もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
その日の夜は月いつもよりも大きく見えた。話によると月が地球に最も接近しているらしい。その美しさに俺は思わず見とれた。車を降り、月を見上げる。携帯で一枚撮った。保存が終わると自然と待受画面変わる。少女の笑顔を見ながら、二年前のあの日もこんな夜だったな、と思いを馳せた。
――あの日、俺は紗耶香の誕生を祝うため彼女の家を訪れていた。
当時紗耶香の父親は系列にある製薬会社の開発所長をしていた。家も近く、中学に入る前まではお互いの家をよく行き来していた。
俺は庭石を飛び越えなら前を歩く紗耶香を追いかける。昔、この庭で紗耶香とよく遊んだ。追いかけっこにかくれんぼ――いつだったか池で鯉を釣って大目玉をくらったこともあったっけ。
俺は昔の事を思い出しながらそっと笑みをこぼした。中学が別々になったことでこの家に来る機会もぐっと減ってしまった。
「で? 最近の晃くんはどうなんですか?」
月明かりの下で紗耶香が振り返る。彼女がまとう落ちついた色のドレスはとても似合っていた。が、胸元があき過ぎていて目のやり場に困ってしまう。
俺はさりげなく視線を庭木に向けて自分の動悸を抑えた。この間までガキだと思っていたのに。紗耶香が急に大人びた気がしてならない。
紗耶香が、そっちの中学校はどう? と聞いてきた。友達できた? と。その質問に俺は肩をすくめる。
「前も言っただろう? 相変わらずだ」
確かに俺の周りにはクラスの誰かしらが寄ってくる。奴らは表向きは友達を語っているがあわよくば――という魂胆が見え見えだった。
俺の親は年商数十億を稼ぐ実業家だ。その実績を素直に評価する者、成功のおこぼれにあずかろうという者を俺はこれまで沢山見てきた。もちろん、裏で俺たちを蹴落とそうと企んでいる輩もいることも。それが殺人レベルまで達していることも知っていた。
だから俺は幼いころから贅沢を与えられる代わりに別のものを制限された。外出や遊び――遊び相手すら親によって厳選された。選ばれた子供たちはそれぞれ親の言いなりで、俺に媚びてくる者がほとんどだった。
「どうやら俺の周りにいるのは友達以下だけのようだ」
「私も?」
「いや――紗耶香は違ったな」
俺は言葉を訂正する。そう、媚を売る人間達の中で唯一俺を特別視しなかった人間がいる。それが紗耶香だ。
紗耶香は人より口数は少ない方だと思う。でも俺が悪いことをした時はちゃんと叱ってくれるし、俺が辛い時は隣りで励ましてくれる。時折的を得た発言をしてはっとさせられることもある。
俺にとって紗耶香は大切な友達であり、かけがえのない存在になっていた。
「そんなことよりも。明後日遅刻するなよ。待ちぼうけは嫌いだ」
「わかってる」
紗耶香が笑った。二日後、俺は紗耶香と山の別荘に行く約束をしていた。紗耶香の両親も一緒だ。俺は向こうで何をしようかと紗耶香に問う。川で釣りをするか、それともテニスでもしようか――そんなことを考えていた時だ。
突然背中が重くなる。紗耶香が俺に体重を預けてきたのだ。
「私は晃くんにとって友達だけど――それ以上にはなれないの?」
突然のことに俺は驚き、固まった。
「晃くんは私のこと、どう思ってる?」
「それ、は」
俺は言葉に詰まる。紗耶香の体がひったりとくっついていて、背中越しに伝わる暖かさにどきどきする。
「――なんて、ね」
冗談めいた言葉が耳をかすめる。明後日別荘でね。そう言って紗耶香は俺から離れる。俺が振り返った時はすでに背を向けていて家の中へ走り出していた。
二日後、俺は紗耶香の好きなマカロンを買って、車に乗り込んだ。同席するのは護衛ふたりと運転手のみ。監視役がいるとはいえ、紗耶香と過ごす数日は俺にとって貴重な時間だった。
