2013
それからというもの、斉藤くんはニシにべったりくっつくようになっていた。休み時間はもちろん、登校から下校から果てはトイレまでついていく始末。それは見るからなに滑稽な様子だった。
今日も斉藤くんはコバンザメのようについてくる。昼休みのチャイムが鳴り、こっそり教室を抜けだそうとしたニシを目ざとく見つけた。
「あれニシ? 教室で食べないのか?」
「今日は別の場所で食べようかと思う。だから――」
「そうか。だったら外で食べようじゃないか」
「え?」
「裏庭にいこう。今の季節は紅葉がきれいだぞ」
そう言って斉藤くんはニシの肩をかっさらって外へ連れ出していく。ニシの横顔が少し引きつっているのが確認できた。転校してまだ日も浅いせいか、ニシは斉藤くんの言葉を無下に断ることも出来ないようだ。彼に振り回されているニシの姿がちょっと前の自分と重なる。思った以上の成果に私の心は躍った。
これでニシもちょっとは私の気持ちを知ったことだろう。一方的に親友扱いされて、どんだけ迷惑だったかを身をもって知りやがれ!
教室の一角で私がにやにやしながらお弁当を食べているとナノちゃーん、と声をかけられた。顔を上げれば久実がジト目で私を見ている。
「私のいない所で何か面白い事してない?」
「え? 何の事?」
「とぼけないで。今のナノちゃん、あくどい顔してるもん」
斉藤に何吹きこんだの? と久実はピンポイントで突いてくる。その鋭さに私は思わず何で知ってるの、と問い返してしまった。
「やっぱり。何か企んでるんだねー」
久実に詰め寄られたので、私はここで種明かしをせざるを得なくなった。ニシから友情の押し売りをされてること、間違って友達にでもなったら命すら危ぶまれること、そして何よりヤツの勘違いにほとほと困っていることを簡潔に説明する。
事の詳細を聞いた久実はほお、と頷く。
「なるほどねぇ……それで斉藤に押しつけを」
「向こうに戻るのが無理なら他に友達つくって忘れてもらうのがいいかなって……」
「つまり長期戦ってことか。でもさナノちゃん、私はあの二人の相性がいいと思えないんだけど」
「そう?」
「斉藤って頼られるの大好きだからどんどんお節介してくるよ。面倒な位に。そのうちニシが助けを求めてくるんじゃない? どうするの?」
「アイツは知り合い以下なので放置する。私には関係ありませーん」
「ひっど。この間助けてくれたお礼も言ってないくせに。よくもそんなことできるね」
辛口の皮肉が私に飛ばされる。久実の言葉はごもっともで、ニシへの恩を忘れかけていた私はそっと口をつぐんだ。
そりゃ私だってお礼くらい言わなきゃいけないかな、とは思ったわよ。危うく停学になる所を助けて貰ったんだから。
でも前に同じことして地雷踏んだから思いとどまったのだ。言ったら最後、にニシは絶対つけ上がる。だから口が裂けても言わない。
私は乾いた喉を潤すのにジュースを一気に吸い上げた。とにかく、と話をまとめる。
「私はアイツと一切関わりたくないの。だから何言われても無視するしかないの」
「ふーん」
本当にできるかしらねぇ、と久実は含みのある言い方をする。私はそれを軽く流すともう一度ストローに口をつける。けど中身はすでに胃の中へ落ちてしまった。一本だけじゃ物足りなかったので、私は自販機でジュースを買い足すことにした。
教室を出た私は鼻歌を歌いながら廊下を歩く。階段を降りようとくるりと体をひねった瞬間、横から腕を引かれた。バランスを崩した私はすぐそばの非常扉にもたれこむ恰好になる。
「ずいぶんとごきげんじゃないか?」
地を這うような声に私はぞくりとする。見ればニシが恨めしそうに私を見ているじゃないか。
「あんた、斉藤くんと一緒だったんじゃ」
「おまえ、俺と斉藤をやたらくっつけたがってるようだが。どういうつもりだ?」
くっつけたがってる――その言い方は違う意味にも捉えることができて私は思わず噴き出した。慌てて口を閉ざす。そんな私にニシが明らかな不快感を示した。
「何が可笑しい?」
苛つくニシに私は首を横に振った。悪いけど、それに答える義務もない。
私は掴まれた腕を挙げこれ離して、と言う。するとニシは私の腕を更に強く握ってきた。それどころか壁に反対の手をついて私の進路を遮ってくるではないか。
「質問に答えろ。何を企んでる?」
私の迷惑をよそに、ニシは顔を近づけてくる。私は思わず顔をそむけた。
うわ来るな。というよりこんな所で壁ドンなんてしてくるなーーっ!
「ちょ、やめてよ。こんな所見られたら誤か――」
次の瞬間私はひっ、しゃくりあげる。ちらりと見えた視界に斉藤くんの姿があったからだ。
斉藤くんは目の前にある階段をちょうど上がってきた所だった。持っていた弁当箱が踊り場に転がる。音に気付いたニシがそちらを見た。私を遮っていた腕が壁から離れると、今度は斉藤くんの方へ伸びていく。階段下にいた彼を見下したニシが人差し指をつきつけた。
「斉藤よ。何を誤解しているかは知らんが、俺はおまえを心の友にする気はない。俺の親友を語っていいのはここにいるヒガシだけだ。そこの所をよく覚えておけ!」
ニシの啖呵に斉藤くんの太い眉がひくつく。今すぐにでも誤解を解きたい私はすぐにニシの頭をはたいた。ニシの口からいてっ、という言葉が漏れる。
「誰が親友だ? 私はアンタの友達でも何でもないってずっと言ってるでしょうが!」
「何だと? 俺がこんなにもヒガシを思っているのに。おまえの為にわざわざ転校してきたというのに。何故俺を無視する? 世間一般で言うツンデレというやつか?」
「は?」
「聞いたぞ。おまえは基本正直だが、照れが入ると時々本心とは反対のことを言ってしまうらしいじゃないか」
「それ、誰から聞いたの?」
「おまえを良く知る人物からだ」
それを聞いて真っ先に浮かんだのは久実の顔だった。うわ。何で余計なことを言うのかな?
私が困った顔をしているとニシがぱん、と手を合わせた。
「そうか、つれなかった理由が分かったぞ。ヒガシは俺に友達を与えようとしたんだな。俺が前に相談していたのを覚えて気を使っていたんだな。だが、それは余計なお節介というものだ。俺は無神経なクズどもに興味はない。俺にはヒガシが――」
それ以上は聞くに堪えられなかった。耳が腐ってしまう前にもう一度ニシを突きとばす。んなわけないでしょうが、と反論する。
「これ以上私に近づくな! 半径五メートル以上近づくんじゃない! つうかこの学校から出て行きやがれーーーっ!」
ニシに千ほどのダメージを食らわせた私は階段を一気に降りる。放心状態の斉藤くんを素通りしようとするけど――
「この間ヒガシが言ってた話は嘘だったのか?」
斉藤くんの質問に私は体を強張らせた。己のしたことを改めて思い知る。
どういう理由があれ、私は斉藤くんを利用した。生贄にしたといってもいい。ここで嘘をついてもつかなくても、斉藤くんを傷つけるのは必至なのだ。
私はごめん、と小さく呟く。それは私にできる贖罪でもあり、傷を最小限に済ますための応急処置としか言いようがない。。
斉藤くんは自分の弁当を拾うと階段を昇っていった。すれ違いざまクズで悪かったな、とニシに言う。見送った背中が怒っているのはたぶん、気のせいじゃない。
彼がいなくなったあとも、私はその場から動けずにいた。