2014
私を訪ねてきた男は開口一番に言った。
「夜里子さん、私と結婚して下さい」
突然の求婚。普通なら相手に好意はなかったとしても動揺したりときめいたりするのかもしれない。でも私はこの言葉に絶望を感じていた。
私は抱えていた本を本棚に戻す。一つため息をついてから男の顔を見上げる。皮肉にも等しい質問を投げかけた。
「それは、私がひーちゃんの妹だから? ひーちゃんと結婚できないから、だから双子の私にそんなことを?」
「そうです。あなたは日沙子さんの身代わりです」
とても失礼な言葉を男はさらりと言う。私に対する配慮も罪の意識すらなんて微塵もないのだろう。
この求婚に愛なんてものは存在しない。男は私とすり替えることで心を埋めようとしている。似て非なる器で己の欲求を満たそうとしているのだ。
男は私とは遠縁の――本家の人間だ。しかも一族の跡継ぎだ。
男はふらりと訪れた祭りでひーちゃんと出逢った。たぶん一目ぼれだったと思う。男がひーちゃんに惹かれた時点で私はこうなるのではないかと薄々感じていた。
遠縁とはいえ、ひーちゃんは一族の掟により結婚ができない。そして子を成すこともできない。
だから私は危惧していた。そのとばっちりがいつか自分に来るのではないかと。漠然とだけど覚悟はしていた。
「可哀想なひと」
私は言葉を漏らす。
「本家はひーちゃんが口惜しいから。だから私で諦めろと言ったのね」
男は無表情だった。怒ることも嘆くこともしない。なんの感情も読み取れない。もしかしたら男も全てを諦めているのかもしれない。
私は男からそっと目を逸らす。窓に映える景色を臨んだ。
昔は空を見上げるだけでわくわくした。努力すれば願いは叶うのだと信じていた。でも今は広い空の向こうにあるはずのものが見えない。
私も、男も、ひーちゃんも。みんなしがらみに捕らわれている。
私達は閉じ込められた鳥だ。忌まわしき力に羽根をもがれ、籠の中で一生を暮らす――それが私達の使命であり運命なのかもしれない。