もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
妻と初めて手を繋いだのは、二十一の時だった。
私は大学生で、妻は同じ大学の後輩だった。その日は同級生の何人かと花火大会に出かけていた。打ち上げられる花火は格別だったが、案の定河川敷の土手は人で埋まっていた。移動するにも一苦労で帰りは雪崩に近い状態になっていた。
日頃から満員電車に慣れていた私と同級生たちはいつものように人の合間をするりと抜けていく。一方、浴衣姿の妻は四苦八苦していた。地方出身の妻は都会の歩き方に慣れていなかったのだ。
妻が動くと誰かの肩が触れ躓きそうになる。徐々に私達との距離は広がっていった。
このままでは確実にはぐれてしまう――私は人ごみに逆らい妻の手を握った。初めて触れた妻の手は華奢でとても柔らかかった。
狭い遊歩道から大通りに抜け、私はそこで初めて振り返った。妻の髪は乱れ浴衣も着崩れていた。更に妻の足の指は皮が剥けていて、歩くのも辛そうだった。
僕はその場にしゃがみ、体を預けるよう促す。ほぼ強引に妻を背負うと当時住んでいた学生寮まで送った。女性を意識したのはこれが初めてだった。あとで聞いた話だが、妻もこの時初めて私を男性として意識したのだという。
次の年から、私と妻は二人きりで花火を見るようになった。付き合い始めて三年目の夏、私は妻にプロポーズをした。花火の音が五月蠅くて二度言う羽目になったのも今となってはいい思い出だ。結婚して初めての夏は二人で揃いの浴衣を着た。
子供が生まれると人ごみの中に行くのが億劫になってくる。ベビーカーを押したり抱っこしたりするのも大変だ。そこで私は街が一望できる丘の上に家を買った。夏になると庭にテーブルを置き、そこで食事をした。私たちは空に広がる芸術を見ながら酒を交わす。子供たちは小さな花を庭に撒いて遊ぶ――そんなひとときを何度も過ごした。
今、子供たちは独立しそれぞれの家庭を築いている。末の娘も今年の春に嫁いだばかりだ。二人きりの夏が再び訪れる。今年は久しぶりに河川敷まで行ってみようという話になった。
昔は何てことはないと思っていた人ごみも今では苦痛だ。それでも何とか日没前に場所を確保した。ひしめき合う人の頭上で、花が咲く。ひとつふたつ。色をつけながら。
三十年間でこのへんもだいぶ変わった。平屋ばかりだった一角に高層マンションが建っている。山菜が取れた土手もコンクリートで固められていた。私たちの知っている河川敷はそこにはない。全てが遠い過去だ。それでも花火は毎年打ち上げられていく。
宴が佳境を迎えた。最後に舞うのは極彩色の花束だ。久しぶりに手を繋ぐ。妻の手は昔よりも固い。体型も変わり皺も増えたが、その数以上に私を支えてくれた。愛おしい気持ちは変わらない。これからも。
「ありがとう」
私は妻の手を強く握りしめた。(1167文字)
花火にまつわるエトセトラ。ひと足早い夏をお届け
私は大学生で、妻は同じ大学の後輩だった。その日は同級生の何人かと花火大会に出かけていた。打ち上げられる花火は格別だったが、案の定河川敷の土手は人で埋まっていた。移動するにも一苦労で帰りは雪崩に近い状態になっていた。
日頃から満員電車に慣れていた私と同級生たちはいつものように人の合間をするりと抜けていく。一方、浴衣姿の妻は四苦八苦していた。地方出身の妻は都会の歩き方に慣れていなかったのだ。
妻が動くと誰かの肩が触れ躓きそうになる。徐々に私達との距離は広がっていった。
このままでは確実にはぐれてしまう――私は人ごみに逆らい妻の手を握った。初めて触れた妻の手は華奢でとても柔らかかった。
狭い遊歩道から大通りに抜け、私はそこで初めて振り返った。妻の髪は乱れ浴衣も着崩れていた。更に妻の足の指は皮が剥けていて、歩くのも辛そうだった。
僕はその場にしゃがみ、体を預けるよう促す。ほぼ強引に妻を背負うと当時住んでいた学生寮まで送った。女性を意識したのはこれが初めてだった。あとで聞いた話だが、妻もこの時初めて私を男性として意識したのだという。
次の年から、私と妻は二人きりで花火を見るようになった。付き合い始めて三年目の夏、私は妻にプロポーズをした。花火の音が五月蠅くて二度言う羽目になったのも今となってはいい思い出だ。結婚して初めての夏は二人で揃いの浴衣を着た。
子供が生まれると人ごみの中に行くのが億劫になってくる。ベビーカーを押したり抱っこしたりするのも大変だ。そこで私は街が一望できる丘の上に家を買った。夏になると庭にテーブルを置き、そこで食事をした。私たちは空に広がる芸術を見ながら酒を交わす。子供たちは小さな花を庭に撒いて遊ぶ――そんなひとときを何度も過ごした。
今、子供たちは独立しそれぞれの家庭を築いている。末の娘も今年の春に嫁いだばかりだ。二人きりの夏が再び訪れる。今年は久しぶりに河川敷まで行ってみようという話になった。
昔は何てことはないと思っていた人ごみも今では苦痛だ。それでも何とか日没前に場所を確保した。ひしめき合う人の頭上で、花が咲く。ひとつふたつ。色をつけながら。
三十年間でこのへんもだいぶ変わった。平屋ばかりだった一角に高層マンションが建っている。山菜が取れた土手もコンクリートで固められていた。私たちの知っている河川敷はそこにはない。全てが遠い過去だ。それでも花火は毎年打ち上げられていく。
宴が佳境を迎えた。最後に舞うのは極彩色の花束だ。久しぶりに手を繋ぐ。妻の手は昔よりも固い。体型も変わり皺も増えたが、その数以上に私を支えてくれた。愛おしい気持ちは変わらない。これからも。
「ありがとう」
私は妻の手を強く握りしめた。(1167文字)
花火にまつわるエトセトラ。ひと足早い夏をお届け
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プロフィール
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和
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女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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