もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
家の扉を開けると、私がもう一人いた。目の前に鏡があるわけじゃない。手を伸ばせば触ることもできるし、体温を感じることもできる。れっきとした人間だ。私は双子ではないし、生き別れのきょうだいがいるとも聞いていない。突然現れたドッペルゲンガーに私は驚愕した。
「ちょ、騒がないでよ。うるさいなぁ」
もう一人の私は比較的冷静に私を嗜める。そして不思議そうな顔をした。
「それにしてもなんで? なんで貴方が『こっち』にいるの?」
「なんでって――こっちが聞きたいわよ。貴方は誰?」
「貴方は私。貴方の知らない私」
「どういうこと?」
「もっと分かりやすく説明しようか?」
そう言ってもう一人の私はつま先を中心にしてくるりと回る。つけているエプロンがふわりと宙に浮かんだ。
「あのね。私は貴方が選ばなかった未来にいる私なの」
「選ばなかった?」
私がオウム返しすると、もうひとりの私はこくりと頷いた。
「覚えてる? 三年前の夏、友達とキャンプに行ったときのこと。夜、肝試しをしたよね。でも途中で友達とはぐれて道に迷っちゃったよね。そして元きた道を戻ろうとして――分かれ道にたどりついた」
その話を聞き、私はああ、と思いだした。三年前、確かに私は土地勘のない森で迷った。方向音痴の私にとって、それは究極の選択だった。
「実はね、あの瞬間に世界が二つに分かれちゃったの。そして私もまっぷたつに分かれて別々の道を選んだというわけ」
もう一人の私の話は実に胡散臭い。でも目の前にドッペルゲンガーのごとくいるわけだから、まぁそういうことなんだろうと思わざるを得ない。
あの時私は左の道を選んだ。何故そっちを選んだかというと、どこからか突然現れた蛍がそちらの道を選んだからだ。蛍は綺麗な水辺を好むと聞いている。私は行きの途中で川沿いを通り小さな橋を渡っていたことを思い出した。だから蛍の飛んでいった方向に行けば元の道に戻れると思ったのだ。
私は蛍のおかげで友達とすぐに再会することができた。蛍に奇妙な縁を感じた私は大学で蛍の研究をするようになって――毎年ここを訪れるようになった。蛍の生態に関する論文をいくつか上げてそれなりの評価を得た。でもそれだけじゃ物足りなくて、今度この地域の家を借りて更なる研究を続けるつもりでいる。
とまぁ、自分の話は置いておいて。私はもう一人の私について考えることにした。
私が選ばなかった未来――つまり、三年前の分かれ道で反対の道を選んだと言う事だ。私はふむ、と唸る。少しだけ、というかかなり「その未来」とやらが気になった。私の心を読んだのか聞きたい? ともうひとりの私が聞いてくる。私はこくりと頷いた。その答えにもうひとりの私はわかった、と返事する。
「右の道はね。歩いていくうちに上り坂になって、道も険しくなって。最後は道ともいえない場所を歩いてた。ああ間違ちゃったなって思ったわ。でも私って方向音痴じゃない? 真っ暗だし帰りの道も分からなくなっちゃって。仕方なく歩き続けたの。ひたすら歩いて、歩いて。最後には山のてっぺんまで辿り着いた。そこから見える麓の景色は最高だった。真っ暗な山の中にぽつんぽつんって見える家の灯りが蛍みたいでね。空は澄んでいて、星がキラキラしていて。見ているだけで幸せな気分になれた。けどこれ以上歩くことができなくて――翌日の夕方、地元の捜索隊に発見されるまでずっとそこにいるしかなかったの。友達はすごく心配されたし親にはこっぴどく叱られて。すごい悪い事しちゃったなぁって思ったわ。
でもね、私はあの時歩き続けたことを後悔してないの。だって、あんなにも素敵な景色を見ることができたんだもの。だからいつかは、ここに住んでみたいと思った。そして今度、その夢が叶うことになったの」
そう言ってもう一人の私は左手を天にかざした。左手の薬指に銀色の指輪が光っていた。
「私ね、今度結婚するの。相手は三年前に遭難した私を見つけてくれた人。私の恩人でもあるの」
そして面白いよね、ともう一人の私は言った。
「貴方と私、それぞれ違う選択をしたのに着地点は一緒。これってすごくない?」
確かに。ひとつの分岐点から更に分岐が続いた場合、元の世界と再び重なる確率はかなり低い。一時的とはいえ世界は一つに重なった。これはかなりすごい事なのではないだろうか。
しばらくすると部屋の中がぐにゃりと歪んだ。重なった世界がまた二つに分かれて行くのだろう。
もう一人の私の姿がかすんでいく。ばいばい私、ともう一人の私が言う。私も手を振った。世界が遠のいていく。
この先もう一人の私にまた会える保証などどこにもない。でもどうしてか私は言葉にしていた――また会おうね、と。
気がつけばSFっぽいのになってた話。
「ちょ、騒がないでよ。うるさいなぁ」