だが、その旅行も最初から躓いた。高速に入ったとたん、エンジンが故障してしまったのだ。仕方なく携帯で代車を頼む。だが、そこは携帯の電波が届かない所で運転手は電波の届く所まで歩いていかなければならなかった。
運転手が席を外している間、俺は暇つぶしに持ってきた本を読んだり茶を飲んでいたのだが――そのうち眠気に襲われる。俺はそのまま別荘に着くまで居眠りをしてしまった。
俺が眠ってしまった間も色々あったらしい。代車に乗り換えた後も渋滞に巻き込まれたとか。それでも紗耶香たちには連絡がつき、先に行ってもらうようはなして了解を得たと言う。結局別荘へ到着したのは予定時間から実に二時後のことだった。
到着した時、辺りはとても騒々しかった。消防車のランプがくるくると回っていた。あるべきはずの家はその原型を失っていた。きな臭いにおいがやけに鼻について――起きぬけでぼおっとしてたせいか、最初は何が起こったのか分からなかった。
その時、別荘の管理人が俺たちのやってきた。大変なことになりました、と声を上げ、事情を説明する。蒔きを取りに物置に行ったら爆発のような音が聞こえ、振り返ったら家が吹っ飛んでいたらしい。そして先に来ていたご家族がまだ家の中にいたはずだ――と。
それを聞いた瞬間、俺は崩れた家に向かって走り出していた。それに発車をかけるかのごとく、人らしき「何か」を発見したという声を聞く。俺は叫んだ。そんなはずはない! そんなことは絶対にない、と。
護衛たちが俺を取り押さえた。主の命を守る護衛たちの前で俺はまだ弱く、無力だった。その後俺は強制的に麓のホテルへ連行される。その日の夜は一睡もできなかった。
翌朝、俺の父とと紗耶香の祖父母がホテルに現れた。紗耶香の祖父母はここに来る前に警察に寄っていた。別荘で発見された遺体は息子夫婦と孫娘であると認めたという。爆発物は電気のブレーカーを入れた瞬間に爆発する仕組みになっていたらしい。別荘もここ半年は誰も来なくて通電すらしていなかったとか。おそらく犯人は誰もいない冬の時期に別荘に忍び込み、爆発物を仕込んだのではないかというのが警察の見解らしい。
その日、車の故障も渋滞もなく時間どおり別荘に着いていたら俺たちの方が事件に巻き込まれていただろう。それが何を意味するかは――言うまでもない。葬儀は親族のみで行われ、彼らは祖父母の住んでいる遠い田舎の墓へ葬られた。
紗耶香との別れはあまりにも突然で、今でもあれは夢じゃなかったのかと思う時がある。それはたぶん、俺が紗耶香の死に目に逢えなかったからだろう。
一番の悔やまれるのは、紗耶香が俺の身代りになったのかもしれないということだ。俺があの別荘を使おうと言わなければ、少なくとも紗耶香が事故に巻き込まれることはなかったはずだ。
俺はあの日の答えも告げられないまま、心の整理がつかないまま、ただ日々だけが流れていった。
――そして昨日、俺は紗耶香に似た女性に出会った。
彼女の顔を見た瞬間、俺は我を失った。親友のヒガシや、護衛たちの制止がなければ俺は取り返しのつかない事をする所だった。
今日俺は手土産を持って自分の失礼を詫びた。彼女は南亜理紗と名乗った。当然ながら紗耶香とは別人だ。少しの間話したが性格もちょっとだけ違う、と思う。
でも、時折見せる仕草が似ている時もあって、そのたびに俺は困惑した。彼女は紗耶香ではない。このまま居たら彼女に失礼だ。この件は俺に非がある。謝ったからもう終わりだ。早々に失礼しよう。そう思っていたのに。
先ほど帰り際に、彼女から紙を渡された。切りこみが入っているそれは彼女が働いているファミリーレストランの割引券だという。
「お口にあうか分かりませんが、一度庶民の味を試してみませんか?」
そう言って彼女は笑った。その物言いは紗耶香にそっくりで、俺は目の前がくらりとした。隣に親友がいなかったら俺はきっと彼女を抱きしめてしまったかもしれない。その位俺は動揺していた。
彼女は紗耶香ではない。そんなことは分かっている。でも――
