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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0624
夏休みまであと数日と迫ったある日の昼下がり。私は久実とショッピングモールにいた。特に買いたい物があったわけではない。バイトの時間までの暇つぶしだ。
 ウィンドウショッピングをしながらぶらぶらと歩く。すると不意に腕を掴まれた。
「ちょ、ヒガシっ。あれは何?」
 私は久実が指で示した方向を見る。アクセサリーを売っている店の前にニシと南さんがいた。二人は店頭に飾られた商品を手にしながら笑っている。
「ああ、あれがどうかした?」
「どうかした、じゃないわよ! 一緒にいる女は何? 恋愛に興味がないって言ったのはどこの誰? ニシの奴、ヒガシがいながら何浮気してんのよ!」
 久実がそちらに向かって吠えまくる。放っといたら乗り込みそうな勢いだったので、私はとっさに友の体を抑えた。体を引きずり、何かたべたいなー、と言いながらその場を離れていく。あとで質問責めされそうだけど……まぁいい。最後に言った言葉は聞かなかったことにしよう。
 私は二人が一緒にいる事を特におかしいとは思わなかった。だって今日のシフトに南さんの名前は入っていない。二人はここでの買い物を楽しんでいたのだろう。あるいは併設されているシネコンにこれから行くのかもしれない。二人の距離は日々縮まっていく。それは予想もしなかった展開だったけど、日を追うごとにそれは必然だったのかなとさえ思えてしまう。
 あの日――ニシが南さんと和解したあと、私達はすぐに店をあとにした。この件はこれでおしまい。ニシと南さんが顔を合わせることはもうないだろう、私はそう思っていた。でもそれは見事に覆される。帰り際、南さんはニシにファミレスのクーポン券を渡したのだ。お口にあうかは分からないけど一度庶民の味も試して下さいね、と言葉を添えて。
 それからニシは度々私達のバイト先に現れるようになった。その時は南さんがニシのテーブルを担当した。最初は客と店員のやりとりだけだったが、次第に二人だけの会話も増えていく。
 最近ニシは学校が終わると南さんの通っている学校まで車で出向き、バイト先まで送り迎えしている。私も一緒にと誘われたことがあったけど、一度乗りあわせただけであとはお断りしていた。だって車の中で二人だけの世界が出来上がっているんだもの。どう見ても私はお邪魔虫としか言いようがな。だから私は適当な理由をつけて二人を避けていたのだ。
 当然だけど、ニシは高級車に乗っているイメージしかない。南さんは私と同じ庶民の一人だ。でもご両親に礼儀正しく育てられたのか、とにかく仕草の一つ一つが美しい。どんな高級シートの前でも上品に座り、美しい姿勢をキープしている。これには私も驚いた。更に驚くべきは二人の車の中でのやり取りだ。
 二人の会話の内容は、趣味や好きな本の話、学校で起きたことなどだ。けど、南さんがもてなしの紅茶を受け取ればすかさずニシが砂糖とミルクを差し出す。車が工事中の道を進むものならニシの服がコーヒーで汚れぬよう、南さんがハンカチを広げる。言葉に出ずとも二人は目と目で会話し、お互いの次の動きをさりげなくフォローしている。あれは気づかいを飛び超えて夫婦並みの熟練さだ。阿吽の呼吸、ってああいうことを言うんだろうな。あそこまで呼吸が合うのを見せつけられると、二人の出会いそのものが運命としか思えない。
 南さんはニシと一緒にいる時間はとても楽しいと言っていた。価値観の違いは否めないけど、それもまた面白い、と。そこで私は初めて南さんの奇特な性格を知った。もともと私と南さんは最初から親しかったわけじゃない。つい最近まで挨拶を交わす程度だった。そう、ニシの勘違いがなければここまで深く関わることもなかったのだ。
 南さんが高級車で送迎されるものだからバイト先でも二人の関係が噂されていた。南さんはあくまで友達だと言っているけど、周りはそう思っていない。まだ友達でもいずれ二人は付き合うと思っている。
 でも――
 周りが盛り上がれば盛り上がるほど、私の中でそれでいいのか、と疑問符が湧く。一抹の不安を感じるのは私が紗耶香さんの存在を知ってしまったからだろう。
 紗耶香さん。もうこの世にはいない人。南さんにそっくりの顔を持つ人。ニシにとってはかけがえのない――大好きだった幼馴染。傷を負っているなら尚更、私だったら触れるのさえ恐れ多い。
 ニシは何とも思わないのだろうか。
 いくら似ているからとはいえ南さんは別人だ。一緒に居て昔のことが蘇ってきたりしないのだろうか? 辛くはないのだろうか――?
 私の中で疑問が水滴のように落ちてくる。やがてそれは大きな池となり、氾濫を起こすこととなった。

