もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
「本当に帰っちゃうのか? ウチで少し休んで行けよ」
「気持ちだけ受け取っておくよ。明日も午後から仕事入ってるし、始発で帰るわ」
僕は旧友の好意を丁重に断ると、手を振って別れた。ゆっくりとした足取りで駅へ向かう。田舎の駅は無人駅になっていて、この時間は誰もいない。扉の鍵が開いていたので、僕は待合室に入る。昔からある木のベンチに横になるとスマホを取りだした。幾つかのサイトを回ってみるが、興味をそそられる話題は何もなかった。
スマホをしまった所で僕はため息をつく。時刻表を見ると、始発まではあと三時間ほど、らしい。
今日は――というより昨日は中学校の同窓会だった。昼間から酒を飲んでは食べ移動する。それを数回繰り返したから相当疲れた、はずだった。なのに眠気がなかなか訪れない。酔っているはずなのに、頭がどんどん冴えていく。こんなことは初めてだ。
やっぱり、あの言葉が引っかかっていたのだろうか。
「そういえばこの間、△△で篠崎を見かけたよ。男と腕組んでた」
それは同級生の誰かが漏らした情報だった。
篠崎は美人で性格もよくて何時も人に囲まれている――いわゆるアイドル的な存在だった。一方の僕はその正反対を地でいく人間で、クラスでも平凡の斜め下を歩いていた。
ある日の昼休み、僕は休んだ同級生の代わりに放送室に詰めていた。好きな曲をかけていいから、と言われたので、その日たまたま持っていたバンドのアルバムを流したら、その日の放課後篠崎に声をかけられた。
昼休みにかかっていた曲、あなたが選んだんだって? ああいうの好きなの? そう問われ僕は小さく頷いた。その時の篠崎の反応は今も覚えている。目をきらきらとさせていて、本当に嬉しそうで、とてもまぶしかった。
私もね、あのバンド好きなんだ、そう言われて僕は驚いた。意外だね、と思わず呟いたらひどいなぁ、と返された。私がヘビメタ好きなのがそんなに可笑しい? と言われたので僕は 可笑しいというか、意外だった、と答えた。篠崎はどちらかというと、明るい、爽やかで元気なイメージがあったから。その時、僕は外見と好きな曲は必ずしも一致しないのだと思った。
そして僕達は好きな音楽の話で盛り上がった。音楽を語る篠崎はとても興奮していた。歌詞についてはちょっと偏ったような解釈もあったけど、僕もそのバンドは好きだったし共感する部分も多かった。
しばらくして僕と篠崎はそのバンドを通じて連絡を取り合うようになった。新しい情報を見つけるとお互いに報告する。当時は携帯すら持たせてくれなかったから、連絡手段はもっぱら手紙だった。ノートの切れ端にメモ書きをし、小さく折りたたんでお互いのロッカーの中に投げ入れる。それがなかなかスリルがあって面白い。僕はゲーム感覚で篠崎とのやりとりを楽しんでいた。
でも、そんな時間も長くは続かない。僕が親の仕事の都合で県外の学校に転校することになったからだ。
引越の前日、もろもろの挨拶を終えて教室に戻ると、窓辺に篠崎がいた。篠崎は僕に橙色の海が見たい、と言った。それはあのバンドの曲のタイトルにもなっていた。朝焼けの海が描かれていて、橙色に染まる海に飛び込めば全てが浄化される、歌詞にはそんな意味がこめられていた。
僕は篠崎を自転車の後ろに乗せると、ただひたすらペダルを漕いだ。篠崎の願いを叶える、ただそれだけのために僕は自転車を走らせた。
学校から一番近い浜辺に到着すると、空は茜色になっていた。水平線の先に太陽が浮かんでいる。その日僕達が見たのは夕暮れの太陽だったけど、橙に染まる海の色は夜明けのと何ら変わらない気がした。
夕陽を見ながらさびしくなるね、と篠崎は言った。泣きそうな顔で僕を見ていた。唇が動く。篠崎の声は小さくて、何を言っているのか分からなかった。僕がもう一度尋ねると、何でもないとかぶりを振られた。
篠崎とはその浜辺で別れたきりだ。今回同窓会の案内状が届いて、僕は篠崎も来るんじゃないかとこっそり期待していた。でも篠崎は仕事の都合で来れなかった。篠崎は今何をしているのだろう。今もあのバンドの曲を聞いているのだろうか。
再びスマホを掲げると、音楽プレーヤーに切り替えた。いくつかある曲の中で「橙色の海」を選ぶ。流れていく音楽に当時の想いを重ねながら、僕は瞼を閉じた。(1790文字)
少年と少女だった頃の恋愛未満な思い出。
「気持ちだけ受け取っておくよ。明日も午後から仕事入ってるし、始発で帰るわ」
