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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0716
ブラックドラゴンが空の彼方へ消えてしまった後、私はプミラさんを家へ運んだ。クレアさんを叩き起こし一連の出来事を伝えると、彼女から能天気な表情が消えた。すぐにヤツを呼んでもらい合流する。事情を把握したヤツは全てを国王に報告すると言うと、箒にまたがり先に城へ飛んでいった。私達もその後をすぐに追う。プミラさんの傷は本人が唱えた回復魔法で塞がれた。でもそれは皮と皮を繋ぎとめただけのもので、ちょっと動くとすぐに傷が開いて血が流れる。だから城に向かうのでさえ慎重を要した。私は彼女を支えながら細心の注意を払う。
 世界を守る砦が消えたことは瞬く間に広がっていた。人から人、町から都市、国から国へ――このぶんだとこの世界全ての人に伝わるまでそう時間がかからなさそうだ。
 町中を見渡すと、人々は恐怖と不安に襲われていた。ある者は泣き叫び、ある者は狂いにも似た笑いをあげる。家財道具を荷車に積み、遠くへ逃げる者もしばしば見つけた。それらを見るたびにプミラさんの表情は険しいものに変わっていく。
 城にたどり着いた彼女を待ち受けていたのはヤツ以外の魔法使いたちによる非難の嵐だった。何故気づかなかったとか何故このタイミングでドラゴンを放したんだ、から始まって、魔法使いの素質はないだの、果ては彼女の師匠の悪口まで。そのあまりの酷さに私は顔をしかめた。彼女が責められるのはある程度仕方ないとしても、ここにいない人物の悪口を言うのはお門違いな気がする。更にお偉いさんの悪態は私にも飛んできて、何故止めなかった、だから異世界の者はと見下してきた。
「大した力のない奴が、偉大なる魔道士の弟子になるなどおかしい。媚びて体でも売ったのか?」
 その、下品極まりない言葉に私の体温が急上昇した。何を!と叫びそうになるが、その前にヤツがぶちキレた。
「この愚弄どもが! ここで未来を担う若者を責めてどうする? そうこうしている間にも隕石は近づいているんじゃ。今はこの危機をどう回避すべきかが最優先じゃろ。その頭、もっと別のことに使え!」
 本気で怒るヤツに私は目を丸くする。これまで何だかんだとつるんできたけど、ここにきて初めてヤツがまともな人間に見えた。ちょっと――いや、かなり見直すと同時に、そんなコト言えるなら普段から真面目にやってくれたらいいのに、そしたら私もちょっとは尊敬するのになぁ――なんてどうでもいい事も考えてしまったわけだが。
 とにもかくも、ヤツのひと声で空気の流れが変わった。すぐさま議長を中心とした重鎮らの間で会議が開かれ、住民たちを避難させる段取りが組まれたのである。避難、といっても落下予定地点から遠く離れた地下シェルターに誘導するだけだ。強力な魔力でできたそれはノアの方舟さながら。でも収容する人数は限られている。なので、魔法使いたちはこれからあぶれた人たちの為のシェルターを生成しなければならない。魔力が弱まっている今、シェルターを作るのにはかなりの人手が必要になる。
 私もその手伝いに向かおうとすると、城の回廊でヤツに引き止められた。 
「そなたは何もしなくていい」
「何で?」
 こういうことじゃ、そういってヤツは私の腕に手をかけた。腕輪の留め金が外れ、ぽろりと床に落ちる。
 この腕輪が外される時――それは私が一人前の魔法使いとして認められた時か、師弟の契約を解除した時、のはず。そりゃヤツとの師弟関係は破棄したいと願っていた。けどなんでこのタイミングなの?
「一体どういう事?」
「そなたはももと共に自分の世界へ戻れ。ワシが飛ばしてやる」
「飛ばすって――魔力が低下してるんでしょ? 帰れても何処に飛ばされるか分からないって」
「それでもここにいるよりましじゃ。この世界は滅亡するかもしれん。異世界から来たそなた達がここに留まる必要はない――ワシの言ってることが分かるな?」
 ヤツの言葉に私の背中がぞくりとうずく。
「ちょ、なんで急に優しくなるの。気持ち悪いじゃないか」
「失礼な。ワシゃ最初から優しかったぞぉ」
「絶対嘘だ!」
「とにもかくも、この世界から早く逃げるんじゃ、ワシらのことは気にするな」
 そう言ってヤツが笑うけど、そこにいつもの含みはない。やだ、なんでそんな顔するの。まるで今生の別れみたいな――
 私はその場でうつむいた。握った拳が震える。胸に熱が走っているのが分かる。わかってる。それを言葉に表すならふざけんな! の一言だ。
 これだけ人を巻き込んでおいて、強制退場ってどういうことよ。だったら最初からこの世界に飛ばすんじゃない!
 私はヤツの胸ぐらを掴むとその体をぐいっと持ち上げた。顔を近づけ、ガンを飛ばす。涙目で半べそだけど、そんなのは気にしない。
「ジジィは私を救えて、それで満足かもしれないけどさ。こんな状況見せつけられて、はいわかりましたなんて――言えるかこの野郎!」
「な、師匠の好意を仇で返すとな、そなた、狂いおったか。こら、正気に戻れぇ」