(使ったお題:13.目と目で会話)

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2013

0623
次の日の夜、私はバイト先に出向いていた。いつもならスタッフ用の扉から入る所だけど今日は客用の出入り口からお邪魔する。硝子扉を二枚超えて店に入るといらっしゃいませ、と出迎えられた。南さんの声だ。
「あれ、ヒガシさんじゃない。今日お休みよね? ごはんでも食べに来た?」
「南さん、もうすぐ仕事上がりですよね?」
「そうだけど」
「このあと何か予定ありますか?」
「別にないけど――どうしたの?」
「その、実は……」
 私は自分の体を一歩右に寄り、扉の向こう側にいる人物を南さんに見せる。二人の目が合うと、透明な檻の中にいたニシがぎこちない会釈をした。
「あいつが昨日のことで南さんに謝りたいって言ってるんです。少しだけ時間頂いてもいいですか?」

 ――南さんの仕事が上がったあと、私達はバイト先の近くにある喫茶店へ入った。席についたあと、それぞれ飲み物を注文する。店員が去ったあとで、ニシは改めて姿勢を正した。向かいにいる南さんを真っ直ぐ見る。 
「昨日はとても失礼しました。貴方を知り合いと間違えてしまって――気が動転してたんです」
 そう言って、ニシは南さんに深々と頭を下げる。そこにいつもの勘違いや俺様的態度はない。あるのは相手に真摯に向き合う姿だけだ。
 ニシはテーブルに小さな箱をひとつ置いた。淡いピンクのリボンが斜めにかかっている。私の鼻にほんのり甘い香りが届いた。
「これはお詫びです。口に合うかどうかわかりませんが受け取ってください」
「え、でも……」
 突然のプレゼントに南さんはうろたえた。私の方をちらりと見る。受け取ってしまっていいのかというような目で訴えられたので、私はこくりと頷いた。
「別に変な物は入ってないし。それにほら。私も同じのを貰ったから」
 そう言って私はバッグの中からピンクの小箱を見せる。そう、南さんに会う前に私はニシから同じものを貰っていた。中身は某有名菓子店で売っているマカロンだ。南さんの箱の方が大きいのが腑に落ちないんだけど――まぁそれは一旦横に置いておこう。
 私のフォローが利いたのだろうか、南さんは箱を受け取ってくれた。
「わかりました。じゃあ、遠慮なく頂きます」 
「許して貰えるんですか?」
「許すも何も。私は何とも思ってませんよ」
 そう言って南さんは目を細めた。慎ましい笑顔に緊張の糸が緩む。ニシの口からよかった、という声が自然とこぼれていた。ニシは南さんと和解できたことに心から安堵しているようだった。私にも自然と笑みがこぼれていく。そこへ頼んでいた飲み物が届いた。
 ニシはホットコーヒーをブラックのまま、私はアイスティーにガムシロップを入れてストローで飲む。ミルクティーを頼んだ南さんはカップに紅茶を注ぎ砂糖一杯とミルクを少し入れた。スプーンでくるくると回すと美しい琥珀色が出来上がる。その流れるような手の動きに私は思わず見とれてしまった。
「ニシくんはその――お金持ちなんですね」
 カップに一度口をつけたあとで、南さんが言う。
「とても高そうな車に乗ってたし。あれ、ベンツだっけ?」
「いや、そんな大したものではない、です」
 いつもは悪びれもなく言うくせに今日のニシは謙虚だ。南さんの前だと俺様度もかなり低くなるらしい。南さんはへぇ、と唸ると今度は私に話しかけてきた。
「ヒガシさんも実はお金持ちとか?」
「ないない。私は至って庶民です」
「そうなんだ――二人とも仲いいよね。もしかしてつきあってるとか?」
 南さんの言葉に私は思わず茶を吹いた。
「違うっ! こいつはただのクラスメイト!」
「こいつは単なる親友です。それ以上でも以下でもない」
「だーかーら、こっちは友達とも何とも思ってないって言ってるでしょ!」
「だが、男女の友情は有り得ると言った」
「確かに。昔々言ったかもしれないけど相手があんたとは言ってません。つうかあんたと友情ごっこする気はさらさらないわい!」
 私がばっさりと斬り落とすとニシが呻く。久々のクリーンヒットが飛んだ。ニシのHP、どのくらい削れたかしら?
 私がドヤ顔でいると、一連のやりとりを見ていた南さんがくすくすと笑いだした。

