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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0914

 その日の朝はすっきりしない空だった。
 台風が近づいているせいか、どす黒い雲が広がっている。時折窓ガラスが揺れている。窓辺に置かれた鉢植えの観葉植物は長い葉を下げたままで、天井を向く気配すらない。このままではいずれ葉の色を変え、朽ちてしまうだろう。
 だからといって私は何かをするわけでもない。いつものようにリビングでコーヒーを片手に新聞の社会面に目を通すだけだ。それが私の毎朝の日課であり日常である。伸びたひげをさすりながら、私はこの国の情勢に目を向けた。
 まず目に飛び込んだのは台風のニュースだ。昨日中部地方に上陸した台風二十五号は甚大な被害を及ぼしたらしい。山林の広がる田舎町では土砂崩れが起き、国道が寸断されたとか。この影響で停電も起き孤立してしまった地域もあることから、自衛隊が出動するのだとういう。
 台風は勢力を弱めたが、それでも私の住む関東へ予定通り向かって来るようだ。早ければ今日の夕方には関東に再上陸する。記事は学校、会社からの帰宅の際には注意が必要だという警告で結ばれていた。
 台風の情報で場所を割かれていたため、他の記事は申し訳程度に載せられている。交通事故、先月起きた殺人事件の続報、過去の裁判の結果――それらの中に注意を引くものはなかった。もしかしたら知っている名前が出てくるかと思ったけど、そういうのは大抵テレビに出ている芸能人か国会議員くらいなものだ。
 私は新聞を畳むとコーヒーに口をつけた。カップを離した所でため息をつく。腹が空いたのでパンでも食べようかと思ったが丁度切らしていた。
 仕方なく私は冷蔵庫に向かう。なにかないかとあさってみると、母が作り置いて行ったかぼちゃの煮物と冷凍ご飯が残っていた。レンジで温め、食卓に並べる。頂きますも言わず、ただ機械的に口に運んだ。
 母の作る料理は不味くはないが、味が濃すぎる。昔はこの味が当然で当たり前のように食べていたのに。いつの間にか妻の薄味に慣れていた自分に少しだけ驚いた。煮物を半分も食べないうちにご飯が切れたので私は箸を置いた。今夜は取引先との食事会があるので帰りは遅い。明日は出張だ。だからもう煮物を食べる時間はない。私は煮物をゴミ箱に放り込むと、タッパーと茶碗だけ洗って水切りに置いた。
 歯を磨き、髭を剃り、顔を洗う。髪を整えたあとトイレで用を済ませると、アイロンのかかってないシャツを引きずり出す。ソファーにあったズボンを履き、鏡の前でネクタイを締めると冴えないサラリーマンの完成だ。
 妻が家を出てからもうひと月が経っていた。妻は同窓会に行ってくると言ったまま姿を消した。連絡のひとつもない。突如として崩れ落ちた日常は私の心に大きな穴を開けた。温厚で優しくて、これまで私に尽くしてくれたからこそ、その衝撃は大きい。
 時間に余裕があったので、私は洗濯物の塊を片づけることにした。服を一枚一枚取りながら、先ほどの土砂崩れの記事を思い出す。孤立した住民たちは今どんな暮らしをしているのだろう。電気も使えない脱出口もない状態で、彼らは何を考えるのかと思いを馳せる。そうしないと余計なことを考えてしまうからだ。
 妻は何が不満だったのだろうか。私が何をしたのだろうか。何度問いかけても答えは一向に出てこないのは分かってる。返す人がいないのだから。だから私はいつも通りの生活を続ける。妻が戻ってきた時にちゃんと話しあえるよう、居場所を作るために。
 だが、そんな思いは脆くも崩れてゆく。その始まりは私の携帯にかかってきた一本の電話だった。

ヒキを作っておきながらその先の続きがないのはいつものことで。

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プロフィール
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性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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