三本の蕾と一つの花を摘んで、部屋に飾りました。
今度はNさんにも赤い薔薇の葉を送りましょう。
それではまた、お手紙を書きます。
「これは暗号――というよりレンジョウカだね」
葉書を読み終えた後で彼が言う。レンジョウカ? 私はオウム返しした。彼が庭に落ちていた枝を取る。地面に恋情歌、と記した。
「おそらく、お母さんはNさんのことが好きなんだと思う。だから花言葉に乗せてこの手紙を書いたんだ」
紅色の薔薇は【死ぬほど恋焦がれています】といった意味があるのだという。そして満開の薔薇は【私は人妻です】とも。
私の心臓がどきどきうずいた。葉書は昨日母にポストに入れておいてと頼まれたものだ。ポストに入れる直前、何気に内容を読んで私は首をかしげた。家の庭には薔薇の木など一本もなかったからだ。しかも宛先の名は男性。
でもまさか。これが暗号文だなんて思いもしなかった。
「つまり、お母さんは浮気してるってこと?」
私は彼に問う。それはない、と彼は即答した。
「この手紙を読む限りは何もないよ」
「どうしてそう言い切れるの?」
「手紙をよく読めばわかる」
つまり自分で解読しろということか。
葉書を返された私はため息をつく。心を読んだ彼がショックだった? と聞いてきた。私は素直に頷く。
父と母はお見合い結婚だったけど、とても仲が良かったから。私にはそういう想像ができなかったのだ。
かといって他の男性に心を乱した母を責める気はない。いくつになっても心ときめく出会いはあるのだと思う。ただ、一線を超えるか超えないかだけの話で。
しばらくして、私達を呼ぶ声がした。母だ。
「こっちでお茶でも飲まない?」
私たちは顔を一度見合わせ、わかったと答える。そのあとで彼が言った。
「一度お母さんに聞いてみたら? 気になるならちゃんと吐き出した方がいい」
「そうだね」
まずは手紙を読んだことを謝ることから始めよう。
私は葉書を上着のポケットにしまうと、母の元へ向かった。(995文字)
母の日だけに母ネタで。三つの蕾に一つの花→【あのことは永遠に秘密】 赤い薔薇の葉→【あなたの幸福を祈るわ】
2013
車で走らせていると、道路のまん中に蛇がいた。霧が濃いせいで気づくのが遅かった俺はその上を素通りする。助手席にいた佐々木があっと叫んだ。ぶちり、と潰れる音。俺はスピードを保持したまま舌打ちする。
「轢いちまったか?」
「わっかんねぇ。最初から死んでたかもしれないし。つーか、俺の車汚れちまったし。ほんっとついてねぇ」
「それにしてもでかかったよな、あの蛇」
佐々木の言葉に俺はこの辺に蛇の名をもじった池があったことを思い出した。池には大蛇が住んでいて、地元の住民はそいつをヌシと呼んでいた。
昔は洪水のたびにそいつのせいだと恐れ崇めたとか。生贄を差し出したとか。
「もしかして、池のヌシ轢いちゃったとかないよな?」
「あんなの昔話だって。この辺に出るのはマムシかアオダイショウぐらいだろ」
「そうだけどさぁ」
佐々木は言葉をすぼめた。こいつは昔からそういうのに対して信心深い。
「呪いとか……ないよな」
「まさか」
俺はけらけらと笑った。
車はうねる坂を登る。トンネルを超えると霧は更に濃さを増した。佐々木が次の缶ビールに手を伸ばす。臆病風を吹かせたのか、ピッチが異常な位早かった。
しばらくして、佐々木が短い悲鳴をあげる。
「どうした?」
「うっ、後ろ……」
俺はバックミラー越しに後ろを確認する。もちろんそこには誰もいない。
「何だよ、俺を脅かそうって魂胆か?」
「ちが――ぐけふっ!」
「おいおい、俺の車にゲロすんなよ」
俺は顔をしかめるが佐々木からの返事はない。俺は車を止め、助手席を見た。佐々木はビールを持ったままぐったりとしていた。目は見開き、舌はありえない位出ている。ひと目で死んでいると分かった。
でも一体何故?
