2013
学校から帰ってきた僕はランドセルを背負ったまま台所へ向かった。洗い場に今朝空っぽになったばかりのジャムの瓶を見つけて手にする。それから冷蔵庫の横にあるアルミホイルを取った。
これで必要な材料はあとひとつ。けど、それらしきものが何処にも見当たらない。
ここにあれば見つかると思ったんだけどな。
僕はテレビを見ていたお母さんに声をかけた。
「お母さん――グリセリンってある?」
「グリセリン? 何に使うの?」
「これ作るのに必要なんだって」
僕はさっき学校でもらった紙を見せた。今日初めて会ったあの子の姿を思い浮かべる。
帰り道の途中、僕は忘れものに気づいて学校に戻った。
先生以外誰も居ない学校はとても静かで、一人で廊下を歩いているとちょっと早い肝試しをしているような気分だった。そして通り道に使った理科室の前から物音が聞こえて――おそるおそる覗きこんだらあの子が「これ」を作っていたんだ。その美しさに僕は思わず見とれてしまった。そしてあの子に気づかれてしまったんだ。
あの子が書いた手順の紙をお母さんがじっと見ていた。へぇ、と声を上げている。
「これって自分で作れるのねぇ」
「なければ洗濯のりでもいいんだけど」
そう本当は洗濯のりでも十分作れるらしい。けどグリセリンがあるならそれを使った方がいいとあの子は言っていた。その方が瓶の中がもやっとしなくて中の人形が綺麗に見えるんだとか。
お母さんはソファーから立ちあがるとちょっと待ってね、と言った。洗面所に向い洗剤の詰め替えが置いてある棚をごそごそと探ってる。
「確か化粧水作る時に薬局で買ったのがまだ残ってると思うんだ――ああ、あった」
お母さんは棚の奥から白いボトルを引っ張り出してきた。どうやらグリセリンは液体で薬局で売っているものらしい。名が書かれたラベルを眺めながら僕は何故女の子が理科室で作っていたのかを理解した。
「作るなら『これ』も分けてあげる」
そう言って渡されたのはキラキラが入った小さな入れ物だ。それはラメというものらしい。
全ての材料がそろった所で、僕は自分の部屋に戻った。調達した材料を机の上に広げ引き出しの中を探る。引き出しの中にあるのは勉強の道具――ではなく、おもちゃだ。それらのほどんどはお菓子のおまけでついてきたものだ。
僕はガラス瓶に入りそうな大きさのものを探す。手を突っ込んでかき回すと奥の方から帽子をかぶった雪だるまが出てきたのでそれを使う事にした。
あの子からもらった紙を見ながら作業にとりかかる。
まずは雪だるまををペットボトルの蓋にくっつけて、更にそれを瓶の蓋に接着剤で留めて。そのあとガラス瓶に水をいれて、細かくしたアルミホイルとラメをたっぷり入れてグリセリンを少し足す。雪だるまのくっついた蓋をきっちり閉めたら完成だ。
僕はガラス瓶をひっくり返す。上下がひっくり返ったことで、底に沈んでいたアルミホイルとラメが水中を泳ぎ始めた。使ったのはガラス瓶だけど、見た目は店に置いてあるのと何ら変わらない。最初は水が溢れるんじゃないかとひやひやしていたけれど、その心配もなさそうだ。
ちょうどその時、姉ちゃんが部活から帰ってきた。机に置いてあったガラス瓶を見て、わあ、と声を上げる。
「さっきお母さんから聞いたけど――スノードーム、完成したの?」
「うん」
「良くできてるじゃない。作るの難しかったでしょう?」
「ううん」
作業時間は三〇分くらいだった。あの子の言うとおり、本当に簡単にスノードームが作れちゃった。
でも、あの子の作ったものに比べたら僕のはまだまだだと思う。
あの子の作ったドームはサンタと松ぼっくりが入っていた。松ぼっくりは赤や青や黄色のビーズがちりばめられていて、クリスマスツリーみたいだった。ひっくり返すと粉雪が降って――うっすら積もる姿にあの子のさみしそうな横顔が重なって――僕は思わず足を止めてしまったんだ。
明日あの子にお礼を言わなきゃ、と思う。
それに僕のつくったスノードームも見てほしい。
あの子は色白で目がくりくりしていていた。落ちついた喋りはとても大人っぽくて、顔の可愛さとのギャップが印象的だった。
あんな子、六年生にいたかな?
他のクラスでも見たことがない。もしかしたら四、五年生とか?
明日下級生の教室を覗いてみようかな?
そんなことを思いながら僕は雪だるまを眺めていた。
本サイトで書いてたハナコさん話。久しぶりに児童側の視点で書いてみた。