2014
事件が起きたのは、そこに引っ越してから数日後のことだった。
私が家でだらだらテレビを見ていると、天井から鈍い音が聞こえた。
前々から夜になるとみしり、みしりと軋むような音は聞こえていた。最初は家鳴りかと思ったけど、それにしては重々しい音である。
同居予定の婚約者に相談してみると猫かネズミじゃないの? と返された。ここ、建ってからそれなりに年数経っているし住みついていてもおかしくないよね、と。
確かに、その可能性はなきにしもあらずだと私は思った。
私の実家も農家だし、家もそこそこ古い建物だから(不本意だけど)ネズミとも共存していたわけだし。一人暮らしを始める前まで、私にとってネズミの運動会は夜の恒例行事のようなものだった。
加えて言うなら私は猫とネズミの足音の区別もできる。だからこそ私は腑に落ちない。何故なら天井裏の物音はこれまでに聞いたどの音にも当てはまらないのだ。
私の胸がどくんどくんとうずく。
この最小限に留めたような軋みがどんなものか、私は色々思い浮かべてみた。
そう――これは音を立てないよう、息を殺して歩く様子にとても似ている。
私の脳裏に密会の現場を天井裏から覗く忍者が浮かんだのは今まで時代劇を見たせいだろう。
まさか、これと同じように私も「見られて」いたとか――?
恐ろしい推測に身震いが走った。嫌な想像を膨らませてしまった自分をちょっとだけ呪ってしまう。
けど一度湧いてしまったら最後、考えはそう簡単に消えない。こうなると白黒はっきりさせないと気が済まないのが私の性格で。
「ああ、ダメだ」
不安と好奇心を隠しきれない私は懐中電灯を持ち出した。部屋をそっと抜け、忍び足で隣りの和室に向かうと押し入れを開けた。湿気にカビが交じったような匂いが鼻につく中、私は首を上に逸らす。押し入れの天井に手を伸ばした。
実家で一度、ネズミの駆除を頼んだことがあるのだけど、その時押し入れから天井裏に入り込む作業員の人を見た。
その時と同じよう天井の角を軽く叩くと、塞いでいた板が簡単に持ち上がる。人ひとりが入れる四角い穴に、私の動機がひどくなる。これは私の主観でしかないけれど、ものすごーく嫌な、危険を知らせるシグナルが私に襲い掛かった。
嗚呼、どうしよう。
婚約者は夜勤で朝にならないと帰って来ない。隣りの家までは直線距離でも六百メートルはある。ここは田舎だし、こんな時間に家を訪ねたら迷惑だろうし――
ここは恥を承知で110番か? それとも今夜は耳をふさいで聞こえなかったフリをする?
でも。でも――
ぐるぐると考えを巡らせ、最後に私は自分の頬を両手で叩いた。口を真一文字に結ぶ。持っていた懐中電灯を口にくわえると押し入れの中へ体をねじこませた。