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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0526
 ひととおりの店を回ったあと、私達は近くの木陰で休息を取った。先ほど買った果物をナイフで割ると、比較的きれいな方を彼女に差し出す。
「夕方になると闇市が開かれる。値段は張るがそこで必要なものを調達しよう」
「分かりました」
「どうだい? 庶民の生活は」
「私が思う以上に大変でした。皆さんは毎日身を粉にして働いているんですね」
 彼女は自分の両手をじっと見つめる。白く美しかった彼女の手も今はあかぎれが目立つ。顔は浅黒く泥をかぶっていた。もう何日も風呂に入っていない。おそらく、目の前にいる少女がこの国の王女だと気づく者はいないだろう。
 もともと私は畑で採れた作物を城に献上する農民だ。彼女に声をかけられるなど恐れ多い。彼女の目にとまったのは気まぐれとしか言いようがない。
 庶民の暮らしを知りたい――彼女に言われた時、最初は冗談かと思ったが、数日後本当にやってきたから驚いた。しかも彼女は手ぶら。困った私は着替えにと亡くなった妻の結婚衣装を用意すると、いきなり怒鳴られた。
「私を馬鹿にしてるのですか! 私は庶民の生活を学びに来たんです。貴方達と同じ格好でなければ意味がないでしょう!」
 そして彼女からは敬語もやめるようにと付け加えられた。彼女の破天荒ぶりに私は最初、困惑を隠せなかった。
 私の生活は夜明けとともに始まる。  
 起きてすぐ、外にある井戸の水を汲む。それから竈に火を起こし飯を作る。洗濯と簡単な掃除が終わったら、家畜を解放し畑を耕す。日が沈む前に家畜を小屋に戻し、夕食の準備。その後壊れた道具や服を繕ってようやく眠る――それをひたすら繰り返す毎日だ。
 私から与えられる仕事に彼女は文句ひとつ言わなかった。私の日常は彼女にとって非日常であり、未知との遭遇でもあっただろう。彼女自身、最初は興味本位で楽しんでいたかもしれない。それでも理不尽に思ったことはあるはずだ。
 例えば買い物。表通りにある店は主人が相手の身なりを見て品物を売るか決める。案の定、みすぼらしい服装の私と彼女を店主は門前払いにした。
 いくつか店を回ったが、反応はどこも同じだった。結局表通りで買えたのは腐った果物ひとつだけだった。
 彼女が城を降りてひと月が経とうとしている。朝夕働きづめの上、ろくなものを食べず――頬もこけてきた。今の彼女を城の者が見たら心底心配するだろう。
「城に戻りますか?」
 私は助け船を出す。だが彼女はいいえ、と即答した。熟れた果実を見つめながら城にはまだ戻りません、と言う。
 どことなく不機嫌そうな彼女に私は首をかしげた。果物をかじる。腐った所を含んだせいか、甘みとも苦みとも言えぬ不味さが舌に広がった。それと同時に気づく。彼女は腐った部分も平等に分けて欲しかったということを。
「あなたは怖いもの知らずだな。なんでも同じでないと気が済まない」
「どうして? 貴方達と同じにしないと意味ないじゃない」  
「そうですね。でも、知らない方が幸せであることもあるんですよ」
「え?」
「例えば闇市では不法な商売がある。高利貸しに人買い――人殺しは日常茶飯事。目をそむけたくなる様なことが当たり前に行われる。貴方はそれに耐えられるかい?」
 私はあえて厳しい言葉を突きつけた。彼女の中に一瞬の迷いが宿る。一度うつむき、顔をあげた。覚悟をもってはい、と答える。
「私はこの国の全てを知らなければなりません。いいところも、悪い所も。全て知って、どうすれば民が幸せになるのかを考え、動かなければならない。
それがこの国を治める者の務めだと、私は思います」
 彼女の言葉に私はほう、と唸る。年はまだ十六、七だと聞いていた。彼女の言葉に青臭さはあるが、根性はなかなかのものである。この言葉、門前払いした奴らに是非聞かせてやりたい。
 私は果物の種を吐くと立ち上がった。麻の袋を背負う。
「じゃ、そろそろ行こうか」
「はい」
 彼女は立ち上がった。全てを受け入れるために歩きだす。
 数十年後の未来はそう悪いものではなさそうだ――私は彼女の横で微笑んだ。(1681文字)

王女様、庶民になる。な話。主人公は農民だけど元英雄という設定。でなきゃ城の者も納得しないだろうという……

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プロフィール
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性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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