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もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。 目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)

2024

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2013

0613
 六時間目の授業が終わった後、先生がクラスのみんなに校庭に出るように、と言った。僕の周りで何だ何だ、と騒ぎが始まる。お祭り気分でクラスのみんなが外に出てみると校庭の隅にある花壇に大きな穴が空いていた。穴の周りには靴跡がいっぱいついていて、どうみても人間の仕業と分かるものだった。
 先生の話によるとこの穴はお昼頃掘られたのだという。昼休み、一番に外に出た上級生がこれに気づいて、先生に話したらしい。
 僕達のクラスは四時間目が図工の時間で、今日は校庭で写生大会をしていた。それぞれが好きな場所で絵を描き――もちろんその時花壇の花を描いたクラスメイトもいた。その時花壇には何の変わりもなかった。そして終了のチャイムと同時にだいたいの生徒は教室に戻っていった。だいたい、というのは数人の男子が校庭にあったサッカーボールで遊び始めたからだ。彼らは先生に注意され、チャイムが鳴ってから十分後に教室に戻った。
 ここまで聞いたら、その先の話はだいたい想像できる。
「怒らないから正直に答えて下さい。これは誰がやったのか、見ましたか? 心当たりはある?」
 先生の質問に、知らない、とかやってない、とかいう言葉があちこちから飛び交った。サッカーをしてた男子らもお互い顔を見合わせ首を横にかしげていた。誰もが驚きの顔でとぼけた様子は何処にもない――僕と吉沢さんを除いては。
 吉沢さんはきゅっと唇を噛みしめている。彼女は園芸クラブに入っていて毎日花の世話をしていた。穴が掘られた場所には日日草が植えてあって、もう少しで花が咲く所だった。一生懸命育てていた花を根こそぎ抜かれて、彼女は悔しくてたまらないといった様子だった。
 そして僕はといえば――もちろん犯人ではない。でも僕は見ていた。授業が終わった直後、男の子が一生懸命穴を掘っていたのを。でも、それを言った所でどうにもならない。花壇に残った靴跡だって証拠にもならない。だって、この運動靴を持っている生徒はこのクラスにいないんだから。
 僕は校舎の時計を見る振りをしながら振り返った。犯人はまだこの近くにいる。クラスの集団の後ろの方で、今にも泣きそうな顔で自分の掘った穴を見つめている。
 クラスの誰もが黙っていたので、先生がふう、とため息をついた。
「わかったわ。この話は一旦終わりにしましょう。でももし、自分で悪いことをしたな、って気持ちがあるなら、正直に話してちょうだい。先生、誰にもいわないから、ね」
 そう言って先生は僕たちを問題の場所から放してくれた。クラスメイトがひとり二人と花壇から離れていく。犯人も歩きだしたので僕はあとを追いかけた。校庭を横切り、校舎の脇にある渡り廊下をとびこえる。体育館の裏まで来た所で僕はねぇ、と声をかけた。
「何であんなことしたの?」
人が追いかけてくると思わなかったのか、犯人は肩をびくりと震わせた。坊主頭に丸い眼鏡。頬に涙のあとが残っている。外は暑いのに長袖のセーターを着ていた。向こうからの返事がないので僕はもう一度聞いた。
「何で花壇を掘ったりしたの?」
 しばらくして、男の子がぽつりと答えた。
「たからもの」
「え?」
「宝物を探していたんだ。あの場所に埋めたのに。見つからないんだ。僕達の宝物、どこにいっちゃったの?」
「それは――僕にもわからない」
「どうしよう。宝物が見つからなかったら僕――『あいつ』に宝物が渡せない。『あいつ』明日田舎にいっちゃうのに」
 そう言って男の子はおいおいと泣きだしてしまった。どうしよう。
 僕はどうしたら男の子が泣きやむのか考える。答えはすぐに出た。
「じゃあ、僕も宝物を探すの手伝うよ」
「一緒に探してくれるの?」
 男の子はすがるように僕を見上げた。僕はうん、と頷く。
「だけど、ひとつお願いがある。もし宝物が見つかったら、その時は吉沢さんに謝ってくれる? あの子、花壇の世話をしていたんだ。花が咲くの、とっても楽しみにしてたんだ」
「言ってる事が良く分からないけど……うん、わかった。おまえ、名前は?」
「沢井たくや。君は?」
「僕は鈴木タロウ。よろしくな」
 そう言ってタロウは僕の手を握ろうとした。握手でもしようと思ったのだろう。でもタロウの手は僕の腕をするり突き抜けて、空を掴んでいた。(1765文字)