「うるさい!」
 私はジジィの戯言を突っぱねた。
「確かに、腕輪取れたのはラッキーだけど、これであんたが死んだら後味悪すぎるっての! だったらここで果てた方がマシよ。つうかジジィならこの世界に骨埋める覚悟で挑め、って言うんじゃないの?
 私の事さんざん振り回して、最後の最後で逃がすって? そういう優しさは偽善っていうの。そんな自己満足、あんたの首と一緒にひねり潰してやるわ、このくそジジィ! 世界が滅亡する前に死にやがれーーーっ!」
 私は握った拳に更に力を込めると老いぼれの体が更に上昇した。そしてヤツの息がひゅう、と音を立てた瞬間、
「どうやら大おじさまの負けのようですねぇ」
 と、のんびりとした口調でクレアさんがやってきた。彼女の足元にはももちゃんがひっついていて、すごい剣幕でまくしたてていた私をじっと見ている。その無垢な眼差しに射抜かれた瞬間、私の力が抜けた。ヤツの体がずるりと音を立て床にのさばる。
「な。なんという怪力よ……この仕返しは絶対してやるぞ。覚えておれぇ」
「さあさ、ケンカはそのくらいにして、ごはんにでもしましょう。朝からごたついててまだ食べてないでしょう?」
 そう言ってクレアさんは手に持っていたバスケットを胸の高さまで持ち上げる。するとヤツと私の腹の音が見事にハモってくれた。
 仕方なく、私達は図書館の奥にある書庫へと向かう事にした。中に入ると、書庫の主であるスピンさんがプミラさんの怪我を見ていた。立派に成長した二匹のドラゴンは折り重なるように体を寄せている。そこに人間が四人が加わると、書庫の密度はかなり高くなる。私は人数分のお茶を入れると空いている席に座った。
 ひととおり手当を終えた後、でどうなったの? とスピンさんが聞いてくる。
「とりあえず住民をシェルターに避難させるそうじゃ」
「あれって全員は入んないんじゃなかったっけ?」
「入りきらなかった人は魔法使いの作ったシェルターに移すって」
「誰だよそんな馬鹿なこと言ったの? 隕石の大きさ考えたら即席のシェルターなんて作っても意味ないし。磁波のせいで強度ないから一発でご臨終じゃねーか」
「え? そうなの?」
「隕石の直撃免れたとしても、二次災害に遭うのは必至。やっぱりシールドを破られたのは痛いな。これが数日前だったらまだ対処方法が見つかったのに」
 スピンさんの話を聞いてプミラさんの表情が暗くなる。隕石の軌道をずらすことが不可能である以上、最悪の事態を回避するには他の方法を探さなければならない。
 そういえば、こんな状況に似た話をどっかで聞いたような……ああ、十年以上前に公開された映画だ。あれは小惑星が地球にぶつかるって話で、それを回避するため、小惑星の地中深くに核爆弾を仕込んで軌道を変える――そんな内容だった。
 でも、この世界に核兵器の技術なんてあるわけがないし、そんなものあって欲しくもない。
「せめて、この世界の魔力が回復すればいいのじゃが……」
 ヤツの台詞に誰もが共感していた。せっかく入れたお茶がどんどん冷えていく。大人たちの間に沈黙が走った。こんな緊迫した雰囲気の中で、ももちゃんとドラゴン達はいたって呑気だ。
 最初は私達の周りをぐるぐると走って追いかけっこをしていたのだが、そのうち相撲なのかレスリングなのか分からないじゃれあいを始めた。がっぷり四つに汲むダックとクロムにももちゃんが割り込む。手を組み輪になって力比べを始めた一人と二匹。するとスピンさんがあっ、と叫んだ。もの凄い勢いで書庫を飛び出したと思ったら、あっと言う間に一冊の本を抱えて帰ってくる。赤い皮表紙の本を開き、文字を指でたどったあとで、やっぱりそうだ、と呟いた。
「もしかしたらなんとかなるかもしれない」
 その一言に皆がはっと顔を上げた。その視線が彼に集中する。
「百年前、この惑星を周回する隕石の研究をしていた学者の論文なんだが――これによると隕石から発生する磁波は地上から発する魔力の元である『気』と同じで、その質量はほぼ等しいと説いている。流星年に魔力が弱まるのは、隕石からの『気』 と地上からの『気』がぶつかって力が相殺されるからで、でも魔力が完全に消えたわけじゃないらしい。ある一定の条件を満たした場所では限りなく大きな魔力が放出され、身体の増幅や治癒が著しく表れると書かれている」
「それってつまり――パワースポットってこと?」
「確たる証拠や詳しい実験結果は記されていないが、その『一定の条件を満たした場所』を見つけることができればまたシールドを張ることができるかもしれない」
 彼の言葉に私の心臓がどくんと波打った。暗闇に一筋の光が差し込む。こっちの世界では何というか分からないけど、そう言った「気」の集まる所は私の世界では人気の観光スポットだ。まさか、それがこっちの世界にもあるかもしれないなんて。
「探さなきゃ」
 私が言葉にする前に、プミラさんが言う。椅子から立ち上がると歯を食いしばり、傷の痛みに耐えながら歩き出す。きっとでなくても彼女は全ての責任を背中に抱えている。だから私は待って、と声をかけた。
「パワースポットを探すだけじゃ全ては解決しない。あのドラゴンも探さないと」

