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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0629
私はお風呂上がりのジュースを飲もうと台所へ向かう。するとリビングで母親が困った顔をしていた。
「どうしたの?」
 話を聞くと、今さっき変な人が呼び鈴を鳴らしたらしい。私はインターホンの画面を覗きこんだ。モニタに写ったいかつい顔に一瞬ビビる。最初はそっち系の人か? と思ったけど――あれ? よくよく見たらニシの護衛の人ではないか。名前は確か北山さん、だっけ? 四十は越えたであろうこの人はこれまでニシの危機を何度も救ってきた、いわゆるスペシャリストだ。
「夜分失礼します。実は伺いたいことがありまして」
 北山さんの声は少し焦っていた。私は母に大丈夫、と告げる。知ってる顔だったので私は反射的に玄関の扉を開けに行こうとするけど――
 でもちょっと待って。もしかしたら新手の悪戯かもしれない。私の脳裏に北山さんの後ろでニシがほくそ笑んでいる姿が浮かぶ。そうだ、すぐ扉を開くのは危険だ。
 私はひとつ咳払いした。そのあとで、どういった内容でしょうか、とよそ行きの声で彼に問う。
「こちらも暇ではないので、用件は手短にお願いします」
「晃さまが消息を絶ちました」
 なるほど、そういうことですか。それは大変ですねぇ。
「今日は晃さまの希望で我々を一人もつけず外出したそうです」
 ほう、それはなかなかの冒険ではないですか。
「運転手に連絡を取ったのですが携帯も繋がらず、車に乗せたGPSも切られてしまいました」
 あれ? それってヤバくない? つうかヤツは何やってんの。
 って、え? 冗談じゃないの?
「晃さまの親友であるあなたなら何か心当たりがあるのではないかと――」
「ちょ!待って……」
 私はモニターを一旦切り、玄関に向かった。錠を開け、パジャマ姿のまま外に出る。門の前ではいかつい男性が背中を曲げてインターホンとにらめっこをしていた。私は声を張り上げる。
「あの、一体どういうことなんですか? 行方不明って、冗談とかじやなくて?」
「私は最初から本当のことを言っていますが?」
 うわ、私ったら何て失礼なことを。もう穴があったら入りたい!
「とにもかくも晃さまの行方を」
「ああそうですよね。ええと、ヤツとはバイト先で会いました。いつものように南さんを家まで送るって聞きましたけど。南さんに連絡は?」
「南――というのは南亜理紗のことですか?」
「そうだけど」
 私の言葉に北山さんのいかつい顔が更に険しくなった。
「まさか。いやそんなこと」
 ぶつぶつと呟く北山さんに私は眉をひそめる。その様子をしばらく眺めていると、不意にこんな質問を投げかけられた。
「あなたは晃さまから蓮城紗耶香さんの話は聞いていましたよね?」
「まぁ。ニシの幼馴染ですよね? 昔事故で亡くなったって」
「ではどうして死んだか具体的な内容は?」
 そう聞かれ、私は首を横に振る。それは深く突っ込んではいけないと本能が察したから。だから聞こうとは思わなかった。
「二年前のその日は晃さまと蓮城家の皆様が高原にある別荘で一週間ほど過ごすことになっていて、私は晃さまの護衛を任されておりました。本来なら蓮城家の皆さまと合流した後で別荘に向かう予定でしたが、その途中に私達の乗っていた車が故障してしまい、蓮城家の皆さまには先に別荘に向かう事になったのです。そして彼らが別荘に到着したあと、何者かが仕掛け た爆弾によって火災が起こりました。私達が到着した時は消火されたあとで――
 その時の晃さまは正直、見ていられませんでした。晃さまは紗耶香様と仲が良かったですし、晃さまのショックは相当なものだったと思います。でも私は晃さまの命を守るのが仕事です。ここに居たら晃さまの身に更なる危険が起こるかもしれない、そう察した私は晃さまを別荘から遠ざけました。
 その後、焼け跡からは三人の遺体が見つかったそうです。親族が警察で確認した結果、それは蓮城家の皆さまだということでした。犯人は未だ見つかっておりませんが、おそらくニシ家を妬む者の犯行ではないかというのが警察の見解だとあとから聞きました」
 北山さんは全て語り終えると私の顔を伺う。そして申し訳 ないような表情をした。たぶん私がどうしようもなく酷い顔をしていたからかもしれない。
 彼の口から語られた過去はあまりにも重すぎる。それが本当なら、ニシは今まで自分を責め続けていたということだ。紗耶香さんを守れなかったことへの後悔が今もニシを苦しめていたとしたら。それを考えるだけでも胸が痛む。
 私はきゅっと唇を噛み締めた。ニシが抱える負の感情に私も引きずられそうになる。それを引き止めたのは他ならぬ北山さんだった。
「晃さんに同情するのは後に回して下さい。本題はここからです。私は晃さまから蓮城家の墓がどうなっているか調べてほしいと頼まれました。できるなら遺骨がちゃんとあるか確認してほしいと。
 私は蓮城家の墓がある寺を訪ねました。流石に遺骨の確認まではできませんでしたが、私は墓石に刻まれていた記録を見ることができました。でも妙なことになっていたんです。それを確かめるべく私は遺体を確認したという祖父母の家を探しました。そこはすでに空き家になっていました。近所の人の話によると、祖父は十年前、七年前には祖母が他界したとのことです。確かに墓石にもそれが刻まれておりました。念のため、向こうの警察にも寄ったのですが、そこで私は当時の火災そのものが事件として扱われていないということを知ったんです」
「どういう……こと?」
 私は北山さんの言葉を整理する。
 別荘の爆破火災が起きたのが二年前。でもそれよりずっと前に紗耶香さんの祖父母は死んでいた。人が死んだのに警察はそれを事件として 扱わなかった。じゃあ彼女の遺体を確認したのは誰? 爆発物を仕掛けたのは誰? 
「一体どういう事? 訳わからないんだけど」
 私が混乱していると北山さんの渋い瞳の奥に光が宿る。あくまで私の見解ですが、と前置きして私にひとつの答えを提示する。
「もしかしたらあれは蓮城家を救うための緊急措置だったのではないでしょうか」

