2013
毎年クリスマスの夜は家族と過ごしていた私。けど、今年は友達とカラオケボックスでパーティをすることになった。ほんの二時間だけど、友達同士で過ごす夜は色んな意味でどきどきする。それは他の皆も同じようで、誰もが頬を上気させていた。
私達は食事もそこそこに今年流行った曲を立て続けに歌う。歌い手を後押しするのはタンバリンやホイッスルといった楽器たち。私も自前のハンドベルを持って場を盛り上げていた。
私のベルはタンバリンよりも高い音が出やすい上に良く響く。だから誰よりも人の目を惹きつけた。今も歌い終わったばかりの友達が私のベルをまじまじと見つめて聞いてくる。
「それ、何処で買ったの?」
「買ったんじゃなくて貰ったの」
「それって彼氏からのプレゼントとか?」
「違うよ。サンタからのプレゼント」
「サンタって、まさかサンタクロース?」
「そうだよ」
あっさりと認める私に友達がぷっと吹き出した。
「真依ちゃんってまだサンタさん信じているんだー お子様だねぇ」
ちょっと馬鹿にしたような言葉に私は何とでも言え、と返す。最初の頃はその台詞を聞くたびに怒ったりムッとしたりした。けど今は何を言われても笑っていられる。
それは私が誰よりもサンタのことを知っているからだろう。
世の子供たちを喜ばせるサンタクロースの正体、実は私のお父さんなのだ。
お父さんは私が生まれる前に交通事故で亡くなった。でも成仏する前にサンタの元に弟子入りして修行を積んでいた。
それを聞いた時、私はまだ五歳だった。お父さんも一人前のサンタになったばかりだったという。そして初めての仕事の前に私に会いに来てくれたのだ。
十年前のクリスマス、留守番をしていた私はお父さんとクリスマスの準備をした。ツリーに飾りつけをして、食事の準備をして。お父さんは私とお母さんに素敵なプレゼントまで用意してくれた。
もしかしたらあれは夢だったのかも、と思ったこともある。けどクリスマスが訪れるたびにやっぱり現実だったのかなと思い直すのだ。お父さんは私との約束を今も守っている。サンタにとってクリスマスはとても大事な一日なのに。その中のほんの一瞬をお父さんは私の為に割いてくれている。サンタの正体を最初は誰かに喋りたくてたまらなかったけど、中学生になると秘密は私にとって特別を意味するものになっていた。
ぼんやりと過去の事を思い出しているうちに一曲終わってしまった。間髪入れず次の曲のタイトルが画面に映しだされる。スピーカーから流れてきたのは私の好きなバラード曲だ。
「次、歌うの誰ー?」
「はいはーい」
私は手を上げるとお立ち台に上がった。ベルを持っているのとは反対の手でマイクを握る。ゆったりとした曲調に合わせて体を揺らすと周りも楽器の音を小さめにして私の気持ちを盛り上げてくれる。
歌いだしまであと2拍。私が息を吸い込んだ、その時だ。
高音が私の耳をつんざく。シャンシャンと鳴り響く鈴の音は曲の伴奏ではない。これは私だけにしか聞こえない――サンタからの合図だ。
「ちょっと代わりに歌ってて」
私は隣りの子にマイクを押しつける。ベルを持ったまま部屋を飛び出した。
店の外に出て空を見上げる。今日は曇り空で星が全然見えない。吐き出した息が白いもやを作って空の彼方へ消えてゆく。鈴の音は徐々に大きくなって私に近づいてくる。
そして――
カラン、カラン、カラン。
ひときわ響く鐘の音に私の心がうずいた。
カラン、カラン、カラン。
空に広がる一定のリズム。それは元気? と問いかけているようにも聞こえる。
私はハンドベルを空に掲げると腕を大きく振った。
りぃん、りぃん、りぃん。
澄んだ音が空へと飛んでいく。私の返事は届いただろうか?
「メリークリスマス」
空翔るサンタクロースへ向かって私はそっと呟いた。
本サイト作品「サンタになったおとうさん」の十年後の話。