(使ったお題:63.正気に戻れ)

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2013

0715

 その日私は夜が明ける少し前に目が覚めてしまった。
 しばらくの間ベッドの中でもぞもぞと体を動かす。布団に残る温もりに漂い無理矢理瞼を閉じてみるけれど、夢の世界へ通じる扉は固く閉ざされていて、入ることすらできない。寝返りを打っても余計に目が冴えるばかりだ。
「ううぅっ!」
 私は怒りにも近いうなり声を上げると、嫌々体を起こした。服を着替え部屋を出る。まずは台所に向かった。いつも起きる時間だったら、ここでクレアさんが朝御飯を作っていて台所に来た私におはよう、と言ってくれるのだがこの時間は彼女もさすがに眠っている。私は水瓶に残っていた水を一口飲んで、勝手口から外へ出た。
 空気の冷たさにひとつ身震いをする。朝もやの中を少し歩いていくと、私が最初に着地した川のほとりへたどり着く。ここは毎朝クレアさんの娘が水を汲みにいっているけど――以下同文。そのかわり、川辺には何故かプミラさんが佇んでいた。隣には以前私の鼻をかじったドラゴンもいて川の水を飲んでいる。あの時はオウムと同じ大きさだったのに、今は子馬位まで成長している。
 私は彼女におはよう、と挨拶をした。彼女は一瞬肩を震わせたが、声をかけたのが私だと知ると胸をなでおろす。
「ああ、あなただったのね」
「プミラさんも散歩?」
 私の問いに彼女は首を横に振る。
「この子を自然の群れにかえそうと思って。このまま私の『使い』にすることもできるんだけど、親の愛情を知らないまま育ってしまうのは何だか可哀想な気がして――」
 そう言って彼女は静かに笑う。少し悲しげな表情を浮かべた後で、川辺にもう一度目を向けた。視線の先を追いかけると、少し離れた上流にホワイトドラゴンの親子連れが水浴びをしていた。
「あれが前に言ってた――はぐれた親のドラゴン、なの?」
「そうじゃないけど、ホワイトドラゴンは仲間意識が強くて同族なら自分の子じゃなくても家族として迎えてくれるの」
 プミラさんは大きくなったドラゴンを一度抱きしめる。別れを惜しむかのようにひとつ口づけを落とすと何かを唱えた。小さな光がドラゴンの口から吐き出され、天に昇っていく。
「服従の呪文は解いたから、貴方はもう自由よ。仲間のところへ行きなさい」
 ドラゴンははじめ、きょとんとした顔をしていたけど、そのうち羽を広げて仲間の所へ向かっていった。水浴びをしていたドラゴンの子供が、同じ色をした同類に吸い寄せられるように近づいていく。全ては順調に進むと思われた――が。
 突然、獣の奇声が耳をつんざく。
 予想ではドラゴン達がお互いの存在を確かめあうのにお互いの体を摺り寄せるはずだった、らしい。だが、プミラさんに育てられたホワイトドラゴンは仲間へ牙を向けるだけだ。
 奇声がしばらく続いたあと、ホワイトドラゴンは一度翼を広げ親子から離れていった。大きく旋回を続け威嚇したあと、突然急降下する。自分と同じ大きさのドラゴンに牙を向けた。とっさに親ドラゴンが子を突き飛ばし、火を吐いて威嚇する。ホワイトドラゴンは一旦身を引いたものの、次に降下した時は子をかばった親に噛みつき、翼の一部を引きちぎっていた。
 同族同士の争いに私は息を飲む。一体何なの、と声を上げ、隣りを見るが、プミラさんの姿がそこにない。彼女は私のずっと先を――争いの渦中に向かって走っていた。
「止めなさい! やめてっ!」
 プミラさんがドラゴンの親子をかばうように立ちはだかると、杖を握った。改めてドラゴンに服従の呪文をかけるが、成功率0か100かの魔法は今日も失敗に終わってしまう。それどころかドラゴンは育ての親である彼女に襲い掛かってきたのだ。
 鋭い爪が彼女の肌を傷つける。腕に足に背中に赤い筋が走る。地面に転がるプミラさんを見て、私ははっとした。このままでは彼女が殺されてしまう!
 私は一歩を踏み出す覚悟を決めた。忍び足で近づくと、ホワイトドラゴンの背中に回った。傷を負ったドラゴンの親子はプミラさんが囮になったおかげで川の更に上流へ逃げている。私は下流に向かって石を投げた。ぼちゃん、という音とともに、ドラゴンの気がそちらに向かう。隙をついて彼女の腕を取ると近くの林に飛び込み、鬱蒼とした木の陰に隠れた。
「大丈夫?」
 私はプミラさんに問う。彼女は一度頷くと深く息をついて呼吸を整えていた。彼女が全身に負った傷は思った以上に深い。血をみるだけでこちらにも痛みが伝わってくる。
「なんで? あの子――ホワイトドラゴンはこんな攻撃的な性格じゃないはずなのに」
 一時とはいえ、自分が育てたドラゴンの豹変に、プミラさんはかなり困惑していた。私はというと、目の前の展開に驚いていたがその一方で冷静に見ている自分がいた。それはきっと私の脳裏に昨日読んだ文献の端々が浮かんだからだろう。
 ドラゴンの遺伝子においては、ある確率を持って劣性遺伝子を強く継いだ奇形腫が産まれることがある。
 ブラックドラゴンは警戒心が強く、攻撃力は他のドラゴンの十倍。
 ――つまり。
 あれはホワイトドラゴンではなく劣性遺伝子を持ったブラックドラゴンかもしれない?
 ブラックドラゴンの巣に託卵したドラゴンが数合わせのために卵をひとつ落としたとしたら。それをプミラさんが拾ったとしたら。たまたま色素が抜けた奇形腫が羽化したとしたら。 
 全ては臆測でしかない。でもそれらすべてが正解だったら――とてつもなく危険な状況じゃないか! もしドラゴンがシールドに気づいたら。もし、そこに翼が触れてしまったら。とんでもなくまずい!
 私は上空を旋回するドラゴンを見上げた。すべてがたらればの話であってほしい。これ以上高く飛ばないでほしい。そう願うが時すでに遅し、若いドラゴンは更なる高みを目指して飛んでいく。そのうち、ドラゴンは七色の壁に気づいた。朝日を浴びきらきらと光るそれはドラゴンの格好の餌となる。
 ドラゴンはシールドの手前で一度速度を緩める。壁の様子を伺うように右へ左へと翼を揺らした後、もう一度旋回する。そして流星のごとくスピードを上げるといっきに壁を突き抜けた。ぱりん、という音。世界を守る盾が粉々に砕ける。それは私の推測が正解だという証でもあった。
 魔法使いたちの努力は報われないまま。森に、町に、城に、虹色の欠片が降り注ぐ。それは美しくも儚い絶望の雨だった。


