もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
「こちら、パンケーキセットでございます」
二日後、私はいつものようにバイトに明け暮れていた。私は呪文のようにマニュアル通りの言葉を連ねる。目の前に居るのはニシ。今日もヤツは店に来ていた。南さんがレジに回ってしまったので、私がテーブルに皿を運ぶはめになった。
ニシとはいえ、ここでは客なので粗相があってはならない。パンケーキの乗った皿とコーヒーを静かに置く。注文票を添え、ごゆっくりとどうぞ、と言葉をかけた。座席をちらりと見ると、ニシの隣りに見覚えのある紙袋が置いてあった。中にはきっとマカロンが入っているのだろう。南さんはこの店のお菓子を相当気に入ったようで、ニシは数日に一度のペースでそれを手渡していた。
「今日も南さん送っていくの?」
ひととおりの作業を終えたあとで私はニシに聞く。周りに南さんがいないことを確認したうえで、聞きたいことがあるんだけど、と言葉を続ける。
「何だ?」
「ニシは――紗耶香さんと南さん、どっちが好き?」
「何を急に言い出すんだ?」
「いいから答えて。ニシは南さんと一緒に居て辛くない? 紗耶香さんのことを思い出したりしない?」
私はニシの目をまっすぐ見る。本当はこんな所で聞くべきじゃなかったけど、明日から南さんは一週間仕事を休む。おそらくニシも来なくなる。学校では話せない内容だし、ここを逃したらせっかくの機会を逃してしまうだろう。
私の真剣さが伝わったのだろうか。ニシは一度持ちかけたナイフをテーブルに置いた。私を見上げる。その口から本心が語られる。
「正直に言うと、最初は彼女を紗耶香と重ねていた。だから謝ったらそれで終わりにしよう、もう逢わないようにしよう、そう思っていた。でも――気づいたらここに来ていて、彼女の姿を探していた。ただ、逢いたい。それだけだった。彼女は紗耶香じゃない。でも、彼女といるとずっと昔から一緒にいたんじゃないかって思う位――心地いいんだ。紗耶香じゃないって分かっているのに、穏やかな気持ちになれるんだ。この気持ちは何なんだろう?」
それはきっと恋のはじまりだ。言葉にはしなかったけど、私は心の中で呟く。それに切なさが加わったら本物だと。
「……南さんに、紗耶香さんのこと話したの?」
「まだだ。でも彼女は気づいているんじゃないかって思う」
「そうね」
南さんは気の回る人だ。少なくとも自分と間違えられた「誰か」がニシにとって大きな存在だと勘付いている。それでもアプローチをかけるのは、南さん自身がニシに惹かれているから――?
「俺のことが心配か?」
ふとした隙間に言葉が入る。
「それとも親友が構ってくれなくて寂しいか?」
「残念ながら寂しくもなんともございません」
「じゃあ、何で聞いてきた? 気になるから聞いてきたんだろう?」
逆に問われ、私は一瞬言葉に詰まる。急に体温が上がった。
「べつにっ、あんたを心配したわけじゃないわよ。ただ紗耶香さんのことも聞いちゃったから……本当に。ちょーっと気になっただけなんだから! もし、あんたのせいで南さんが傷つくようなことがあったら嫌だな、って。そう思っただけ」
私は必死になって言葉を取りつくろう。そのツンデレとも言える反応にニシの口元がふっと緩んだ。
「おまえは友達思いだな」
やだ、そこで優しい笑顔を見せるわけ? そういうのやめてよ。本当に。
目を合わせられなくて、私はニシに背中を向けた。心がつきんと痛むのは嘘をついたからだ。南さんが傷つくのは嫌、その言葉に偽りはないけどそれは二の次の話。私はニシのことが気がかりだ。でもそれを口にするのは癪だから絶対言わない。
おそらく私の杞憂は取り越し苦労で終わるだろう。もし二人がお互いのことを想っているのなら私が出しゃばる必要もない。
そう――私は最初から傍観者だったのだから。
(使ったお題:61.ただ、逢いたい)
二日後、私はいつものようにバイトに明け暮れていた。私は呪文のようにマニュアル通りの言葉を連ねる。目の前に居るのはニシ。今日もヤツは店に来ていた。南さんがレジに回ってしまったので、私がテーブルに皿を運ぶはめになった。