紙を握りしめたまま、俺はその場に立ち尽くす。躊躇う俺を月だけが優しく見つめていた。
(使ったお題:71.あの日の答え)
――あの日、俺は紗耶香の誕生を祝うため彼女の家を訪れていた。
当時紗耶香の父親は系列にある製薬会社の開発所長をしていた。家も近く、中学に入る前まではお互いの家をよく行き来していた。
俺は庭石を飛び越えなら前を歩く紗耶香を追いかける。昔、この庭で紗耶香とよく遊んだ。追いかけっこにかくれんぼ――いつだったか池で鯉を釣って大目玉をくらったこともあったっけ。
俺は昔の事を思い出しながらそっと笑みをこぼした。中学が別々になったことでこの家に来る機会もぐっと減ってしまった。
「で? 最近の晃くんはどうなんですか?」
月明かりの下で紗耶香が振り返る。彼女がまとう落ちついた色のドレスはとても似合っていた。が、胸元があき過ぎていて目のやり場に困ってしまう。
俺はさりげなく視線を庭木に向けて自分の動悸を抑えた。この間までガキだと思っていたのに。紗耶香が急に大人びた気がしてならない。
紗耶香が、そっちの中学校はどう? と聞いてきた。友達できた? と。その質問に俺は肩をすくめる。
「前も言っただろう? 相変わらずだ」
確かに俺の周りにはクラスの誰かしらが寄ってくる。奴らは表向きは友達を語っているがあわよくば――という魂胆が見え見えだった。
俺の親は年商数十億を稼ぐ実業家だ。その実績を素直に評価する者、成功のおこぼれにあずかろうという者を俺はこれまで沢山見てきた。もちろん、裏で俺たちを蹴落とそうと企んでいる輩もいることも。それが殺人レベルまで達していることも知っていた。
だから俺は幼いころから贅沢を与えられる代わりに別のものを制限された。外出や遊び――遊び相手すら親によって厳選された。選ばれた子供たちはそれぞれ親の言いなりで、俺に媚びてくる者がほとんどだった。
「どうやら俺の周りにいるのは友達以下だけのようだ」
「私も?」
「いや――紗耶香は違ったな」
俺は言葉を訂正する。そう、媚を売る人間達の中で唯一俺を特別視しなかった人間がいる。それが紗耶香だ。
紗耶香は人より口数は少ない方だと思う。でも俺が悪いことをした時はちゃんと叱ってくれるし、俺が辛い時は隣りで励ましてくれる。時折的を得た発言をしてはっとさせられることもある。
俺にとって紗耶香は大切な友達であり、かけがえのない存在になっていた。
「そんなことよりも。明後日遅刻するなよ。待ちぼうけは嫌いだ」
「わかってる」
紗耶香が笑った。二日後、俺は紗耶香と山の別荘に行く約束をしていた。紗耶香の両親も一緒だ。俺は向こうで何をしようかと紗耶香に問う。川で釣りをするか、それともテニスでもしようか――そんなことを考えていた時だ。
突然背中が重くなる。紗耶香が俺に体重を預けてきたのだ。
「私は晃くんにとって友達だけど――それ以上にはなれないの?」
突然のことに俺は驚き、固まった。
「晃くんは私のこと、どう思ってる?」
「それ、は」
俺は言葉に詰まる。紗耶香の体がひったりとくっついていて、背中越しに伝わる暖かさにどきどきする。
「――なんて、ね」
冗談めいた言葉が耳をかすめる。明後日別荘でね。そう言って紗耶香は俺から離れる。俺が振り返った時はすでに背を向けていて家の中へ走り出していた。
二日後、俺は紗耶香の好きなマカロンを買って、車に乗り込んだ。同席するのは護衛ふたりと運転手のみ。監視役がいるとはいえ、紗耶香と過ごす数日は俺にとって貴重な時間だった。
だが、その旅行も最初から躓いた。高速に入ったとたん、エンジンが故障してしまったのだ。仕方なく携帯で代車を頼む。だが、そこは携帯の電波が届かない所で運転手は電波の届く所まで歩いていかなければならなかった。
運転手が席を外している間、俺は暇つぶしに持ってきた本を読んだり茶を飲んでいたのだが――そのうち眠気に襲われる。俺はそのまま別荘に着くまで居眠りをしてしまった。