(使ったお題:59.そういうこと)

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2013

0628

 数日後、俺は彼女に例の招待状を手渡した。
「パーティと言っても内輪だけのお祝いだから。堅苦しく考えないでほしい」
「でも――私が来たら場違いなんじゃ……裕福な方が多いんでしょう?」
「実は今回ヒガシも招待しているんだけど同じ理由で渋っているんだ。だから南さんにも来てもらえると助かる。もちろん俺の友達として。駄目かな?」
 俺の説得に彼女の強張った顔が少し緩んだ。親友をダシに使ったことについて罪悪感もあったが、彼女を確実に誘うにはそれが一番の方法だったのだ。仕方ない。
「わかった。喜んで参加させてもらいます。ヒガシさんと一緒なら安心だし」
「そのことだけど――二人がただ一緒に来るのも面白くないよね」
「え?」
「例えばヒガシ一人で来させて逆に驚かせるとか? もちろん、あいつが南さんが来ることを知らないってのが前提だけど」
「ちょっとしたサプライズ、か。何だか面白そう」
 俺の提案に彼女は快く乗った。俺は招待状を渡す。受け取った彼女は当日を楽しみにしてます、と言い満面の笑みを浮かべた。

 サプライズ当日、俺はいつものように彼女を家へ送るべくファミレスに赴いた。店の駐車場は俺が乗った車が入ると満車になった。店に入ると、騒々しさが広がる。どうやら今日は繁盛日らしい。
 入口の前で立っていると、彼女が前を通り過ぎた。目が合い、彼女があ、と言葉を漏らす。
「ごめんなさいニシくん。もうちょっとで上がるから。よかったら席に座って」
「わかった」
 ほどなくして俺は窓際の席に通される。ただ待っているのも何なので俺はメニューからパンケーキのセットを頼むことにする。
 待っていると携帯が鳴った。通話ボタンを押すと受話器から聞き覚えのある声が届く。相手は北山だ。先ほど俺は北山に頼んだ案件がどうなったか、経過報告だけでも知らせてほしいとメールを打っていた。
 彼の報告を聞き、俺は分かった、とだけ返事をする。通話を切ると先に出されていた水を飲んだ。全てを流し込み、一息つく。先ほどの話を一つ一つ自分の中で咀嚼する。北山は予想以上の働きをしてくれた。彼には あとで礼のひとつでも言うべきだろうか――
 丁度その時俺の頼んだ品が届いた。運んできたのはヒガシだ。親友は内容を告げると静かに皿を置いた。一連の作業を終えたところで、俺に話しかける。
「今日も南さん送っていくの?」
「そのつもりだが」
 そう言って俺はナイフを手にする。薄っぺらい小麦粉の生地を切ろうとするが、紗耶香さんと南さん、どっちが好き? と話を振られ、俺は手の動きを止めた。見上げればヒガシが神妙な顔をしている。 
「ニシは南さんと一緒に居て辛くない? 紗耶香さんのことを思い出したりしない?」
 まさか、このタイミングで聞かれるとは思いもしなかった。俺はナイフを置き親友をまじまじと見つめる。最初は冷やかしかと思われたが、そうでないという事はこいつの目を見ればわかる 。こいつは俺を心配しているのだ。なんだが嬉しくなって、俺は少しだけ心が温かくなる。こいつと出逢えたことを俺は心から感謝した。
 親友の名に恥じないよう俺は自分の中にあるありのままの気持ちを口にする。全てを吐きだすと、ヒガシは何とも言えぬ複雑な顔をした。
「……南さんに、紗耶香さんのこと話したの?」
「まだだ。でも彼女は気づいているんじゃないかって思う」
 俺が未だ罪悪感に苛まれていること、ふたりの間で揺れていたことも。たぶん彼女は気づいている。彼女には聞きたいことが沢山あった。だから俺は話そうと思う。自分の思いのたけを。
 ヒガシがいなくなって十分後、学生服に着替えた彼女が現れる。彼女は大きな紙袋を抱えていた。それは何? と聞くと秘密、とかわされてしまう。その思わせぶりな態度に俺は苦笑した。中身はおそらく、これから貰うプレゼントなのだろうか。
 俺は彼女をエスコートすると、外に待たせていた車の中へ促す。運転手がサイドブレーキを戻した。車がゆっくりと動き出す。俺の右隣りに座った彼女は車が動いても店のある方向を気にしていた。
「ヒガシさん、今日残業するって言ってたんですけど……パーティ間に合うのかしら? 本当に何も言わなくてよかったの?」
 そう、彼女は心配そうな顔をする。俺は大丈夫だから、と答えた。
「ヒガシは今日のことを知らない」
「え?」
「実はヒガシには招待状を送っていなかった――というよりあいつは最初から行く気がなかったんだ。でもそれを言ったら南さんも来ないかもしれないと思ったから、嘘をついた」
「どうしてそんなこと」
「南さんと二人きりで誕生日を祝いたかったから。俺の話を聞いてほしかったんだ」
 俺の言いわけにに彼女は眉をひそめる。当然だろう。彼女は騙されたのだから。気分が悪くなるのも無理はない。だから俺は悪意はなかったんだ、と言葉を続けた。
「望むならここで車を停めて君を降ろすこともできる。俺の誕生日を祝ってくれなくても構わない。そのかわり話を聞いてほしい。長くなるかもしれないけど、大切な話だ」
 どうする? と問いかけた後で俺は彼女の名を口にする。その瞬間、彼女ははっとしたような顔をした。俺は小さく頷く。彼女は自分の視線を膝に置かれた手に向けた。その指先がわずかに震えている。
「選ぶのは君だ。俺は君の本当の気持ちが知りたい」
 この車には付添いや護衛の者はいない。今日だけ俺がそうさせたのだ。運転手も必要なら車から降ろさせる。彼女に失礼なことは一切させないつもりだ。
 俺は口を閉ざした。彼女の返事をひたすら待つ。長い沈黙は怖くなかった。たっぷり時間をおいたあとで、彼女は口を開いた。うつむいたまま分かり ました、と言う。
「その『大切な話』というのを聞くことにします。けどその前に――」
 彼女は自分の左腕を俺の右腕に絡めた。俺を押さえつけ、反対の手で黒い「何か」を首元に突きつける。一瞬しか見えなかったが火花を散らすあれは――スタンガン、か?
 体が痺れ、目の内側に花火が咲く。俺は短い呻き声を上げると、彼女の腕の中へ崩れ落ちた。

