もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
その日、私の親がはたらいているお店はがらがらだった。お客さんからの注文がなくて、レジにいたお母さんはとても暇そうだ。コックのお父さんは包丁を研いでいたけど、ものすごく時間をかけているように見えた。
お昼前のこの時間、いつもなら店の前に行列ができるはずなのに、行列どころかお客さんも来ていない。これまでに来たのは隣に住んでいるおばちゃんと同級生のさっちゃん家のお父さんと、仕入れの業者さん。
たまにはこんな一日もあるわよとウエイトレスのお母さんは言っていたけど、私は知っていた。今月に入ってから、お客さんがいつもの半分も来てないってことを。
それに昨日の夜、私はみていたんだ。
お父さんがさびしそうな顔でお店の残り物をゴミ箱に入れていたのを。お母さんは店の売上げを計算しながら、ため息をついていたのを。
お父さんとお母さんをそうさせたのはお向かいにできたファミレスのせいだ。ファミレスの駐車場にはたくさんの車や自転車が止まっている。道を歩いている人は、小さな紙切れをもって店の中へ入っていく。この間新聞にはさまっていた広告には注文した料理が安くなるクーポン券が入っていた。
私は窓からそっと目を離した。気がつくと、お母さんはお父さんの所にいて、真剣な顔で何か話をしていた。カウンターでマンガを読んでいた私とお絵かきをしている妹を見た後でうなずく。
「もう、今日はお店を閉めようか」
お父さんが言った。そうね、とお母さんが言う。二人の言葉に妹のユイが耳をぴくりとさせた。
「おみせしめるの? おしごとおしまいなの?」
「そう。だから今日はアイとユイの好きな所へ連れてってあげる。どこがいい?」
「ゆーえんち! ユイ、ゆーえんちいきたいっ」
「わかった。じゃあみんなでいこうね」
「やったー。ゆーえんちぃ」
好きな所に連れて行ってもらえるせいか、ユイはとても興奮している。私はというと――心から喜ぶことができなかった。お父さんとお母さんはにこにこしているけど、どこか変だ。むりやり笑顔を作っているようで気持ち悪い。
ユイは服を着替えにお母さんと奥の部屋へ行った。お父さんは扉のまえにかけてあった「営業中」の看板をひっくり返した。それから、厨房でお弁当を作り始める。
レタスののっかったパンにハムやトマトや茹で卵をつぶしたのを挟んで、軽く押さえて。パン用の細長い包丁で三角に切ると、カラフルなサンドイッチが出来上がった。
それは、いつもだったらお店のお客さんに出すものだ。満足げに頷くお父さん。私の中でもやもやがいつの間にか大きくなっていく。
「やっぱり私、いかない」
気がつくと、私はお父さんにそう言っていた。お父さんが顔を上げる。私を見て、とてもびっくりとしたような顔をしている。
「いいのかい? アイの好きなジェットコースターに乗れるんだよ。お化け屋敷だって――」
「いいよ。私、家でおるすばんしてる」
私は読みかけのマンガを閉じると、本棚に戻した。くるりと振り返ると、よそいきの服に着替えたお母さんとユイがきょとんとした顔をしている。
「アイ、支度しなくていいの?」
「いいの。私、行かないから。お父さんとお母さんとユイの三人で行ってきて」
「何を急に言い出すの? せっかくのお休みなんだから――」
お母さんが文句を言い始めるとお父さんがそれを止めた。
「分かった。アイがそうしたいなら、そうしなさい」
サンドイッチ、冷ぞうこの中に入れておくから、とお父さんは言った。いつもはわがまま言うと怒るるお父さんだけど、その時だけは何故か優しかった。
お父さんが服を着がえに行っている間、ユイは何度もゆーえんちいかないの? と聞いてきた。そのたびに私が行かないよ、と答えるとお母さんは怒っているような、困っているような、難しそうな顔をしている。
しばらくして、お父さんがもどってきた。昼間、コックさん以外の服を着ているお父さんの姿を私は初めて見た。
「電話やインターホンは出なくていいからね。出かける時はカギを閉めるのよ」
「分かった」
「じゃ、おねーちゃん、いってくるねぇ」
三人がお店のドアから出て行く。私は小さく手をふって見送ると、カギを閉める。お店の中をじっと見つめた。いつもならお客さんでいっぱいのこの時間。私やユイがこれしてほしい、これ探してるんだけど、と言うと、あとでねと言ってそっぽを向いてしまう。そのたびに私は頬を大きく膨らませるばかりだった。小さいころからお店ばっかりで、旅行に行くこともほとんどなかった。忙しい時のお父さんとお母さんは嫌い。本当は私やユイのことなんてどうでもいいんだって、そう思っていた。
でも――
客のいないお店はなんだかさびしい。
それに私は気づいていた。本当はお店にいる時のお父さんとお母さんが好きなんだって。お父さんが作るオムライスがすき。お母さんがお店で「いらっしゃいませ」ってあいさつする時の声が好き。
ここにいると、あったかくて優しい気持ちになれる。お客さんもお父さんの料理を食べた後はみんな笑顔になる。おいしかったよって言ってくれる。昔はその言葉を聞くたびに私も嬉しくなった。うちのお父さんとお母さんは特別なんだって思った。
ああ、どうすればお父さんとお母さんが元気になってくれるんだろう? お店にたくさんのお客さんが来てくれるようにするにはどうすればいいんだろう?
私はお店のカウンターにすわり、テーブルにあごをつけて考える。しばらくしたあとで、さっき読んだマンガの内容が浮かんで――あっとさけんだ。
そうか、私があのお店でご飯を食べればいいんだ。
お父さんはサンドイッチを私の分だけのこしてくれたけど――今私が食べなきゃいけないのはあの店の料理だ。私はファミレスがどんな店なのか、調べなきゃいけない。そう、これはテーサツだ。私はスパイとなってテキの様子をさぐり、弱点を見つけなきゃいけない。
私は自分の部屋に向かうと、貯金箱の蓋をあける。この間おじいちゃんから貰った千円札を掴むと家の鍵を持って外に向かった。
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プロフィール
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自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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