もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
私は一気に階段を駆け降りると、決戦の舞台に乗り込んだ。いきなりの部外者乱入に周りがどよめく。誰だ、の声をよそに私は久実の元へ走った。
「久実っ!」
久実がこちらを向く。そのくしゃくしゃの顔を見た瞬間、心がざわついた。私は自分の着ていたブレザーを脱ぐと久実の頭にかけてあげる。
本当は大丈夫? とかごめんね、とか色々言葉をかけたかった。けどそれを言ってしまったら感情が一気に溢れてしまいそうで。だから私は久実にもう心配ないよとだけ伝えるだけにした。彼女をこんな目に合わせた女をキッと睨みつけた。
「あなた何者?」
私の前に立ちはだかったのはさきほど久実を嘲笑った女だった。女は先程ブローに数十分はかけているであろう縦巻きの髪を整えたあとで私を上から目線で見下す。負けじと私も語気を強めた。
「この馬鹿げたゲームを終わらせに来たのよ」
「は?」
「次の勝負は私が走る。『身代わり』差し出すならその逆もアリなんでしょ?」
縦巻き女は一瞬けげんな顔をしていたけど、そのうちああ、と声を漏らす。
「会長直々の招待を蹴った女って――あなたのことね」
そう言って上から下から品定めされた私。ふうん、そうなんだ、あなたが、と蔑まれる度に私の不快指数は高くなっていく。つうか会長って誰? 生徒会長? 文化祭は実行委員長だし。まぁ、そのへんよね。
なんて思っていたら私の視界にヤツの姿が割り込んできた。堂々と舞台に上がる様子に周囲がどよめく。口々に囁かれる会長、の言葉に私は初めてヤツの立場を知らされた。急に縦巻き女の声が甘ったるくなる。
「あらぁ、会長じゃないですか。どうしてここに……」
「この女がどうしてもゲームに参加したいというんでな」
「あらあ、そうでしたのぉ? でしたら喜んで迎え入れますわよ」
ねえ皆さん、と縦巻き女はヤツの前でころりと態度を変える。その鼻につくような声に私は辟易した。こいつ、とんでもない性悪だ。
とにもかくも、ゲーム参加の許可は得たので私はその場で靴を脱ぎ、その中に脱いだ靴下を入れる。ブラウスの袖をめくった。ビーチフラッグだと旗に背を向けうつ伏せになるのだけど、ここでは正面からのスタートとなる。それはスカートで参加している私には有難い配慮だった。
裸足のままスタートラインに立った私は一度目を閉じた。深呼吸し気持ちを落ち着け、それから瞼を開ける。遥か先の赤いフラッグが白いベースに変化した。まっすぐに伸びるラインに一瞬だけ懐かしさがよぎる。
今の私にとって十メートルの距離はとても遠い。もしかしたらこの間みたいに転んでしまうかもしれない、そんな不安がよぎる。けど私はそれら全てを頭から振り払った。目の前にあるゴールだけに集中する。
数秒後、ホイッスルが会場を突き抜けた。
スタートの合図と共に足を前に出す。二歩目までは床にぴったりと足裏をつける。そこから先はつま先と踵だけで――予想通り相手ランナーの気配はない。私はフラグまでの距離を一気に駆け抜けた。周りの音が全てかき消される。
あまりにも無我夢中だったから、トマトがいつ投げられていたのかは覚えていない。ただ、ゴール寸前で横からの風を感じたのは覚えている。私は反射的に体を横に倒しスライディングする。右手でフラグの柄を掴むとそれを中心に体を半回転させ動きを止めた。フラグを天上に掲げ、振り返る。周りからの反応は――ない。
嘲笑やブーイングは予想していたが、これは意外だった。ヤツも縦巻き女もぽかんとした顔で私をみている。鳩が豆鉄砲を食らったような顔ってあんなのを言うのかしら。なーんて思っていると、
「ナノちゃんっ!」
久実が突然私に抱きついてきた。
「すごいっ、満点だよ!」
その声を皮切りに客席の声が戻ってくる。出てきたのはおお、という感嘆の声、それから悲鳴にもちかい歓声が響いた。満点の言葉に私は身を改める。紙吹雪が空を舞う。これといった赤い染みはない。そして衝撃らしい衝撃を一度も受けてないことに気がついた。
そうか……満点、か。
「はは」
嬉しくて、思わず声を上げて笑う。清々しい気分が私の体を突き抜けた。
「ナノちゃん超早かった。すっごいカッコよかったよーっ」
久実は容赦ない力で私の首を絞めつけた。湿った空気とともに野菜特有の青臭いにおいが鼻をつく。せっかく守りきったのに服の染みがこっちに移りそうだ。でも久実に笑顔が戻ったからいいかと思う。そしてあとでちゃんと謝まらなきゃとも。
最初に置いた靴を引っ提げる。試合はサドンデスに入っていたから勝負はこれきりだ。私は久実を連れて堂々と舞台から降りようとする。途中、縦巻き女の横を通った。悔しそうな顔に私は少しだけ優越感を覚えたのだが――
「この試合は無効よ!」
……はぃ?
