2013
放課後部室に向かうと中に入れない状態になっていた。鍵がかかっていたわけではない。扉の向こう側に机がぎっちり積まれていたのだ。
「何だよこれは―――っ」
先にきていた部員たちの悲鳴を聞きながら、私は特に反応を示すことなく、ただ口を静かに結ぶ。しばらくして手をぱん、と叩くと、机を皆で片付けようと提案した。
部長である私の指示に部員たちが渋々従う。机を動かす音と一緒に聞こえるのは愚痴の数々だ。
「先月は机や椅子が接着剤で固定されてたじゃない」
ああ、あれは剥がすのに苦労した。
「その前は机で『バーカ』って書いてあった。何なんだよなぁもぉ」
「ホント、何の嫌がらせかなぁ。嫌になっちゃう」
ぶつぶつと文句を言いながら部員全員で机を廊下に押し出す。すると、空っぽになった教室の中心に魔法少女ナナちゃんのフィギュアが立っているのを確認した。それを見た次の瞬間、一人の男に疑いが集中する。
「俺じゃない俺じゃない」
疑わしき容疑者――庵はぶるんぶるんと首を横に振る。
「確かにあれは俺のだけど。あれはもともと部室に置いてあったのだし」
「そぉですかぁ?」
庵の弁明に後輩の一人が噛みつく。
「この間部室掃除した時に自分のフィギュア壊されたって怒ってたじゃないですか?」
「まさか、その仕返しとか?」
部員たちの冷めた眼差しに庵はんなわけねーだろ、と反論する。
「そりゃ、あの時は怒ったけど。でも根に持つわけじゃないし――ホント、俺じゃないってば。ちょ、ぶちょぉー」
窮地に追い込まれた庵が私に泣きついてきた。
「部長は俺のこと無罪だって信じていますよね」
「まぁね」
「『まぁね』って――棒読みじゃん。部長もそんな冷めた目で見ないでよ。俺、ホントこんなことしないって。信じてくれるならこの間出たナナちゃんの限定レアカードをあげるから。ね?」
相変わらず魔法少女を嫁と宣言している庵は自分の宝物を泣く泣く私に見せてくれるから思わず苦笑が漏れる。はいはい、と庵をなだめると、すがりついてきた体をさりげなく引きはがした。
「カードはいらないけど、アンタのいうことは信じるから。犯人なら予想ついてるし」
「え、誰?」
誰も何も。こんなことをするのはあの人しかいないじゃないか。というか今まで誰も気づかない方がおかしいんじゃないか? 私は心の中で毒づく。
相変わらずあの人の遊び心は消えない。この夏で引退してようやく平穏な日々が過ごせるかと思ったら大間違い。あの人は忘れたころにひょっこりとやってきて難問を残して消えてゆく。それはそれはあんたはどっかの怪盗かとツッコミたくなる位。
この間も接着剤事件のことでもうやめて下さい苦言をしたら、謝るどころか大正解だと褒められお手製のチーズケーキを頂いた。確かにケーキは美味しかったけど、うやむやにされたような気がしてならない。
私はひとつ唸り声を上げる。これは啓示がそれともあの人の策略なのか。まぁ、どっちでもいいや。たぶんあの人も学校のどっかで暇潰ししてるんだろうし。
「じゃ、今日の活動はこの事件の犯人挙げて庵の無罪を証明すること。一番に犯人を捕まえた人はご褒美あげるから」
ご褒美、の一言に部員たちの目がきらりと光る。ああ、なんてお手軽なんだろうと思いつつ、私は真っ先に走り出した庵の背中を見送った。
80フレーズⅠ「57.地図にない場所」のその後。次回の更新はあさってになります。