もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
畑仕事からの帰り道、軽トラを走らせていると反対側から自転車で向かってくる息子に出くわした。
「どうしたショータ、どこかに出かけるのか?」
「ちょっと思う所があってさ、海まで自分探しの旅してくる」
「そうか、気をつけて行ってこいよ」
「うん、行ってくるよ」
息子は満面の笑顔で出掛けて行った。颯爽と自転車に乗って走る息子の背中を見ながら、俺は満足げに頷く。
つい最近まで鼻水垂らし小僧だったのに、ずいぶんと成長したもんだ。苦悩を海にぶつけるとは。ああ青春だねぇ、いいねぇいいねぇ。
なーんて思って数秒後、俺ははっとする。つい三年前までは実家のある海沿いに住んでいたから、今自分が住んでいる所が「海なし県」だということをすっかり忘れていたのだ。
山に囲まれた田舎町は電車が一時間に一本しか通っていない。今から乗り継いで海にたどりつくまで早くて三時間、乗り継ぎが悪いと五時間はかかるだろう。俺は手元の時計を見た。ただ今夕方の六時。当然ながら今日中に帰って来れるわけがない。俺は慌てて軽トラをUターンさせ、自転車を走らせる息子を追いかける。並走しながら叫んだ。
「こら待てショータ! 今からじゃ海に行っても今日中に戻って来れんぞ。叫ぶんならせめて裏山のてっぺんでしとけ」
「えー、そんなの『らしくない』じゃんか。やっぱ心のもやもやは海で叫ばないと。裏山で叫んだらこだまが返って余計もやもやするじゃないか」
息子の言葉に確かにそりゃそうだな、と俺は素直に納得する。が、すぐに首を横に振った。
「違う違う、とにかく今日はウチに帰るぞ」
俺はトラックを降りると、全速力で追いかけ、息子を捕まえた。自転車から強制的に引きはがす。息子は助手席に、自転車はトラックの荷台に積み込んで運転席に戻る。息子のぶーたれた顔を見ながら俺は苦笑した。ずいぶん昔、俺も息子と同じくらいの年に家出を企てたことがある。あの時もこんな風に親父がトラックで追いかけ強制送還されたっけ。
「どこに思う所があるのか俺は知らないが自分が何者なのか、何をすべきなのかを考えるのは悪くない。その為に旅をするのもいい経験だろう。だがそれをやるなら夏休みだ。夏休みはもう終わっただろう? 自分探しを理由に学校を休むのはどうかと思うぞ。というより、サボりたかっただけだろう?」
「げ、ばれた?」
図星と言わんばかりの息子の顔を見て俺は高笑いする。
「はっは、やっぱりそうか。流石俺の息子。思考回路がそっくりだ」
「……」
「それにな。海に向かって『バカヤロー』と叫んでも虚しいものがあるんだ」
「何それ。お、父さんも昔やったことがあるの?」
「そりゃあるとも」
高校時代、帰宅部だった俺は放課後何もすることがなかったので、実家の近くにある海に行った。昔は釣りや磯遊びだけで一日が終わったが、それもせいぜい中学生まで。高校生ともなると、そこまでする気力はない。かといって遊ぶ所もそこしかないのでやっぱり俺は海に行くしかなかった。
夏の終わりの海は最悪だった。海にはクラゲが大量発生していて泳ぐどころか近寄ることすらできない。でもって浜辺では県外から来た阿呆なカップルが愛してるとか、君の方が億倍綺麗だとかほざいていちゃついて、最後にゴミを捨てていったもんだから、こいつら海に沈めてやろうかと思った位だ。
「とにもかくも。心の中にもやもやがあるなら誰かに話せ。喋ることで気が楽になるってことがあるだろう?」
「でもさぁ、当の本人に喋っても意味ないっていうか――あわわ」
「何だ? 俺のことで悩んでたのか?」
「いや、そうじゃない。なんでもないって!」
息子はそういって口を閉ざす。その口ぶりから息子の悩みをなんとなく悟った俺はそうか、と呟く。
「もしかして、盆に叔父さんたちと話してたのを聞いていたのか?」
「……」
「あんな戯言気にするな。いつも言っているだろう?」
「だけど。死んだ母さんが不倫してて、それで俺が生まれたのは事実なんでしょ? 俺、今まで通り家にいていいのかな?」
「当然だ。血の繋がりなんて関係ない。お前は俺の息子だと俺が認めたんだ」
そう言って俺は息子の肩をそっと寄せた。
「どうしたショータ、どこかに出かけるのか?」
「ちょっと思う所があってさ、海まで自分探しの旅してくる」
「そうか、気をつけて行ってこいよ」
「うん、行ってくるよ」
