もの書きから遠ざかった人間のリハビリ&トレーニング場。
目指すは1日1題、365日連続投稿(とハードルを高くしてみる)
2013
冬になるとこの町は一面の雪で覆われる。木々は雪の海となり姿を消す。家も頭からつま先まで埋もれ、外にも出られなくなる。
だから皆、冬が訪れる前に大量の食料を蓄えていた。冬はそれを食べながら、編み物や本を読んで毎日を過ごす。本当にゆったりとした時間が流れる。人は家に籠る私達のことを「冬眠する民」と呼んでいた。
部屋の中で私はひとつ背伸びをした。
回りを雪で囲われているので、家の中は思いのほかあったかい。半袖でも大丈夫なくらいだ。
ひとつ、大きなあくびが広がる。壊れた道具はすべて直したし、次の夏を迎える服も作った。棚に並んでいる本もそらで言えるくらい読みつぶした。今はやることが何もない。だからとにかく退屈。
この家で冬を過ごしてからだいぶ時間が経っている。そろそろ春が来てもいい頃なのに、その兆しは一向に見えない。
ホントにもう! いい加減溶けてくれないかしら。
私は窓辺に立つと変わり映えのない景色に頬を寄せた。試しに硝子越しにはあっ、と息をふきかけるけど、そんなところで凍った雪が溶けるはずもなく。
私は窓から離れ横になった。床をごろんごろんと転がり、壁にぶつかる。
ああ、つまんない。早く春にならないかしら?
雪が溶けたら外出もできる。幼馴染のヨモギに会うこともできる。ヨモギは今頃何をしているのだろう? ご飯をたべているのかしら? 本を読んでいるのかしら? あーあ、ヨモギに会いたいなぁ。
私はもう一度床を転がった。ごろんごろん、ごろごろ、どすん。再び窓にぶつかる。
すると細かい振動が私の体を伝った。
轟音が家を揺らす。それは雪解けを知らせる音だった。私の心音が高まる。窓に再び張り付くと、真っ白なキャンバスにひびが入っているのが確認できた。細い光が家の中に差し込む。
どどどどど、どどどどど。
ひびが更に大きくなる。砕かれた氷はぽろり、ぽろりと剥がれるように落ちていく。雪が全てなくなると、私は窓を全開にした。
雪で冷やされた風とともに春の香りが漂ってくる。雪の海にぽつりぽつり浮かぶのは土の島。かき分けるように背を伸ばすのは春を知らせる草花たち。その瑞々しさに私の心は躍る。裸足のまま窓から外へ飛び出した。雪が残っていたせいで足裏が冷たかったけど、今は外に出られた喜びの方が勝っていた。
私は家の回りを何週かしたあと、ヨモギの家に向かった。
誰よりも早く春を知らせるために。(1015文字)
季節はすっかり夏めいてきましたが、タイトルみたら雪景色がでてきたという。オノマトペをやや多めにしてみた。
だから皆、冬が訪れる前に大量の食料を蓄えていた。冬はそれを食べながら、編み物や本を読んで毎日を過ごす。本当にゆったりとした時間が流れる。人は家に籠る私達のことを「冬眠する民」と呼んでいた。
部屋の中で私はひとつ背伸びをした。
回りを雪で囲われているので、家の中は思いのほかあったかい。半袖でも大丈夫なくらいだ。
ひとつ、大きなあくびが広がる。壊れた道具はすべて直したし、次の夏を迎える服も作った。棚に並んでいる本もそらで言えるくらい読みつぶした。今はやることが何もない。だからとにかく退屈。
この家で冬を過ごしてからだいぶ時間が経っている。そろそろ春が来てもいい頃なのに、その兆しは一向に見えない。
ホントにもう! いい加減溶けてくれないかしら。
私は窓辺に立つと変わり映えのない景色に頬を寄せた。試しに硝子越しにはあっ、と息をふきかけるけど、そんなところで凍った雪が溶けるはずもなく。
私は窓から離れ横になった。床をごろんごろんと転がり、壁にぶつかる。
ああ、つまんない。早く春にならないかしら?
