忍者ブログ
もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2025

0412
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2013

0625
「こちら、パンケーキセットでございます」
 二日後、私はいつものようにバイトに明け暮れていた。私は呪文のようにマニュアル通りの言葉を連ねる。目の前に居るのはニシ。今日もヤツは店に来ていた。南さんがレジに回ってしまったので、私がテーブルに皿を運ぶはめになった。
 ニシとはいえ、ここでは客なので粗相があってはならない。パンケーキの乗った皿とコーヒーを静かに置く。注文票を添え、ごゆっくりとどうぞ、と言葉をかけた。座席をちらりと見ると、ニシの隣りに見覚えのある紙袋が置いてあった。中にはきっとマカロンが入っているのだろう。南さんはこの店のお菓子を相当気に入ったようで、ニシは数日に一度のペースでそれを手渡していた。
「今日も南さん送っていくの?」
 ひととおりの作業を終えたあとで私はニシに聞く。周りに南さんがいないことを確認したうえで、聞きたいことがあるんだけど、と言葉を続ける。
「何だ?」
「ニシは――紗耶香さんと南さん、どっちが好き?」
「何を急に言い出すんだ?」
「いいから答えて。ニシは南さんと一緒に居て辛くない? 紗耶香さんのことを思い出したりしない?」
 私はニシの目をまっすぐ見る。本当はこんな所で聞くべきじゃなかったけど、明日から南さんは一週間仕事を休む。おそらくニシも来なくなる。学校では話せない内容だし、ここを逃したらせっかくの機会を逃してしまうだろう。
 私の真剣さが伝わったのだろうか。ニシは一度持ちかけたナイフをテーブルに置いた。私を見上げる。その口から本心が語られる。
「正直に言うと、最初は彼女を紗耶香と重ねていた。だから謝ったらそれで終わりにしよう、もう逢わないようにしよう、そう思っていた。でも――気づいたらここに来ていて、彼女の姿を探していた。ただ、逢いたい。それだけだった。彼女は紗耶香じゃない。でも、彼女といるとずっと昔から一緒にいたんじゃないかって思う位――心地いいんだ。紗耶香じゃないって分かっているのに、穏やかな気持ちになれるんだ。この気持ちは何なんだろう?」
 それはきっと恋のはじまりだ。言葉にはしなかったけど、私は心の中で呟く。それに切なさが加わったら本物だと。
「……南さんに、紗耶香さんのこと話したの?」
「まだだ。でも彼女は気づいているんじゃないかって思う」
「そうね」
 南さんは気の回る人だ。少なくとも自分と間違えられた「誰か」がニシにとって大きな存在だと勘付いている。それでもアプローチをかけるのは、南さん自身がニシに惹かれているから――?
「俺のことが心配か?」
 ふとした隙間に言葉が入る。
「それとも親友が構ってくれなくて寂しいか?」
「残念ながら寂しくもなんともございません」
「じゃあ、何で聞いてきた? 気になるから聞いてきたんだろう?」
 逆に問われ、私は一瞬言葉に詰まる。急に体温が上がった。
「べつにっ、あんたを心配したわけじゃないわよ。ただ紗耶香さんのことも聞いちゃったから……本当に。ちょーっと気になっただけなんだから! もし、あんたのせいで南さんが傷つくようなことがあったら嫌だな、って。そう思っただけ」
 私は必死になって言葉を取りつくろう。そのツンデレとも言える反応にニシの口元がふっと緩んだ。
「おまえは友達思いだな」
 やだ、そこで優しい笑顔を見せるわけ? そういうのやめてよ。本当に。
 目を合わせられなくて、私はニシに背中を向けた。心がつきんと痛むのは嘘をついたからだ。南さんが傷つくのは嫌、その言葉に偽りはないけどそれは二の次の話。私はニシのことが気がかりだ。でもそれを口にするのは癪だから絶対言わない。
 おそらく私の杞憂は取り越し苦労で終わるだろう。もし二人がお互いのことを想っているのなら私が出しゃばる必要もない。
 そう――私は最初から傍観者だったのだから。