「私見てたんだから、アンタがフライングしたの」
女の身勝手な言い分に私は首を横にかしげた。体張っていただけに私はフライングなんかしてないわよ、と声を張り上げて反論する。頑張って満点出したというのに駄目出しですか。つうか。
「味方がクレームつけるってどういうことよ! ありえないんですけど」
「どうもこうもないわ! この目で見たもの」
「だからフライングなんかしてないって言ってるでしょ!その目腐って――っ!」
私は唇をそっと噛み痛みを堪える。膝に鈍い痛みが走ったのだ。私はスカートのひだを直すふりをして重心を反対の足にかける。でも少しでも動くとどうしても足がふらついてしまう。
私の仕草に縦巻き女が何かを勘付いたらしい。にやりと笑った。まずい。
「このゲームはやり直しよ。私が許すわ。相手チームもランナーを変更して――ああ、さっき優勝したチームのランナーを呼んでそっちに入れなさい。こっちが『身代わり』から本人に変わったのだから、その反対もアリよね。そうしなさい」
ベタなわがままに私は思いっきりドン引きした。ああ、コイツの頭いっぺんかち割ってやりたいわ。いっそのこと豆腐の角ぶつけてぽっくりいってくれないかしら?
縦巻きお嬢は私を蹴落とすべく再試合に躍起になっている。できることなら次の勝負は避けたい。でも周りは身代わりという暗黙のルールに突っ込むどころか、拍手喝采の大歓声だ。もう一回コールが会場をこだまする。相手チームの「身代わり」がスタートラインに配置された。
「さあ、仕切り直しよ」
スタートラインにつきなさい、と言わんばかりの展開に私はぐっと唇を結ぶ。じわじわとくる痛みが額に汗を呼ぶ。でもそこまで挑発されると引き下がるのも躊躇した。隣りにいた久実が不安そうな目で私を見上げる。「もう一回」のループが速度を上げて私にのしかかる。最後、縦巻き女は得意のぶりっこでヤツにけしかけた。
「会長だってもう一度勝負を見てみたいですよねぇ?」
ヤツがちらりと私の方を見る。ここでヤツが頷いたら最後、覚悟を決めるしかない。私は審判の時を待つ。
「確かに、さっきの勝負はなかったことにしたいな」
その言葉に縦巻き女が満面の笑みをこぼした。
「では――」
「というより、この対戦そのものが無効だ」
意外な展開に私も驚きを隠せなかった。縦巻き女がうろたえる。
「そんな、この試合が無効だなんて……信じられません。私、見たんですよ。あの女がフライングする所を――どうして」
「そもそも、この試合に意味があるのか? 最下位を決める試合ほど見苦しいものはない」
「でもかいちょ」
「このゲームの発案者は俺だ。ルールは俺が把握している。俺が無効といったら無効だ」
食い下がる縦巻き女にヤツは冷ややかな視線をぶつける。文句でもあるか? とでも言いたげなヤツに周りの誰もが閉口した。私はそのやりとりを聞きながら、いつぞやの時代の野球審判がヤツと似たようなことを言っていたのを思い出した。この言葉を聞いた時最初はずいぶんな自信家だなと思ったけど、今はその言葉が少しだけありがたいものに思える。
「この件はこれで終わりだ。行くぞヒガシ」
ヤツがおもむろに腕を掴んできたので、私の足がもつれた。鈍い痛みを抱えたままよろけると私のニットを掴んでいた久実が芋づる式に釣れた。半ば引きずられるように会場をあとにする暁学園の最高位と部外者二人。生徒たちの間で微妙な空気が漂っていたのは言うまでもない。後にこれが伝説になったかとかならなかったとか。
とにもかくも。暁学園文化祭で一番盛り上がっていただろう出し物は生徒会長の鶴の一声で全ての試合を終了した。
「久実っ!」
久実がこちらを向く。そのくしゃくしゃの顔を見た瞬間、心がざわついた。私は自分の着ていたブレザーを脱ぐと久実の頭にかけてあげる。
本当は大丈夫? とかごめんね、とか色々言葉をかけたかった。けどそれを言ってしまったら感情が一気に溢れてしまいそうで。だから私は久実にもう心配ないよとだけ伝えるだけにした。彼女をこんな目に合わせた女をキッと睨みつけた。
「あなた何者?」