雪が溶けたら外出もできる。幼馴染のヨモギに会うこともできる。ヨモギは今頃何をしているのだろう? ご飯をたべているのかしら? 本を読んでいるのかしら? あーあ、ヨモギに会いたいなぁ。
私はもう一度床を転がった。ごろんごろん、ごろごろ、どすん。再び窓にぶつかる。
すると細かい振動が私の体を伝った。
轟音が家を揺らす。それは雪解けを知らせる音だった。私の心音が高まる。窓に再び張り付くと、真っ白なキャンバスにひびが入っているのが確認できた。細い光が家の中に差し込む。
どどどどど、どどどどど。
ひびが更に大きくなる。砕かれた氷はぽろり、ぽろりと剥がれるように落ちていく。雪が全てなくなると、私は窓を全開にした。
雪で冷やされた風とともに春の香りが漂ってくる。雪の海にぽつりぽつり浮かぶのは土の島。かき分けるように背を伸ばすのは春を知らせる草花たち。その瑞々しさに私の心は躍る。裸足のまま窓から外へ飛び出した。雪が残っていたせいで足裏が冷たかったけど、今は外に出られた喜びの方が勝っていた。
私は家の回りを何週かしたあと、ヨモギの家に向かった。
誰よりも早く春を知らせるために。(1015文字)
季節はすっかり夏めいてきましたが、タイトルみたら雪景色がでてきたという。オノマトペをやや多めにしてみた。
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2013
あなた。Yシャツにキスマークついていたんだけど、これどうしたのかしら?
へえ。満員電車でつけられちゃったんだ。
私は実家の店を手伝っているから現状知らないけど。
電車通勤だとよくあることなんだ。なるほど。
でもね、これ見て。ついていたのはシャツの裾。す そ なんだけど?
ズボンで隠れる部分に何で口紅がつくのかしら?
その理由をできたら140文字以内で説明してもらえない?
何で140文字かって? あらやだ。何時もの癖がでちゃったみたい。
実はね、この間から「つぶやき」始めたの。
まわりもやっているし私もやってみようかなーって。
アカウントはね「XXXX&nana_love」
XXXってのが貴方の名前でしょ。ラッキー7のnanaに愛してるのlove。
あなたに幸運と愛をって意味でつけたのよ。素敵でしょ?
最初はまん中に数字の7を使いたかったんだけど、他の人が使ってて。
だからローマ字にしたの。
そうそう、その他の人、どうやらうちの近所に住んでいるみたいなの。
美味しいスイーツが売ってる所とか書いてある特売チラシとか。
知ってるお店とかぶるのよね。
先週は歓送迎会でビンゴして、帰りは上司とタクシー乗り合わせたとか。
そういえば、先週あなたも飲み会でビンゴしたって言ってたわよね?
もしかしてあなたの会社の人かしら?
ああ分かった。佐久間さんだわ。
ほら、私達の結婚式に来てくれた後輩の、確か下の名前が「菜奈」だったわよね?
彼女、近所の独身寮に住んでるって言ってなかったっけ?
え? 推測だけでものを言うな? そぉ? 結構当たっていると思うんだけど。
じゃあ今度彼女に会ったら「つぶやき」やってるか聞いてくれない?
真偽のほどを確かめさせてよ。
それに気になることもあるし。
気になることって?
うん。実はね、彼女、恋人がいるみたいなのよ。
たまに恋人とのデートが書きこまれてるんだけど、生々しいというか何と言うか。
大きな声じゃ言えないけど、不倫しているみたいなの。
でも、彼女、恋人の事がとても好きみたい。
つぶやき見ているこっちが胸一杯になるのよね。
余計な詮索かもしれないけど、XXXって彼女の恋人の名前かなって?
だとしたら面白い偶然だなーって。ただそれだけの話。
……あら? あなたどうしたの? 顔色が悪いわよ。
熱でもある? 薬飲んだほうがいいかしら? 大丈夫? お布団敷きましょうか?
ああちょっと待って。忘れないうちにさっきの答え、教えてくれない?
シャツの裾に口紅ついてた理由。140字じゃなくてもいいから。
別に怒ったりしないから、ねっ(1126文字)
にっこり笑顔で夫の浮気を問い詰める妻の話。最後の「ねっ」にはハートがついているという恐ろしさ。最近殺伐した話ばっかだなぁ。
へえ。満員電車でつけられちゃったんだ。
私は実家の店を手伝っているから現状知らないけど。
電車通勤だとよくあることなんだ。なるほど。
でもね、これ見て。ついていたのはシャツの裾。す そ なんだけど?