(使ったお題:61.ただ、逢いたい)

拍手[1回]

PR

2013

0624
夏休みまであと数日と迫ったある日の昼下がり。私は久実とショッピングモールにいた。特に買いたい物があったわけではない。バイトの時間までの暇つぶしだ。
 ウィンドウショッピングをしながらぶらぶらと歩く。すると不意に腕を掴まれた。
「ちょ、ヒガシっ。あれは何?」
 私は久実が指で示した方向を見る。アクセサリーを売っている店の前にニシと南さんがいた。二人は店頭に飾られた商品を手にしながら笑っている。
「ああ、あれがどうかした?」
「どうかした、じゃないわよ! 一緒にいる女は何? 恋愛に興味がないって言ったのはどこの誰? ニシの奴、ヒガシがいながら何浮気してんのよ!」
 久実がそちらに向かって吠えまくる。放っといたら乗り込みそうな勢いだったので、私はとっさに友の体を抑えた。体を引きずり、何かたべたいなー、と言いながらその場を離れていく。あとで質問責めされそうだけど……まぁいい。最後に言った言葉は聞かなかったことにしよう。
 私は二人が一緒にいる事を特におかしいとは思わなかった。だって今日のシフトに南さんの名前は入っていない。二人はここでの買い物を楽しんでいたのだろう。あるいは併設されているシネコンにこれから行くのかもしれない。二人の距離は日々縮まっていく。それは予想もしなかった展開だったけど、日を追うごとにそれは必然だったのかなとさえ思えてしまう。
 あの日――ニシが南さんと和解したあと、私達はすぐに店をあとにした。この件はこれでおしまい。ニシと南さんが顔を合わせることはもうないだろう、私はそう思っていた。でもそれは見事に覆される。帰り際、南さんはニシにファミレスのクーポン券を渡したのだ。お口にあうかは分からないけど一度庶民の味も試して下さいね、と言葉を添えて。
 それからニシは度々私達のバイト先に現れるようになった。その時は南さんがニシのテーブルを担当した。最初は客と店員のやりとりだけだったが、次第に二人だけの会話も増えていく。
 最近ニシは学校が終わると南さんの通っている学校まで車で出向き、バイト先まで送り迎えしている。私も一緒にと誘われたことがあったけど、一度乗りあわせただけであとはお断りしていた。だって車の中で二人だけの世界が出来上がっているんだもの。どう見ても私はお邪魔虫としか言いようがな。だから私は適当な理由をつけて二人を避けていたのだ。
 当然だけど、ニシは高級車に乗っているイメージしかない。南さんは私と同じ庶民の一人だ。でもご両親に礼儀正しく育てられたのか、とにかく仕草の一つ一つが美しい。どんな高級シートの前でも上品に座り、美しい姿勢をキープしている。これには私も驚いた。更に驚くべきは二人の車の中でのやり取りだ。
 二人の会話の内容は、趣味や好きな本の話、学校で起きたことなどだ。けど、南さんがもてなしの紅茶を受け取ればすかさずニシが砂糖とミルクを差し出す。車が工事中の道を進むものならニシの服がコーヒーで汚れぬよう、南さんがハンカチを広げる。言葉に出ずとも二人は目と目で会話し、お互いの次の動きをさりげなくフォローしている。あれは気づかいを飛び超えて夫婦並みの熟練さだ。阿吽の呼吸、ってああいうことを言うんだろうな。あそこまで呼吸が合うのを見せつけられると、二人の出会いそのものが運命としか思えない。
 南さんはニシと一緒にいる時間はとても楽しいと言っていた。価値観の違いは否めないけど、それもまた面白い、と。そこで私は初めて南さんの奇特な性格を知った。もともと私と南さんは最初から親しかったわけじゃない。つい最近まで挨拶を交わす程度だった。そう、ニシの勘違いがなければここまで深く関わることもなかったのだ。
 南さんが高級車で送迎されるものだからバイト先でも二人の関係が噂されていた。南さんはあくまで友達だと言っているけど、周りはそう思っていない。まだ友達でもいずれ二人は付き合うと思っている。
 でも――
 周りが盛り上がれば盛り上がるほど、私の中でそれでいいのか、と疑問符が湧く。一抹の不安を感じるのは私が紗耶香さんの存在を知ってしまったからだろう。
 紗耶香さん。もうこの世にはいない人。南さんにそっくりの顔を持つ人。ニシにとってはかけがえのない――大好きだった幼馴染。傷を負っているなら尚更、私だったら触れるのさえ恐れ多い。
 ニシは何とも思わないのだろうか。
 いくら似ているからとはいえ南さんは別人だ。一緒に居て昔のことが蘇ってきたりしないのだろうか? 辛くはないのだろうか――?
 私の中で疑問が水滴のように落ちてくる。やがてそれは大きな池となり、氾濫を起こすこととなった。

