もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
北村の話は続く。
「俺の家、パン屋なんだけど――北村パンって知ってる? 駅の反対側の坂の上にあるんだけど」
北村パン? 知らないなぁ、と言う俺に対し、私知ってるよ、と佐倉が言う。
「昼休み学校に販売に来ているよね」
「そのとーりっ。ウチの押しメンは焼きそばパンとクリームの入ったスペシャルメロンパンだからよろしくねっ。あとお店にも喫茶スペースがあるから、放課後デートに使ってくれると嬉しいなぁ」
とまぁ、北村が調子づいて喋っていると、こらこら、と携帯の向こう側で坂井のたしなめる声が入る。
「家の宣伝のために携帯貸してるわけじゃないんだから。ちゃんと本題に入れ」
「ああ、そうだったね」
一瞬だけ無音状態になったあとで、北村が咳払いする。ええと、と前置きのあとで詳しい説明が始まった。
「明日、店で季節限定の新作パンが発売されるんだけど、店頭で別に売り場を設けようって話になってね。その為の売り子が欲しいんだ。期間は二月の最終日まで。時間は朝夕の一時間ずつの計二時間。パンを袋に詰めてお客さんに渡せばいい。簡単な仕事だろ?」
「内容は分かった。でもなんで俺たちに声をかけたんだ? 俺と佐倉はバイトの経験ないんだけど」
「今度発売する新作はね。『サクラパン』っていうんだ。桜色をしたまあるいふわふわの蒸しあんパンで、桜の塩漬けが添えられて――ここまで言えば俺が何をしようとしているか、分かるよね?」
「つまり、受験生のゲン担ぎ商品のマスコットになれってことか?」
「ピンポーン。大正解」
北村の嬉しそうな声に俺はがっくりとうなだれた。それって結局は受験生たちのいいようにされろってことじゃないのか? と俺は携帯に向かってツッコミを入れるが、いやそれは違う、と反論された。
「君らの名前は個性であり、能力でもある。でも受験生である彼らはそれを利用するだけでお礼をする人はほとんどいない。これって納得いかないよね。おこぼれにあずかるなら代価をちゃんと渡すべきだって俺は思うんだ。
二人が名前のせいでこの時期大変だってことは坂井さんから聞いてた。俺もしばらくの間様子見ていたけど――あれはひどい。あんなんじゃ昼飯も食えないし朝から晩まで生きた心地しないよね。
このままストーカまがいの追いかけっこをするならウチで働いた方がよっぽどいい。ウチで働けばそんな野蛮なことはさせない。昔堅気の店長が礼儀のない客を追い払うからね。
君らはサクラパンを渡して『ありがとうございます、試験頑張ってください』って言葉をかければいいんだ。それだけで客は満足するし、君らは報酬としてお金がもらえる。ウチは儲かる。これで一石三鳥。すごくいいアイディアだと思わない?」
どう? と振られ、これまで話を聞いていた俺は腕を組んだまま考え込んだ。確かに。北村は俺らの気持ちをちゃんと汲んでくれる。これまで俺が思っていたことも代弁してくれた。バイトもその報酬も魅力的ではある。でも、これは妥協案では? と思う自分もいてなかなか首を縦に振ることができない。
俺が頭の中でぐるぐるしていると、これまで黙っていた佐倉が口を開いた。私、やってみようかな、と呟いたことで俺の不安はいっきに吹き飛ぶ。
「何だか面白そうだし」
「本当?」
そう聞いてくる北村に佐倉はうん、と返事をした。
「私、バイト経験ないから自分でお金稼いでみたい。ショウくんはどうする?」
どうするも何も。佐倉がやるというなら俺もやらなきゃイカンでしょう。不安になる理由はもういらない。佐倉と一緒に居られるならどんなチャンスも見逃さない。それが俺だ。
「よし、バイトの件受けたっ!」
俺も返事をすると、よかったーと、北村の安堵の声が届いた。
「実はもうチラシ刷っちゃってばら撒いてたんだ」
「え? そうなのか?」
「もぉ二人とも引きうけてくれなかったらどうしようかって。助かった―」
「だから心配する必要ないって言ったでしょ?」
ふいに坂井が口を挟む。
「こんないい条件なんだもの。二人が断る理由なんてないじゃない。もしあったとしても私がちゃーんと説得して連れてくるわよ。ねぇ、ショウくん?」
その、わざとらしい振りに忘れかけてた悪寒が戻ってきた。俺がもし北村の誘いを断ったらどんな手段で懐柔しようとしていたんだか。いや、だいたい想像はつく。
ちらりと佐倉を見た。佐倉はこれから始まる初体験に心を躍らせている。頬をほんのり上気させて、はにかむように笑う姿は文句なしに可愛いと思う。俺がどんな気持ちで佐倉を見ているのか、知っているのは坂井だけ。だからこそ俺は坂井に頭が上がらない。ちくしょー。今度こそ。今度こそ勇気を振り絞って――
俺は心の中で誓うと、ぐっと拳を握った。
サクラサクの話はここで一区切り。この続きは別視点で書くかもしれんが予定は未定ということで。
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自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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