ズボンで隠れる部分に何で口紅がつくのかしら?
その理由をできたら140文字以内で説明してもらえない?
何で140文字かって? あらやだ。何時もの癖がでちゃったみたい。
実はね、この間から「つぶやき」始めたの。
まわりもやっているし私もやってみようかなーって。
アカウントはね「XXXX&nana_love」
XXXってのが貴方の名前でしょ。ラッキー7のnanaに愛してるのlove。
あなたに幸運と愛をって意味でつけたのよ。素敵でしょ?
最初はまん中に数字の7を使いたかったんだけど、他の人が使ってて。
だからローマ字にしたの。
そうそう、その他の人、どうやらうちの近所に住んでいるみたいなの。
美味しいスイーツが売ってる所とか書いてある特売チラシとか。
知ってるお店とかぶるのよね。
先週は歓送迎会でビンゴして、帰りは上司とタクシー乗り合わせたとか。
そういえば、先週あなたも飲み会でビンゴしたって言ってたわよね?
もしかしてあなたの会社の人かしら?
ああ分かった。佐久間さんだわ。
ほら、私達の結婚式に来てくれた後輩の、確か下の名前が「菜奈」だったわよね?
彼女、近所の独身寮に住んでるって言ってなかったっけ?
え? 推測だけでものを言うな? そぉ? 結構当たっていると思うんだけど。
じゃあ今度彼女に会ったら「つぶやき」やってるか聞いてくれない?
真偽のほどを確かめさせてよ。
それに気になることもあるし。
気になることって?
うん。実はね、彼女、恋人がいるみたいなのよ。
たまに恋人とのデートが書きこまれてるんだけど、生々しいというか何と言うか。
大きな声じゃ言えないけど、不倫しているみたいなの。
でも、彼女、恋人の事がとても好きみたい。
つぶやき見ているこっちが胸一杯になるのよね。
余計な詮索かもしれないけど、XXXって彼女の恋人の名前かなって?
だとしたら面白い偶然だなーって。ただそれだけの話。
……あら? あなたどうしたの? 顔色が悪いわよ。
熱でもある? 薬飲んだほうがいいかしら? 大丈夫? お布団敷きましょうか?
ああちょっと待って。忘れないうちにさっきの答え、教えてくれない?
シャツの裾に口紅ついてた理由。140字じゃなくてもいいから。
別に怒ったりしないから、ねっ(1126文字)
にっこり笑顔で夫の浮気を問い詰める妻の話。最後の「ねっ」にはハートがついているという恐ろしさ。最近殺伐した話ばっかだなぁ。
2013
ブラウスの釦が取れてしまったので、私は自分でつけ直すことにした。
彼が目の前にいるため、その場でブラウスを脱ぐことはできない。私は服を着たまま針を動かすことにした。白い糸を針穴に通し布に留める。利き手とは反対の手を使っているのでなかなか難しい。なんとか釦を付けることができたが、最後の最後で鋏を落としてしまった。
私の口からあ、と言葉が漏れる。同時に鋏の刃が糸を断ってしまった。私の小指に絡まっていた赤い糸を。
「どうした?」
私が急に青ざめたので彼が聞いてくる。
「どうしよう、『赤い糸』が……切れちゃった」
「なんだ。そんなこと」
「『そんなこと』じゃない!」
私はぴしゃりと言い放った。
「切れたのは『運命の赤い糸』なんだよ! ずっと貴方と繋がっていたのに。そんな言い方しないで!」
声を荒げたせいか彼は黙りこんでしまった。ちょっと言い過ぎたかもしれない。でもその時の私は彼を気づかう余裕などなかった。
「結べばまたくっつくかも」
私は切れた糸の先端を持ち、彼のそれと重ね絡めようとする。でも私の方の糸が短すぎて上手く結べない。私が躍起になっていると、彼がため息をついた。
「もういいよ。ていうかさ、もう終わりにしない?」
「え?」
「そーやって何でもかんでも『運命』のせいにするの。出会ったのも運命、付き合ったのも運命。そりゃお前には小指についてる糸が見えるかもしれないよ。けどさ、俺には全然見えないわけよ。そこへ毎日糸だ運命だって連呼されると萎えるっていうかー、重いんだよね。それにお前、俺のこと全然わかってないし」
「どういう、こと?」
戸惑う私に彼はふっと笑う。
「俺がお前とつき合ったのは、お前の顔が可愛かっただけだから。そうじゃなかったら絶対付き合わないっての」
じゃあ、と言って彼は踵を返した。手をひらひらとさせる。その小指に赤い糸をたなびかせながら。
「待って……」
私は針と鋏をポケットにしまう。教室を出ると彼のあとを追いかけた。
何度名を呼んでも彼は立ち止まらない。振り返ろうともしない。そのうち彼の赤い糸が動き出した。糸は彼を追い越し、廊下を駆け抜けた。やがてひとりの女の小指に絡まる。その女は彼と同じクラスだった。
彼は私に見せつけるかのように女に近づき肩を寄せる。女は突然のことに驚きはしたが、まんざらでもなさそうだ。
そんな。彼の運命の人は私ではないなんて。
そんなのはありえない! 認めない!