(使ったお題:06.透明な檻の中)

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2013

0622
私のバイト先はファミレスだ。ホールで接客を担当している。
 私は注文の品を届けると、先ほどまで人が座っていたテーブルに向かった。空になった食器をお盆にまとめ、布巾で机を机を拭く。厨房に戻ると壁にかかった時計は仕事終了十分前をさしていた。
 ちょうど客がひけたので、私は南さんと少しだけ話をすることができた。今日南さんは残業してから帰るらしい。何でも交代の人が三十分ほど遅刻するとか。
 私は心配になった。仕事前に起こったことがアレなだけに、不安が募る。
「あの、もしよかったら一緒に帰りません? 私待ちますよ」
「大丈夫。これから家の人に迎えに来てもらうことになってるから」
 そう言って南さんは朗らかな笑顔を見せる。
「ヒガシさんの方こそ大丈夫? あの時腕痛めたんでしょう? 無理しないでね」
 そう言って南さんが私の頭をなでる。思いがけない優しさに私は泣きそうになった。ああ、何ていい人なんだ。
 結局私は定時で上がらせてもらうことにした。学生服に着替え、店を出る。店に入る直前、護衛さん達がニシを取り囲んでいたけど、その後どうなったのだろう。
 私はそおっとドアを開けて外の様子を伺う。きょろきょろとあたりを見渡すが、不審者がいたとか道に穴があいていたとか、そういった変化は見られない。どうやら護衛さん達が上手くやってくれたみたい。 穏便に片付いたならそれでいいや。
 私は家までの道を歩き始める。数秒後いきなりベンツが歩道に横づけしてきたので私はげ、と声をあげた。後ろのウィンドウが開く。そこから現れたのは自称私の親友――ニシだ。顔を見た瞬間、さっき吹っ飛ばされた時の記憶が蘇る。
「おまえに大事な話がある」
 真剣な顔のニシを私は無視した。誰が聞くものか。私は歩調を早める。車を追い越しどんどん先へ進む。待て、と言われるけど私は構わず先を進んだ。
「おい、待て、ヒガシっ。俺の話を聞け!」
 誰が聞くかこの馬鹿。勝手に人違いした上、私を投げ飛ばすとは何事だ。絶対許さないんだから。
「いいから聞け! レンジョウサヤカのことだ」
 レンジョウサヤカ――ニシが叫んだ名前に私は足を止める。振り返ると、すでに車の後ろの扉が開かれていた。覚悟を決めた私が車の中へ乗り込む。ふかふかのシートに座ると、斜め前にいたニシが私に携帯電話を差し出した。これを見ろ、ということらしい。
 私は携帯を受け取ると、画面に軽くタッチした。節電モードが解除され、待受画面がぱっと浮かぶ。現れた人物に私は目を見開く。
 それは苺のホールケーキを抱えた少女の画像だった。生クリームにそっと乗せられた長方形のプレートには「14歳おめでとう 紗耶香」の文字が入っている。誕生日のお祝いだろうか。
「そこに写っているのが蓮城紗耶香だ。ミナミという女性によく似ているだろ?」
「そう、ね」
 私は携帯の画像ををまじまじと見つめる。小さな画面で少女は愛らしい笑顔をのぞかせていた。幼さはあるけど確かに。南さんに似ている。
「紗耶香は俺の幼馴染だった」
「だった?」
「これを撮った二日後に、事故で亡くなった。二年前のことだ」
 思いがけない事実に私は言葉を失う。想定内の反応だったのか、ニシは少しだけ肩をすくめた。
「だからあの女性を見た時は本当に驚いた。紗耶香が生き返ったんじゃないかと思った。そうだったらどれだけ嬉しかったか――」
 そんなことあるわけないのにな、私が返した携帯を見つめながらニシは笑う。それは慟哭と表現するのがぴったりなのかもしれない。ニシの瞳は憂いと慈しみを帯びていた。
 私は昼間ニシが久実に言っていた言葉を思い出す。あの時ニシは恋愛に興味がないと言いきった。まさか。いや、まさかじゃなくてもニシは――
 私はニシに問いかけようと口を開くが、すんでのところで言葉をのみこむ。たとえ私の想像が正解だったとしても今そこに触れてはいけない、そんな気がしたからだ。
「俺はお前に謝らなければならない」
 私の腕についた絆創膏を見ながらぽつり、ニシが言う。
「さっき俺はおまえを投げ飛ばした。動揺してたとはいえ、あんなことをすべきじゃなかった。本当に悪かった。あの女性にも明日改めて謝罪しようと思う」
 ニシの謝罪に私はわかった、と頷くことしかできなかった。ニシから語られた理由は私の想像を遥かに越えていた。もやもやが消えたのはいいけど、何とも言えない気まずさだけが残る。
 用件はそれだけだ、と言われたので、私は退出を余儀なくされた。席を立ち。ドアに向かおうとするけど――
「なんで話したの?」
 私は一番気になっていたことを口にする。
「その、あんたにとっては辛い話なんじゃないかな、って。どうして私に話したの?」
「それはおまえが心の友だからだ」
「それだけ?」
「それだけだが?」
 悪びれもなくニシが言う。納得のいかない答えに私が口をへの字にしていると、ああそうだ、とニシが思いだしたような声をあげた。
「この間のことだが」
「この間?」
「時計のことだ。もしかしたらお前は俺に借りを作りたくなかったのか?」
「え?」
「今日言ったじゃないか。何か貰ったらお返しをしなければならない、と。それが負担だったのか?」
「それは――」
 違う、と私が答える前にニシが口を挟む。だったら気にするな、と言葉を重ねた。
「俺はただ、おまえの喜ぶ顔が見たかっただけだ。俺との間にそんな気づかいは必要ない。親友とはそういうものだろう?」
 ニシの親友談義に私は何とも言えない。その前に知ってしまったことが重すぎて、どう返していいのか分からなくなってしまったのだ。私の中でニシ勘違いを訂正する気力はすでに失われていた。