(使ったお題:40.指先が震えた)

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2013

0627

「晃さま。こちらが招待者リストと当日の日程、食事メニューでございます。一度目を通して下さい」
「分かった。そこに置いてくれ」
 執事が下がった所で、俺はソファーから起き上がる。机に置かれたレジュメを確認するがそのぶ厚さにうんざりする。招待客、といってもそのほとんどは両親の関係者だろう。俺に直接関わるのは家庭教師と習い事の先生くらいだ。それも事務的な付き合いでしかない。お飾りの主役とは良く言ったもので、こうなるとパーティをする意味があるのかと考えてしまう。
 俺はレジュメの大半を占めるリストをすっとばし、次の項目に移る。そこには当日の食事メニューが書かれていた。自宅のホールを使っての立食パーティだが、最高の料理でもてなす予定らしい。世界三大珍味を使った前菜にフカヒレのスープ、A5ランクの肉を使ったステーキやローストビーフなどなど。俺にとっては飽き飽きするレパートリーだが、あいつに見せたらなんて贅沢な、なんて言われるのだろうか。
 俺はその場面を想像し思わず苦笑する。ひととおり見た後レジュメを戻し窓からの景色を臨む。今夜は星が一つも見えなかった。空に浮かぶ下弦の月もぼんやりとしていて、どこか頼りない。それは今の自分を見ているようでもあった――

