もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
その夜、月は雲に籠っていた。
私は息子の辰之進を連れていた。増改築を繰り返した館の廊下を歩く。うねる道の終は行き止まりだった。
私は壁に蝋燭をかざす。板と板の合間にある楔を見つけ、つまみ出した。楔を横に引き壁をずらす。開いた扉の奥に小さな部屋が現れる。
半畳ほどの板間はいわゆる「隠し部屋」だ。床板が外れるようになっていて地下へ降りる階段がある。地下には横穴があり、それは村はずれの廃寺へ繋がっている。
ひととおりの説明を終えると息子はほう、とため息をついた。
「まさか、この館に抜け道があったとは」
「抜け道を知っているのは殿と私の二人だけだ。近いうちここも戦場になる。敵はいつ城に侵入してもおかしくない。よいか辰之進。その時は奥方様をここに案内しろ。二人で峠を越え、奥方の実家へ向かうのだ」
「分かりました。無事奥方様を送りましたら私も城に戻りましょう」
「否、おまえは戻らなくてよい」
「どうしてですか?」
「もうよいのだよ――『お辰』」
久々に呼ぶ名に息子の目が見開く。男の皮が剥がれた。しゃがれた声が消え甲高い声が響き渡る。
「私が女子だからですか? 女子では役に立たないと、父上はおっしゃるのですか?」
「それは違う」
「だったら何故!」
辰が私に詰め寄る。鼻息が酷くて持っている蝋燭が今にもにも消えそうだ。
私は興奮を抑えきれない娘を静かに諭した。
「この城はやがて落ちる。私は最期まで殿をお守りする所存だ」
「だったら私も」
「だがな。おまえがもしここで討たれたらと思うと――私は口惜しいのだ。
おまえを産んだ母上に申し訳が立たない、心苦しくて仕方ない。死に急ぐにおまえはあまりにも若すぎるのだ」
五人の子を授かったものの、男子に恵まれなかった私は末娘の辰を男として育てあげた。辰は利発で武道も秀でている。初陣では私の期待に応えてくれた。
男と肩を並べるのは大変だったことだろう。女であるが故に苦しんだこともあるだろう。姉達にひがまれても愚痴ひとつこぼさず、私の側にいてくれた。
この国は滅びの道を進んでいる。父親として子に出来ることはただひとつ。
「おまえは賢い。その知恵を別のことに生かせ。『辰』として新たな道を歩め」
「父上……」
「辰之進は私にとって最高の息子だった。ありがとう」
私の言葉に覚悟を見出したのだろう。辰は膝を折りその場にへたりこんだ。
私は再び蝋燭をかざす。娘の体が震えている。その頬に光るものを見つける。
辰は口元を手で覆い、今にもこぼれそうな感情を必死に殺していた。(1070文字)
戦国あたりの時代モノ。つっこむトコは色々あるんだが、時間切れになったのでそのままup
私は息子の辰之進を連れていた。増改築を繰り返した館の廊下を歩く。うねる道の終は行き止まりだった。
私は壁に蝋燭をかざす。板と板の合間にある楔を見つけ、つまみ出した。楔を横に引き壁をずらす。開いた扉の奥に小さな部屋が現れる。
半畳ほどの板間はいわゆる「隠し部屋」だ。床板が外れるようになっていて地下へ降りる階段がある。地下には横穴があり、それは村はずれの廃寺へ繋がっている。
ひととおりの説明を終えると息子はほう、とため息をついた。
「まさか、この館に抜け道があったとは」
「抜け道を知っているのは殿と私の二人だけだ。近いうちここも戦場になる。敵はいつ城に侵入してもおかしくない。よいか辰之進。その時は奥方様をここに案内しろ。二人で峠を越え、奥方の実家へ向かうのだ」
「分かりました。無事奥方様を送りましたら私も城に戻りましょう」
「否、おまえは戻らなくてよい」
「どうしてですか?」
「もうよいのだよ――『お辰』」
久々に呼ぶ名に息子の目が見開く。男の皮が剥がれた。しゃがれた声が消え甲高い声が響き渡る。
「私が女子だからですか? 女子では役に立たないと、父上はおっしゃるのですか?」
「それは違う」
「だったら何故!」
辰が私に詰め寄る。鼻息が酷くて持っている蝋燭が今にもにも消えそうだ。
私は興奮を抑えきれない娘を静かに諭した。
「この城はやがて落ちる。私は最期まで殿をお守りする所存だ」
「だったら私も」
「だがな。おまえがもしここで討たれたらと思うと――私は口惜しいのだ。
おまえを産んだ母上に申し訳が立たない、心苦しくて仕方ない。死に急ぐにおまえはあまりにも若すぎるのだ」
五人の子を授かったものの、男子に恵まれなかった私は末娘の辰を男として育てあげた。辰は利発で武道も秀でている。初陣では私の期待に応えてくれた。
男と肩を並べるのは大変だったことだろう。女であるが故に苦しんだこともあるだろう。姉達にひがまれても愚痴ひとつこぼさず、私の側にいてくれた。
この国は滅びの道を進んでいる。父親として子に出来ることはただひとつ。
「おまえは賢い。その知恵を別のことに生かせ。『辰』として新たな道を歩め」
「父上……」
「辰之進は私にとって最高の息子だった。ありがとう」
私の言葉に覚悟を見出したのだろう。辰は膝を折りその場にへたりこんだ。
私は再び蝋燭をかざす。娘の体が震えている。その頬に光るものを見つける。
辰は口元を手で覆い、今にもこぼれそうな感情を必死に殺していた。(1070文字)
戦国あたりの時代モノ。つっこむトコは色々あるんだが、時間切れになったのでそのままup
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プロフィール
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和
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性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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