もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
俺の名前は佐倉咲という。咲という字は「笑う(えまう)」という意味があり笑顔の絶えない子になりますように、という祈りをこめて両親はつけたらしい。
だが、この名前のおかげで困ったことが二つある。一つは名前をちゃんと読んでもらえないことだ。言っておくが下の名前は「サキ」じゃない。咲と書いて「ショウ」と読むのだ。昔も今も字面だけで女と間違えられるし、本人を見た後で当然のごとく相手と気まずくなる。今は笑って読めないよねぇ、なんてこっちからフォローするけど、昔はそれはそれは傷ついたものだ。
そしてもう一つの弊害――これが一番の問題だ。佐倉咲は「サクラサク」とも読めてしまうのだ。だから世の受験生がゲン担ぎにやってくる。それはそれは市の北から南から果ては県の外まで。
受験シーズンになると、俺は格好の餌食となる。握手は勿論、頭をなでられたり拝まれたり。ひどいと髪を抜かれたり、食べたお菓子の袋を盗まれたりすることもある。それはそれはストーカーよろしくってやつだ。この時期になると本当生きた心地がしない。これまで俺はひどい冬を過ごしてきた。だが今年はこれまでと趣向が違う。それは逃げ場ができたというわけではなく隣りにいる佐倉のせいだ。
俺と同じ苗字を持つ彼女、名をサキという。漢字は俺と同じ「咲」で――つまりは同姓同名だ。彼女もまたこの名前のせいで俺のような一時的神扱いを毎年受けて困っていた。更に高校で俺と同じクラスになったことで何かとややこしいことになっている。入学式の後に席順でもめたり、佐倉と呼ばれれば俺も彼女も振り向いたり、テストに記入された名前だけを見て先生が答案を取り違えたり。クラスの間では俺を名前で、佐倉を苗字で呼ぶことで定着しているが、学内での浸透率はまだまだ低い。おそらく、全生徒が認識する前に卒業を迎えるのがオチな気がする。
でも俺たちが同じ高校に進学し、同じクラスになったことは縁のようなものを感じていた。聞けば佐倉の誕生日は俺のと三日しか違わない。佐倉は普段は控えめな態度を取っているが、ここぞと言う時は自分の意見を主張するし土壇場や本番に強い。芯がしっかりしてるってこういうことを言うんだろう。
話が脱線してしまったが、佐倉のおかげで今年は受験生たちの集中攻撃がある程度分散されている。とはいえ、気を抜けばとんでもない目に遭ったりするので油断は禁物だ。それにしてもプリンが旨い。
俺は弁当をすっかり平らげると感謝のごちそうさまを述べた。佐倉がお粗末さまでした、と返す。お互い顔を見合わせ、思わず笑みが零れる。ああ、幸せすぎるこの瞬間――
と思ったらお決まりのごとく邪魔が入った。携帯の着信音に思わず体が跳ねる。音を切ってなかったことに舌打ちしつつ画面を覗きこむ。坂井の名前が浮き上がっていた。俺は何の嫌がらせかと思いつつ電話に出る。
「サキちゃんのお弁当美味しかった?」
そう聞いてくる坂井に俺は思わず、もちろん、と答えてしまう。すぐに違う違う、と取り消した。
「あれ、美味しくなかったの?」
「そうじゃない。こんな時に何の用だって話だ」
「ああそうか、ショウくんにとっては至福の時間だもんねー。邪魔してごめんねぇ」
じわじわとなぶるような坂井の口調に一瞬ぞっとする。俺は坂井に弱みがあることを改めて思い出した。やべ、受話器の向こうで坂井のうすら笑いが想像できて怖い。俺は頭をぶるんと横に振ってそれを払うと、で何の用だよ、と話を続ける。
「ああそうそう。『縁起のいい』佐倉ショウ君に朗報があってねぇ」
「何だよそれ」
「まだ調理室だよね。側にサキちゃんもいるでしょ? スピーカーに切り替えてくれる?」
坂井の言葉に俺は首を横にかしげつつ、スピーカーになるよう携帯を操作した。調理台の上に置いて佐倉に聞くように促す。しばらくして、坂井とは別の野太い声が聞こえてきた。
「あーあー、聞こえるかな?」
「聞こえるけど……お前誰だ?」
「ああ、聞こえるね。俺、二組の北村っていうんだけど――佐倉さんたちウチでバイトする気ない?」
「は?」
「あのね、これは君らでなければ成り立たないんだ。お願いだ。時給はずむからウチで働いて」
いきなりの誘いに俺と佐倉は再び顔を見合わせた。