「なんて贅沢なの」
 翌日の放課後、学校でその紙を渡すとヒガシは俺の期待どおりの反応を見せてくれた。
「なんなのよこの豪華な顔触れは! 高級食材のオンパレードはっ! ありえない。このパーティにいくら金使ってるわけ?」
「どうだ? おまえも俺の誕生日を祝いにこないか?」
「行くわけないでしょ。そんなトコ」
 そう言ってヒガシはぶ厚いレジュメを俺の顔に突きつけた。ヤツの一刀両断ぶりはいつものことだが、繊細な俺としては傷つくものがある。
 俺はいつだってヒガシを心の友と呼んで慕っているが、こいつときたらつれない態度をとるばかり。だが俺は知っていた。俺に罵詈雑言を言ったあとで、ちらりと俺の反応を見ていることを。まぁ、そこがまた面白い所なのだが。
 ヒガシといるのは飽きない。こいつには打算と言うものが全くないからだ。こいつは自分の欲しいものは自分で手に入れると言う。そのためにはどんな苦労もいとわないと。
 俺はそれが不思議でたまらなかった。利用できるものは何でも利用すればいいのに。なぜそこまで無駄なことをしなきゃならないのだろう。
 地位や名誉が欲しいなら偉いヤツに媚を売ればいい。金が欲しいなら金持ちに取りいって頼めばいい。俺の周りにいる奴らは皆そうだった。なのにヒガシはそれをしない。この間もそうだ。店頭に飾ってあった時計をあんなにも欲しそうに眺めていたのに、すぐ買うこともしなかった。仕方なく俺が先回りして用意してやるとふざけるなと怒られ、時計も拒まれた。
 親友の行動に最初は意味不明だったが、この間久しぶりに会話してその理由が分かった。ヒガシは親友の俺に借りを作りたくなかったのだ。
 ヒガシという人間は何に対しても律儀すぎるというか、変に人に気を回す。先程パーティに行かないと言ったのもそういった気持ちが働いたからだろう。水臭いと思うが、ヤツのそんな所も俺は嫌いじゃない。さすが俺の親友、といえよう。
 俺はさてどうしたものか、と思う。ヒガシは来ない。このぶんだと彼女――南亜理紗を誘ってもいい返事を貰えないだろう。自分が本当に呼びたい人間が来れないのは残念だが、このプログラムでは仕方ないのかもしれない。
 まぁいい、と俺は呟く。 
「確かに。こんなのに参加した所で面白くも何もないからな」
「そうなの?」
「本当のことだ。つまらないものはつまらない。俺の誕生日を本当に祝ってくれる人間なんてこの中にはいない――とはいえ、親の面子というものもあるから、パーティそのものを破棄することはできないだろう。せいぜい日程をずらす位かな」
「誕生日って自分が気にいった人だけ呼べばいいと思ってたけど、金持ちは色々厄介なのね」
「お前も親友の苦労が分かったか」
「分かろうと思って言ったわけじゃないんだけど」
 ちょうどその時、ヒガシが呼ばれた。教室の扉の前にクラスの女子が数名立って手招きしている。
「早くしないと、先生の奥さん帰っちゃうよ」
「わかったー」
 会話の内容が読めず俺は首を横にかしげる。一体何の話だ? と聞くとヒガシは、今日担任が奥さんを連れてきたんだよ、と言った。どうやらこの間生まれた赤ちゃんを連れてきているらしい。これからクラスの女子とそれを見に行くのだそうだ。
 じゃあね、と言い、ヒガシが踵を返した。一歩二歩と進んだ後、途中であ、と言葉をもらし、振り向く。だったらそっちとは別にパーティ開けばいいんじゃない? と言葉を漏らす。 
「内輪だけっての? ニシが本当に祝ってもらいたい人だけ呼んで小規模に――あ、別に私は行かないからね。私以外の人を呼びなさいよ」
 そう言ってヒガシは教室を逃げるように去って行った。最後に慌てた理由は良く分からないが、ヤツの提案はなかなかのものだった。
 俺はそれを実行に移すべく行動に出る。まずは場所だ。こじんまりと開くなら個人が経営する三ツ星レストランがいいし、セカンドハウスを使うのもいい。後者の場合はケータリングを頼む必要がある。
 あとは呼びたい人間――か。
 俺は口元に手をあてふむ、と唸る。ヒガシが行かないとなれば他に呼ぶのは一人だけだ。俺の脳裏に彼女の顔が浮かぶ。今もなお、紗耶香と重なるがその点においてはほぼ諦めた。何故なら、彼女に紗耶香のことを話そうと決心したからだ。
 このままでは彼女だけではなく、自分の為にも良くない。一度きちんと向き合わなくては。それから自分の気持ちを問いただしても遅くはない。心の整理をつけるのに俺の誕生日はいい機会でもあった。
 俺は携帯を手にするとある人物へ電話をかけた。もろもろの準備を整えるためだ。呼び出しはワンコールで切れた。
「俺だ。実は北山に頼みたいことがある。周りに秘密にしてほしいのだが――引き受けてくれるか?」

(使ったお題:52.なんて贅沢な)