(使ったお題:24.触れてはいけない)

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2013

0621
その日の放課後、緊急のクラス会議が開かれた。別の先生から、担任の子供が今日生まれた、との情報があったからだ。
 昨日から奥さんが産気づいて今日の昼前に生まれたらしい。生まれた赤ちゃんは珠のような可愛い女の子だそうだ。今日ウチの担任は出産の立ち会いで休みを取っていた。
 クラスの中では前々から皆で何かお祝いを送ろうということになっていたけど、そろそろ準備をしなければならない。
 会議の結果、サプライズは明日の朝行うこと、一人五百円を出しそのお金で花と子供服を買うことになった。買い物担当は――私とニシだ。何故こうなったのか、理由は想像できる。この機会に二人の沈黙を破ろうという魂胆だろう。
 正直ニシと買い物をするのは気が重かった。でも頼まれた以上は最後まで遂げなければならない、そう思ってしまうのは私の悲しい性だろう。
 私はニシが毎日乗っている黒塗りのベンツに乗車した。ニシとは無言のまま、目的地まで向かう。最初に訪れた花屋で私は花束を注文した。予算と出産祝いだということを伝え、受け取りを明日の朝にする――ここまではよかった。問題は次に訪れた子供服の店だった。
 ここで私とニシの間に金銭感覚の違いが生じる。私は一万円そこそこの物を考えていたのに、ニシが選んだのはシルク素材のドレスだった。
 確かにニシが選んだものはセンスがよかった。でもその品は集めた金額の倍以上する。更に足りない分は自分が払うと言い出したものだから、さすがに口を挟まずにはいられない。
「そんなバカ高いものを買ったら先生も困るでしょうが」
「そんなことはない。上質のシルクは着心地がいいぞ」
「そういう問題じゃない!」
 私はニシにびしゃりと言い放つ。
「いい? 出産のお祝いってのは貰ったらお返しするのが礼儀なの。だいたい貰った金額の二割から三割だっけ?それ買ったら先生は皆が出した金額以上のお返しをすることになるの。そんなの失礼超えて迷惑っていうの! 分かった?」
 私の意見に不服そうではあったが、ニシは納得した。私ははぁ、とため息をつき品物を選び直す。結局、ニシが選んだブランドで肌着とカバーオールと布のおもちゃが入っているセットを選ぶ。金額もなんとか予算内でおさまった。
 会計を済ませ店員さんにラッピング包装をしてもらう。その間、ニシにこんなことを聞かれた。
「それにしてもおまえはいろいろ詳しいな。もしやお前、出産経験が――」
「んなことあるかっ!」
 知っていたのはたまたま近所で赤ちゃんが生まれたからだ。親がお祝いを送るのにそんなことを話していたのを覚えていただけだ。ああ、どうせ買い物するなら他の人と一緒に買いに行きたかった。全く、なんでコイツに頼むのよ。誰か、こいつを世界の果てに飛ばしてやってください。
 結局ニシのせいで買い物に予想以上の時間がかかってしまった。このままではバイトに遅刻してしまう。
 私がバイト先に連絡を入れようとすると、ニシがそれを遮った。別に問題はない、と言う。その言葉の意味する所を私はすぐに理解した。私はバイト先のファミレス前までニシの車で送ってもらう事になった。
 ニシと一緒にいるのはアレだが、仕方ない。私は渋々ニシの車に乗り込んだ。こういう場合、必ずと言っていいほど私は誰かに遭遇する。案の定同じ時間から仕事が入っている南さんと店の前ではち合わせた。
「ヒガシ――さん?」
 異様な光景に南さんは目を白黒させていた。そりゃ知り合いがベンツで現れればそれは驚くわな。これは何事かって。
