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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

1124
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2014

0221

(受験生にとって不快となる表現あり。該当の方は注意して読んでください)


 佐倉咲(さき)はサクラサク。受験生が私に触れれば合格確実。彼女の持ち物を身に着けていればどんな難関校も突破できる。
 誰が流したのか、その噂のせいで私は毎年苦痛を強いられた。
 一月も後半に入ると受験生たちがかまわず私の体に触れてくる。悪びれることなく自分の使ったものや持ち物を盗っていく。ひどい時は髪の毛まで。
 そんな私の姿を見かねて止めろと注意してくれたのが金谷先輩だった。
 先輩は彼らに二度とこんなことをしないよう釘をさしてくれた。先輩も受験生なのに、私はその気づかいがとても嬉しくて――先輩の事を好きになるのにそう時間はかからなかった。


***


 その日、私の心は浮ついていた。
 鞄の中にあるのは感謝と好きという気持ちを込めて作った手作りチョコ。今日は甘いお菓子と共に想いを告げるイベントだけど、今年は私にとって特別な意味を持っていた。
 一刻も早く先輩に渡したくて、放課後私は教室を一番に飛び出した。いつも待ち合わせている昇降口へ向かう。急いで足を運ばせると階段の手前で金谷先輩の姿を見つけた。
 これは何て素敵なタイミング。
 廊下にいた私は声を掛けようとする。けどその役回りは別の人に奪われた。
「おー金谷。これから図書館で勉強しないか?」
「悪ぃ。今日はパス」
「何だよー今日も佐倉と帰るのか?」
「そういうこと。何たって今日はバレンタインだし」
「おまえもマメだなぁ。まさか、佐倉のこと好きになった?」
 先輩の同級生の発言に私の心がどきりとうずく。一瞬で顔が火照った。
 私は先輩の答えを聞き耳を立てて先輩の返事を待つ。先輩の口からこぼれたのは――
「百パーありえないっしょ」
 それは私からは想像もできない、とても冷めた声だった。
「だいたい見た目からして佐倉って暗いし地味だし完全に名前負けだろ。付き合うなんてありえねー。今日アイツのチョコ手に入れたら適当にあしらってバイバイしてやるっての」
「うわ、佐倉のジンクスから守ってやるっていったのはどこのどいつだー?」
「こういうのは優しくして向こうから自分の物をあげたい気持ちにさせるのが一番なんだよ。バレンタインさまさまだ」
「金谷ってば極悪人。猫かぶりー」
 げらげらと笑う先輩たちに私の体が固まる。沸騰しかけた頭の中が急激に冷やされて訳の分からない痛みを一瞬味わう。
 それは騙されたことへの悔しさ。傷つけられたことへの悲しみ。もしかしてと思いあがっていた自分への恥ずかしさ。
 色々な感情が私の中を渦巻く。でも体が心に追いつかない。目の前の現実を受け入れたくない自分がいるのだ。
 ――佐倉がひどい目に遭わないよう僕が守ってあげるから。
 あれは先輩の本心じゃなかったの? 嘘だったの? 最初から、私の気持ちを利用して――騙すつもりだったの?
 次の瞬間バン、と何かが叩きつけられる音が下で響く。先輩のわっ、という悲鳴が私の耳をつんざいた。
 私は恐る恐る先輩の方を見る。すると先輩の足元にとても長い棒のようなものが転がっていた。あれは先生が授業に使う世界地図を巻いたものだ。
「あーすみません。ちょっと階段に『躓いて』つい手が『滑』っちゃって……ああ、そっちに『落ち』ちゃいましたねぇ」
 階段上から放たれるのは受験生にとって禁句のオンパレード。
 先輩は教材を落とした人物に明らかに不愉快な表情を示し――それを一瞬で消した。降りてきた人物に毒気を全て削がれたのだ。
 ふわりとした髪に優しい眉、ちょっと垂れた瞳は二重でぱっちりしている。口元に置かれた小さな黒子がまたチャーミングだ。
 美少女の条件を満たしたその人は見覚えがあった。名前は確か坂井さん。二つ隣りのクラスにいる同級生だ。
 坂井さんは落ちた巻物を肩に抱え直すと、あれ? というような顔を先輩に向けた。
「もしかして……バスケ部にいた金谷先輩ですか?」
「?」
「あ、やっぱりそうだ」
 突然現れた美少女は嬉しそうな顔で先輩を見上げた。
「私、先輩のファンなんです。とーっても素敵な先輩だなぁって入学した時から思っていたんです」
 そう言って目を輝かせる坂井さんに、先輩の表情が緩んだ。告白ともいえる直球にそぉ? なんて首を横にかしげている。美女相手にまんざらでもない様子だ。
「あの、そんな素敵な先輩にひとつお願いがあるんですけど」
「え? なになに?」
 すっかり鼻の下を伸ばした先輩に坂井さんはにっこり笑ってこう言った。
「一瞬でいいんで死んでもらえますか?」
「は?」
 次の瞬間、彼女はくるりと踵を返した。同時に彼女が肩にかけていた巻物が大きな弧を描き先輩の頭を吹っ飛ばす。宙を浮いた体は見事壁に激突。打ちどころが良かったのか悪かったのか、先輩は完全に伸びていた。
「下衆が」
 ぽつりと呟いた彼女の低い声が私の胸にぐっと突き刺さる。
 坂井さんは一つ鼻息を飛ばすと何もなかったかのように歩きはじめた。私の方へまっすぐ向かう。
 すれ違った瞬間、坂井さんはふっと笑みをのぞかせた。それはまるで、私が何者なのか全て見透かしているような、そんな雰囲気。
 私の心臓がもう一度うずく。視界から消えるまで、私は坂井さんから目が離せなかった。