(使ったお題:13.目と目で会話)

拍手[0回]

2013

0623
次の日の夜、私はバイト先に出向いていた。いつもならスタッフ用の扉から入る所だけど今日は客用の出入り口からお邪魔する。硝子扉を二枚超えて店に入るといらっしゃいませ、と出迎えられた。南さんの声だ。
「あれ、ヒガシさんじゃない。今日お休みよね? ごはんでも食べに来た?」
「南さん、もうすぐ仕事上がりですよね?」
「そうだけど」
「このあと何か予定ありますか?」
「別にないけど――どうしたの?」
「その、実は……」
 私は自分の体を一歩右に寄り、扉の向こう側にいる人物を南さんに見せる。二人の目が合うと、透明な檻の中にいたニシがぎこちない会釈をした。
「あいつが昨日のことで南さんに謝りたいって言ってるんです。少しだけ時間頂いてもいいですか?」

 ――南さんの仕事が上がったあと、私達はバイト先の近くにある喫茶店へ入った。席についたあと、それぞれ飲み物を注文する。店員が去ったあとで、ニシは改めて姿勢を正した。向かいにいる南さんを真っ直ぐ見る。 
「昨日はとても失礼しました。貴方を知り合いと間違えてしまって――気が動転してたんです」
 そう言って、ニシは南さんに深々と頭を下げる。そこにいつもの勘違いや俺様的態度はない。あるのは相手に真摯に向き合う姿だけだ。
 ニシはテーブルに小さな箱をひとつ置いた。淡いピンクのリボンが斜めにかかっている。私の鼻にほんのり甘い香りが届いた。
「これはお詫びです。口に合うかどうかわかりませんが受け取ってください」
「え、でも……」
 突然のプレゼントに南さんはうろたえた。私の方をちらりと見る。受け取ってしまっていいのかというような目で訴えられたので、私はこくりと頷いた。
「別に変な物は入ってないし。それにほら。私も同じのを貰ったから」
 そう言って私はバッグの中からピンクの小箱を見せる。そう、南さんに会う前に私はニシから同じものを貰っていた。中身は某有名菓子店で売っているマカロンだ。南さんの箱の方が大きいのが腑に落ちないんだけど――まぁそれは一旦横に置いておこう。
 私のフォローが利いたのだろうか、南さんは箱を受け取ってくれた。
「わかりました。じゃあ、遠慮なく頂きます」 
「許して貰えるんですか?」
「許すも何も。私は何とも思ってませんよ」
 そう言って南さんは目を細めた。慎ましい笑顔に緊張の糸が緩む。ニシの口からよかった、という声が自然とこぼれていた。ニシは南さんと和解できたことに心から安堵しているようだった。私にも自然と笑みがこぼれていく。そこへ頼んでいた飲み物が届いた。
 ニシはホットコーヒーをブラックのまま、私はアイスティーにガムシロップを入れてストローで飲む。ミルクティーを頼んだ南さんはカップに紅茶を注ぎ砂糖一杯とミルクを少し入れた。スプーンでくるくると回すと美しい琥珀色が出来上がる。その流れるような手の動きに私は思わず見とれてしまった。
「ニシくんはその――お金持ちなんですね」
 カップに一度口をつけたあとで、南さんが言う。
「とても高そうな車に乗ってたし。あれ、ベンツだっけ?」
「いや、そんな大したものではない、です」
 いつもは悪びれもなく言うくせに今日のニシは謙虚だ。南さんの前だと俺様度もかなり低くなるらしい。南さんはへぇ、と唸ると今度は私に話しかけてきた。
「ヒガシさんも実はお金持ちとか?」
「ないない。私は至って庶民です」
「そうなんだ――二人とも仲いいよね。もしかしてつきあってるとか?」
 南さんの言葉に私は思わず茶を吹いた。
「違うっ! こいつはただのクラスメイト!」
「こいつは単なる親友です。それ以上でも以下でもない」
「だーかーら、こっちは友達とも何とも思ってないって言ってるでしょ!」
「だが、男女の友情は有り得ると言った」
「確かに。昔々言ったかもしれないけど相手があんたとは言ってません。つうかあんたと友情ごっこする気はさらさらないわい!」
 私がばっさりと斬り落とすとニシが呻く。久々のクリーンヒットが飛んだ。ニシのHP、どのくらい削れたかしら?
 私がドヤ顔でいると、一連のやりとりを見ていた南さんがくすくすと笑いだした。