私はポケットの中にあった鋏を握りしめると、二人の前に突き出した。(1062文字)
赤い糸に翻弄される女の話。ちょっと病んでる感じで。
彼が目の前にいるため、その場でブラウスを脱ぐことはできない。私は服を着たまま針を動かすことにした。白い糸を針穴に通し布に留める。利き手とは反対の手を使っているのでなかなか難しい。なんとか釦を付けることができたが、最後の最後で鋏を落としてしまった。
私の口からあ、と言葉が漏れる。同時に鋏の刃が糸を断ってしまった。私の小指に絡まっていた赤い糸を。
「どうした?」
私が急に青ざめたので彼が聞いてくる。
「どうしよう、『赤い糸』が……切れちゃった」
「なんだ。そんなこと」
「『そんなこと』じゃない!」
私はぴしゃりと言い放った。
「切れたのは『運命の赤い糸』なんだよ! ずっと貴方と繋がっていたのに。そんな言い方しないで!」
声を荒げたせいか彼は黙りこんでしまった。ちょっと言い過ぎたかもしれない。でもその時の私は彼を気づかう余裕などなかった。
「結べばまたくっつくかも」
私は切れた糸の先端を持ち、彼のそれと重ね絡めようとする。でも私の方の糸が短すぎて上手く結べない。私が躍起になっていると、彼がため息をついた。
「もういいよ。ていうかさ、もう終わりにしない?」
「え?」
「そーやって何でもかんでも『運命』のせいにするの。出会ったのも運命、付き合ったのも運命。そりゃお前には小指についてる糸が見えるかもしれないよ。けどさ、俺には全然見えないわけよ。そこへ毎日糸だ運命だって連呼されると萎えるっていうかー、重いんだよね。それにお前、俺のこと全然わかってないし」
「どういう、こと?」
戸惑う私に彼はふっと笑う。
「俺がお前とつき合ったのは、お前の顔が可愛かっただけだから。そうじゃなかったら絶対付き合わないっての」
じゃあ、と言って彼は踵を返した。手をひらひらとさせる。その小指に赤い糸をたなびかせながら。
「待って……」
私は針と鋏をポケットにしまう。教室を出ると彼のあとを追いかけた。
何度名を呼んでも彼は立ち止まらない。振り返ろうともしない。そのうち彼の赤い糸が動き出した。糸は彼を追い越し、廊下を駆け抜けた。やがてひとりの女の小指に絡まる。その女は彼と同じクラスだった。
彼は私に見せつけるかのように女に近づき肩を寄せる。女は突然のことに驚きはしたが、まんざらでもなさそうだ。
そんな。彼の運命の人は私ではないなんて。
そんなのはありえない! 認めない!