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2013

0626
その日の夜は月いつもよりも大きく見えた。話によると月が地球に最も接近しているらしい。その美しさに俺は思わず見とれた。車を降り、月を見上げる。携帯で一枚撮った。保存が終わると自然と待受画面変わる。少女の笑顔を見ながら、二年前のあの日もこんな夜だったな、と思いを馳せた。
 ――あの日、俺は紗耶香の誕生を祝うため彼女の家を訪れていた。
 当時紗耶香の父親は系列にある製薬会社の開発所長をしていた。家も近く、中学に入る前まではお互いの家をよく行き来していた。
 俺は庭石を飛び越えなら前を歩く紗耶香を追いかける。昔、この庭で紗耶香とよく遊んだ。追いかけっこにかくれんぼ――いつだったか池で鯉を釣って大目玉をくらったこともあったっけ。
 俺は昔の事を思い出しながらそっと笑みをこぼした。中学が別々になったことでこの家に来る機会もぐっと減ってしまった。
「で? 最近の晃くんはどうなんですか?」
 月明かりの下で紗耶香が振り返る。彼女がまとう落ちついた色のドレスはとても似合っていた。が、胸元があき過ぎていて目のやり場に困ってしまう。
 俺はさりげなく視線を庭木に向けて自分の動悸を抑えた。この間までガキだと思っていたのに。紗耶香が急に大人びた気がしてならない。
 紗耶香が、そっちの中学校はどう? と聞いてきた。友達できた? と。その質問に俺は肩をすくめる。
「前も言っただろう? 相変わらずだ」
 確かに俺の周りにはクラスの誰かしらが寄ってくる。奴らは表向きは友達を語っているがあわよくば――という魂胆が見え見えだった。
 俺の親は年商数十億を稼ぐ実業家だ。その実績を素直に評価する者、成功のおこぼれにあずかろうという者を俺はこれまで沢山見てきた。もちろん、裏で俺たちを蹴落とそうと企んでいる輩もいることも。それが殺人レベルまで達していることも知っていた。
 だから俺は幼いころから贅沢を与えられる代わりに別のものを制限された。外出や遊び――遊び相手すら親によって厳選された。選ばれた子供たちはそれぞれ親の言いなりで、俺に媚びてくる者がほとんどだった。
「どうやら俺の周りにいるのは友達以下だけのようだ」
「私も?」
「いや――紗耶香は違ったな」
 俺は言葉を訂正する。そう、媚を売る人間達の中で唯一俺を特別視しなかった人間がいる。それが紗耶香だ。
 紗耶香は人より口数は少ない方だと思う。でも俺が悪いことをした時はちゃんと叱ってくれるし、俺が辛い時は隣りで励ましてくれる。時折的を得た発言をしてはっとさせられることもある。
 俺にとって紗耶香は大切な友達であり、かけがえのない存在になっていた。
「そんなことよりも。明後日遅刻するなよ。待ちぼうけは嫌いだ」
「わかってる」
 紗耶香が笑った。二日後、俺は紗耶香と山の別荘に行く約束をしていた。紗耶香の両親も一緒だ。俺は向こうで何をしようかと紗耶香に問う。川で釣りをするか、それともテニスでもしようか――そんなことを考えていた時だ。
 突然背中が重くなる。紗耶香が俺に体重を預けてきたのだ。
「私は晃くんにとって友達だけど――それ以上にはなれないの?」
 突然のことに俺は驚き、固まった。
「晃くんは私のこと、どう思ってる?」
「それ、は」