(使ったお題:27.踏み出す覚悟を)

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2013

0711

 スピンさんが私に与えた仕事――本の整理は三日ほどで終わった。研究室にいるドラゴン達の世話も最初は悪戦苦闘していたけど、四日過ぎると慣れてきた。そして仕事を始めてから数日たつと、私はここでの時間も持て余すようになっていた。
 今日スピンさんは書庫にいない。頼まれていた魔法道具が完成したので、魔法使いの所へ見せに行ったのだ。ダックとクロムも一緒だ。
 その日の午前中、書庫の掃除を終えた私は重たい扉の向こうにある図書室へ足をしのばせた。本棚からドラゴンに関する本を何冊か抜き取る。
 思えば火あぶりにされそうになったり、鼻を噛まれたり、頭からぱくりと飲みこまれそうになったり……今回私はドラゴンの格好の餌食になっていた。だから、今度こそ酷い目に遭わないようにしなければならない。そのために相手のことを勉強してみることにしたのだ。


 私は本棚から何冊かの本を抜きとり書庫の机にそれを置く。一旦席についてから表紙を開いた。私の世界のドラゴンは架空の生物で神聖めいたものがあるけど、魔法使いがいるこの世界でのドラゴンは人と同等のものとして考えられているようだ。
 本に添付されているドラゴンの写真は前に資料で見たとおりだ。鋭い爪と牙、蝙蝠をおおきくしたような骨組み。どちらかと言えば西洋よりのドラゴンなのかもしれない。
 私は更にドラゴンの生態へと指を伸ばす。ドラゴンの成長は人間の五倍の速さだが、寿命が長い。本に書かれている最高記録は一万年だ。ドラゴンは体の色によって性格もその力も違うらしい。
 ブルーは主への忠誠心が強く、ホワイトは好奇心旺盛で俊敏、レッドは果敢で攻撃的、グリーンは温厚で人を癒す力を持っている。そしてブラックドラゴンは警戒心が一番強く、攻撃力も他のドラゴンの十倍はあるのだとか。なので、ブラックドラゴンを服従させるのに魔法使いは数人がかりで挑まないとかなり危険らしい。
 ドラゴンの保護をする、と言った時点で結構大変な仕事になるとは思っていたけど、まさかここまで厄介だとは思いもしなかったな。
 別の本を開くと、遺伝子や生態についての説明が書かれていた。
 こちらの世界でも遺伝子学においてはメンデルの法則と似たようなものがあり、ある確率をもって劣性遺伝を強く受けた奇形腫も現れるという。
 更にドラゴンの中には別のドラゴンの巣に卵を産み捨ててしまう――いわゆる託卵をするものがいるらしい。その時、産み捨てる側のドラゴンは巣にある卵をひとつ巣の外へ放り出して数合わせするのだとか。確か、私の世界にも託卵をする動物がいたような。カッコウとかダチョウとかの鳥類だった気がする。
 こうして読んでみるとなかなか興味深いものがある。異なる世界とはいえども、生態は似たり寄ったりなのかもしれない。
 机に頬をついて唸る。すると、ヤツがのほほんとした顔でやってきた。
「やっぱりここにおったか」
「何?」
「おまえがスピンの所で働いてると聞いてな。ちぃと様子を見に来た。飲み物でもくれんかのぅ」
 ここはカフェじゃないんだけどな。私は心の中でつぶやきつつ、重い腰を上げる。研究室の一角に置いてあるポットにお茶が入っていたのでそれをカップに注ぎ戻ると、ヤツが私の読んでいた本を手に取った。
「ほぉ……なかなか面白いものを読んでいるではないか」
「ちょ、読んでる途中なんだから勝手に頁めくらないでよ。どこ読んでるか分からなくなるじゃない!」
「調べ物があるならこの間渡した本があるじゃろう? そっちは使わないのか?」
「それは――」
 私は質問の答えを言いかけ、口ごもる。あの本はいわばパソコンみたいなものだ。知りたいことをキーワードとして入力(こっちの世界では頭に思い浮かべるだけだけど)すれば何千、何万もの資料がすぐに出てくる。
 それはとても楽ではあるけれど、こっちの世界でゆったりと過ごさざるを得ない私には少し物足りない。だからあえて手間のかかる方法を取ってみたのだ。アナログの検索をするだけでも、この図書室は広くて時間がかかる。でもその間だけは余計なことを考えなくても済む。図書室を歩きまわるのは散歩にちょうど良くて、いい気分転換にもなった。
 私はあれ使い勝手が悪いから、と本のせいにすることで、自分の考えを内側に閉じ込めた。それよりも、と前の言葉を脇においてヤツに問いかける。
「ドラゴンの保護は進んでいるの? ここで休んでていいわけ?」
「おまえが手伝わないから順調だわ。このぶんだと今日には全ての作業が終わるじゃろう。シールドを張っている方も準備が整ったようじゃし」
「そう」
「何じゃ? 浮かない顔をして。 もしかして作業の手伝いをしたいとでも言うのか」
「別にそんなんじゃありません」
 ただ、自分は本当に役立たずだったんだなって。そう思っただけだ。でもそれを言ったらヤツはきっと鼻で笑うのだろう。当然だと言うのだろう。
 私は心の中でヤツへの皮肉を述べると、自分の作業に戻った。さっき読んでいた本のページを開き次の章へと目を動かす。私が相手しないと分かると、ヤツは茶を一気に飲みほして、私から離れて行った。
 その日、私が書庫を出たのはスピンさんが仕事を終えてからだいぶたった後のことだった。窓の外は暗く、夜も更け始めている。図書室は勿論、城の中もとても静かだった。魔法使いどころか人ひとり会いやしない。明日は隕石の衝突する日だから、皆早く寝て明日に備えているのだろうか。
 私は窓から見える景色をしばらく眺めていた。満天の空にひときわ輝く大きな星ひとつ。あれがきっと、役目を終えた隕石なのだろう。星はわき目もふらずこちらに向かっている。真っ直ぐに城へ向かっているような。落ちてくるものが大きいからそんな風に見えるのかな?
 ヤツはドラゴンの保護は今日中に終わると言っていた。シールド班も準備が整ったと言っていた。なのに何故? この静けさのせいだろうか? 何だか胸騒ぎがする。
 私は自分の中に溢れる予感が何なのか――この時点でははっきりとしなかった。でもそれは隕石の接近とともに正体を現す。
 きっかけは夜明けに起きたひとつの事件だった。

(使ったお題:04.溢れる予感)

