2013
帰り道の途中で考え事をしていると、幼馴染のミナに声をかけられた。
「どうしたの、道端でぼーっとして」
「名前、考えてたんだ」
「名前って――ウメのお母さんのお腹にいる子の?」
「そう。親に『名前つけさせて』って頼んだら、いいって言われたから」
名前決めたの? と問うミナに俺は聞きたい? と問い返す。ミナが二度返事で食いついた。俺は思い付く限りの名前を口に出す。
「ええと、杏也だろ、杏太に杏次に杏馬に……」
「やっぱり杏の字を使うんだ」
「当然だろ。他にもあるぞ。杏太郎に杏輔に杏平。それから――」
「それって男の子の名前ばかりじゃない。そりゃウメの気持ちも分からなくもないけどさ。こういうのは天からの授かり物って言うでしょ? 女の子の名前もちゃんと考えないと。それに子供産まれる五月って杏の季節には早いわよ。その漢字名前に使って何か言われたりしない?」
小姑じみたミナの言葉を俺はああそのへんは大丈夫だから、と軽い言葉で吹き飛ばす。
「ウチはそういったの気にしない――というか、いい加減だから」
年が離れているとはいえ、子供も五人目となると両親も色々なことが適当になるらしい。そのいい例が俺だ。
俺は四人きょうだいの末っ子だ。俺の「青梅」という名前には俺の生まれた六月の果物がついている。でもそういった意味で付けられたわけじゃない。両親が俺の名付けで悩んでいたときにすぐ上の姉――桃ねぇが梅酒の青い瓶を持ってきて「これがいい」と言ったのだ。しかも名付けの当人は当時三歳で全く記憶にない。この話を聞いたとき、あまりの適当さに俺は頭を抱えた。今回名付け役を買って出たのもそういったのが根底にある。
そう、俺にとってこれから生まれてくる弟(であってほしい)は特別な存在になる。だからこそ、適当な名前をつけられてたまるかという気持ちになるのだ。
俺はそらに浮かんだ候補をもう一度繰り返す。最後にうなり声をあげた。やっぱり女の子の名前も考えるべきだろうか。ああは言ったものの、ミナの言葉も一理あると思った。でもやっぱり俺の中では弟のイメージしかなくて。
俺は腕を組んで考える。しばらくしたあとでうん、と頷いた。
「女の子の名前はミナに任せるわ」
「はぁ?」
「だから俺ら二人で分担して子供の名前を考えるんだよ」
俺の提案にミナは目をぱちぱちとさせた。
「……いいの?」
「仕方ないだろ。俺の中では男の名前しか出ないし」
それに、ミナならいい名前を考えてくれる。そんな気がするのだ。
俺はすっかり高くなった秋の空を見上げた。寺町を吹き抜ける風も涼しさから遠のいて、だいぶ冷えてきた。あの暑かった夏の日が遠い昔へと変わってゆく。この胸に残ったのはもうひとりの自分との思い出。それはこれから形を変えて、新しい時を刻んでゆく。思い描く未来は無限に広がるのだ。
やがて隣にいたミナがぱちんと手を合わせる。名前決めたよ、の声に俺の心がうずいた。
本サイト掲載作品「君といた夏」から少し後の話。ここ最近こんな話ばっかだが、物語の隙間を埋めるのは結構楽しかったりする。