2014
昼休みに立ち寄った書店で好きな作家の新刊を見つけたので買う事にした。
この時間帯、店のレジはひとつしか空いていない。僕はカウンターに彼女の姿を見つける。僕が小さく会釈をすると彼女がはにかんだ笑顔を見せた。
「カバーはつけますか?」
その質問に僕はお願いします、と答える。本当はカバーなど必要ないのだけど、彼女がレジを打つ時はあえてリクエストする。それは彼女と少しでも長い時間いたいという、邪な考えだ。
彼女は店のロゴが入った紙を引き出しから出しはじめた。どうやらカバーのストックが切れてしまったらしい。机の上にA4サイズ程の紙が広げられるとその上に買ったばかりの本が置かれた。本のサイズに合わせてまずは上下に折りこむ。
彼女は左利きだ。人差し指がせわしなく動くと薬指に添えられた指輪が照明に反射する。
突然彼女の顔が歪んだ。紙の上で滑っていた指が止まる。指が離れると作りかけのブックカバーと彼女の人差し指に赤いものがにじむ。どうやら紙で指を切ってしまったようだ。
僕の顔色がさっと変わる。思わず彼女の手をとった。
「大丈夫っ?」
僕は赤い一本線が入った傷をまじまじと見つめる。指の上にそのあとで痛くない? と彼女に問いかけ――はっとした。
ここは書店で、彼女は店員。そして僕は客。今はこの立場を全うしなければならないのだ。
僕はすぐに彼女の手を離す。
彼女はものすごくびっくりしていたがすぐに表情を戻した。
「すみません。すぐに新しいのを作りますね」
彼女は絆創膏で応急処置すると、新しいブックカバーを作り始めた。今度は中指を使って慎重に折っていく。綺麗なカバーが出来上がると輪ゴムで本を束ねた。
「大変お待たせして申し訳ありません」
平静を装った口調で彼女は言うと、受け皿に乗せられた代金を徴収した。釣銭を乗せたレシートを僕の手のひらに乗せる。できることならこの瞬間に消毒してね、と声をかけたかったけど、人前であんなことをしてしまったし、レジが詰まってしまったので僕はそそくさと退散するしかなかった。
店を出るとさっきまで出ていた太陽はすっかり雲に覆われていた。雨が今にも降りそうだ。雲に隠れた太陽は自分の心を見事に写し取っていて、僕は思わず苦笑してしまう。
後ろ髪をひかれた僕に彼女からのありがとうメールが届いたのはそれから一時間後のことだった。