犯人は人外でしたーなオチ。幽霊ネタ意外に多くて沢井もこれで3回目の登場という。思いつくまま書きながら、この後沢井はタロウと花壇の中あさって、それを他の誰かに見られて犯人扱いされるんだろーなー、とか、吉沢さんは実は初恋の人で、誤解されて嫌われて静かにショック受けるとか。そんな妄想広がってましたわ。

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2013

0612
 光射す庭にその人は立っていた。あの人が林原さんよ、と言われ私の心臓がどくん、と波打つ。
「林原さん」
 介護師の先輩の呼び掛けに私は息を呑んだ。ゆっくりとその人が振り返る。黒々としていた髪の色はすでに抜けていた。額の皺がやたらと目立つ。目は落ちくぼみ、頬もだいぶこけている。でも、当時の面影があった。間違いない。この人は私の――
「今度私と一緒に働くことになった、三崎さんです。み、さ、き、ま、あ、こ、さん。具合悪い時とか、何かしてほしい時は彼女を呼んでくださいね」
「こんにちは」
 目の前にいる老人に私はお辞儀をした。目が合うと、老人は口元をほころばせる。柔らかく優しい微笑み。違う、と私は思った。
 この人は私の父じゃない。同じ顔だけど、私の知っている父じゃない。
 私の記憶の中の父はいつもお酒を飲んでいた。母と私に向かって怒鳴り散らしていた。血を吐くまで何度も殴られ、母は父のせいで脳内出血をおこし亡くなった。父は傷害致死の罪で逮捕され、家にひとり残された私は施設へと送られた。父は数年間刑に服した。
 先輩の話によると出所後は小さな鉄工所や工事現場で働いていたらしい。職は幾つか変わったが、どの職場でも真面目に働いていたようだ。
 私は父の消息を突きとめようとは思わなかった。母を殺した父を許せなかったし、会う気もさらさらなかった。今、この場にいるのは運命の悪戯といってもいい。
「はじめ、まして」
 何十年ぶりに会う娘に父はそう言った。はじめまして。その言葉に私はほっとしたような、そうでないような複雑な感情を抱く。父は認知症が進んでいて、時々記憶が抜けおちるのだという。肝臓もだいぶやられていて、こうやって外に出られるのは珍しいらしい。
「こんな、老いぼれ、ですが、よろしく、おねが、い、します」
 父が手を差し出し握手を求める。私は一瞬躇ったが、先輩に促され、恐る恐る手を差し伸ばした。父の手に触れるのは何十年ぶりだろう。父の手は皺くちゃで痩せていて、ごつごつしていた。
 そのうち父の唇がまぁちゃん、と動く。懐かしい響きに私は動揺する。二つか三つの頃まで、私は両親にそう呼ばれていた。まだ幸せだった頃の話だ。
 まぁちゃん、まぁちゃん。そっちに行ったら危ないよ。外に出る時はお父さんと手をつなごう。ほら。
 そう言って差し出された手はとても大きくて温かかった。そして、父と手をつないだあと私は反対の手を母に差し出していた。いちにのさん、で二人に持ち上げられる、あの瞬間が大好きだった。
「まぁ、ちゃん」
 父が私の名を呼ぶ。私の手をぎゅっと握っている。
「まぁ、ちゃん」
 父は何度も私の名を呼んだ。とても嬉しそうに。そして私の手をそっと包み込んだ。
「林原さんったら。三崎さんのことが気に入ったみたいね」
 何も知らない先輩は私達を見てにこにこと笑っていた。私は困惑する。父は目の前にいる人間が自分の娘だと気づいたのだろうか? 疑問が渦を巻いて私の中を駆け巡る。老いぼれた手を振りほどけばいいのに、それができない。
 私達はしばらくの間手を繋いだまま過ごす。父は事あるごとにまぁちゃん、と呼び続けていた。(1304文字)

