もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
彼女が最後のデートに選んだのは家からほど近いところにある河川敷だった。
ここは僕がはじめて彼女に出会った場所だ。二年前の春、朝河川敷で犬の散歩をしていた僕は、遊歩道でランニングをしている彼女とすれ違った。はっきりいって一目ぼれだった。彼女に出会えたことで僕はこれまで嫌がっていた早起きも犬の散歩も大好きになった。初めて挨拶を交わしたのはその一か月後、声をかけるのに勇気がいった。
初めて気持ちを打ち明けたのは更に二か月後のことだ。そこで僕は彼女が僕と同じ気持ちを抱いていたことを知った。その日からここは僕らにとって「はじまりの場所」になった。ここに二人で来るのは久しぶりのことだ。
僕と彼女の仲はすでに冷え切っていた。それはそれは喧嘩の数を忘れるくらいに。きっかけは些細なことだったと思う。でもお互いに疑いを持ち始めた瞬間僕らは道をたがえた。僕らは何時しかお互いの琴線を超える言動をした。たぶん彼女は今も僕のことを許してはいない。僕だって同じだ。まだ彼女のしたことを許そうとは思わない。僕たちの間にできた溝は深くて、潜ったら最後、息を詰まらせて死んでしまうだろう。神様が出会った頃まで時間を戻して「ここからまた始めよう」と言われたとしても僕たちの仲が修復できるとは思わない。
彼女は土手に立ちつくしている。ここから見える風景は僕らにとって宝物だった。それは二人の思い出の場所だからじゃない。コンクリートに囲まれた暮らしを強いられている僕らにとって、僅かに残る緑の風景はとても貴重で、癒される。どす黒い気持ちも嫌なことも全て浄化してくれるからだ。
時折もの凄い音を立てて電車が橋を通過する。それにつられ土手の花がそよそよと揺れる。少し尖っていて、ざらざらした草に触れると香りがふんわりと鼻に届く。
きがつくと彼女は目を閉じていた。この景色を五感で感じ取ろうとしている時の彼女はとても無防備だ。付き合い始めの頃はその顔を見るたびにキスをしたい衝動に駆られた。というか、何度か実行した。
今思えば甘酸っぱくて恥ずかしい出来事も今は遠い昔の話だ。彼女がゆっくりと瞼を開ける。僕が当時のことを思い出したせいか、彼女の気持ちを確かめられずにいられない。
「もしかして、昔のこと思い出してた?」
彼女はううん、首を横に振った。
「カズくんとは行く所までいっちゃったから、もうそんな感傷はないんだけどね。ただ、ここで初めて会ったならここで別れた方がいいのかな、って。私はここが大好きでこれからも大好きでいたいから。元カレとの思い出の場所じゃなくて、新たな旅立ちの場所として記憶に残したいなって」
それは彼女らしい考えだなと思った。僕もそれでいいんじゃないかと思った。僕もこの場所が一番のお気に入りだったから。僕はこの町を出て行くけれど、何処にいってもこの風景を思い出すだろう。旅立ちの場所、それは今の僕たちにふさわしい言葉なのかのしれない。
一陣の風が僕らを通り抜けた。
土手に広がる丸い蒲公英がふわりと揺れる。綿毛たちが巣立っていくのを僕たちはただ見つめていた。彼らが空の色に溶けてしまったあと、彼女がありがとう、とぽつり呟く。
「別れる前に一緒に来れてよかった。私のわがままに付き合ってありがとう」
「それじゃ、行くから」
別れを告げる僕に彼女は小さく頷いた。大好きな場所に背を向ける。振り返るのはやめた。今は夕陽がとてもまぶしいから、まぶしくて目に染みるから。だから前だけ向いて歩くことにした。
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プロフィール
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和
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女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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