 俺は言葉に詰まる。紗耶香の体がひったりとくっついていて、背中越しに伝わる暖かさにどきどきする。
「――なんて、ね」
 冗談めいた言葉が耳をかすめる。明後日別荘でね。そう言って紗耶香は俺から離れる。俺が振り返った時はすでに背を向けていて家の中へ走り出していた。
 二日後、俺は紗耶香の好きなマカロンを買って、車に乗り込んだ。同席するのは護衛ふたりと運転手のみ。監視役がいるとはいえ、紗耶香と過ごす数日は俺にとって貴重な時間だった。
 だが、その旅行も最初から躓いた。高速に入ったとたん、エンジンが故障してしまったのだ。仕方なく携帯で代車を頼む。だが、そこは携帯の電波が届かない所で運転手は電波の届く所まで歩いていかなければならなかった。
 運転手が席を外している間、俺は暇つぶしに持ってきた本を読んだり茶を飲んでいたのだが――そのうち眠気に襲われる。俺はそのまま別荘に着くまで居眠りをしてしまった。
 俺が眠ってしまった間も色々あったらしい。代車に乗り換えた後も渋滞に巻き込まれたとか。それでも紗耶香たちには連絡がつき、先に行ってもらうようはなして了解を得たと言う。結局別荘へ到着したのは予定時間から実に二時後のことだった。
 到着した時、辺りはとても騒々しかった。消防車のランプがくるくると回っていた。あるべきはずの家はその原型を失っていた。きな臭いにおいがやけに鼻について――起きぬけでぼおっとしてたせいか、最初は何が起こったのか分からなかった。
 その時、別荘の管理人が俺たちのやってきた。大変なことになりました、と声を上げ、事情を説明する。蒔きを取りに物置に行ったら爆発のような音が聞こえ、振り返ったら家が吹っ飛んでいたらしい。そして先に来ていたご家族がまだ家の中にいたはずだ――と。
 それを聞いた瞬間、俺は崩れた家に向かって走り出していた。それに発車をかけるかのごとく、人らしき「何か」を発見したという声を聞く。俺は叫んだ。そんなはずはない! そんなことは絶対にない、と。
 護衛たちが俺を取り押さえた。主の命を守る護衛たちの前で俺はまだ弱く、無力だった。その後俺は強制的に麓のホテルへ連行される。その日の夜は一睡もできなかった。
 翌朝、俺の父とと紗耶香の祖父母がホテルに現れた。紗耶香の祖父母はここに来る前に警察に寄っていた。別荘で発見された遺体は息子夫婦と孫娘であると認めたという。爆発物は電気のブレーカーを入れた瞬間に爆発する仕組みになっていたらしい。別荘もここ半年は誰も来なくて通電すらしていなかったとか。おそらく犯人は誰もいない冬の時期に別荘に忍び込み、爆発物を仕込んだのではないかというのが警察の見解らしい。
 その日、車の故障も渋滞もなく時間どおり別荘に着いていたら俺たちの方が事件に巻き込まれていただろう。それが何を意味するかは――言うまでもない。葬儀は親族のみで行われ、彼らは祖父母の住んでいる遠い田舎の墓へ葬られた。
 紗耶香との別れはあまりにも突然で、今でもあれは夢じゃなかったのかと思う時がある。それはたぶん、俺が紗耶香の死に目に逢えなかったからだろう。
  一番の悔やまれるのは、紗耶香が俺の身代りになったのかもしれないということだ。俺があの別荘を使おうと言わなければ、少なくとも紗耶香が事故に巻き込まれることはなかったはずだ。
 俺はあの日の答えも告げられないまま、心の整理がつかないまま、ただ日々だけが流れていった。
 