「サクラサク」の中学生編。

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2014

0219

 私を訪ねてきた男は開口一番に言った。
「夜里子さん、私と結婚して下さい」 
 突然の求婚。普通なら相手に好意はなかったとしても動揺したりときめいたりするのかもしれない。でも私はこの言葉に絶望を感じていた。
 私は抱えていた本を本棚に戻す。一つため息をついてから男の顔を見上げる。皮肉にも等しい質問を投げかけた。
「それは、私がひーちゃんの妹だから? ひーちゃんと結婚できないから、だから双子の私にそんなことを?」
「そうです。あなたは日沙子さんの身代わりです」
 とても失礼な言葉を男はさらりと言う。私に対する配慮も罪の意識すらなんて微塵もないのだろう。
 この求婚に愛なんてものは存在しない。男は私とすり替えることで心を埋めようとしている。似て非なる器で己の欲求を満たそうとしているのだ。
 男は私とは遠縁の――本家の人間だ。しかも一族の跡継ぎだ。
 男はふらりと訪れた祭りでひーちゃんと出逢った。たぶん一目ぼれだったと思う。男がひーちゃんに惹かれた時点で私はこうなるのではないかと薄々感じていた。
 遠縁とはいえ、ひーちゃんは一族の掟により結婚ができない。そして子を成すこともできない。
 だから私は危惧していた。そのとばっちりがいつか自分に来るのではないかと。漠然とだけど覚悟はしていた。
「可哀想なひと」
 私は言葉を漏らす。
「本家はひーちゃんが口惜しいから。だから私で諦めろと言ったのね」
 男は無表情だった。怒ることも嘆くこともしない。なんの感情も読み取れない。もしかしたら男も全てを諦めているのかもしれない。
 私は男からそっと目を逸らす。窓に映える景色を臨んだ。
 昔は空を見上げるだけでわくわくした。努力すれば願いは叶うのだと信じていた。でも今は広い空の向こうにあるはずのものが見えない。
 私も、男も、ひーちゃんも。みんなしがらみに捕らわれている。
 私達は閉じ込められた鳥だ。忌まわしき力に羽根をもがれ、籠の中で一生を暮らす――それが私達の使命であり運命なのかもしれない。


 

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2014

0131
野外のコンサート会場で振り付けの再確認をしていると、俺の鼻がひく、と動いた。
 甘辛い匂いにつられ目を泳がす。客席の奥に行きつけの店の主人の姿を見つけ俺は確信した。
 今店の主人がスタッフに渡している鍋。あの中には豚バラのコーラ煮が入っている。間違いない。あれは俺への差し入れだ。あの店のコーラ煮は絶品で、俺はそれを食べるためだけに足を運んでいた。
 俺は鍋の中を想像する。肉にうっすら被る油が朝の光に混ざってギラッギラに輝いている姿。
 嗚呼駄目だ。俺の口の中は唾でいっぱいだ。
 食いてぇ。食いてえ食いてぇ食いてえ食いてぇ、むしろ食わせろーーーーっつ!
 口から洪水が起こるまえに俺は舞台を降り、鍋に向かって突進していた。30メートル先にいるスタッフから鍋をぶん盗り蓋をぽいっと投げる。思い描いていた風景の中に手を突っ込み、肉の塊を掴んだ。滴る液体ごとほおばる。
 口の中に広がるのは肉のふんわりとした柔らかさと甘辛いタレのハーモニー。
 今日はいつもよりタレが染みている。予想を上まる旨さに俺の顔もトロットロだ。
 美味しい。美味しすぎて死にそうだ。
 いやこのまま死んじゃいたい。
 神様、どうか俺を天国へ連れてってください!
 なーんて思った次の瞬間、不幸は訪れた。
 鈍い音と同時に頭が割れる。鍋がすとんと床に落ち、俺はあいた両手で頭を抱え込む。見上げれば鍋蓋を持ったマネージャーが仁王立ちしていた。
「アイドルがそんな卑しい食べ方をするな!」
「だからって叩くことはないだろっ」
「あらぁ? 顔はよけてやったんだからここは感謝する所じゃないの? 今食べたらその衣装がはち切れるわよ」
 そう言ってマネージャはもう一度俺の頭をごん、と叩く。
 狂気のような善意は俺の頭を見事四等分にしてくれた。