僕は旧友の好意を丁重に断ると、手を振って別れた。ゆっくりとした足取りで駅へ向かう。田舎の駅は無人駅になっていて、この時間は誰もいない。扉の鍵が開いていたので、僕は待合室に入る。昔からある木のベンチに横になるとスマホを取りだした。幾つかのサイトを回ってみるが、興味をそそられる話題は何もなかった。
スマホをしまった所で僕はため息をつく。時刻表を見ると、始発まではあと三時間ほど、らしい。
今日は――というより昨日は中学校の同窓会だった。昼間から酒を飲んでは食べ移動する。それを数回繰り返したから相当疲れた、はずだった。なのに眠気がなかなか訪れない。酔っているはずなのに、頭がどんどん冴えていく。こんなことは初めてだ。
やっぱり、あの言葉が引っかかっていたのだろうか。
「そういえばこの間、△△で篠崎を見かけたよ。男と腕組んでた」
それは同級生の誰かが漏らした情報だった。
篠崎は美人で性格もよくて何時も人に囲まれている――いわゆるアイドル的な存在だった。一方の僕はその正反対を地でいく人間で、クラスでも平凡の斜め下を歩いていた。
ある日の昼休み、僕は休んだ同級生の代わりに放送室に詰めていた。好きな曲をかけていいから、と言われたので、その日たまたま持っていたバンドのアルバムを流したら、その日の放課後篠崎に声をかけられた。
昼休みにかかっていた曲、あなたが選んだんだって? ああいうの好きなの? そう問われ僕は小さく頷いた。その時の篠崎の反応は今も覚えている。目をきらきらとさせていて、本当に嬉しそうで、とてもまぶしかった。
私もね、あのバンド好きなんだ、そう言われて僕は驚いた。意外だね、と思わず呟いたらひどいなぁ、と返された。私がヘビメタ好きなのがそんなに可笑しい? と言われたので僕は 可笑しいというか、意外だった、と答えた。篠崎はどちらかというと、明るい、爽やかで元気なイメージがあったから。その時、僕は外見と好きな曲は必ずしも一致しないのだと思った。
そして僕達は好きな音楽の話で盛り上がった。音楽を語る篠崎はとても興奮していた。歌詞についてはちょっと偏ったような解釈もあったけど、僕もそのバンドは好きだったし共感する部分も多かった。
しばらくして僕と篠崎はそのバンドを通じて連絡を取り合うようになった。新しい情報を見つけるとお互いに報告する。当時は携帯すら持たせてくれなかったから、連絡手段はもっぱら手紙だった。ノートの切れ端にメモ書きをし、小さく折りたたんでお互いのロッカーの中に投げ入れる。それがなかなかスリルがあって面白い。僕はゲーム感覚で篠崎とのやりとりを楽しんでいた。
でも、そんな時間も長くは続かない。僕が親の仕事の都合で県外の学校に転校することになったからだ。
引越の前日、もろもろの挨拶を終えて教室に戻ると、窓辺に篠崎がいた。篠崎は僕に橙色の海が見たい、と言った。それはあのバンドの曲のタイトルにもなっていた。朝焼けの海が描かれていて、橙色に染まる海に飛び込めば全てが浄化される、歌詞にはそんな意味がこめられていた。
僕は篠崎を自転車の後ろに乗せると、ただひたすらペダルを漕いだ。篠崎の願いを叶える、ただそれだけのために僕は自転車を走らせた。
学校から一番近い浜辺に到着すると、空は茜色になっていた。水平線の先に太陽が浮かんでいる。その日僕達が見たのは夕暮れの太陽だったけど、橙に染まる海の色は夜明けのと何ら変わらない気がした。
夕陽を見ながらさびしくなるね、と篠崎は言った。泣きそうな顔で僕を見ていた。唇が動く。篠崎の声は小さくて、何を言っているのか分からなかった。僕がもう一度尋ねると、何でもないとかぶりを振られた。
篠崎とはその浜辺で別れたきりだ。今回同窓会の案内状が届いて、僕は篠崎も来るんじゃないかとこっそり期待していた。でも篠崎は仕事の都合で来れなかった。篠崎は今何をしているのだろう。今もあのバンドの曲を聞いているのだろうか。
再びスマホを掲げると、音楽プレーヤーに切り替えた。いくつかある曲の中で「橙色の海」を選ぶ。流れていく音楽に当時の想いを重ねながら、僕は瞼を閉じた。(1790文字)
少年と少女だった頃の恋愛未満な思い出。
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プロフィール
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和
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女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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