嵐の前の静けさまで来たところで一旦休憩。明日より3日間ブログをお休みします。次の更新は7/15になります。 

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2013

0710

 次の日、私はクレアさんと城の図書室を訪れた。百を超える本棚にはこの国の歴史と文化、風俗を記した本がみっちりと詰まっている。そんな広い図書室の、更に奥の部屋にあるのが書庫だ。重たい扉を開く。するとバチバチと火花を散らす男性を見つけた。本に囲まれて溶接作業をする姿はどこから見ても異様だ。というか、火事とかならないのかしら?
 クレアさんの話によると、彼は自分の仕事をするのに本が欠かせないらしい。でもいちいち図書室で借りているのも面倒なので書庫ひとつを占拠して、作業場と自分の研究室にしてしまったのだとか。
 私達は火花をよけながら彼に近づいた。クレアさんが声をかける。
「スピンおじさま」
「お、クレアじゃないか。こんな所へ何しに来た?」
「ちょっとご相談がありまして」
 そう言ってクレアさんが自分の体を一歩横にずらした。
「彼女、仕事を探しているのだけどそちらで何かあります?」
 スピンと名乗る学者は作業の手を止めるとサングラスを外し私をまじまじと見た。最後に私の手元を見てあっ、と声を上げる。
「その腕輪――もしかして、シフの弟子か?」
「そう、ですけど?」
 私は恐る恐る答える。この国はヤツの天下。もしかしたらこの間の失態を笑われるかな、と思ったけどそれは杞憂に終わった。スピンさんの目じりが下がったからだ。
「そうかそうか。おまえが……良く耐えてきたなぁ」
 スピンさんはそう言って私の肩を抱きソファーに案内してくれる。私が座ると、スピンさんはジュースやお菓子を沢山出してきた。
「この間の会議の時は遠くで見てたけど、あれは気の毒だった。俺があんたの師匠だったらあんなこと絶対させなかったのに――助けられなくてごめんな」
「え? あの……」
「あのジジィ はとんでもない『悪』魔道士だ。これまでどれだけ酷い目にあったかと思うともう不憫で不憫で。今まで辛かったろう。さあこれ食べて元気だしな」
 あれ、何だか私慰められてる? っていうか、ここにきて初めてヤツについての意見がぴったり合ったんですけど。同じ気持ちの人がいると知って私はなんだか嬉しくなって、この出会いに感謝してしまう。
「もしかして、スピンさんもヤツのせいで酷い目に?」
「おお、ジジィの無茶ぶりに俺もほとほと困っていたんだ。俺は魔法使い専用の道具を開発してるんだが、ジジィの注文には毎回泣かされてな。あいつときたら、俺に高度な技術を求めてくるわ、採算度外視だわ。費用工面して見積出しても値切ってくるんだ。しかもあいつ、ワシの部屋で勝手にくつろいで食材をあさって腹が立つと言ったらもう」
「ですよね、ですよねっ」
「この腕輪だってそうだ。あのジジィときたら――」
「スピンおじさま」
 私達が盛り上がっていると、クレアさんが口をはさんだ。
「私達は大おじさまの悪口を言いにここに来たわけじゃないんですけど」
 クレアさんの口調は穏やかだけど、言葉の端々に棘がある。身内の悪口を言われ気を悪くしたのだろうか。彼女のただならぬ気配にスピンさんがはっとしたような顔をする。
「ええと、仕事の話――だったな。急ぎのものは特にないがまぁ、書庫の整理と隣りの研究室にいる『奴ら』の世話を頼もうか」
「よろしくお願いします」
 私はぺこりと頭を下げた。
 クレアさんが部屋を去ったあとで、私は早速仕事を始める。
 最初に本棚とその周りを見渡した。幸運なことに床に落ちている本は一冊もなくてだいたいは棚の中に収まっている。でも本の入れ方がすごく雑。ひとつの棚を取っても、医学や生物学が中心なのかと思えばすぐ隣りに機械学の本があったり恋愛小説や料理のレシピ本があったり……とにかくごちゃごちゃなのだ。
 とりあえず、私は本の整理から始めた。本棚にあるものから机に積んであるもの、この部屋にあるありとあらゆる本を一か所にまとめる。本を手にとりタイトルを見てジャンルを選別していると、脳裏にプミラさんの魔法使いは何でも屋という言葉がよぎった。クレアさんは彼のことを学者と言ったけど、私から見た彼の印象は違う。どちらかといえば技術者に近い気がする。
 スピンさんは溶接作業を終えると、細かい部品を取り付ける作業に移った。最初は軽快に動いていた手だが、そのうち動きが鈍くなり、やがて手が止まる。一つ唸り声を上げると踵を返し、私が作った本の山から何冊か抜きとった。