介護施設で絶縁していた父と娘が再会するという話。父への恨みと楽しかった思い出の間で葛藤を続ける娘を描いてみた。

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2013

0611
 その日は朝からごたごたしていた。
 今日は実家で法事があるというのに。私ときたら、目覚ましのアラームをセットを忘れてしまうなんて。もう最悪としか言いようがない。
 私は慌てて服を脱ぎ捨て、下着一枚でクローゼットに向かう。礼服についていたクリーニングの袋をいっきに破った。
 目的地からの時間を逆算していくとあと五分でこの家を出なきゃならない。その間に服着替えて化粧して――電車、間に合うかなぁ。ああ、そうだ。向こうについたら花屋に寄らなきゃ。亡くなったおばあちゃん、確かあの花が好きだったわよね。
 なーんてあれこれ考えていたら、突然天井に光の輪ができた。私はげ、と言葉を漏らす。
「おー、これからでかけるのかぇ」
 私は側にあったクッションをヤツに向かって投げつけた。ヤツがひらりとかわす。私はちっ、と舌打ちした。
「おひょっ、師匠に何をするんじゃ」
「このクソジジィっ! 着替えの最中に現れるなぁ――!」
 この間はお風呂に入ってる時に突然現れ、まっ裸のまま異世界に飛ばされた。なんでこんな間の悪い時に来るか。というかわざとだろ、絶対。
 私は慌ててブラウスをまとい、スカートを履いた。ホックを閉めながら一体何の用よ、とヤツに問う。
「こっちは忙しいんだから」
「おお、それじゃがな」
 ヤツは服の中から何かを取りだす。出てきたのは紅色の小さな石ころだ。
「王がお前に渡してくれと言われてな。先日のドラゴン退治の褒美、だそうだ」
「え?でもあれは私がやったんじゃ――」
「そう、あれはおぬしの手柄ではない。偶然が幾つか重なっただけじゃ。そうさせたのはわしのせいでもある。だが、おぬしはそれだけの働きはしたと王は判断した。だから受け取れ。本来なら向こうに行って王の前で受け取るべきなのだが、一連のことで城の中もゴタついておってのう。それにほれ、おぬしも城には行きたくないだろう?」
 ヤツの言葉に私はまぁ、ねぇ、と答える。確かに、私は向こうの世界にあまり行きたくない。理由は簡単。周りからは敵意としか思えない視線を浴びまくっているからだ。
 なんでもこのジジィはあっちの国では指折りの魔法使いらしい。その魔法は特殊の上、門外不出で弟子は今まで一人も取らなかったとか。
 なのにある日突然異世界から弟子(私)を連れてきたものだから城は大騒ぎよ。最初はどんな奴だ、何故外の世界なんだ、って言われてたけど、そのうちヤツが選んだ人間なら相当優秀な弟子なんでしょうね――と期待し始めたのだ。でも私の実力を見て奴らは絶句した。仕える魔法は五本指で数えられる位しかないし、その威力もおままごと程度。そりゃ周りもがっかりするでしょうね。非難ごうごうよね。そんなの弟子にしてどうするって。
 でもね。一言言わせて。私は何も悪くない。だって、ヤツは「習い事だと思えば」って言ったのよ。それって趣味の範囲でってことでしょ? 私だってプロの魔法使いなんか目指してないから。文句を言うならあのジジィに言ってちょうだいよ!
 私は心の中で文句をつきつつ、その石を受け取った。本来ならご褒美をもらえるほどのことはしてないんだけど、くれるって言うんだからありがたく貰っておこう。
「これは持ち主の心からの願い事を叶えてくれる石じゃ。一回きりじゃから、願い事は慎重に選べ」
「はーい」
 私は空返事をしてからにやり、と笑った。願い事なんて最初から決まってる。
 私は願い事を心の中で呟いた。その刹那、手の上にあった赤い石が宙に浮いた。私の頭の上で止まる。石が膨張を始めた。ぴき、ぴき、という音とともにひび割れ、砕ける。石の粒たちはまばゆい光りを放ちながら四方に散って行った。
 え、これで終わり?
 私はきょろきょろとあたりを見回す。最初に確認したのはのほほんとしてるヤツの姿だった。え? なんで? 私は焦る。すると天井から何かが舞い降りてきた。白い百合の花束だ。え? 何で花なの? 私は「このジジィが私の前から永遠に消えてくれ」って頼んだのに。
「ふぉーっふぉ。それがお前の願いか」
 ヤツは楽しそうに笑う。私は花束をヤツに投げ飛ばそうと思ったが、すんでの所でやめた。もともと花屋に寄る予定だったし。花に罪はない。タナボタじゃないけど、これを墓前に飾らせてもらおう。
 うん、とひとり頷いたところで私は顔をあげるが――あれ、いない。私はもう一度辺りを見渡す。するとヤツがソファーに寝転がって勝手にテレビを見ていやがるではないか。どうやら今日はここに入り浸る気らしい。追い出したい気持ちはあったが、そんなことをしていたら電車に間に合わない。
 仕方ないなぁ。私はため息をついた。
「じゃ、私出かけるから。家の中のもの、勝手にいじらないでよ」
「ふぉーっふぉ、わかったのぇえ」
 ヤツはソファーからひらひらと手を振っている。大丈夫かなぁ。私は一抹の不安を抱えつつ、玄関へと向かった。(2025文字)

