2013
肩に私の苦手なドラゴンを乗せた魔法使い。彼女はプミラと名乗った。ももちゃんがクレアさんの所へ行ってしまうと、時刻はちょうどお昼になる。彼女にお昼一緒にどう? と誘われたけど、お昼を持ち合わせていなかった私は丁重に断る――つもりだった。腹の虫が盛大に鳴るまでは。そういえば今朝は何も食べていなかった。
恥ずかしくて頬をを赤くした私に彼女は嬉しそうに地面を跳ねた。つま先を立ててくるりと一回転する。
「じゃ、今日はプミラちゃんの特製パイを作りまーす。材料はこの木の上に成っている果物。じゃいっくよー」
それっ、と掛け声を上げ彼女は杖を回した。豪快な動きに肩に乗っていたドラゴンが翼を広げて離れる。杖から放った淡い光は果物に直撃したけど、林檎にも似た果物は原型を残したまま地面へ落下した。
「ありゃ、今日は失敗かぁ」
彼女の声に答えるかのように白いドラゴンが上下に体を揺らす。それは残念でしたね、とでも言いたげな動きだ。
「隕石の影響なのか最近魔法の調子がおかしくて。成功率も0か100かの両極端なんだ。パイはできなかったけど、どうぞ」
私はありがたく果物を受け取った。地面に落ちた時の傷はあるが、とても熟れていていい香りがする。一度手でこすったあとかぶりつくとすっきりとした甘みが広がる。果物を美味しそうに食べる私を見て、彼女が笑った。
「よかった。偉大なる魔道士のお弟子さんが普通の人で」
「そう?」
「そうよ。あなたがここに来るって聞いた時、城の魔法使いたちが色々言ってたんだから。異世界からわざわざ呼ぶなんて物凄く優秀なんだろうって」
「でも実際は自分より出来損ないで、安心したとか?」
「まぁね」
プミラさんが舌を出して笑う。その正直さの中に毒はない。この果物にも似た清々しさに私の口元が思わず緩んだ。話相手が欲しかったのか、彼女は自分の身の上をとつとつと話してくれる。
「私の生まれた村はね。もともと魔法使いがいなかったの。こういった都市部にはいろんな分野において専門の魔法使いがいるけど、ウチみたいな辺境の魔法使いは何でも屋みたいな存在で、誰もやりたがらないんだ。私も最初はそうだった。こんな田舎早く出て、都会で暮らそうと思ってたんだ。
でもね、師匠に会って、その考えが変わった。私の師匠は山の麓に住んでいたんだけど、毎日山を超えて村まで来てくれたし、沢山の人を助けてくれた。私の父もそう。師匠がいなかったら父は今も生きていなかったと思う。
師匠は無愛想だけど、他の誰よりも私の村を愛していたし、住む人たちを愛していた。自分の事はいつも二の次で、それでも師匠は嬉しそうで。尊敬もしたし、天職ってこういうのを言うんだなって思った。そんな師匠の姿を見てたら私も魔法使いになりたいって思うようになったんだ。私も誰かに感謝される人になりたいって。だから一三の誕生日に師匠に押し掛けて弟子にしてもらったんだ。
私ね。魔法使いになったら村に残って師匠みたく沢山の人を助けたい。で、ゆくゆくは魔法学校を開こうと思うの。それぞれの専門に携わる魔法使いを育てて、田舎に住む魔法使いの負担を少しでも軽くしてあげたいって思うの」
変かな? と聞いてくるプミラさんに私は首を横に振った。
「とっても立派な夢だと思う。すごい」
「そう言ってもらえると嬉しいな。私の師匠はシフ先生ほど強い力を持った魔道士ではないけど、私にとっては最高の師匠よ」
そう言って笑うプミラさんはとてもまぶしい。話をきくだけでお師匠さんの人の良さが伝わってくる。いいなぁ。私もそんな素敵な師匠を持ちたかったなぁ。
「で、貴方はなんで魔法使いになろうと思ったわけ?」
「えーっと」
私はヤツとの慣れ染めを思い出の箱から引き出す。思えばヤツと出逢ったのは会社の前の公園だった。ヤツは私に魔法使いの素質があるとかなんとか言ってたけど――私が最終的に弟子になると選んだのはやっぱりアレ、なのかなぁ。
「私も恩返し……かな?」
そう、私は車にひかれそうになった所をヤツに助けてもらった。ヤツは感謝の気持ちがあるなら、自分の弟子になってくれと私に言った。私も助けてもらいながら何もしないのは自分の中にある礼儀に反するし気分が悪くて――だから私はヤツの申し出を受け入れたのだ。
