もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
仕事帰りに寄ったファミレスで沙奈を見つけた。
ここ最近忙しくて会えない、なんて聞いていただけに俺の心はときめく。久しぶりに会う恋人は相変わらず可愛い。
俺は自分の席を立った。声をかけようと近づくが――途中で動きを止めた。彼女の前に男性が現れたからだ。
くたびれたスーツに黒い鞄。後頭部の禿げにあれ、と思う。あの独特のバーコードはめったに見ない。というか、あれは俺の親父ではないか!
ハンカチで汗を拭きとりながら「待った?」と言う親父。「いいえ。私もさっき来た所です」と涼しげな顔で沙奈。
まるでデートの待ち合わせのような雰囲気に俺は息を呑む。
「ごめんねー、仕事がなかなか終わらなくて。ご飯はもう済んだの?」
「お腹一杯になっちゃうと動けなくなるんで――よかったらどうぞ。まだ時間もありますから」
「じゃ、遠慮なく」
そう言って親父はハンバーグセットを注文する。食事中、親父は沙奈にこんなことを聞いてきた。
「沙奈さんは私とつき合ってて、退屈しない?」
「そんなことありませんよぉ。中井さんこそ、毎晩帰りが遅くなって、家族に怪しまれたりしませんか?」
「私は問題ないよ。子供も妻も私がいない方が静かだって言ってるし」
じゃあ行こうか。食事を終えた親父が席を立つ、沙奈のコーヒーの分も清算すると、仲良く肩を並べて歩いた。途中、沙奈が何かを囁く。親父は照れくさそうな顔をしながら、沙奈の腕を自分の腕に絡ませた。
うおおおおぃ。二人とも何やってるんだよ!
俺はやきもきしながら追いかけた。やがて二人の足がとあるビルの前で止まる。その前に「不倫列車でGO」というヤバそうな店の看板があった。嫌な汗が止まらない。
二人は腕を組んだまま階段を登ると、みすぼらしい扉の中へと消えて行った。俺の不安が頂点に達する。あの二人、この部屋で一体何を――
「あら? あなた、ここに用があるの?」
俺が部屋に飛び込もうか悩んでいると、ケバいおばさんに捕まった。
「もしかして見学? だったらこっちじゃなくて隣りの部屋よ」
さあどうぞ、とおばさんが俺を誘う。半ば強引に隣りの部屋へ引きずり込まれた。扉を開けた瞬間まばゆい光が襲う。壁の一面が鏡になっているせいか、部屋が実際よりも広く感じる。床に敷き詰められたフローリングがピカピカに光っていた。
そして隣りの部屋に入ったはずの親父が何故かそこにいた。
「た、タカユキ?」
突然現れた息子に親父は固まっていた。俺は親父の変わり果てた姿に唖然とする。更に。
「あれ? タカユキじゃない。こんな所でどうしたの?」
奥の扉から沙奈が現れた。さっきのパンツスーツではなくひらひらのスカートを履いている。そういえばこんな服、テレビで見たことがある。あれは確か――
「まさか、中井さんがタカユキのお父さんだったなんてね」
思いがけない縁に沙奈は笑った。フロアの中心で親父が教わったばかりのステップを必死に踏んでいる。都会の窓に浮かぶのは「ダンス教室」の文字だ。
「お姉さん、結婚するんだって?」
沙奈の言葉に俺は頷いた。姉は来月に式を挙げる。相手はアメリカ人だ。なんでも米国では披露宴で花嫁と父親がダンスをするらしい。親父はその為に特訓していて、沙奈は姉の役を務めているのだとか。
「でもさ。これってサンバだよな? 何故にサンバ?」
「ウケ狙いたいんだって。面白いお父さんだよね」
軽快な音楽に乗って親父が腰を振る。ぼよんぼよんと震えるビール腹。俺は笑いをこらえるのに必死だった。(1465文字)
シャルウィーダンス? な話。 沙奈とお父さんが腕を組んだのはバージンロードを歩く練習なのでした
ここ最近忙しくて会えない、なんて聞いていただけに俺の心はときめく。久しぶりに会う恋人は相変わらず可愛い。
俺は自分の席を立った。声をかけようと近づくが――途中で動きを止めた。彼女の前に男性が現れたからだ。
くたびれたスーツに黒い鞄。後頭部の禿げにあれ、と思う。あの独特のバーコードはめったに見ない。というか、あれは俺の親父ではないか!