だが、この名前のおかげで困ったことが二つある。一つは名前をちゃんと読んでもらえないことだ。言っておくが下の名前は「サキ」じゃない。咲と書いて「ショウ」と読むのだ。昔も今も字面だけで女と間違えられるし、本人を見た後で当然のごとく相手と気まずくなる。今は笑って読めないよねぇ、なんてこっちからフォローするけど、昔はそれはそれは傷ついたものだ。
そしてもう一つの弊害――これが一番の問題だ。佐倉咲は「サクラサク」とも読めてしまうのだ。だから世の受験生がゲン担ぎにやってくる。それはそれは市の北から南から果ては県の外まで。
受験シーズンになると、俺は格好の餌食となる。握手は勿論、頭をなでられたり拝まれたり。ひどいと髪を抜かれたり、食べたお菓子の袋を盗まれたりすることもある。それはそれはストーカーよろしくってやつだ。この時期になると本当生きた心地がしない。これまで俺はひどい冬を過ごしてきた。だが今年はこれまでと趣向が違う。それは逃げ場ができたというわけではなく隣りにいる佐倉のせいだ。
俺と同じ苗字を持つ彼女、名をサキという。漢字は俺と同じ「咲」で――つまりは同姓同名だ。彼女もまたこの名前のせいで俺のような一時的神扱いを毎年受けて困っていた。更に高校で俺と同じクラスになったことで何かとややこしいことになっている。入学式の後に席順でもめたり、佐倉と呼ばれれば俺も彼女も振り向いたり、テストに記入された名前だけを見て先生が答案を取り違えたり。クラスの間では俺を名前で、佐倉を苗字で呼ぶことで定着しているが、学内での浸透率はまだまだ低い。おそらく、全生徒が認識する前に卒業を迎えるのがオチな気がする。
でも俺たちが同じ高校に進学し、同じクラスになったことは縁のようなものを感じていた。聞けば佐倉の誕生日は俺のと三日しか違わない。佐倉は普段は控えめな態度を取っているが、ここぞと言う時は自分の意見を主張するし土壇場や本番に強い。芯がしっかりしてるってこういうことを言うんだろう。
話が脱線してしまったが、佐倉のおかげで今年は受験生たちの集中攻撃がある程度分散されている。とはいえ、気を抜けばとんでもない目に遭ったりするので油断は禁物だ。それにしてもプリンが旨い。
俺は弁当をすっかり平らげると感謝のごちそうさまを述べた。佐倉がお粗末さまでした、と返す。お互い顔を見合わせ、思わず笑みが零れる。ああ、幸せすぎるこの瞬間――
と思ったらお決まりのごとく邪魔が入った。携帯の着信音に思わず体が跳ねる。音を切ってなかったことに舌打ちしつつ画面を覗きこむ。坂井の名前が浮き上がっていた。俺は何の嫌がらせかと思いつつ電話に出る。
「サキちゃんのお弁当美味しかった?」
そう聞いてくる坂井に俺は思わず、もちろん、と答えてしまう。すぐに違う違う、と取り消した。
「あれ、美味しくなかったの?」
「そうじゃない。こんな時に何の用だって話だ」
「ああそうか、ショウくんにとっては至福の時間だもんねー。邪魔してごめんねぇ」
じわじわとなぶるような坂井の口調に一瞬ぞっとする。俺は坂井に弱みがあることを改めて思い出した。やべ、受話器の向こうで坂井のうすら笑いが想像できて怖い。俺は頭をぶるんと横に振ってそれを払うと、で何の用だよ、と話を続ける。
「ああそうそう。『縁起のいい』佐倉ショウ君に朗報があってねぇ」
「何だよそれ」
「まだ調理室だよね。側にサキちゃんもいるでしょ? スピーカーに切り替えてくれる?」
坂井の言葉に俺は首を横にかしげつつ、スピーカーになるよう携帯を操作した。調理台の上に置いて佐倉に聞くように促す。しばらくして、坂井とは別の野太い声が聞こえてきた。
「あーあー、聞こえるかな?」
「聞こえるけど……お前誰だ?」
「ああ、聞こえるね。俺、二組の北村っていうんだけど――佐倉さんたちウチでバイトする気ない?」
「は?」
「あのね、これは君らでなければ成り立たないんだ。お願いだ。時給はずむからウチで働いて」
いきなりの誘いに俺と佐倉は再び顔を見合わせた。
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プロフィール
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和
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性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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