(使ったお題:06.透明な檻の中)

拍手[0回]

2013

0622
私のバイト先はファミレスだ。ホールで接客を担当している。
 私は注文の品を届けると、先ほどまで人が座っていたテーブルに向かった。空になった食器をお盆にまとめ、布巾で机を机を拭く。厨房に戻ると壁にかかった時計は仕事終了十分前をさしていた。
 ちょうど客がひけたので、私は南さんと少しだけ話をすることができた。今日南さんは残業してから帰るらしい。何でも交代の人が三十分ほど遅刻するとか。
 私は心配になった。仕事前に起こったことがアレなだけに、不安が募る。
「あの、もしよかったら一緒に帰りません? 私待ちますよ」
「大丈夫。これから家の人に迎えに来てもらうことになってるから」
 そう言って南さんは朗らかな笑顔を見せる。
「ヒガシさんの方こそ大丈夫? あの時腕痛めたんでしょう? 無理しないでね」
 そう言って南さんが私の頭をなでる。思いがけない優しさに私は泣きそうになった。ああ、何ていい人なんだ。
 結局私は定時で上がらせてもらうことにした。学生服に着替え、店を出る。店に入る直前、護衛さん達がニシを取り囲んでいたけど、その後どうなったのだろう。
 私はそおっとドアを開けて外の様子を伺う。きょろきょろとあたりを見渡すが、不審者がいたとか道に穴があいていたとか、そういった変化は見られない。どうやら護衛さん達が上手くやってくれたみたい。 穏便に片付いたならそれでいいや。
 私は家までの道を歩き始める。数秒後いきなりベンツが歩道に横づけしてきたので私はげ、と声をあげた。後ろのウィンドウが開く。そこから現れたのは自称私の親友――ニシだ。顔を見た瞬間、さっき吹っ飛ばされた時の記憶が蘇る。
「おまえに大事な話がある」
 真剣な顔のニシを私は無視した。誰が聞くものか。私は歩調を早める。車を追い越しどんどん先へ進む。待て、と言われるけど私は構わず先を進んだ。
「おい、待て、ヒガシっ。俺の話を聞け!」
 誰が聞くかこの馬鹿。勝手に人違いした上、私を投げ飛ばすとは何事だ。絶対許さないんだから。
「いいから聞け! レンジョウサヤカのことだ」
 レンジョウサヤカ――ニシが叫んだ名前に私は足を止める。振り返ると、すでに車の後ろの扉が開かれていた。覚悟を決めた私が車の中へ乗り込む。ふかふかのシートに座ると、斜め前にいたニシが私に携帯電話を差し出した。これを見ろ、ということらしい。
 私は携帯を受け取ると、画面に軽くタッチした。節電モードが解除され、待受画面がぱっと浮かぶ。現れた人物に私は目を見開く。
 それは苺のホールケーキを抱えた少女の画像だった。生クリームにそっと乗せられた長方形のプレートには「14歳おめでとう 紗耶香」の文字が入っている。誕生日のお祝いだろうか。
「そこに写っているのが蓮城紗耶香だ。ミナミという女性によく似ているだろ?」