 ――そして昨日、俺は紗耶香に似た女性に出会った。
 彼女の顔を見た瞬間、俺は我を失った。親友のヒガシや、護衛たちの制止がなければ俺は取り返しのつかない事をする所だった。
 今日俺は手土産を持って自分の失礼を詫びた。彼女は南亜理紗と名乗った。当然ながら紗耶香とは別人だ。少しの間話したが性格もちょっとだけ違う、と思う。
 でも、時折見せる仕草が似ている時もあって、そのたびに俺は困惑した。彼女は紗耶香ではない。このまま居たら彼女に失礼だ。この件は俺に非がある。謝ったからもう終わりだ。早々に失礼しよう。そう思っていたのに。 
 先ほど帰り際に、彼女から紙を渡された。切りこみが入っているそれは彼女が働いているファミリーレストランの割引券だという。
「お口にあうか分かりませんが、一度庶民の味を試してみませんか?」
 そう言って彼女は笑った。その物言いは紗耶香にそっくりで、俺は目の前がくらりとした。隣に親友がいなかったら俺はきっと彼女を抱きしめてしまったかもしれない。その位俺は動揺していた。
 彼女は紗耶香ではない。そんなことは分かっている。でも――
 紙を握りしめたまま、俺はその場に立ち尽くす。躊躇う俺を月だけが優しく見つめていた。

(使ったお題:71.あの日の答え)