 私は一度肩をすくめてから、お辞儀をする。
「おはようございます」
「一体どうしちゃったの?」
「ええと、理由を話すと長くなるのですが、簡潔に言えば私の本意ではないんです。はい」
 言葉を濁す私を見て南さんが首をかしげる。そこへ折り重なるようにウィーンと窓が開く音がした。車の後部座席にいたニシに声をかけられる。
「これは俺が預かっておいていいのか?」
 その言葉に私はあ、とつぶやく。振り返り、窓越しに荷物を受け取った。普段ならここで一言ついてくる所だが、今日はそれがない。ニシの視線は一点に集中していた。
 ニシが黒塗りのベンツから飛び出す。おもむろに南さんの腕を取った。突然のことに南さんが目を見開く。
「おまえ――サヤカなのか? サヤカだろ? そうじゃないのか?」
「ちょ、離してっ!」
 南さんが大きな声をあげたので、私は二人の間に割って入った。何やってるのよ! と怒鳴る。
「ちょっと! 南さんに変なことしないでよ」
「ミナミ? この人はミナミというのか? レンジョウサヤカじゃなくて?」
 私は眉をひそめる。彼女は南亜理紗。私のバイト仲間だ。というか、レンジョウサヤカって誰よ? 
 ちらりと横を見れば南さんの顔がどんどん険しくなっていく。そりゃ、初対面の人間にあんなことされたら不審顔にもなるだろう。まずい。このままじゃ仕事も遅刻だし、南さんにも迷惑がかかる。何よりもバイト先に嫌な噂が回るのだけは勘弁したい。ヤツをかばうののは不本意だけど、ここは穏便に済ませた方がいいかも。 
「すいません。この人、人違いしたみたいで――あの、先にお店に入って下さい」
 私はバイトで培った営業スマイルを振りまく。背中でニシの体を押さえつけ、彼女を店へ促した。
「待て、待ってくれ!」
 ニシの切羽詰まった声に私は困惑する。それでもニシを逃がさないよう、私は踏ん張った。腕に痛みが走る。ニシにもの凄い力で腕を掴まれた――と思ったら、あさっての方向へ投げ飛ばされた。私は地面に叩きつけられ、肘をすりむく。
「ちょ、何するのよ!」
 私も負けじと声をあげるがニシはこっちの方を向きやしない。南さんにまっしぐらだ。まずい、このままじゃ南さんが絡まれる。
 すると突然、黒づくめの人達がニシを囲んだ。彼らはニシの護衛だ。彼らが現れる時はニシに危険が迫っている時。
 空気を察した私は立ち上がり、南さんを追いかけた。彼女の腕を引く。スタッフ専用の扉から店へ入り、ロッカールームへ向かう。ニシとも離れ、これから起こるべき災害からも逃れた。
 とはいえ隣りにいる南さんの表情は硬い。小刻みに肩を震わす彼女を見て、何だか申し訳ない気持ちになる。
「あの、びっくりしましたよね?」
「……え?」
「でも気にしないで下さい。ヤツはもともと特殊というか、ウチらとは別次元の人間なんで無視しちゃって下さい。というか警察を呼んじゃってもいいですから」
「そう、なの?」
「そうです」
 私は自信を持って頷いた。そこでようやく南さんの表情が柔らかくなる。一気に疲れが押し寄せた。それでも時間は止まってくれない。これから仕事だ。
 南さんが先に仕事に入る。私も店の制服に着替えた。すりむいた場所に絆創膏を貼りながらそれにしても、と思う。
 あの時のニシの行動は異常ともいえた。南さんの腕を突然掴んだり、私を投げ飛ばしたり。護衛さん達が止めなければニシはどこまでも彼女を追いかけてたかもしれない。
 鏡の前で身だしなみを整えたあとで、ニシが言った名を繰り返す。レンジョウサヤカ、その人は何者なのだろう。
 その問いに対する答えは意外にも早くやってきた。