「そう、ね」
 私は携帯の画像ををまじまじと見つめる。小さな画面で少女は愛らしい笑顔をのぞかせていた。幼さはあるけど確かに。南さんに似ている。
「紗耶香は俺の幼馴染だった」
「だった?」
「これを撮った二日後に、事故で亡くなった。二年前のことだ」
 思いがけない事実に私は言葉を失う。想定内の反応だったのか、ニシは少しだけ肩をすくめた。
「だからあの女性を見た時は本当に驚いた。紗耶香が生き返ったんじゃないかと思った。そうだったらどれだけ嬉しかったか――」
 そんなことあるわけないのにな、私が返した携帯を見つめながらニシは笑う。それは慟哭と表現するのがぴったりなのかもしれない。ニシの瞳は憂いと慈しみを帯びていた。
 私は昼間ニシが久実に言っていた言葉を思い出す。あの時ニシは恋愛に興味がないと言いきった。まさか。いや、まさかじゃなくてもニシは――
 私はニシに問いかけようと口を開くが、すんでのところで言葉をのみこむ。たとえ私の想像が正解だったとしても今そこに触れてはいけない、そんな気がしたからだ。
「俺はお前に謝らなければならない」
 私の腕についた絆創膏を見ながらぽつり、ニシが言う。
「さっき俺はおまえを投げ飛ばした。動揺してたとはいえ、あんなことをすべきじゃなかった。本当に悪かった。あの女性にも明日改めて謝罪しようと思う」
 ニシの謝罪に私はわかった、と頷くことしかできなかった。ニシから語られた理由は私の想像を遥かに越えていた。もやもやが消えたのはいいけど、何とも言えない気まずさだけが残る。
 用件はそれだけだ、と言われたので、私は退出を余儀なくされた。席を立ち。ドアに向かおうとするけど――
「なんで話したの?」
 私は一番気になっていたことを口にする。
「その、あんたにとっては辛い話なんじゃないかな、って。どうして私に話したの?」
「それはおまえが心の友だからだ」
「それだけ?」
「それだけだが?」
 悪びれもなくニシが言う。納得のいかない答えに私が口をへの字にしていると、ああそうだ、とニシが思いだしたような声をあげた。
「この間のことだが」
「この間?」
「時計のことだ。もしかしたらお前は俺に借りを作りたくなかったのか?」
「え?」
「今日言ったじゃないか。何か貰ったらお返しをしなければならない、と。それが負担だったのか?」
「それは――」
 違う、と私が答える前にニシが口を挟む。だったら気にするな、と言葉を重ねた。
「俺はただ、おまえの喜ぶ顔が見たかっただけだ。俺との間にそんな気づかいは必要ない。親友とはそういうものだろう?」
 ニシの親友談義に私は何とも言えない。その前に知ってしまったことが重すぎて、どう返していいのか分からなくなってしまったのだ。私の中でニシ勘違いを訂正する気力はすでに失われていた。

