2013
大学でお世話になった教授が名誉ある賞を頂いたと聞いて、急遽OB会が開かれることになった。
俺は二十年ぶりに大学を訪れる。まだ建て変えていない講堂、当時の面影が残る旧友たち――全てが懐かしいものばかりだ。けど、何かが物足りない。何が足りないのだろう。
久しさにキャンパスを歩きながら、俺は旧友との話に耳を傾けながら俺はぐるぐると頭を巡らせる。一向に思い出せない。気分転換にちょっとだけ視点を変えた。仲間たちから一歩引いて周りの景色を眺め――隣りのビルが茜色に染まった瞬間、違和感の正体に気づいた。そうだ、「アイツ」の姿がないんだ。
大学時代、俺はアイツと学を共にした。アイツは俺達から一歩引くような感じで、周りを見ていた。垢抜けない田舎者の顔。服のセンスも古くて無口だった。孤独を自ら好むようなふしがあった。見かねた俺が合コンに誘うとアイツはいつも困ったような顔をした。ノリが悪いなぁ、と思っていたが、ある日、アイツ宛ての手紙を拾ってその理由がはっきりした。アイツには遠距離中の彼女がいたんだ。
西日がまぶしい研究室でアイツは同封されていた写真を俺に見せてくれた。セピア色に染まった女性はアイツには勿体ないほどの美人で、清楚な感じだった。お互い仕事や勉強で忙しくて、会えるのは年に一度故郷に帰省する時だと聞いていた。メールや携帯が当たり前のこの時代に紙とペンを取って、研究室の片隅で手紙を書いていたのがとても印象的だった。
「なぁ、アイツはどうしてる? 今日は仕事で来れないのか?」
俺がアイツの話題を振ると、ゼミの奴らがきょとんとした顔をした。隣りにいたシュウがアイツって誰のこと? と聞いてくる。
「同じゼミの『アイツ』だよ。一緒に研究してた」
「院生の大沢先輩のこと?」
「違う。俺らと同級生の――」
俺はアイツの名前を口にしようとして――口ごもった。確かに顔ははっきりと覚えている。名前を聞いた覚えがあるのに、その名を思い出せない自分にひどく驚いた。
それは一時的な忘却とは違う。確かに俺はアイツ宛ての手紙を見た。だが宛名の部分だけモザイクがかかったようにぼんやりとしている。それを一生懸命振り払おうとすると、こめかみに鈍い痛みが走った。
何かを絞り取られるような感覚に俺は思わず呻く。眉がひくひくと痙攣した。
「おい、どうした?」
シュウの言葉に俺ははっとする。気がつくと額に大量の汗をかいている。
「大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」
「ああ、何ともないって」
俺は笑顔を浮かべた。ところでさ、と言葉を続ける。
「俺、さっきから何の話してたんだっけ?」
「おいおいおい。話題振ってきたくせにもう忘れたのかよ。ボケるには早いぞ」
シュウに背中を軽く叩かれ、周りの奴らが笑う。まぁいっか、と俺もおどけると今日の主役が顔を覗かせた。品の良い清楚な老夫人を連れている。
俺たちは背を正すと、無愛想な教授に深く頭を下げた。
主人公が見たのは若き時代の教授だった、という話。たぶん、古い過去との間にネジレでも起きたのでしょうというオチで