 彼はそれらを机に並べ、必要なページを開いてすぐに見えるようにする。電気回路や金属の性質、化学反応について書かれた本――そこまではいい。不思議なのはそこに料理や裁縫の本が加わったことだ。
「あの」
 気になった私は本と向き合う彼に問いかけた。
「その、ひとつの道具を作るのにこんなにも沢山の本を?」
「そうだ」
「けど、今している作業とは全然関係なさそうな本も取りましたよね? どうして」
「道具を作るのは俺だけど、使うのは魔法使いやその弟子たちだ。俺が今作っている道具は奴らのどの場面で使うのか、俺自身が理解してないと道具は完成しないし奴らも使いづらい。だから俺は必要な知識を得るために本を読んでいる。それだけだ」
 スピンさんの言葉に私はなるほど、と唸る。スピンさんは魔法使いではないけど、魔法使いの気持ちに寄り添って仕事をしている。中途半端を許さないのは自分の仕事に誇りを持っているからこそできること。
 私は一つの魔法を覚えるのにそこまで資料を開いたことはない。ヤツの言葉を聞いて理解するだけだ。今までは魔法の使い方ばかり教わっていたけど、もっと根本的なことから学んでいかなければならないのかもしれない――あくまで、魔法使いを目指すなら、の話だけど。
 話がひと段落した所でああそうだ、とスピンさんは言葉を落とす。
「そろそろ研究室に行って『奴ら』に飯を与えてくれないか?」
「いいですけど――奴らって、何なんですか? 助手さんかなにか」
「助手というか、まぁペットみたいなものだ。さわり心地いいし見ていて飽きないし、温厚でかわいいぞ。餌は棚の上にあるから適当に皿に乗せてやって」
「わかりました」
 私は本の仕分けを一旦止めると隣の部屋に向かう。そこは理科の実験室並みでいろんな色の液体がフラスコの中で蠢いていた。ペットのようなもの、と聞いたはずなのに、そこにゲージらしきものはない。
 ペットさんたち、一体どこにいるんだ? 放し飼いにでもされているのかな?
 私は部屋の隅を確認しながらペットを探す。テーブルの下を覗きこむと、生温かいものが頬に触れた。しっとりとしたそれは私の顔をべろんと舐めた後、大きな口を開ける。目の前に見えたのは大きな喉仏と鋭い歯。目の前が真っ暗になった瞬間、私は頭をぱっくり持って行かれた。
「℃○★▼※%#&~!!」
 私がパニック状態で体をじたばたしていると、今度は右腕を何かに噛まれた。あまりの痛さに私は腰を浮かせ、テーブルに思いっきり頭をぶつけてしまう。盛大な音が部屋中に響き渡った。
「なんだ? どうした?」
 私が床で悶絶していると、音を聞きつけた誰かが部屋に飛び込んできた。この声はスピンさんだ。今、彼の目には得体のしれぬ生物に頭と腕をを食われた私の姿が写っていることだろう。
「ダックにクロム! どうした?」
 頭の中でスピンさんの声が響く。でも私の名前はダックでもクロムでもない。どうやら彼が心配しているのは私ではなく――私を食べている怪物の方だ。
「怪我はないか? ああ、頭が腫れているじゃないか一体誰がこんなこと――おや?」
 そこでスピンさんはようやく私の存在に気づいたらしい。彼が引き剥がしてくれたお陰で私はようやく自分のハンカチで涎まみれの顔や腕を拭くことができた。
「なんなんですかこれは……」
「見てのとおり、グリーンドラゴンのダックとクロムだ」
「また……ドラゴン」
 私の頭がくらりと揺れる。ここ最近やたら私に絡んできますが、一体何なんだろう。ドラゴンの相でも出ている? 私がかじられた頭を抱えていると、更に彼の口から信じられない言葉を聞いた。おまえら、彼女を餌と間違えたんだろう?と。スピンさんの言葉にひざ丈ほどのドラゴン達はぎゃあぎゃあと声を上げる。それは親鳥に餌をたかる雛のようでもあった。
「そうかそうか。お前らは動物だけじゃなく、人の肉も食べたくなったのか。いっちょまえに成長したなぁ。ついこの間まで手乗りサイズだったのに。おとーさんは嬉しいけど、手がかからなくなるのは寂しいなあ」
 スピンさんがしみじみと呟くとドラゴンたちが彼に飛びつく。さすが飼い主、腕を噛まれようが頭をかじられようが平気らしい。ええと、ペットの成長を喜ぶのはいいのですが、私の方は心配も何もなしですか? 私が貴方のペット以下だとしたら、さっきの励ましは何だったのでしょう? 
 私はこの時になって初めてクレアさんが言った「ちょっと変わっている」ってのを理解したのである。