(使ったお題:24.触れてはいけない)

拍手[0回]

2013

0621
その日の放課後、緊急のクラス会議が開かれた。別の先生から、担任の子供が今日生まれた、との情報があったからだ。
 昨日から奥さんが産気づいて今日の昼前に生まれたらしい。生まれた赤ちゃんは珠のような可愛い女の子だそうだ。今日ウチの担任は出産の立ち会いで休みを取っていた。
 クラスの中では前々から皆で何かお祝いを送ろうということになっていたけど、そろそろ準備をしなければならない。
 会議の結果、サプライズは明日の朝行うこと、一人五百円を出しそのお金で花と子供服を買うことになった。買い物担当は――私とニシだ。何故こうなったのか、理由は想像できる。この機会に二人の沈黙を破ろうという魂胆だろう。
 正直ニシと買い物をするのは気が重かった。でも頼まれた以上は最後まで遂げなければならない、そう思ってしまうのは私の悲しい性だろう。
 私はニシが毎日乗っている黒塗りのベンツに乗車した。ニシとは無言のまま、目的地まで向かう。最初に訪れた花屋で私は花束を注文した。予算と出産祝いだということを伝え、受け取りを明日の朝にする――ここまではよかった。問題は次に訪れた子供服の店だった。
 ここで私とニシの間に金銭感覚の違いが生じる。私は一万円そこそこの物を考えていたのに、ニシが選んだのはシルク素材のドレスだった。
 確かにニシが選んだものはセンスがよかった。でもその品は集めた金額の倍以上する。更に足りない分は自分が払うと言い出したものだから、さすがに口を挟まずにはいられない。
「そんなバカ高いものを買ったら先生も困るでしょうが」
「そんなことはない。上質のシルクは着心地がいいぞ」
「そういう問題じゃない!」
 私はニシにびしゃりと言い放つ。
「いい? 出産のお祝いってのは貰ったらお返しするのが礼儀なの。だいたい貰った金額の二割から三割だっけ?それ買ったら先生は皆が出した金額以上のお返しをすることになるの。そんなの失礼超えて迷惑っていうの! 分かった?」
 私の意見に不服そうではあったが、ニシは納得した。私ははぁ、とため息をつき品物を選び直す。結局、ニシが選んだブランドで肌着とカバーオールと布のおもちゃが入っているセットを選ぶ。金額もなんとか予算内でおさまった。
 会計を済ませ店員さんにラッピング包装をしてもらう。その間、ニシにこんなことを聞かれた。
「それにしてもおまえはいろいろ詳しいな。もしやお前、出産経験が――」
「んなことあるかっ!」
 知っていたのはたまたま近所で赤ちゃんが生まれたからだ。親がお祝いを送るのにそんなことを話していたのを覚えていただけだ。ああ、どうせ買い物するなら他の人と一緒に買いに行きたかった。全く、なんでコイツに頼むのよ。誰か、こいつを世界の果てに飛ばしてやってください。
 結局ニシのせいで買い物に予想以上の時間がかかってしまった。このままではバイトに遅刻してしまう。
 私がバイト先に連絡を入れようとすると、ニシがそれを遮った。別に問題はない、と言う。その言葉の意味する所を私はすぐに理解した。私はバイト先のファミレス前までニシの車で送ってもらう事になった。
 ニシと一緒にいるのはアレだが、仕方ない。私は渋々ニシの車に乗り込んだ。こういう場合、必ずと言っていいほど私は誰かに遭遇する。案の定同じ時間から仕事が入っている南さんと店の前ではち合わせた。
「ヒガシ――さん?」
 異様な光景に南さんは目を白黒させていた。そりゃ知り合いがベンツで現れればそれは驚くわな。これは何事かって。
 私は一度肩をすくめてから、お辞儀をする。
「おはようございます」
「一体どうしちゃったの?」