私の前に立ちはだかったのはさきほど久実を嘲笑った女だった。女は先程ブローに数十分はかけているであろう縦巻きの髪を整えたあとで私を上から目線で見下す。負けじと私も語気を強めた。
「この馬鹿げたゲームを終わらせに来たのよ」
「は?」
「次の勝負は私が走る。『身代わり』差し出すならその逆もアリなんでしょ?」
縦巻き女は一瞬けげんな顔をしていたけど、そのうちああ、と声を漏らす。
「会長直々の招待を蹴った女って――あなたのことね」
そう言って上から下から品定めされた私。ふうん、そうなんだ、あなたが、と蔑まれる度に私の不快指数は高くなっていく。つうか会長って誰? 生徒会長? 文化祭は実行委員長だし。まぁ、そのへんよね。
なんて思っていたら私の視界にヤツの姿が割り込んできた。堂々と舞台に上がる様子に周囲がどよめく。口々に囁かれる会長、の言葉に私は初めてヤツの立場を知らされた。急に縦巻き女の声が甘ったるくなる。
「あらぁ、会長じゃないですか。どうしてここに……」
「この女がどうしてもゲームに参加したいというんでな」
「あらあ、そうでしたのぉ? でしたら喜んで迎え入れますわよ」
ねえ皆さん、と縦巻き女はヤツの前でころりと態度を変える。その鼻につくような声に私は辟易した。こいつ、とんでもない性悪だ。
とにもかくも、ゲーム参加の許可は得たので私はその場で靴を脱ぎ、その中に脱いだ靴下を入れる。ブラウスの袖をめくった。ビーチフラッグだと旗に背を向けうつ伏せになるのだけど、ここでは正面からのスタートとなる。それはスカートで参加している私には有難い配慮だった。
裸足のままスタートラインに立った私は一度目を閉じた。深呼吸し気持ちを落ち着け、それから瞼を開ける。遥か先の赤いフラッグが白いベースに変化した。まっすぐに伸びるラインに一瞬だけ懐かしさがよぎる。
今の私にとって十メートルの距離はとても遠い。もしかしたらこの間みたいに転んでしまうかもしれない、そんな不安がよぎる。けど私はそれら全てを頭から振り払った。目の前にあるゴールだけに集中する。
数秒後、ホイッスルが会場を突き抜けた。
スタートの合図と共に足を前に出す。二歩目までは床にぴったりと足裏をつける。そこから先はつま先と踵だけで――予想通り相手ランナーの気配はない。私はフラグまでの距離を一気に駆け抜けた。周りの音が全てかき消される。
あまりにも無我夢中だったから、トマトがいつ投げられていたのかは覚えていない。ただ、ゴール寸前で横からの風を感じたのは覚えている。私は反射的に体を横に倒しスライディングする。右手でフラグの柄を掴むとそれを中心に体を半回転させ動きを止めた。フラグを天上に掲げ、振り返る。周りからの反応は――ない。
嘲笑やブーイングは予想していたが、これは意外だった。ヤツも縦巻き女もぽかんとした顔で私をみている。鳩が豆鉄砲を食らったような顔ってあんなのを言うのかしら。なーんて思っていると、
「ナノちゃんっ!」
久実が突然私に抱きついてきた。
「すごいっ、満点だよ!」
その声を皮切りに客席の声が戻ってくる。出てきたのはおお、という感嘆の声、それから悲鳴にもちかい歓声が響いた。満点の言葉に私は身を改める。紙吹雪が空を舞う。これといった赤い染みはない。そして衝撃らしい衝撃を一度も受けてないことに気がついた。
そうか……満点、か。
「はは」
嬉しくて、思わず声を上げて笑う。清々しい気分が私の体を突き抜けた。
「ナノちゃん超早かった。すっごいカッコよかったよーっ」
久実は容赦ない力で私の首を絞めつけた。湿った空気とともに野菜特有の青臭いにおいが鼻をつく。せっかく守りきったのに服の染みがこっちに移りそうだ。でも久実に笑顔が戻ったからいいかと思う。そしてあとでちゃんと謝まらなきゃとも。
最初に置いた靴を引っ提げる。試合はサドンデスに入っていたから勝負はこれきりだ。私は久実を連れて堂々と舞台から降りようとする。途中、縦巻き女の横を通った。悔しそうな顔に私は少しだけ優越感を覚えたのだが――
「この試合は無効よ!」
……はぃ?