ということで、魔法使いの話は続くよどこまでも(笑)そろそろ登場人物に名前をつけなきゃと思うのだが、何も浮かばんわ。

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2013

0610
 探していた人物は今まさに図書室の扉に手をかけようとした。
 俺は猛ダッシュで廊下を走った。新條、と声をかけ呼び止める。振り返った彼女が怪訝そうに俺を見た。何であんたが? というような顔。その頑なな態度に俺は言葉を躊躇った。が、こんな所で迷っている場合じゃない。自分の夢を叶えるのに見栄など邪魔なだけだ。
「えーと、俺隣りのクラスの鎌田なんだけど……その、頼みがあるんだ」
 俺は一つ呼吸をおいてから膝を折る。両手を床につき頭を下げた。
「どうか俺に勉強を教えてください!」
 いきなりの土下座に新條は相当面食らったらしい。
「い、一体なんなの?」
「だから俺に勉強を教えてほしいのですが」
 俺は顔を上げ、改めて新條に頼む。少ししてから返ってきたのはイエスでもノーでもなく疑問符だった。何で、と問われ俺は答える。
「そりゃ、新條が頭いいから」 
「じゃなくて。鎌田のクラスにも頭いい人一杯いるでしょ? 何で私なわけ?」
 ごもっともな理由を立てられ、俺は一度言葉に詰まる。えーと、何処から話せばいいんだろう? あれこれ考えあぐねているうちに、俺の視線は新條の胸元にいく。彼女が抱えている水色のノートを見つけ、これ! と叫んだ。
「このノートが良かったから」
「は?」
「ほら、俺ってバカでチャらいキャラでしょ? だから周りにもそんな奴らしか集まらなくてさ」
 そういうの、『類は類を呼ぶ?』って言うんだっけ? と俺が言うとすかさず新條がそれは『類は友を呼ぶ』でしょ、と新條に言葉を挟まれた。
「『類は類を呼ぶ』を使うなら『類は類を呼び友は友を呼ぶ』と言うのが正解」
「手厳しいねぇ新條は。まぁいいや。とにかく俺のダチはみんな勉強嫌いなわけでノートもろくに取ってなくて。試験前になると頭のいい奴のノート皆で回したりしてたわけだ。それで、いつだったか新條のノートが回ってきたんだよ。いやぁ、驚いた。単に黒板写してるんじゃなくて、それに至る理由とか、覚えるポイントとか書いてあって。とにかく分かりやすかったんだ。授業受けなくてもそれ見たらバッチリ、みたいな? で、新條のノート写しながら俺、思ったんだよ。もしかしたら新條は人に勉強教えるのが上手いんじゃないかな、って」
「それが、理由?」
「そう」
 俺はいつもの調子でにへっと笑う。親しみを込めた笑顔のつもりだったが、新條は口を結んだままだ。俺は更に言葉を重ねる。
「頼む、今日だけでいいんだ。試験に出そうなとこを教えてくれるだけでいいから」
 俺は再び彼女を拝んだ。嗚呼神さま仏様新條様、どうか俺の願いを叶えてくれ、今ならそんな言葉さえ出てきそうだ。
 ちらりと様子を伺った。新條が何か考え込んでいる。出てくる答えは吉か凶か?
 しばらくして新條がわかった、と小さく呟いた。
「一時間だけでいいなら……勉強見るけど」
「マジで? ラッキーっ! ありがとーっ」
 俺はジャンプして立ち上がる。新條に向かって両手を広げるが、すぐにしまった、と思った。普段の俺ならここで男女かまわずハグをする。だが、新條にとって俺は正反対の輩、顔見知り以下の存在だ。ここで抱きついたら悲鳴が飛びかねない。
 俺は持て余した腕を左右に振り回してそれをごまかした。(1344文字)