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2014

0129

  彼女が去った後、君は私の所へ来た。そして寂しそうな顔でこう言ったね。
「もう彼女は僕のことを思い出すこともないのだろうな」と。
 確かに彼女は君が誰なのか忘れてしまった。
 過去を失った彼女に新たな記憶を植え付け、彼女は新しい人生を歩み始めた。
 その方が彼女にとって幸せなのだと――君は自分の気持ちを押し殺して記憶を上書きしたんだよね。
 君は彼女を愛していた。愛していたからこそ、彼女の過去を消したんだ。
 君は自分のしたことを後悔している? 本当は彼女を繋ぎとめておきたかった?  
 聞いてみようかと思ったけど、君にとってそれは愚問なのだろう。
 どれだけ嘆いても世界は変わらない。
 もう運命の歯車は回り始めてしまったのだから。
 今私達にできるのは彼女の幸せを祈ることだけだ。
 彼女が忘れてしまっても君は一生忘れない。
 君の体が朽ち果て、周りから忘れ去られても私が覚えている。
 満開の桜の下で君と彼女が出逢ったこと。
 彼女の存在が絶望の淵にいた君を救ってくれたこと。
 その笑顔が君の毎日を輝かせてくれたことを。
 大丈夫だ。君の想いは必ず報われる。
 だから――もうそんな顔をしないで。空を見上げて。
 今はとても寒いけど、空気はこんなにも澄んでいる。
 固く閉ざされた気持ちもいつかは解けて温かくなる。このあと春が来るように。
 さあ、美しい青色を一緒に仰ごう。

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2014

0128
その日、廊下をゆっくり歩いていた私は通りすがりの風景に思わず見とれた。
 放課後の教室は茜色。きちんと整列された机に木の影が差している。窓を見やると真っ赤な太陽が樹木によって真っ二つに割れていた。真っ黒に焦げた枝の数々が私をじっと見据えている。こっちへおいで、と誘っている。
 私は一瞬だけ躊躇ったけど、勇気を持って一歩踏み入れた。教室には誰もいないけど本当は中に入るのすら恐れ多い。
 本来ならこの場所に私は居てはならないのだから。
 私は見えるのに見えないもの、あってないようなもの。この学校の生徒だけど、誰にも知られてはいけない存在なのだ。
 生徒はもちろん、先生と接触してはいけない。他の子が授業を受けている間は保健室から一歩も出ることはできない。
 その間、私は白いカーテンが引かれたベッドの上で勉強をする。教科書を読み、問題をひとつひとつ解いていくだけだ。分からない所は養護の先生が教えてくれるけどそれにも限界がある。そんなときは図書室の本が私の先生になってくれた。
 私の一日は家と学校との往復。登下校は車だから外の空気を感じることもできない。常に籠の中の鳥。でも家に閉じ込められていた頃よりずっとましだ。
 私の存在は稀有だから大事に育てられている。でも、それは体のいい言い訳でしかない。私を自分の手駒にしたい。だから逃がさないよう檻の中に入れている。私が幼い事を理由に支配しているのだ。
 私が学校(ここ)にいること、それは私の反抗であり自由なのだ。
 私は窓辺に佇む。横に大きく広がる枝を見上げた。
 もう少ししたら蕾が出るだろう。大きく膨らんで、いずれ綺麗な花を咲かせるだろう。
 私に与えられた自由は限られている。いつそれを失うかもわからない。でも貴方が咲くまで私はここにいる。
「もう少しだけ、頑張るから」
 小さな決意を押し殺すように私は呟いた。

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プロフィール
HN:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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