「私見てたんだから、アンタがフライングしたの」
女の身勝手な言い分に私は首を横にかしげた。体張っていただけに私はフライングなんかしてないわよ、と声を張り上げて反論する。頑張って満点出したというのに駄目出しですか。つうか。
「味方がクレームつけるってどういうことよ! ありえないんですけど」
「どうもこうもないわ! この目で見たもの」
「だからフライングなんかしてないって言ってるでしょ!その目腐って――っ!」
私は唇をそっと噛み痛みを堪える。膝に鈍い痛みが走ったのだ。私はスカートのひだを直すふりをして重心を反対の足にかける。でも少しでも動くとどうしても足がふらついてしまう。
私の仕草に縦巻き女が何かを勘付いたらしい。にやりと笑った。まずい。
「このゲームはやり直しよ。私が許すわ。相手チームもランナーを変更して――ああ、さっき優勝したチームのランナーを呼んでそっちに入れなさい。こっちが『身代わり』から本人に変わったのだから、その反対もアリよね。そうしなさい」
ベタなわがままに私は思いっきりドン引きした。ああ、コイツの頭いっぺんかち割ってやりたいわ。いっそのこと豆腐の角ぶつけてぽっくりいってくれないかしら?
縦巻きお嬢は私を蹴落とすべく再試合に躍起になっている。できることなら次の勝負は避けたい。でも周りは身代わりという暗黙のルールに突っ込むどころか、拍手喝采の大歓声だ。もう一回コールが会場をこだまする。相手チームの「身代わり」がスタートラインに配置された。
「さあ、仕切り直しよ」
スタートラインにつきなさい、と言わんばかりの展開に私はぐっと唇を結ぶ。じわじわとくる痛みが額に汗を呼ぶ。でもそこまで挑発されると引き下がるのも躊躇した。隣りにいた久実が不安そうな目で私を見上げる。「もう一回」のループが速度を上げて私にのしかかる。最後、縦巻き女は得意のぶりっこでヤツにけしかけた。
「会長だってもう一度勝負を見てみたいですよねぇ?」
ヤツがちらりと私の方を見る。ここでヤツが頷いたら最後、覚悟を決めるしかない。私は審判の時を待つ。
「確かに、さっきの勝負はなかったことにしたいな」
その言葉に縦巻き女が満面の笑みをこぼした。
「では――」
「というより、この対戦そのものが無効だ」
意外な展開に私も驚きを隠せなかった。縦巻き女がうろたえる。
「そんな、この試合が無効だなんて……信じられません。私、見たんですよ。あの女がフライングする所を――どうして」
「そもそも、この試合に意味があるのか? 最下位を決める試合ほど見苦しいものはない」
「でもかいちょ」
「このゲームの発案者は俺だ。ルールは俺が把握している。俺が無効といったら無効だ」
食い下がる縦巻き女にヤツは冷ややかな視線をぶつける。文句でもあるか? とでも言いたげなヤツに周りの誰もが閉口した。私はそのやりとりを聞きながら、いつぞやの時代の野球審判がヤツと似たようなことを言っていたのを思い出した。この言葉を聞いた時最初はずいぶんな自信家だなと思ったけど、今はその言葉が少しだけありがたいものに思える。
「この件はこれで終わりだ。行くぞヒガシ」
ヤツがおもむろに腕を掴んできたので、私の足がもつれた。鈍い痛みを抱えたままよろけると私のニットを掴んでいた久実が芋づる式に釣れた。半ば引きずられるように会場をあとにする暁学園の最高位と部外者二人。生徒たちの間で微妙な空気が漂っていたのは言うまでもない。後にこれが伝説になったかとかならなかったとか。
とにもかくも。暁学園文化祭で一番盛り上がっていただろう出し物は生徒会長の鶴の一声で全ての試合を終了した。
PR
プロフィール
HN:
和
HP:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
最新記事