(使ったお題:54.追いかけて)

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2013

0620
しばらくの間、クラスの中は何とも言えぬ微妙な空気に包まれていた。東西コンビが今週に入ってから一言もしゃべらないからだ。
 東西コンビというのは、私(ヒガシ)とニシの苗字をもじったもので、学校でもちょっとした話題になっている。ニシの家はいわゆるセレブだ。本来なら有名な私立高校に通ってもおかしくない。なのに公立高校に通っているのはそこに私がいるから、だそうだ。私は向こうから一方的な「親友」扱いを受けていて、事あるごとに私はニシに振り回されていた。はっきり言えば迷惑極まりない話である。
 それでもニシとは挨拶程度の会話を交わしていた。だから今回のようなことは初めてで――クラスの皆から見ればさぞ異様な風景だったことだろう。
 お互いが沈黙して三日後の昼休み、親友の久実が遠回しにニシの話題を持ち出した。たぶん、クラスの皆に代表で聞いてこいとでも言われたのだろう。誰も寄りつかない廊下で私は渋々事情を話す。
 実を言うと、ニシとはちょっとした喧嘩になっていた。
 きっかけはニシが私が欲しいと言っていた時計を先に買ったから。高校生の私が何日も働かなければ買えない金額をニシはぽんと払った――親から貰ったカードで。しかもそれを私にくれてやる的な感じで渡してきた。
 そりゃ向こうは金持ちだし、あっちに悪気はなかったのかもしれない。でも汗水流して働いていた私は何? 毎日時計のショーウィンドウ覗いて、いつの日か買うのを楽しみにしていた私は馬鹿なんですか? 私はキレた。私は自分の努力を真っ向から否定された気がして腹立たしかったのだ。
 私の話を聞き、久実はふむふむと頷く。ウチら庶民だしね、と前置きし、
「まぁ金銭感覚の違いは仕方ないけどさぁ。前から欲しかった時計なんでしょ? 私なら貰えるもの貰って稼いだ金は別のことに使うけどなぁ。もったいなーい」
 と言う。とても賢い意見に私は言葉を詰まらせた。
 確かに自分も大人げなかったとは思う。啖呵切ったあとで言うのも何だが、あの時計はかなり口惜しかった。私だって友達とか彼氏に誕生日プレゼントで貰うなら喜んで受け取った。でも、そんなイベントがすぐあるわけでもないし、何せ相手はニシだ。
 プライドと好意、どちらかを取ると言うなら私は迷わず前者を取るだろう。もし、時計をうっかり受け取っていたらニシは流石俺様と調子に乗るに決まってる。友情(というか私はあいつを友達とも思ってないけど)の押し売りなど紙くずと一緒に捨ててやるわい!
「とにかく、私はあいつと一切関わりたくないの。」
 私はそう言ってこの話を終わりにしようとするけど――
「あ、噂をすればニシじゃん」
 久実の言葉に思わずそっちを見てしまう。遠目だけど、ニシがこちらに向かっているのが確認できた。私に緊張が走る。久実がおーいと呼びつけるので私は慌てて教室に入った。扉に隠れて二人の様子を伺う。
「ちょうどよかった。あんたに聞きたいことがあったんだ」
「何だ」 
「ニシはさ、ヒガシのことどう思ってるの? 異性として好き? 嫌い?」
 久実の質問に私は何を聞いてるんだ、とツッコミたくなるが、ニシが口を開いたので私はぐっと堪える。 
「好きも嫌いも何も、ヒガシは俺の心の友だが?」