「そっか。貴方もシフ先生に助けてもらったことがあるんだ。でも不思議よね。弟子になってから三か月たつのに、貴方が先生から教わった魔法が数えるほどしかないなんて。シフ先生の教えは親切で分かりやすいって聞いたんだけどな――それとも魔法は師匠の技を盗んで覚えるって主義の人なのかしら?」
「どうだろうねぇ」
私は乾いた笑いを上げる。単純にヤツは魔法を教えるのが面倒なだけじゃないかと思うのだが。
そりゃ私だってやる気はあった。魔法をなかなか教えてくれない時はヤツに何度も訴えたし、見よう見まねでやってみた事もある。でもあいつは呪文を唱えなくても魔法を使えるし、言ったとしても小言で聞きとりづらい。一度杖をすり替えたこともあったけど、ヤツは私の杖でも簡単に魔法を使っていて、あとで道具のせいにするなと怒られた。ヤツは師匠のくせに弟子を育てようという気がないし育てるための隙すら与えてくれないのだ。それどころかヤツは私の家に転がり込んで勝手にテレビを見るわ菓子を食べるわ部屋を汚すわ……頭の痛い事ばかりしてくれて。
まぁ、私がここでヤツの怠けぶりをここで喋ったとしても、ヤツ至上主義であるこの世界の人は信じてくれないだろう。それどころか私の悪口が増えるに違いない。シフさまがそんなことするわけないって。
それに、私はもともと魔法使いになろうとは思っていなかった。私の世界ではあくまで架空の人物。子供の頃はももちゃんのように憧れる人が多いけれど、それは一過性のものだ。まれに魔法を研究する人はいても、魔法使いそのものになった人はいない。せいぜい科学者や技術者止まりだ。
私はそういった職業に就くことすら考えていなかった。学生の頃は平均の少し上をいく成績でひととおりの事はそつなくこなせたけど、特にこれだという特技もなかった。今就いている仕事はこだわりがあって選んだものじゃない。そこそこのお金が稼げて、自分の好きなものを買えれば仕事は何でもよかった。それだけだ。
でもここでは魔法使いも立派な職業にあたる。ヤツのような(立派? な)魔法使いを本気で目指している人もいる。それぞれにこだわりがあるから、私の世界の話をしたらまず信じられないという反応が返ってくるだろう。
なので私は彼女の立派な夢にすごいね、としか言えなかったのだ。それは自分だけ置いてけぼりにされたようで――何だか虚しかった。
私は一つのことに対し、本気で挑んだ事があっただろうか。今までで夢中になる「何か」はあったのだろうか。考えれば考えるほどカオスに落ちて行く。いい年をした大人が何をやってんだか……我ながらちょっと情けない。
せめてこの世界で何か役に立つことが出来れば少しは変われるのかもしれない。けど――
その日の夜、私はヤツの家を訪れたクレアさんにひとつお願いをした。
「……私の手伝いがしたい?」
「はい。この世界に来てから私は何もしてないというか――逆に迷惑かけてるんじゃないかって。でも、今の状況で元の世界に帰ることはできないし。居る間だけでもお世話になってる人のお役に立てたらいいな、って」
「それで私の手伝いなのね」
「駄目ですか?」
「別に駄目じゃないけど……私のお手伝いはももちゃんがしてくれるし。それに――」
クレアさんはちらり横を見た。そこにはソファーがあって、ヤツがいびきを立てて寝ている。ドラゴンの保護で連日走り回っているせいか、ヤツは家に着いたとたん息絶えた(という表現が正しいかと思う)。
「弟子なんだ から大おじさまのお世話をするってのでいいんじゃないの?」
「いや、ジジィ――いえ、師匠の世話は向こうでやってますので、出来れば違うお仕事が」
「そう? そうねぇ……」
クレアさんは頬に手を当てながら考える。もう一度私を見たあとで、そうだ、と手を合わせた。
「『あの人』の所だったらお仕事たくさんあるかも」
「『あの人』?」
「城の書庫に籠っている学者さん。ちょっと変わってるけど、もしかしたら貴方と気が合うかも。明日、お城に行って聞いてみましょう」
そう言ってクレアさんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
(使ったお題:57.0か100か)