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2013

0625
「こちら、パンケーキセットでございます」
 二日後、私はいつものようにバイトに明け暮れていた。私は呪文のようにマニュアル通りの言葉を連ねる。目の前に居るのはニシ。今日もヤツは店に来ていた。南さんがレジに回ってしまったので、私がテーブルに皿を運ぶはめになった。
 ニシとはいえ、ここでは客なので粗相があってはならない。パンケーキの乗った皿とコーヒーを静かに置く。注文票を添え、ごゆっくりとどうぞ、と言葉をかけた。座席をちらりと見ると、ニシの隣りに見覚えのある紙袋が置いてあった。中にはきっとマカロンが入っているのだろう。南さんはこの店のお菓子を相当気に入ったようで、ニシは数日に一度のペースでそれを手渡していた。
「今日も南さん送っていくの?」
 ひととおりの作業を終えたあとで私はニシに聞く。周りに南さんがいないことを確認したうえで、聞きたいことがあるんだけど、と言葉を続ける。
「何だ?」
「ニシは――紗耶香さんと南さん、どっちが好き?」
「何を急に言い出すんだ?」
「いいから答えて。ニシは南さんと一緒に居て辛くない? 紗耶香さんのことを思い出したりしない?」
 私はニシの目をまっすぐ見る。本当はこんな所で聞くべきじゃなかったけど、明日から南さんは一週間仕事を休む。おそらくニシも来なくなる。学校では話せない内容だし、ここを逃したらせっかくの機会を逃してしまうだろう。
 私の真剣さが伝わったのだろうか。ニシは一度持ちかけたナイフをテーブルに置いた。私を見上げる。その口から本心が語られる。
「正直に言うと、最初は彼女を紗耶香と重ねていた。だから謝ったらそれで終わりにしよう、もう逢わないようにしよう、そう思っていた。でも――気づいたらここに来ていて、彼女の姿を探していた。ただ、逢いたい。それだけだった。彼女は紗耶香じゃない。でも、彼女といるとずっと昔から一緒にいたんじゃないかって思う位――心地いいんだ。紗耶香じゃないって分かっているのに、穏やかな気持ちになれるんだ。この気持ちは何なんだろう?」
 それはきっと恋のはじまりだ。言葉にはしなかったけど、私は心の中で呟く。それに切なさが加わったら本物だと。
「……南さんに、紗耶香さんのこと話したの?」
「まだだ。でも彼女は気づいているんじゃないかって思う」
「そうね」
 南さんは気の回る人だ。少なくとも自分と間違えられた「誰か」がニシにとって大きな存在だと勘付いている。それでもアプローチをかけるのは、南さん自身がニシに惹かれているから――?
「俺のことが心配か?」
 ふとした隙間に言葉が入る。
「それとも親友が構ってくれなくて寂しいか?」
「残念ながら寂しくもなんともございません」
「じゃあ、何で聞いてきた? 気になるから聞いてきたんだろう?」
 逆に問われ、私は一瞬言葉に詰まる。急に体温が上がった。
「べつにっ、あんたを心配したわけじゃないわよ。ただ紗耶香さんのことも聞いちゃったから……本当に。ちょーっと気になっただけなんだから! もし、あんたのせいで南さんが傷つくようなことがあったら嫌だな、って。そう思っただけ」
 私は必死になって言葉を取りつくろう。そのツンデレとも言える反応にニシの口元がふっと緩んだ。
「おまえは友達思いだな」
 やだ、そこで優しい笑顔を見せるわけ? そういうのやめてよ。本当に。
 目を合わせられなくて、私はニシに背中を向けた。心がつきんと痛むのは嘘をついたからだ。南さんが傷つくのは嫌、その言葉に偽りはないけどそれは二の次の話。私はニシのことが気がかりだ。でもそれを口にするのは癪だから絶対言わない。
 おそらく私の杞憂は取り越し苦労で終わるだろう。もし二人がお互いのことを想っているのなら私が出しゃばる必要もない。
 そう――私は最初から傍観者だったのだから。

(使ったお題:61.ただ、逢いたい)

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プロフィール
HN:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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