私はポケットの中にあった鋏を握りしめると、二人の前に突き出した。(1062文字)
赤い糸に翻弄される女の話。ちょっと病んでる感じで。
2013
ぼんやり庭を眺めていると、誰かに呼びとめられた。
「見たことのない顔だが。お前は誰だ?」
私は質問に答えようと振り返り――凍りつく。目の前にいたのが王だったからだ。
この国の王は、もともと盗賊の頭である。金持ちの家に押し入り、盗んだ金品で権力を手に入れた。美しきもの、金になるものを囲い、気に入らないものはことごとく排除する。そんな主を国民は恐れていた。
「私の話を聞いているのか?」
再度王に問われ、私は我に返った。身なりを整え、頭を垂れる。
「昨日から調理場で働かせてもらっている者です」
私の挨拶に王は濁った眼を光らせる。顔をあげよ、と続けたので私は姿勢を直した。王が頭からつま先まで、舐めるように私を見ている。おそらく私が自分の好みか見定めているのだろう。王の側室は家柄でなく顔で決まったと聞いていた。
少しの間が長く感じる。しばらくして王が納得したように頷くと、目を細めた。
「わかった、覚えておこう」
どうやら私は王の気に召したらしい。王が去ったあと、私はそっと息をつく。城にいればいつか顔を合わせるだろうと思っていた。でもまさか。再会の日がこんなにも早く訪れるなんて。
私は握った拳に力をこめた。ふつふつとわき起こるのは怒りだけだ。あいつは私の顔を見ても驚かなかった。死にそこなった奴のことなど覚えていないのだろう。
気持ちを察したのか、空に暗雲がたちこめる。私の体に残る古傷がうずき始めた。空から雨粒がおりていく。その勢いはだんだんと増し、庭園に咲く花を濡らしていく。
あの日も、大粒の雨が降っていた。
あいつは私の家に押し入り、金品をあらかた盗むと父と母の胸を何度も突いた。異変に気付き泣き声をあげた弟も喉を掻き切られた。私も追いつめられ背中と胸に深い傷を負った。記憶に残るのは床が血で染まる風景。一命を取り留めたのは、瀕死の母が盾になってくれたからだ。母の手には編みかけの靴下が握られていた。翌日は弟が生まれてはじめての誕生日だった。
許さない。あいつは、私の家族を殺した。ささやかな幸せをめちゃくちゃにした。
あいつがこの国を治めたと知った時、私は城に仕える決意をした。あいつ懐に入り、信用を得て油断した所を斬る。そのためなら何だってしてみせる。
雨がやんだ。空を覆っていた雲が切れ、間から光が差す。でも私の中の雨は止まない。この手で復讐を遂げるまでは。(1002文字)
王への復讐を誓う女の愛憎劇、のつもり。
「見たことのない顔だが。お前は誰だ?」
私は質問に答えようと振り返り――凍りつく。目の前にいたのが王だったからだ。
この国の王は、もともと盗賊の頭である。金持ちの家に押し入り、盗んだ金品で権力を手に入れた。美しきもの、金になるものを囲い、気に入らないものはことごとく排除する。そんな主を国民は恐れていた。
「私の話を聞いているのか?」
再度王に問われ、私は我に返った。身なりを整え、頭を垂れる。
「昨日から調理場で働かせてもらっている者です」
私の挨拶に王は濁った眼を光らせる。顔をあげよ、と続けたので私は姿勢を直した。王が頭からつま先まで、舐めるように私を見ている。おそらく私が自分の好みか見定めているのだろう。王の側室は家柄でなく顔で決まったと聞いていた。
少しの間が長く感じる。しばらくして王が納得したように頷くと、目を細めた。
「わかった、覚えておこう」
どうやら私は王の気に召したらしい。王が去ったあと、私はそっと息をつく。城にいればいつか顔を合わせるだろうと思っていた。でもまさか。再会の日がこんなにも早く訪れるなんて。
私は握った拳に力をこめた。ふつふつとわき起こるのは怒りだけだ。あいつは私の顔を見ても驚かなかった。死にそこなった奴のことなど覚えていないのだろう。
気持ちを察したのか、空に暗雲がたちこめる。私の体に残る古傷がうずき始めた。空から雨粒がおりていく。その勢いはだんだんと増し、庭園に咲く花を濡らしていく。
あの日も、大粒の雨が降っていた。
