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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0831
気がつくと私はベッドの上に横たわっていた。
「やっと、気がついたか」
 若い男の声に私の体がぴくりと反応する。視線をずらすと異動先の上司である博士の姿があった。あれ? 私こんな所で何をしてるんだろう?
 博士はずりおちた眼鏡を一度直してから私に問う。
「自分の名前は言える?」
「市原ミチカ……です」
「認識はできるみたいだね。起きることはできる?」
 博士に促され、私はベッドからゆっくりと起き上がった。頭が非常に重い。だるさが抜けない。まるで麻酔をかけられた後のようだ。
 それでも、ゆっくりと私は歩き出す。1歩2歩と足を運んだ所で動きが止まる。部屋の隅に置いてある姿見に自然と目がいったからだ。鏡に映る姿を見て愕然とする。髪の毛はぼさぼさで化粧もしてない。着ているのはよれよれのTシャツと半ズボン。極めつけはズボンの下からにょきっと生える足にすね毛が生えているときた。それも目立つほどの長さ。これは恥ずかしい。女子力ゼロどころかマイナスではないか。
 私は2歩どころか10歩以上下がると、前進して姿見の裏に隠れた。顔だけ半分出して、どういうこと、と叫ぶ。
「なんで私こんな格好なわけ? ありえないんですけど?」
 そうだ。いつもの私ならこんなすっぴんは許さない。朝、彼氏が起きる前にメイクしておく。服は流行と機能性を7:3の割合で選んでだものを着る。ムダ毛なんてご法度、伸びる前に処理をする。それが私のはず。異動初日の今日だってびしっとスーツで決めたはずなのに。
 私が頭をぐるぐるとさせ困惑していると、あーやっぱり覚えてないんだねぇ、と博士が言う。左右の肘を曲げ、手のひらを空に向けると、大げさなほどに肩をすくめた。
「君、まるまる一週間眠っていたの。僕の実験室に入ったら急に倒れてそのままぐーっすり。あ、ここは大学院の隣りにある付属病院ね」
「はあぁ?」
「というかさ。僕、入口に『入るときはマスクと白衣着用』って札かけておいたんだけど。ちゃんと見てなかったでしょ?」
「いや、見ましたよ」
 だから私は手持ちの布マスクを着用した。白衣も自前のを着ていたから大丈夫だろうなーと思って扉を開けた。それのどこがいけなかったのだろう。
 私は自分の意見を博士に述べる。すると博士は首を横に振った。ちーがーうーと子供じみた口ぶりで否定する。
「僕が言う『マスク』ってのは『ガスマスク』のこと。白衣も特殊な素材でできたもの。入口に置いてなかった? あれ身につけないと大変なんだから、気をつけてよね」
「はぁ」
 いきなりの駄目出しに私は首をすくめる。
「それにしても何の実験をしてたんですか? ガスマスク着用だなんて――そうとう危険な実験でも?」
「いや。それほど危険ではない。肌の細胞を活性化させる実験だ」
「肌、ですか?」
「そうだ。君が吸ったのは新陳代謝を高めるガスでな。ターンアラウンドも通常の数倍の早さでくるというやつだ。早い人だと3日でぺろりと脱皮して――というのは大げさだが、実際かなりの角質が取れて肌がつるつるになる」
 触ってみ、と言われ、私は恐る恐る自分の顔に手を触れた。頬は殻をむいた茹で卵のようにつるつるだ。弾力もある。程よい柔らかさで水分も十分。10代の頃の柔肌が戻ってきたことに私は驚きと歓喜に包まれた。
「すごーい。何これ。凄すぎるーっ」
「そう、これは画期的なガスなのだ。ただ、副作用に睡眠効果があるのが難点でねぇ。多く吸い込むととそのままぽっくりさようならーってこともある。事実、実験用のマウスでは6割がガス吸引後一時間以内に死んでいる」
 うげ。それってつまり殺人兵器じゃないか。私ってばそれを吸い込んでたわけ? だったら奇跡的な生還とかなわけですか?
 私はもし自分が眠り続けていたら、と想像する。背筋が凍るのにそう時間はかからなかった。博士は話を続ける。
「まぁ、僕はタナボタ的に人体実験ができたからラッキーなんだけどね。まぁ、万が一ということもあるから。一応検査を受けてね。あと実験中に古い角質残しておくのは不衛生だから、メイクを落としてキミの体を綺麗に拭かせてもらいました。その服も僕の私用だから、洗って返してね」
「はい――って、ええええっ!」
 私は博士の所まで猛突進する。あと数センチという所まで顔を近づけると、唇を震わせた。
「も、もしかして――私のなっ、中身見たっ?」
「まさか。看護士さんと研究室にいる助手にやらせました。僕はアカハラするほどケツの穴が小さい人間じゃありませーん」
 馬鹿だなぁ、と言いたげな博士に私はぎゅっと唇をかむ。だったらそんな怪しい実験するんじゃねぇ、と言いたかったけど、かろうじてそれを堪えた。
 上の指示でここに異動が決まった時、お世話になった教授や先輩からは大丈夫なのか、とか無理するなと言われた。ここの研究室は博士も生徒も変人ばかりと聞いていたけど、まさかここまでとは――
 これは明らかな貧乏くじだ。ああ、この先私はどうなってしまうのだろう。私は最悪のいでたちで頭を抱えた。

 本日うっかりノーメイクで外に出てしまったことから出てきた博士と助手の話。

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プロフィール
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女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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