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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0510
 ――私が恋をしたのは生涯でただ一度きりのことでした。
 私が初めてこの庭を訪れた時、あの人は地面に転がった林檎をついばんでいました。あの人の目は水のように澄んでいて、青い羽根はきらきらと輝いていました。あんな綺麗な青を見たのは初めてで、私は見とれてしまいました。たぶん一目ぼれだったと思います。
 それから私はあの人に会うためにこの庭を訪れるようになりました。あの人は決まった場所に現れ、そこから一歩も動きませんでした。私もあの人に話しかけるわけではなく、遠くから様子を伺うだけだけです。
 あの人は寡黙でした。仲間の誰かが挨拶しても振り向きませんでしたし、他の誰かが赤い木の実を差し出してもそっけない態度でした。ただ目の前の林檎を黙々と食べているだけです。それでも私は姿を見るだけで満足でした。
 ある日、私が庭を訪れると灰色の猫が居座っていました。猫は目を見開き、口を大きく開けています。あの人の姿はどこにもありません。煙のように消えてしまいました。
 あの人は獰猛な猫に恐れをなして逃げたか、あるいは――食べられてしまったのかもしれません。どちらにしても、私はあの人に会うことができなくなりました。私の初恋は儚く散ったのです。
 その後、私は色々な人と出会いました。時に熱烈な求愛も受けましたが、彼らの翼の色を見るたびあの人と比べてしまう自分がいました。心に焼きつくのは空に似た青色。あんなにも美しい方に会えたのは後にも先にもないことでしょう。
 私も年をとりました。羽も色褪せ、今は飛ぶのがやっとです。
 自分の寿命を悟った私は最後の力を振り絞り、この庭に降りました。柔らかい草の上に転がります。見上げた先にはあの人の翼と同じ色の空。近くで木蓮の香りが漂います。
 体を横に向けると猫と目が合いました。猫は相変わらず大きな口を開けて笑っています。このままだと私も食べられてしまうかもしれません。でも私はそれでも構いませんでした。食べられてしまえばあの人の所へ行けるかもしれない。それこそ本望でしょう。
 しばらくして、庭に人間がやってきました。何か喋っています。もう何を言ってるのか聞き取れません。
 あの人の思い出に包まれながら、私はゆっくりと瞼を閉じました――

「母さん、鳥が死んでるよ」
「羽に艶もないし、きっと寿命だったのね。庭に埋めてあげましょう」
「そういえばここに小鳥の置物あったよね?」
「ああ、あれは玄関に移したの。この猫も愛嬌があって可愛いでしょ?」(1041文字)

鳥さんの淡い恋物語

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プロフィール
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女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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