俺は再び佐々木を伺う。首に何かで絞められたような跡があった。描かれた蛇模様に俺はぎくりとする。
「嘘、だろ?」
やがて首にひんやりとしたものを感じた。悪寒が走る。ぬるりとうごめくそれは長い体をくねらせ、俺の頬をぺろりと舐めた。(840文字)
この後、主人公はぺろり頂かれましたとさ。
「轢いちまったか?」
「わっかんねぇ。最初から死んでたかもしれないし。つーか、俺の車汚れちまったし。ほんっとついてねぇ」
「それにしてもでかかったよな、あの蛇」
佐々木の言葉に俺はこの辺に蛇の名をもじった池があったことを思い出した。池には大蛇が住んでいて、地元の住民はそいつをヌシと呼んでいた。
昔は洪水のたびにそいつのせいだと恐れ崇めたとか。生贄を差し出したとか。
「もしかして、池のヌシ轢いちゃったとかないよな?」
「あんなの昔話だって。この辺に出るのはマムシかアオダイショウぐらいだろ」
「そうだけどさぁ」
佐々木は言葉をすぼめた。こいつは昔からそういうのに対して信心深い。
「呪いとか……ないよな」
「まさか」
俺はけらけらと笑った。
車はうねる坂を登る。トンネルを超えると霧は更に濃さを増した。佐々木が次の缶ビールに手を伸ばす。臆病風を吹かせたのか、ピッチが異常な位早かった。
しばらくして、佐々木が短い悲鳴をあげる。
「どうした?」
「うっ、後ろ……」
俺はバックミラー越しに後ろを確認する。もちろんそこには誰もいない。
「何だよ、俺を脅かそうって魂胆か?」
「ちが――ぐけふっ!」
「おいおい、俺の車にゲロすんなよ」
俺は顔をしかめるが佐々木からの返事はない。俺は車を止め、助手席を見た。佐々木はビールを持ったままぐったりとしていた。目は見開き、舌はありえない位出ている。ひと目で死んでいると分かった。
でも一体何故?
俺は再び佐々木を伺う。首に何かで絞められたような跡があった。描かれた蛇模様に俺はぎくりとする。
「嘘、だろ?」
やがて首にひんやりとしたものを感じた。悪寒が走る。ぬるりとうごめくそれは長い体をくねらせ、俺の頬をぺろりと舐めた。(840文字)
この後、主人公はぺろり頂かれましたとさ。
2013
――私が恋をしたのは生涯でただ一度きりのことでした。
私が初めてこの庭を訪れた時、あの人は地面に転がった林檎をついばんでいました。あの人の目は水のように澄んでいて、青い羽根はきらきらと輝いていました。あんな綺麗な青を見たのは初めてで、私は見とれてしまいました。たぶん一目ぼれだったと思います。
それから私はあの人に会うためにこの庭を訪れるようになりました。あの人は決まった場所に現れ、そこから一歩も動きませんでした。私もあの人に話しかけるわけではなく、遠くから様子を伺うだけだけです。
あの人は寡黙でした。仲間の誰かが挨拶しても振り向きませんでしたし、他の誰かが赤い木の実を差し出してもそっけない態度でした。ただ目の前の林檎を黙々と食べているだけです。それでも私は姿を見るだけで満足でした。
ある日、私が庭を訪れると灰色の猫が居座っていました。猫は目を見開き、口を大きく開けています。あの人の姿はどこにもありません。煙のように消えてしまいました。
あの人は獰猛な猫に恐れをなして逃げたか、あるいは――食べられてしまったのかもしれません。どちらにしても、私はあの人に会うことができなくなりました。私の初恋は儚く散ったのです。
その後、私は色々な人と出会いました。時に熱烈な求愛も受けましたが、彼らの翼の色を見るたびあの人と比べてしまう自分がいました。心に焼きつくのは空に似た青色。あんなにも美しい方に会えたのは後にも先にもないことでしょう。