(使ったお題:78.出会いに感謝)

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2013

0709

 肩に私の苦手なドラゴンを乗せた魔法使い。彼女はプミラと名乗った。ももちゃんがクレアさんの所へ行ってしまうと、時刻はちょうどお昼になる。彼女にお昼一緒にどう? と誘われたけど、お昼を持ち合わせていなかった私は丁重に断る――つもりだった。腹の虫が盛大に鳴るまでは。そういえば今朝は何も食べていなかった。
 恥ずかしくて頬をを赤くした私に彼女は嬉しそうに地面を跳ねた。つま先を立ててくるりと一回転する。
「じゃ、今日はプミラちゃんの特製パイを作りまーす。材料はこの木の上に成っている果物。じゃいっくよー」
 それっ、と掛け声を上げ彼女は杖を回した。豪快な動きに肩に乗っていたドラゴンが翼を広げて離れる。杖から放った淡い光は果物に直撃したけど、林檎にも似た果物は原型を残したまま地面へ落下した。
「ありゃ、今日は失敗かぁ」
 彼女の声に答えるかのように白いドラゴンが上下に体を揺らす。それは残念でしたね、とでも言いたげな動きだ。
「隕石の影響なのか最近魔法の調子がおかしくて。成功率も0か100かの両極端なんだ。パイはできなかったけど、どうぞ」
 私はありがたく果物を受け取った。地面に落ちた時の傷はあるが、とても熟れていていい香りがする。一度手でこすったあとかぶりつくとすっきりとした甘みが広がる。果物を美味しそうに食べる私を見て、彼女が笑った。
「よかった。偉大なる魔道士のお弟子さんが普通の人で」
「そう?」
「そうよ。あなたがここに来るって聞いた時、城の魔法使いたちが色々言ってたんだから。異世界からわざわざ呼ぶなんて物凄く優秀なんだろうって」
「でも実際は自分より出来損ないで、安心したとか?」
「まぁね」
 プミラさんが舌を出して笑う。その正直さの中に毒はない。この果物にも似た清々しさに私の口元が思わず緩んだ。話相手が欲しかったのか、彼女は自分の身の上をとつとつと話してくれる。
「私の生まれた村はね。もともと魔法使いがいなかったの。こういった都市部にはいろんな分野において専門の魔法使いがいるけど、ウチみたいな辺境の魔法使いは何でも屋みたいな存在で、誰もやりたがらないんだ。私も最初はそうだった。こんな田舎早く出て、都会で暮らそうと思ってたんだ。
 でもね、師匠に会って、その考えが変わった。私の師匠は山の麓に住んでいたんだけど、毎日山を超えて村まで来てくれたし、沢山の人を助けてくれた。私の父もそう。師匠がいなかったら父は今も生きていなかったと思う。
 師匠は無愛想だけど、他の誰よりも私の村を愛していたし、住む人たちを愛していた。自分の事はいつも二の次で、それでも師匠は嬉しそうで。尊敬もしたし、天職ってこういうのを言うんだなって思った。そんな師匠の姿を見てたら私も魔法使いになりたいって思うようになったんだ。私も誰かに感謝される人になりたいって。だから一三の誕生日に師匠に押し掛けて弟子にしてもらったんだ。
 私ね。魔法使いになったら村に残って師匠みたく沢山の人を助けたい。で、ゆくゆくは魔法学校を開こうと思うの。それぞれの専門に携わる魔法使いを育てて、田舎に住む魔法使いの負担を少しでも軽くしてあげたいって思うの」
 変かな? と聞いてくるプミラさんに私は首を横に振った。
「とっても立派な夢だと思う。すごい」
「そう言ってもらえると嬉しいな。私の師匠はシフ先生ほど強い力を持った魔道士ではないけど、私にとっては最高の師匠よ」
 そう言って笑うプミラさんはとてもまぶしい。話をきくだけでお師匠さんの人の良さが伝わってくる。いいなぁ。私もそんな素敵な師匠を持ちたかったなぁ。
「で、貴方はなんで魔法使いになろうと思ったわけ?」
「えーっと」
 私はヤツとの慣れ染めを思い出の箱から引き出す。思えばヤツと出逢ったのは会社の前の公園だった。ヤツは私に魔法使いの素質があるとかなんとか言ってたけど――私が最終的に弟子になると選んだのはやっぱりアレ、なのかなぁ。
「私も恩返し……かな?」
 そう、私は車にひかれそうになった所をヤツに助けてもらった。ヤツは感謝の気持ちがあるなら、自分の弟子になってくれと私に言った。私も助けてもらいながら何もしないのは自分の中にある礼儀に反するし気分が悪くて――だから私はヤツの申し出を受け入れたのだ。
