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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

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その日、私は住吉さんとクラスの女子二人でウォークラリーをしていた。道の途中や山の展望台から見える絶景に綺麗、素敵、とクラスメイトの二人がテンションを上げる。だが住吉さんはその声を聞くたびに顔を青くしながらトイレを探し、籠ってしまう。今ので何回目だろう。おかげで他の班からだいぶ遅れてしまった。
 トイレからなかなか出てこない住吉さんを待っていると、同じ班の子の口からあの子って絡みづらいよね、という言葉が飛んできた。
「いっつも無表情で、何考えてるか分かんないって感じ?」
 そう思わない? と話を振られ私は曖昧に返事を返す。住吉さんは髪は鴉にも近い黒で顔はいつも無表情、声のトーンも一定で心が読みづらい人だ。当然のごとく、彼女が笑ったり泣いたりする姿を見た人間はこのクラスにいない。
 だからといって住吉さんに喜怒哀楽がないわけじゃない。今は感情を押し殺さなければならない時であって、決して「人生がつまらない」わけじゃないのだ。
 けど表情というのは相手の目に一番届くもので、それが無反応ともなると様々な憶測が――特に悪い方の想像が浮かんでしまう。これは本当厄介だ。当の本人は楽しいのに、楽しくないと相手から誤解される。だから彼女とクラスの女子との間には深い溝ができてしまう。
 そういう時はいつも私が彼女たちの架け橋となり通訳となり、たまに嘘とハッタリをかます。今日もお役目が回ってきたようだ。
「住吉さん、朝からお腹の調子が悪かったみたい。今朝飲んだ牛乳が賞味期限ぎりぎりだったとか」
「だったら無理して来なきゃよかったのに」
「ああ、でも今日の校外学習すっごく楽しみにしてたって言ってたんだよねぇ。だからどうしても行きたかったんじゃないかなぁ?」
「そうなの?」
「うんうん。彼女意外とアウトドアだよ。運動神経もいいし」
 私が適当にフォローをしていると、住吉さんがトイレから戻ってきた。
「あの……迷惑をかけてごめんなさい」
 彼女の漆黒の髪が揺れる。深々と謝る彼女の姿に他の女子たちが顔を見合わせる。渋々ながら分かったわよ、と呟くのが聞こえ、私もほっとした。その最中、住吉さんの服のポケットがもぞもぞ動いていたのは――見なかったことにする。
「いつもごめんね」
 帰りのバスの中で、彼女は私に言った。え、何の事? と私はとぼけたフリをする。けどふいに出た何とも言えぬ表情が言葉に追いつかなかったらしい。しまったと思った時はすでに遅し、彼女はうつむいてしまった。
「ああでも、こういうのもう慣れたし。私は別に大丈夫だって」
「そう?」
 住吉さんが顔を上げたので私は笑顔で返す。心配ないよ、と励ました。
 今住吉さんには神様が寄生しているらしい。何でも食物に関わりの深い神様で、山にケモノを吐くとか海に魚を吐くとか。でもって目から繭をこぼしたり五穀が生えたり――とにかくすごいスペックを持っているらしい。
 八百万の神の会とやらの人に初めて聞いた時はB級のホラー映画かと思ったけど、実際にこの目で金魚が出て来るのを見てしまったから信じるしかない。
 でもよくよく考えたらとんでもない話である。喜怒哀楽の度に口から生き物吐くっていうのは見た目にもグロい。憑かれたのが自分じゃなくてよかったと思った位だ。
 住吉さんはあと三か月もこの苦痛に耐えなければならない。少なくとも神様が出雲に帰る神無月(十月)まで。神様が再びヒトに寄生しはじめたのはこの国の超トップシークレットなので、私は彼女の秘密を守り通さなければならない。
 まぁ、守り通したあかつきは一つ願いを叶えてくれるっていう話だし、適応能力が比較的高い私としては半分この状況を楽しんでるんだけど。
 私は話題をそらそうと、住吉さんの服を指で示した。
「あのさ。さっきからそこが動いてるんだけど――もしかして『出た?』」
「ああ、これ?」
 住吉さんは服のポケットに手を入れると、中のものを丁重に取りだした。ピンと立った耳にくりくりの目、美しい縞模様にふさふさの尻尾、その愛らしい姿に胸がきゅんきゅんしてしまう。
「かっ、かわいい……」
 小動物フェチである私の目じりが思いっきり下がる。あまりの可愛さに涎が出てしまった。吐き出されたばかりのリスは何故か大人の姿だったけど、彼女にとても懐いていた。
 この子も裏山に離すの? と私は問う。彼女は吐き出した動物たちを決して無下にはせず、こっそり学校の池や近くにある神社の裏山で飼っている。神様に突然憑かれたのは理不尽だけど、生まれてきた動物達には罪はないから、と彼女は言う。
 私も、彼女の動物愛護精神がなかったらずっと彼女のことを誤解したままでいただろう。
 私の問いに彼女はどうしようかな、とつぶやいた。
「親が許してくれるならウチで飼おうかなって思うんだけど」
「もしそっちが駄目だったらウチで飼わせて。大事にするから」
「わかった」
 私達は小さなリスを愛でながらそっと笑う。住吉さんの顔は相変わらず無表情だけど、その眼差しはとても優しかった。

80フレーズⅠ「17.真っ直ぐ行って左」の話より。

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女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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