あいつは私の家に押し入り、金品をあらかた盗むと父と母の胸を何度も突いた。異変に気付き泣き声をあげた弟も喉を掻き切られた。私も追いつめられ背中と胸に深い傷を負った。記憶に残るのは床が血で染まる風景。一命を取り留めたのは、瀕死の母が盾になってくれたからだ。母の手には編みかけの靴下が握られていた。翌日は弟が生まれてはじめての誕生日だった。
許さない。あいつは、私の家族を殺した。ささやかな幸せをめちゃくちゃにした。
あいつがこの国を治めたと知った時、私は城に仕える決意をした。あいつ懐に入り、信用を得て油断した所を斬る。そのためなら何だってしてみせる。
雨がやんだ。空を覆っていた雲が切れ、間から光が差す。でも私の中の雨は止まない。この手で復讐を遂げるまでは。(1002文字)
王への復讐を誓う女の愛憎劇、のつもり。
2013
バーでワインをたしなんでいると、カウンターから視線を感じた。さっきからあたしを見ている男がいる。顔はバッチリストライクゾーン。でもどこかひ弱そう。
「ねぇ」
酔った勢いもあったのか、あたしは男に声をかけた。
「さっきからあたしのこと見てるけど、何か用?」
あたしは男を睨む。すると、男はあたしの元へ歩み寄りこう答えた。
「そのピアス――もしかしてお守り?」
その問いかけにあたしは目を丸くする。
今耳にしているのは小さな石がついたシンプルなものだ。ピアスなんて種類もデザインもごまんとあるけど、あたしはいつも同じものをつけていた。それにはちゃんとした理由がある。最初から的を突いた奴は初めてだ。
「どうして分かったの?」
「マカライトは魔除けの効果があるからね。こんなにも良質なのは初めて見た」
そう言って男があたしの耳に触れる。無防備だったのは男との至近距離よりも驚きが勝っていたからだ。あたしは何度も瞬きをする。一度見ただけで石の名前を当てるなんて――
「あんた何者?」
「通りすがりのサラリーマンです。名刺いる?」
「いらない」
あたしは耳元にある男の手を払う。イケメンは嫌いじゃないけど、手が早いのはいただけない。
軽く髪を整えたところで、あたしは改めて男を見る。二度見てもいい男だ。手は早いが仕草も自然で気品がある。こんなのに優しく微笑まれたら普通はころりといってしまうだろう。
「もしかして、僕を品定めしてる?」
「当然でしょ。男は皆狼なんだって、歌かなんかになかった?」
「いつの時代の話なんだか」
男は苦笑すると、自分のグラスを持って隣りに座る。
「残念ながら、僕が興味あるのは君がつけているピアスの石でした。これ、何処で手に入れたの?」
「貰ったの」
「誰に」
「父親。これ、ママの形見なんだって」
あたしのママはあたしが生まれてすぐ死んだ。事故か何かだと聞いていたけど。このピアスも元はネックレスの一部だった。
「最初にこの石貰った時、オヤジに『何かあった時はこれが守ってくれるから』って真剣な顔で言われたんだよね。最初は何の冗談かと思ったんだけど、まんざらでもないみたい。この石、あたしに身の危険が起こる前に壊れたり消えたりするんだ。今までも待ち合わせ遅れたおかげで大事故から免れたとか、変な奴に絡まれずに済んだとか。なんとなく振った男が実はヤク中だったとか。とにかく色々助けられて」
「だろうね」
あたしの話を聞いた男はグラスを傾ける。
「石は持ち主の身代わりになってくれるから。おそらく、君も君のお母さんも災いを引きこみやすい体質なんだろうね。だからお父さんは君にお母さんの形見を託したんじゃないかな?」
男の言葉には川の流れのような、穏やかさがあった。
私は肘をつくと、男のグラスの中を覗いた。浮かぶ液体は石と同じ青緑。ゆらり、ゆらりと流れる姿にあたしは惹きこまれる。
父も二年前に他界した。小さい頃は首にかけていた石も、一つずつ減る度にアンクレット、ブレス、と加工しなおした。残っている石は今しているふた粒だけ。
「この石――全部なくなったら、どうなっちゃうんだろ」
あたしはずっと怖くて言えなかった言葉を吐き出す。でもこれがなくなったらあたしはどうなる? やっぱり死んじゃうのだろうか。
オヤジやママに会うのも悪くない。でも。