48.沸き起こる感情の、その名前」より。新條のことは何とも思ってなかった頃の話

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2013

0609
 喫茶店を出ると、私達の目の前に人が立ちはだかる。あっ、と叫んだ瞬間、隣りにいた文哉がふっとんだ。グーで殴られたのだ。
「ってー、何するんだ!」
 文哉は自分を殴り飛ばした相手を睨みつけた。でもその相手は私を睨みつけている。その男を私は良く知っていた。買い物に行く前に電話をしたからだ。
 その男――私の彼氏の拳は未だ震えている。もう一発殴られそうな気配を察し、私はやめて、と叫ぶ。そして文哉に言った。
「文哉はもう帰って」
「え?」
「あとで連絡するから。今日はもう帰って」
 ただならぬ気配を察したのか、文哉は分かったよ、とだけ言いその場から離れた。周りの人の目もあったので、私は彼氏の腕を引き、文哉とは反対の道を歩き始める。近くの公園に入り、彼氏をベンチに座らせる。
「どういう事?」
 私はいつもより声のトーンを落とし問いただす。彼氏は私の質問に鼻で笑う。自分は悪くない、とでも言いたいのだろうか。そんな彼氏にイラっときたが、私はそれを何とか抑え込んだ。
「一体何のつもりよ」
「それはこっちの台詞だ。『今日は叔父さんと買い物』じゃなかったのか?」
「だからさっき見たでしょ」
「叔父さん? あいつが? どう見ても高校生だろ? 一体どこをどうすればそうなるんだ! 嘘つくならもっとましなのをつきやがれ!」
 言葉を荒げる彼氏に私はひとつため息をつく。まぁ、私もちゃんと説明すればよかったんだけど、と前置きし言葉を紡ぐ。
「けど、嘘は一切もついてない。文哉は父の弟で、私の叔父さんなんだから」
 私のおばあちゃんは学生結婚で、十九の時に父を産み四十四で文哉を産んだ。父と文哉は年こそ離れているが血のつながった兄弟だ。
「なんなら市役所行って戸籍謄本取ってこようか?」
 そう冷静な口調で私は切り返すけど、腹の底は怒りで煮え返っていた。確かに私にも非はあった。でもそれを差し引いたとしても文哉を殴ったのは許せない。殴られるならそれは私の方だ。それが筋ってものじゃないの?
 やっぱりこの男は駄目だわ、と私は思う。
 最初は素直で優しいなと思ったし、周りの応援もあったから付き合ってみたけど、蓋を開けたら何てことはない。ただの束縛男だった。
 この男は自分の思うとおりにいかないとすぐ拗ねるし、私のちょっとした悪戯に本気で怒る。真っ直ぐすぎて柔軟性がないのだ。良く言えば不器用で馬鹿正直なのだが、それは私と違うベクトルを進んでいるわけで、私と交差することはない。相手を想い歩み寄ることができないのだ。
「やっぱりあんたとは別れるわ」
 彼氏を睨みつけ、私は言った。 
「あんたは私が浮気したと思ってる。そうでなくても他の男と一緒にいた私のことが許せないはずよ。だったら付き合う必要ない」
 私の三行半に彼氏――いや、もう別れを告げたから元カレか、とにかくそいつの顔が青ざめる。どうやら私の方から謝ってくるものだと思っていたらしい。意外な展開に向こうは焦っていた。
「まどか、まぁ、落ちつけよ。俺は別に怒って――いや、別れるなんていつもの冗談だろ? 何かの悪戯だよな?」
「は?」
「俺もついカッとなって――その、悪気はなかったんだ。まどかもちゃんと説明しておけばよかったって言ったよな。うん。そうだったかもしれない。お互い言葉が足りなかったんだな。きっと。だから今回のことはお互いさまだと思って許して――」
「お互いさま?」
 その一言を聞いて、何かがブチ切れた。ふざけんじゃない、と罵倒する。
「勝手に勘違いしたのはそっちでしょ! あんた自分が何したか分かってる? 罪のない人間を殴ったのよ。なのにそれを反故にしろ? それこそ冗談じゃない」
 怒り狂った私は携帯を手にすると三桁の番号を押した。
「何、してんだ、?」
「警察に届けるのよ。あんたを傷害罪で訴える」
「ちょ、待て! 止めろ!」
 利き腕をつかまれ、動きを封じられる。私が元カレをキッと睨みつけるとすぐに腕は解放された。ごめん、と元カレの口から謝罪の言葉がこぼれ、そこで初めて怒りの波が引いて行く。
 私は改めて携帯のボタンを押し、元カレに差し出した。
「ちゃんと文哉に謝って。でなきゃあんたを一生許さない」(1737文字)

昨日の「23.奇妙な関係」に続きまどか視点。彼女にとって文哉は叔父というより弟のような存在なので、烈火のごとく怒ったとさ。それにしても、とばっちりを食らった文哉が不憫でならん。

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プロフィール
HN:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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