私も年をとりました。羽も色褪せ、今は飛ぶのがやっとです。
自分の寿命を悟った私は最後の力を振り絞り、この庭に降りました。柔らかい草の上に転がります。見上げた先にはあの人の翼と同じ色の空。近くで木蓮の香りが漂います。
体を横に向けると猫と目が合いました。猫は相変わらず大きな口を開けて笑っています。このままだと私も食べられてしまうかもしれません。でも私はそれでも構いませんでした。食べられてしまえばあの人の所へ行けるかもしれない。それこそ本望でしょう。
しばらくして、庭に人間がやってきました。何か喋っています。もう何を言ってるのか聞き取れません。
あの人の思い出に包まれながら、私はゆっくりと瞼を閉じました――
「母さん、鳥が死んでるよ」
「羽に艶もないし、きっと寿命だったのね。庭に埋めてあげましょう」
「そういえばここに小鳥の置物あったよね?」
「ああ、あれは玄関に移したの。この猫も愛嬌があって可愛いでしょ?」(1041文字)
鳥さんの淡い恋物語
私が初めてこの庭を訪れた時、あの人は地面に転がった林檎をついばんでいました。あの人の目は水のように澄んでいて、青い羽根はきらきらと輝いていました。あんな綺麗な青を見たのは初めてで、私は見とれてしまいました。たぶん一目ぼれだったと思います。
それから私はあの人に会うためにこの庭を訪れるようになりました。あの人は決まった場所に現れ、そこから一歩も動きませんでした。私もあの人に話しかけるわけではなく、遠くから様子を伺うだけだけです。
あの人は寡黙でした。仲間の誰かが挨拶しても振り向きませんでしたし、他の誰かが赤い木の実を差し出してもそっけない態度でした。ただ目の前の林檎を黙々と食べているだけです。それでも私は姿を見るだけで満足でした。
ある日、私が庭を訪れると灰色の猫が居座っていました。猫は目を見開き、口を大きく開けています。あの人の姿はどこにもありません。煙のように消えてしまいました。
あの人は獰猛な猫に恐れをなして逃げたか、あるいは――食べられてしまったのかもしれません。どちらにしても、私はあの人に会うことができなくなりました。私の初恋は儚く散ったのです。
その後、私は色々な人と出会いました。時に熱烈な求愛も受けましたが、彼らの翼の色を見るたびあの人と比べてしまう自分がいました。心に焼きつくのは空に似た青色。あんなにも美しい方に会えたのは後にも先にもないことでしょう。
私も年をとりました。羽も色褪せ、今は飛ぶのがやっとです。
自分の寿命を悟った私は最後の力を振り絞り、この庭に降りました。柔らかい草の上に転がります。見上げた先にはあの人の翼と同じ色の空。近くで木蓮の香りが漂います。
体を横に向けると猫と目が合いました。猫は相変わらず大きな口を開けて笑っています。このままだと私も食べられてしまうかもしれません。でも私はそれでも構いませんでした。食べられてしまえばあの人の所へ行けるかもしれない。それこそ本望でしょう。
しばらくして、庭に人間がやってきました。何か喋っています。もう何を言ってるのか聞き取れません。
あの人の思い出に包まれながら、私はゆっくりと瞼を閉じました――
「母さん、鳥が死んでるよ」
「羽に艶もないし、きっと寿命だったのね。庭に埋めてあげましょう」
「そういえばここに小鳥の置物あったよね?」
「ああ、あれは玄関に移したの。この猫も愛嬌があって可愛いでしょ?」(1041文字)
鳥さんの淡い恋物語
プロフィール
HN:
和
HP:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
最新記事