息子は満面の笑顔で出掛けて行った。颯爽と自転車に乗って走る息子の背中を見ながら、俺は満足げに頷く。
つい最近まで鼻水垂らし小僧だったのに、ずいぶんと成長したもんだ。苦悩を海にぶつけるとは。ああ青春だねぇ、いいねぇいいねぇ。
なーんて思って数秒後、俺ははっとする。つい三年前までは実家のある海沿いに住んでいたから、今自分が住んでいる所が「海なし県」だということをすっかり忘れていたのだ。
山に囲まれた田舎町は電車が一時間に一本しか通っていない。今から乗り継いで海にたどりつくまで早くて三時間、乗り継ぎが悪いと五時間はかかるだろう。俺は手元の時計を見た。ただ今夕方の六時。当然ながら今日中に帰って来れるわけがない。俺は慌てて軽トラをUターンさせ、自転車を走らせる息子を追いかける。並走しながら叫んだ。
「こら待てショータ! 今からじゃ海に行っても今日中に戻って来れんぞ。叫ぶんならせめて裏山のてっぺんでしとけ」
「えー、そんなの『らしくない』じゃんか。やっぱ心のもやもやは海で叫ばないと。裏山で叫んだらこだまが返って余計もやもやするじゃないか」
息子の言葉に確かにそりゃそうだな、と俺は素直に納得する。が、すぐに首を横に振った。
「違う違う、とにかく今日はウチに帰るぞ」
俺はトラックを降りると、全速力で追いかけ、息子を捕まえた。自転車から強制的に引きはがす。息子は助手席に、自転車はトラックの荷台に積み込んで運転席に戻る。息子のぶーたれた顔を見ながら俺は苦笑した。ずいぶん昔、俺も息子と同じくらいの年に家出を企てたことがある。あの時もこんな風に親父がトラックで追いかけ強制送還されたっけ。
「どこに思う所があるのか俺は知らないが自分が何者なのか、何をすべきなのかを考えるのは悪くない。その為に旅をするのもいい経験だろう。だがそれをやるなら夏休みだ。夏休みはもう終わっただろう? 自分探しを理由に学校を休むのはどうかと思うぞ。というより、サボりたかっただけだろう?」
「げ、ばれた?」
図星と言わんばかりの息子の顔を見て俺は高笑いする。
「はっは、やっぱりそうか。流石俺の息子。思考回路がそっくりだ」
「……」
「それにな。海に向かって『バカヤロー』と叫んでも虚しいものがあるんだ」
「何それ。お、父さんも昔やったことがあるの?」
「そりゃあるとも」
高校時代、帰宅部だった俺は放課後何もすることがなかったので、実家の近くにある海に行った。昔は釣りや磯遊びだけで一日が終わったが、それもせいぜい中学生まで。高校生ともなると、そこまでする気力はない。かといって遊ぶ所もそこしかないのでやっぱり俺は海に行くしかなかった。
夏の終わりの海は最悪だった。海にはクラゲが大量発生していて泳ぐどころか近寄ることすらできない。でもって浜辺では県外から来た阿呆なカップルが愛してるとか、君の方が億倍綺麗だとかほざいていちゃついて、最後にゴミを捨てていったもんだから、こいつら海に沈めてやろうかと思った位だ。
「とにもかくも。心の中にもやもやがあるなら誰かに話せ。喋ることで気が楽になるってことがあるだろう?」
「でもさぁ、当の本人に喋っても意味ないっていうか――あわわ」
「何だ? 俺のことで悩んでたのか?」
「いや、そうじゃない。なんでもないって!」
息子はそういって口を閉ざす。その口ぶりから息子の悩みをなんとなく悟った俺はそうか、と呟く。
「もしかして、盆に叔父さんたちと話してたのを聞いていたのか?」
「……」
「あんな戯言気にするな。いつも言っているだろう?」
「だけど。死んだ母さんが不倫してて、それで俺が生まれたのは事実なんでしょ? 俺、今まで通り家にいていいのかな?」
「当然だ。血の繋がりなんて関係ない。お前は俺の息子だと俺が認めたんだ」
そう言って俺は息子の肩をそっと寄せた。
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プロフィール
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和
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性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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