「ええと、理由を話すと長くなるのですが、簡潔に言えば私の本意ではないんです。はい」
 言葉を濁す私を見て南さんが首をかしげる。そこへ折り重なるようにウィーンと窓が開く音がした。車の後部座席にいたニシに声をかけられる。
「これは俺が預かっておいていいのか?」
 その言葉に私はあ、とつぶやく。振り返り、窓越しに荷物を受け取った。普段ならここで一言ついてくる所だが、今日はそれがない。ニシの視線は一点に集中していた。
 ニシが黒塗りのベンツから飛び出す。おもむろに南さんの腕を取った。突然のことに南さんが目を見開く。
「おまえ――サヤカなのか? サヤカだろ? そうじゃないのか?」
「ちょ、離してっ!」
 南さんが大きな声をあげたので、私は二人の間に割って入った。何やってるのよ! と怒鳴る。
「ちょっと! 南さんに変なことしないでよ」
「ミナミ? この人はミナミというのか? レンジョウサヤカじゃなくて?」
 私は眉をひそめる。彼女は南亜理紗。私のバイト仲間だ。というか、レンジョウサヤカって誰よ? 
 ちらりと横を見れば南さんの顔がどんどん険しくなっていく。そりゃ、初対面の人間にあんなことされたら不審顔にもなるだろう。まずい。このままじゃ仕事も遅刻だし、南さんにも迷惑がかかる。何よりもバイト先に嫌な噂が回るのだけは勘弁したい。ヤツをかばうののは不本意だけど、ここは穏便に済ませた方がいいかも。 
「すいません。この人、人違いしたみたいで――あの、先にお店に入って下さい」
 私はバイトで培った営業スマイルを振りまく。背中でニシの体を押さえつけ、彼女を店へ促した。
「待て、待ってくれ!」
 ニシの切羽詰まった声に私は困惑する。それでもニシを逃がさないよう、私は踏ん張った。腕に痛みが走る。ニシにもの凄い力で腕を掴まれた――と思ったら、あさっての方向へ投げ飛ばされた。私は地面に叩きつけられ、肘をすりむく。
「ちょ、何するのよ!」
 私も負けじと声をあげるがニシはこっちの方を向きやしない。南さんにまっしぐらだ。まずい、このままじゃ南さんが絡まれる。
 すると突然、黒づくめの人達がニシを囲んだ。彼らはニシの護衛だ。彼らが現れる時はニシに危険が迫っている時。
 空気を察した私は立ち上がり、南さんを追いかけた。彼女の腕を引く。スタッフ専用の扉から店へ入り、ロッカールームへ向かう。ニシとも離れ、これから起こるべき災害からも逃れた。
 とはいえ隣りにいる南さんの表情は硬い。小刻みに肩を震わす彼女を見て、何だか申し訳ない気持ちになる。
「あの、びっくりしましたよね?」
「……え?」
「でも気にしないで下さい。ヤツはもともと特殊というか、ウチらとは別次元の人間なんで無視しちゃって下さい。というか警察を呼んじゃってもいいですから」
「そう、なの?」
「そうです」
 私は自信を持って頷いた。そこでようやく南さんの表情が柔らかくなる。一気に疲れが押し寄せた。それでも時間は止まってくれない。これから仕事だ。
 南さんが先に仕事に入る。私も店の制服に着替えた。すりむいた場所に絆創膏を貼りながらそれにしても、と思う。
 あの時のニシの行動は異常ともいえた。南さんの腕を突然掴んだり、私を投げ飛ばしたり。護衛さん達が止めなければニシはどこまでも彼女を追いかけてたかもしれない。
 鏡の前で身だしなみを整えたあとで、ニシが言った名を繰り返す。レンジョウサヤカ、その人は何者なのだろう。
 その問いに対する答えは意外にも早くやってきた。

(使ったお題:54.追いかけて)

拍手[0回]

プロフィール
HN:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
忍者ブログ [PR]
* Template by TMP