「でもさぁ。ニシはヒガシの為にわざわざ転校してきたわけでしょ? この間だって、時計買ってあげてたんだって? それってヒガシを好きってことじゃないの? それって、愛じゃないの?」
 久実が上目遣いで問いかけた。だが、ニシはそれをくるりと翻す。それは断じて違う、と即答する。
「確かに、ヒガシには『親友』としての情を持っているがそれ以上の感情は微塵もない。だいたい俺は恋事に全く興味がない」
「そうなの?」
「百歩譲って俺が恋をしたとしよう。でもその相手は聡明でしとやかな女性だ。ヒガシの足元にも及ばぬ美人で心の綺麗な人間だ――というか、何故そんなことを聞いてくる? それとも俺に聞けとあいつに頼まれたのか?」
「えー……っとまぁ。そんな所でしょうか」
 久実の馬鹿。何言ってんのよ。これじゃ私があいつに片思いしてるってことになるじゃないか!
 私が扉の隙間から怨念を飛ばすと久実の肩がびくりと揺れる。その一方でやっぱりと言うか何と言うか。ニシは期待を裏切らない勘違いぶりを見せてくれた。
「じゃああいつに伝えろ。言いたいことがあるなら本人に直接言え。それから俺などに執着せず他の男との幸せを考えろ、と」
 それはこっちの台詞だ、ボケぇ! 
 私は今にも飛びついて殴りたい気分だった。けど、そんなことをした所でニシが更なる勘違いを繰り広げるのが関の山。ニシがこっちに向かってきたので私は慌てて扉を離れた。黒板を拭く振りをしてニシとの接触を回避する。そしてあとから教室に入ってきた久実をぎろりと睨んだ。
「どうして私があいつに惚れてるって事になるのよ!」
「ごめんごめん。まさか、あんな切り返しされるとは思ってなくて。つい」
「つい、じゃない!」
 胸元に手のひらを合わせ謝る久実に私は口を尖らせた。やっぱり相談するんじゃなかったと後悔する。つうかニシのヤツ、会話の中で私の事をボロクソに言ってなかったか?
 私は悶々とした気持ちを抱えながら自分の席につく。その隣で次の授業の準備をしていた久実がそれにしても意外だったなぁ、と言う。
「ニシが恋愛に全く興味ないって。そりゃ、金持ちは女性もよりどりみどりだろうけどさぁ。恋の一つもないっておかしくない? まさか人を好きになったことないとか?」
 久実が気になるよねぇ、と疑問形で振ってきたので私は絶対聞かないから、と先手を打つ。あいつの恋バナなんて誰が聞くか。そんなこと聞いたら余計あいつは誤解するではないか。あいつの中で絶賛片思い中などという汚名を着せられるのはまっぴらごめんだ。
 そう思った所でチャイムが鳴る。同時に先生が入ってきたので、私は慌てて教科書を広げた。思う所は色々あるけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。来週からは期末試験だ。今は授業に集中しなきゃ。
 私は一つ深呼吸して気持ちを切り替える。が、それは早々に打ち砕かれた。ニシの席は教卓に近い。授業に集中しようと思うほどにあいつの背中が嫌でも視界に入るのだ。
 私はイライラしながら黒板の内容をノートに写した。

(使ったお題:26.それって、愛?)

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プロフィール
HN:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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