2014
僕が彼女と付き合い始めたのは三か月前のことだ。
もともと彼女とは文化祭の委員を一緒にやっていて、その日は文化祭の打ち上げをしていた。
用意された教室で僕たちは先輩たちが用意したオールフリーのビールを飲んでいた。けど誰かが本物を紛れ込ませたらしい。それに当たった彼女は酔いつぶれてしまったのだ。
普段は自分のことを話さない彼女だけど、その日はとても饒舌だった。介抱する羽目になった僕は彼女の鬱憤を聞きながらそうだね、と相づちをうつ。
そのうち話の内容は彼女の友達の話から彼氏の話へ進んだ。
彼女に彼氏がいることは知っていた。運動部でそこそこ人気のある先輩だ。彼女と並んで立つと人が羨むくらいの素敵なカップルだった。
「私ね、彼氏に振られたんだ」
思いがけない言葉に僕はえっ、と短い言葉を吐く。
「浮気されてたの。問い詰めたら逆ギレされてさ。もうやってらんない。だからもうおしまい」
彼女事の顛末を簡潔に述べるとと自嘲気味に笑った。
「あーあ。私って何で男見る目がないのかなぁ。ホント、神谷みたいな人と付き合えばよかった」
そこで何で僕の名前が出てきたのかは分からない。でも、潤んだ瞳で見上げられてしまった僕はすっかり舞い上がってしまって――たぶん、彼女に一目ぼれしたんだろう。
「今から試しても遅くないと思うけど」
気が付いたら僕はそんな言葉を吐いていた。言ったあとで酔ってもないのに顔から耳まで真っ赤になってしまう。そんな僕を彼女は可愛いねぇ、と茶化した。たぶん、彼女は僕の告白なんて忘れてしまうのだろう。そんな思いもよぎった。
でも次の日、学校に行くと彼女が僕のことを待っていた。恥ずかしそうに、昨日はごめんね、と言って。それから、彼氏とちゃんと別れてきたからと告げられた。
「こんな私だけど――いいの?」
彼女の質問に僕は無言で。二度首を縦に振った。人生で初の彼女ゲットに僕の頭がお花畑になっていたのは言うまでもない。その位――僕の中で彼女の存在が膨れ上がっていたんだ。
でも、それから三か月経った今日、僕は彼女に別れを告げられた。
彼女が別れ話に選んだのは校庭の隅にある花壇だった。そこが一番人の通りが少ないからという――彼女の気づかいで選ばれた場所だった。
「ごめんね。やっぱり忘れられなかった」
今にも泣きそうな声で彼女は言った。僕は彼女の気持ちを素直に受け止める。本当はいろんな感情が押し寄せていたけど、当てつけでの付き合いだってのは分かっていたから。だから当て馬の僕はいいよ、と言った。
振られても傷つかないふりをする。相手に負い目を感じさせないように――笑って別れる。それは僕の最後の強がり。道化の矜持ってものだ。
彼女が校門で待っている元カレのもとへ走っていく。たどりつくまで三回ほど、振り返り僕に頭をさげていた。
明日、僕は周りから同情されるのだろうか。付き合って三か月の僕を振って元カレとヨリを戻した彼女を悪者扱いするだろうか。
僕は彼女と過ごした日々を思い返す。
短かったけど、付き合っている間僕は幸せだった。僕たちは楽しいことも悲しいことも共有した。僕が泣いている時は、彼女が側で支えてくれた。
彼女は悪い子じゃない。自分の気持ちに素直に生きていたいだけ。
そう――思っておこう。
僕はゆっくりと顔を上げる。突き抜けた空を見上げると鼻先にしょっぱいものがこみあげてきた。