「そっか。貴方もシフ先生に助けてもらったことがあるんだ。でも不思議よね。弟子になってから三か月たつのに、貴方が先生から教わった魔法が数えるほどしかないなんて。シフ先生の教えは親切で分かりやすいって聞いたんだけどな――それとも魔法は師匠の技を盗んで覚えるって主義の人なのかしら?」
「どうだろうねぇ」
 私は乾いた笑いを上げる。単純にヤツは魔法を教えるのが面倒なだけじゃないかと思うのだが。
 そりゃ私だってやる気はあった。魔法をなかなか教えてくれない時はヤツに何度も訴えたし、見よう見まねでやってみた事もある。でもあいつは呪文を唱えなくても魔法を使えるし、言ったとしても小言で聞きとりづらい。一度杖をすり替えたこともあったけど、ヤツは私の杖でも簡単に魔法を使っていて、あとで道具のせいにするなと怒られた。ヤツは師匠のくせに弟子を育てようという気がないし育てるための隙すら与えてくれないのだ。それどころかヤツは私の家に転がり込んで勝手にテレビを見るわ菓子を食べるわ部屋を汚すわ……頭の痛い事ばかりしてくれて。
 まぁ、私がここでヤツの怠けぶりをここで喋ったとしても、ヤツ至上主義であるこの世界の人は信じてくれないだろう。それどころか私の悪口が増えるに違いない。シフさまがそんなことするわけないって。
 それに、私はもともと魔法使いになろうとは思っていなかった。私の世界ではあくまで架空の人物。子供の頃はももちゃんのように憧れる人が多いけれど、それは一過性のものだ。まれに魔法を研究する人はいても、魔法使いそのものになった人はいない。せいぜい科学者や技術者止まりだ。
 私はそういった職業に就くことすら考えていなかった。学生の頃は平均の少し上をいく成績でひととおりの事はそつなくこなせたけど、特にこれだという特技もなかった。今就いている仕事はこだわりがあって選んだものじゃない。そこそこのお金が稼げて、自分の好きなものを買えれば仕事は何でもよかった。それだけだ。
 でもここでは魔法使いも立派な職業にあたる。ヤツのような(立派? な)魔法使いを本気で目指している人もいる。それぞれにこだわりがあるから、私の世界の話をしたらまず信じられないという反応が返ってくるだろう。
 なので私は彼女の立派な夢にすごいね、としか言えなかったのだ。それは自分だけ置いてけぼりにされたようで――何だか虚しかった。
 私は一つのことに対し、本気で挑んだ事があっただろうか。今までで夢中になる「何か」はあったのだろうか。考えれば考えるほどカオスに落ちて行く。いい年をした大人が何をやってんだか……我ながらちょっと情けない。
 せめてこの世界で何か役に立つことが出来れば少しは変われるのかもしれない。けど――


 その日の夜、私はヤツの家を訪れたクレアさんにひとつお願いをした。
「……私の手伝いがしたい?」
「はい。この世界に来てから私は何もしてないというか――逆に迷惑かけてるんじゃないかって。でも、今の状況で元の世界に帰ることはできないし。居る間だけでもお世話になってる人のお役に立てたらいいな、って」
「それで私の手伝いなのね」
「駄目ですか?」
「別に駄目じゃないけど……私のお手伝いはももちゃんがしてくれるし。それに――」
 クレアさんはちらり横を見た。そこにはソファーがあって、ヤツがいびきを立てて寝ている。ドラゴンの保護で連日走り回っているせいか、ヤツは家に着いたとたん息絶えた(という表現が正しいかと思う)。
「弟子なんだ から大おじさまのお世話をするってのでいいんじゃないの?」
「いや、ジジィ――いえ、師匠の世話は向こうでやってますので、出来れば違うお仕事が」
「そう? そうねぇ……」
 クレアさんは頬に手を当てながら考える。もう一度私を見たあとで、そうだ、と手を合わせた。
「『あの人』の所だったらお仕事たくさんあるかも」
「『あの人』?」
「城の書庫に籠っている学者さん。ちょっと変わってるけど、もしかしたら貴方と気が合うかも。明日、お城に行って聞いてみましょう」
 そう言ってクレアさんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


(使ったお題:57.0か100か)


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すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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