もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
世界的に有名なバンドが来月武道館でコンサートをする。いつもだったら子供と行くのだが、今回は子供が修学旅行とかぶってしまった為行けなくなってしまった。一人で行くのは気がひける。かといって希少なチケットを紙切れにしてしまうのは私のモッタイナイ精神が許さない。だからバンドのファンである友人の一人に声をかけた。案の定、友人は二度返事でそれを受け取ってくれた。
「うーわー、嬉しいなぁ。しかもここ、超いい席じゃない」
友人はまじまじとプラチナチケットを眺めていた。今回はバンド結成二十周年の記念ツアーで、世界中から注目を浴びている。チケットも開始一分で売切れたらしい。
「でも本当に貰っちゃっていいの? 旦那さんと一緒に行かないの?」
「ああ、旦那は――仕事が色々忙しいからねぇ」
私はさりげなく視線をカップに向けるとなみなみと注がれた紅茶に口をつけた。旦那とは結婚して十五年だが、その半分以上は別居している。仲が悪いわけじゃない。お互いの仕事が忙しいのだ。特に旦那はひどい。今、私が旦那と一緒に過ごせるのは年に一度の結婚記念日位なものだ。その記念日も、旦那にとっては貴重な休みだから近年はダラダラ寝て過ごすだけの一日になっている。私もそう言ったのにはしゃぐ年でもないので、お祝いもへったくれもありゃしない。
起きれば髭をさすりながらパンツ一丁で部屋をうろうろする。その姿は何処の家庭とも一緒。最近は加齢臭もほのかに漂ったりするから、年頃の娘も近づこうともしない。私のものと一緒に洗濯しないで、とまで言われてしまう。
「半年前に会ったきりだけど――ま、お互い元気でいればいいんじゃないの?」
「相変わらずクールというかドライというか。よくそんなんで夫婦が成り立っているわね。浮気とか心配ないわけ?」
「そりゃ最初の十年は嫉妬したりやきもきしてたわよ。でも、今はどうでもいいっていうか。したらしたでその時考えようかな、って感じ?」
最初は専業主婦だった私も数年前から独身時代のつてをたどって仕事を得、子供を養える位の収入は得ている。心に幾分か余裕があるから楽観的にいられるのかもしれない。
私がのんびりとそんなことを考えていると、でもさぁ、と友人が意地悪な言葉を突いてくる。
「そんな生活続けてて楽しい? 子供だってこれから独立して結婚するでしょ? 旦那さん定年までこんなだと一人でさみしくない? 一緒にいてほしくない?」
「一緒に、ねぇ……」
私は小さく唸る。そもそも旦那と一緒に居られること自体が奇跡なんじゃないのだろうかと思う。居られるのはそれこそ私の死に際くらい? いや、旦那のことだ。それすら間に合わないかもしれん。たぶん旦那の辞書にも「人生のラストは二人きりで」なんて文字はないだろう。
友達と別れた後、私は携帯を手に取った。メールを呼び出し、旦那に明日私が死んだらどうする? と試しに入れてみる。するとすぐに携帯が鳴った。電話に出た私は急にどうしたの? と言う。
「どうもこうも。何だよあのメールは! 何か悩みでもあるのか? 病気でも見つかったのか?」
「別に。例えばの話をしてただけなんだけど」
「んな悪い冗談、メールで送るんじゃない! こっちの心臓が止まりそうになったじゃないか!」
普段は冷静な旦那が本気で起こったものだから、私は目を丸くする。受話器の向こうからIt did what?と流暢な英語が聞こえてきた。旦那がすかさずAre reliableと返す声がする。
「今どこ?」
「NYのスタジオでレコーディング中。すっごい盛り上がってた所にメール来たからすっげえ萎えた」
「それは失礼しました」
「じゃ『愛してる』って言え」
「愛してる」
「……何か棒読みでムカツクけどまぁいいや。今度のツアー、来るんだよな」
「司は来れないけど、友達と一緒に行く」
「いいか、絶対来いよ。サプライズ用意して待ってるから!」
「はいはい」
私は特に期待もせず返事をする。結婚して十五年。内縁の妻である私は今日もメディアの向こうから彼を支えている。
そしてサプライズで妻と結婚します報告なオチ。
最近ぐだぐだ更新ですが、80フレーズⅡもこちらで全て消化となりました。今後もお題小説に挑戦いたします。
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プロフィール
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和
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女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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