俺が眠ってしまった間も色々あったらしい。代車に乗り換えた後も渋滞に巻き込まれたとか。それでも紗耶香たちには連絡がつき、先に行ってもらうようはなして了解を得たと言う。結局別荘へ到着したのは予定時間から実に二時後のことだった。
到着した時、辺りはとても騒々しかった。消防車のランプがくるくると回っていた。あるべきはずの家はその原型を失っていた。きな臭いにおいがやけに鼻について――起きぬけでぼおっとしてたせいか、最初は何が起こったのか分からなかった。
その時、別荘の管理人が俺たちのやってきた。大変なことになりました、と声を上げ、事情を説明する。蒔きを取りに物置に行ったら爆発のような音が聞こえ、振り返ったら家が吹っ飛んでいたらしい。そして先に来ていたご家族がまだ家の中にいたはずだ――と。
それを聞いた瞬間、俺は崩れた家に向かって走り出していた。それに発車をかけるかのごとく、人らしき「何か」を発見したという声を聞く。俺は叫んだ。そんなはずはない! そんなことは絶対にない、と。
護衛たちが俺を取り押さえた。主の命を守る護衛たちの前で俺はまだ弱く、無力だった。その後俺は強制的に麓のホテルへ連行される。その日の夜は一睡もできなかった。
翌朝、俺の父とと紗耶香の祖父母がホテルに現れた。紗耶香の祖父母はここに来る前に警察に寄っていた。別荘で発見された遺体は息子夫婦と孫娘であると認めたという。爆発物は電気のブレーカーを入れた瞬間に爆発する仕組みになっていたらしい。別荘もここ半年は誰も来なくて通電すらしていなかったとか。おそらく犯人は誰もいない冬の時期に別荘に忍び込み、爆発物を仕込んだのではないかというのが警察の見解らしい。
その日、車の故障も渋滞もなく時間どおり別荘に着いていたら俺たちの方が事件に巻き込まれていただろう。それが何を意味するかは――言うまでもない。葬儀は親族のみで行われ、彼らは祖父母の住んでいる遠い田舎の墓へ葬られた。
紗耶香との別れはあまりにも突然で、今でもあれは夢じゃなかったのかと思う時がある。それはたぶん、俺が紗耶香の死に目に逢えなかったからだろう。
一番の悔やまれるのは、紗耶香が俺の身代りになったのかもしれないということだ。俺があの別荘を使おうと言わなければ、少なくとも紗耶香が事故に巻き込まれることはなかったはずだ。
俺はあの日の答えも告げられないまま、心の整理がつかないまま、ただ日々だけが流れていった。
――そして昨日、俺は紗耶香に似た女性に出会った。
彼女の顔を見た瞬間、俺は我を失った。親友のヒガシや、護衛たちの制止がなければ俺は取り返しのつかない事をする所だった。
今日俺は手土産を持って自分の失礼を詫びた。彼女は南亜理紗と名乗った。当然ながら紗耶香とは別人だ。少しの間話したが性格もちょっとだけ違う、と思う。
でも、時折見せる仕草が似ている時もあって、そのたびに俺は困惑した。彼女は紗耶香ではない。このまま居たら彼女に失礼だ。この件は俺に非がある。謝ったからもう終わりだ。早々に失礼しよう。そう思っていたのに。
先ほど帰り際に、彼女から紙を渡された。切りこみが入っているそれは彼女が働いているファミリーレストランの割引券だという。
「お口にあうか分かりませんが、一度庶民の味を試してみませんか?」
そう言って彼女は笑った。その物言いは紗耶香にそっくりで、俺は目の前がくらりとした。隣に親友がいなかったら俺はきっと彼女を抱きしめてしまったかもしれない。その位俺は動揺していた。
彼女は紗耶香ではない。そんなことは分かっている。でも――
紙を握りしめたまま、俺はその場に立ち尽くす。躊躇う俺を月だけが優しく見つめていた。
(使ったお題:71.あの日の答え)
PR
プロフィール
HN:
和
HP:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
最新記事