ハンカチで汗を拭きとりながら「待った?」と言う親父。「いいえ。私もさっき来た所です」と涼しげな顔で沙奈。
まるでデートの待ち合わせのような雰囲気に俺は息を呑む。
「ごめんねー、仕事がなかなか終わらなくて。ご飯はもう済んだの?」
「お腹一杯になっちゃうと動けなくなるんで――よかったらどうぞ。まだ時間もありますから」
「じゃ、遠慮なく」
そう言って親父はハンバーグセットを注文する。食事中、親父は沙奈にこんなことを聞いてきた。
「沙奈さんは私とつき合ってて、退屈しない?」
「そんなことありませんよぉ。中井さんこそ、毎晩帰りが遅くなって、家族に怪しまれたりしませんか?」
「私は問題ないよ。子供も妻も私がいない方が静かだって言ってるし」
じゃあ行こうか。食事を終えた親父が席を立つ、沙奈のコーヒーの分も清算すると、仲良く肩を並べて歩いた。途中、沙奈が何かを囁く。親父は照れくさそうな顔をしながら、沙奈の腕を自分の腕に絡ませた。
うおおおおぃ。二人とも何やってるんだよ!
俺はやきもきしながら追いかけた。やがて二人の足がとあるビルの前で止まる。その前に「不倫列車でGO」というヤバそうな店の看板があった。嫌な汗が止まらない。
二人は腕を組んだまま階段を登ると、みすぼらしい扉の中へと消えて行った。俺の不安が頂点に達する。あの二人、この部屋で一体何を――
「あら? あなた、ここに用があるの?」
俺が部屋に飛び込もうか悩んでいると、ケバいおばさんに捕まった。
「もしかして見学? だったらこっちじゃなくて隣りの部屋よ」
さあどうぞ、とおばさんが俺を誘う。半ば強引に隣りの部屋へ引きずり込まれた。扉を開けた瞬間まばゆい光が襲う。壁の一面が鏡になっているせいか、部屋が実際よりも広く感じる。床に敷き詰められたフローリングがピカピカに光っていた。
そして隣りの部屋に入ったはずの親父が何故かそこにいた。
「た、タカユキ?」
突然現れた息子に親父は固まっていた。俺は親父の変わり果てた姿に唖然とする。更に。
「あれ? タカユキじゃない。こんな所でどうしたの?」
奥の扉から沙奈が現れた。さっきのパンツスーツではなくひらひらのスカートを履いている。そういえばこんな服、テレビで見たことがある。あれは確か――
「まさか、中井さんがタカユキのお父さんだったなんてね」
思いがけない縁に沙奈は笑った。フロアの中心で親父が教わったばかりのステップを必死に踏んでいる。都会の窓に浮かぶのは「ダンス教室」の文字だ。
「お姉さん、結婚するんだって?」
沙奈の言葉に俺は頷いた。姉は来月に式を挙げる。相手はアメリカ人だ。なんでも米国では披露宴で花嫁と父親がダンスをするらしい。親父はその為に特訓していて、沙奈は姉の役を務めているのだとか。
「でもさ。これってサンバだよな? 何故にサンバ?」
「ウケ狙いたいんだって。面白いお父さんだよね」
軽快な音楽に乗って親父が腰を振る。ぼよんぼよんと震えるビール腹。俺は笑いをこらえるのに必死だった。(1465文字)
シャルウィーダンス? な話。 沙奈とお父さんが腕を組んだのはバージンロードを歩く練習なのでした
PR
プロフィール
HN:
和
HP:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
最新記事