ニシとはいえ、ここでは客なので粗相があってはならない。パンケーキの乗った皿とコーヒーを静かに置く。注文票を添え、ごゆっくりとどうぞ、と言葉をかけた。座席をちらりと見ると、ニシの隣りに見覚えのある紙袋が置いてあった。中にはきっとマカロンが入っているのだろう。南さんはこの店のお菓子を相当気に入ったようで、ニシは数日に一度のペースでそれを手渡していた。
「今日も南さん送っていくの?」
ひととおりの作業を終えたあとで私はニシに聞く。周りに南さんがいないことを確認したうえで、聞きたいことがあるんだけど、と言葉を続ける。
「何だ?」
「ニシは――紗耶香さんと南さん、どっちが好き?」
「何を急に言い出すんだ?」
「いいから答えて。ニシは南さんと一緒に居て辛くない? 紗耶香さんのことを思い出したりしない?」
私はニシの目をまっすぐ見る。本当はこんな所で聞くべきじゃなかったけど、明日から南さんは一週間仕事を休む。おそらくニシも来なくなる。学校では話せない内容だし、ここを逃したらせっかくの機会を逃してしまうだろう。
私の真剣さが伝わったのだろうか。ニシは一度持ちかけたナイフをテーブルに置いた。私を見上げる。その口から本心が語られる。
「正直に言うと、最初は彼女を紗耶香と重ねていた。だから謝ったらそれで終わりにしよう、もう逢わないようにしよう、そう思っていた。でも――気づいたらここに来ていて、彼女の姿を探していた。ただ、逢いたい。それだけだった。彼女は紗耶香じゃない。でも、彼女といるとずっと昔から一緒にいたんじゃないかって思う位――心地いいんだ。紗耶香じゃないって分かっているのに、穏やかな気持ちになれるんだ。この気持ちは何なんだろう?」
それはきっと恋のはじまりだ。言葉にはしなかったけど、私は心の中で呟く。それに切なさが加わったら本物だと。
「……南さんに、紗耶香さんのこと話したの?」
「まだだ。でも彼女は気づいているんじゃないかって思う」
「そうね」
南さんは気の回る人だ。少なくとも自分と間違えられた「誰か」がニシにとって大きな存在だと勘付いている。それでもアプローチをかけるのは、南さん自身がニシに惹かれているから――?
「俺のことが心配か?」
ふとした隙間に言葉が入る。
「それとも親友が構ってくれなくて寂しいか?」
「残念ながら寂しくもなんともございません」
「じゃあ、何で聞いてきた? 気になるから聞いてきたんだろう?」
逆に問われ、私は一瞬言葉に詰まる。急に体温が上がった。
「べつにっ、あんたを心配したわけじゃないわよ。ただ紗耶香さんのことも聞いちゃったから……本当に。ちょーっと気になっただけなんだから! もし、あんたのせいで南さんが傷つくようなことがあったら嫌だな、って。そう思っただけ」
私は必死になって言葉を取りつくろう。そのツンデレとも言える反応にニシの口元がふっと緩んだ。
「おまえは友達思いだな」
やだ、そこで優しい笑顔を見せるわけ? そういうのやめてよ。本当に。
目を合わせられなくて、私はニシに背中を向けた。心がつきんと痛むのは嘘をついたからだ。南さんが傷つくのは嫌、その言葉に偽りはないけどそれは二の次の話。私はニシのことが気がかりだ。でもそれを口にするのは癪だから絶対言わない。
おそらく私の杞憂は取り越し苦労で終わるだろう。もし二人がお互いのことを想っているのなら私が出しゃばる必要もない。
そう――私は最初から傍観者だったのだから。
(使ったお題:61.ただ、逢いたい)
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プロフィール
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自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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