もう一人の私は比較的冷静に私を嗜める。そして不思議そうな顔をした。
「それにしてもなんで? なんで貴方が『こっち』にいるの?」
「なんでって――こっちが聞きたいわよ。貴方は誰?」
「貴方は私。貴方の知らない私」
「どういうこと?」
「もっと分かりやすく説明しようか?」
そう言ってもう一人の私はつま先を中心にしてくるりと回る。つけているエプロンがふわりと宙に浮かんだ。
「あのね。私は貴方が選ばなかった未来にいる私なの」
「選ばなかった?」
私がオウム返しすると、もうひとりの私はこくりと頷いた。
「覚えてる? 三年前の夏、友達とキャンプに行ったときのこと。夜、肝試しをしたよね。でも途中で友達とはぐれて道に迷っちゃったよね。そして元きた道を戻ろうとして――分かれ道にたどりついた」
その話を聞き、私はああ、と思いだした。三年前、確かに私は土地勘のない森で迷った。方向音痴の私にとって、それは究極の選択だった。
「実はね、あの瞬間に世界が二つに分かれちゃったの。そして私もまっぷたつに分かれて別々の道を選んだというわけ」
もう一人の私の話は実に胡散臭い。でも目の前にドッペルゲンガーのごとくいるわけだから、まぁそういうことなんだろうと思わざるを得ない。
あの時私は左の道を選んだ。何故そっちを選んだかというと、どこからか突然現れた蛍がそちらの道を選んだからだ。蛍は綺麗な水辺を好むと聞いている。私は行きの途中で川沿いを通り小さな橋を渡っていたことを思い出した。だから蛍の飛んでいった方向に行けば元の道に戻れると思ったのだ。
私は蛍のおかげで友達とすぐに再会することができた。蛍に奇妙な縁を感じた私は大学で蛍の研究をするようになって――毎年ここを訪れるようになった。蛍の生態に関する論文をいくつか上げてそれなりの評価を得た。でもそれだけじゃ物足りなくて、今度この地域の家を借りて更なる研究を続けるつもりでいる。
とまぁ、自分の話は置いておいて。私はもう一人の私について考えることにした。
私が選ばなかった未来――つまり、三年前の分かれ道で反対の道を選んだと言う事だ。私はふむ、と唸る。少しだけ、というかかなり「その未来」とやらが気になった。私の心を読んだのか聞きたい? ともうひとりの私が聞いてくる。私はこくりと頷いた。その答えにもうひとりの私はわかった、と返事する。
「右の道はね。歩いていくうちに上り坂になって、道も険しくなって。最後は道ともいえない場所を歩いてた。ああ間違ちゃったなって思ったわ。でも私って方向音痴じゃない? 真っ暗だし帰りの道も分からなくなっちゃって。仕方なく歩き続けたの。ひたすら歩いて、歩いて。最後には山のてっぺんまで辿り着いた。そこから見える麓の景色は最高だった。真っ暗な山の中にぽつんぽつんって見える家の灯りが蛍みたいでね。空は澄んでいて、星がキラキラしていて。見ているだけで幸せな気分になれた。けどこれ以上歩くことができなくて――翌日の夕方、地元の捜索隊に発見されるまでずっとそこにいるしかなかったの。友達はすごく心配されたし親にはこっぴどく叱られて。すごい悪い事しちゃったなぁって思ったわ。
でもね、私はあの時歩き続けたことを後悔してないの。だって、あんなにも素敵な景色を見ることができたんだもの。だからいつかは、ここに住んでみたいと思った。そして今度、その夢が叶うことになったの」
そう言ってもう一人の私は左手を天にかざした。左手の薬指に銀色の指輪が光っていた。
「私ね、今度結婚するの。相手は三年前に遭難した私を見つけてくれた人。私の恩人でもあるの」
そして面白いよね、ともう一人の私は言った。
「貴方と私、それぞれ違う選択をしたのに着地点は一緒。これってすごくない?」
確かに。ひとつの分岐点から更に分岐が続いた場合、元の世界と再び重なる確率はかなり低い。一時的とはいえ世界は一つに重なった。これはかなりすごい事なのではないだろうか。
しばらくすると部屋の中がぐにゃりと歪んだ。重なった世界がまた二つに分かれて行くのだろう。
もう一人の私の姿がかすんでいく。ばいばい私、ともう一人の私が言う。私も手を振った。世界が遠のいていく。
この先もう一人の私にまた会える保証などどこにもない。でもどうしてか私は言葉にしていた――また会おうね、と。
気がつけばSFっぽいのになってた話。
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プロフィール
HN:
和
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性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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