あたしは小さく呟く。死にたくない、と。
「だから僕はここに来たんです。貴女を救うために」
隣りで男がそう言ったのは空耳だろうか。
「気が向いたらこちらへ連絡を下さい。お待ちしてますよ」
いつの間にか眠ってしまったらしい。
気がつくと隣りにいたはずの男は消えていた。テーブルに残されたのは空っぽのグラスと一枚の名刺のみ。手を伸ばし、名刺をつまむ。そこで初めてあたしは男の名を知った。(1592文字)
「ねぇ」
酔った勢いもあったのか、あたしは男に声をかけた。
「さっきからあたしのこと見てるけど、何か用?」
あたしは男を睨む。すると、男はあたしの元へ歩み寄りこう答えた。
「そのピアス――もしかしてお守り?」
その問いかけにあたしは目を丸くする。
今耳にしているのは小さな石がついたシンプルなものだ。ピアスなんて種類もデザインもごまんとあるけど、あたしはいつも同じものをつけていた。それにはちゃんとした理由がある。最初から的を突いた奴は初めてだ。
「どうして分かったの?」
「マカライトは魔除けの効果があるからね。こんなにも良質なのは初めて見た」
そう言って男があたしの耳に触れる。無防備だったのは男との至近距離よりも驚きが勝っていたからだ。あたしは何度も瞬きをする。一度見ただけで石の名前を当てるなんて――
「あんた何者?」
「通りすがりのサラリーマンです。名刺いる?」
「いらない」
あたしは耳元にある男の手を払う。イケメンは嫌いじゃないけど、手が早いのはいただけない。
軽く髪を整えたところで、あたしは改めて男を見る。二度見てもいい男だ。手は早いが仕草も自然で気品がある。こんなのに優しく微笑まれたら普通はころりといってしまうだろう。
「もしかして、僕を品定めしてる?」
「当然でしょ。男は皆狼なんだって、歌かなんかになかった?」
「いつの時代の話なんだか」
男は苦笑すると、自分のグラスを持って隣りに座る。
「残念ながら、僕が興味あるのは君がつけているピアスの石でした。これ、何処で手に入れたの?」
「貰ったの」
「誰に」
「父親。これ、ママの形見なんだって」
あたしのママはあたしが生まれてすぐ死んだ。事故か何かだと聞いていたけど。このピアスも元はネックレスの一部だった。
「最初にこの石貰った時、オヤジに『何かあった時はこれが守ってくれるから』って真剣な顔で言われたんだよね。最初は何の冗談かと思ったんだけど、まんざらでもないみたい。この石、あたしに身の危険が起こる前に壊れたり消えたりするんだ。今までも待ち合わせ遅れたおかげで大事故から免れたとか、変な奴に絡まれずに済んだとか。なんとなく振った男が実はヤク中だったとか。とにかく色々助けられて」
「だろうね」
あたしの話を聞いた男はグラスを傾ける。
「石は持ち主の身代わりになってくれるから。おそらく、君も君のお母さんも災いを引きこみやすい体質なんだろうね。だからお父さんは君にお母さんの形見を託したんじゃないかな?」
男の言葉には川の流れのような、穏やかさがあった。
私は肘をつくと、男のグラスの中を覗いた。浮かぶ液体は石と同じ青緑。ゆらり、ゆらりと流れる姿にあたしは惹きこまれる。
父も二年前に他界した。小さい頃は首にかけていた石も、一つずつ減る度にアンクレット、ブレス、と加工しなおした。残っている石は今しているふた粒だけ。
「この石――全部なくなったら、どうなっちゃうんだろ」
あたしはずっと怖くて言えなかった言葉を吐き出す。でもこれがなくなったらあたしはどうなる? やっぱり死んじゃうのだろうか。
オヤジやママに会うのも悪くない。でも。
あたしは小さく呟く。死にたくない、と。
「だから僕はここに来たんです。貴女を救うために」
隣りで男がそう言ったのは空耳だろうか。
「気が向いたらこちらへ連絡を下さい。お待ちしてますよ」
いつの間にか眠ってしまったらしい。
気がつくと隣りにいたはずの男は消えていた。テーブルに残されたのは空っぽのグラスと一枚の名刺のみ。手を伸ばし、名刺をつまむ。そこで初めてあたしは男の名を知った。(1592文字)
プロフィール
HN:
和
HP:
性別:
女性
自己紹介:
すろーなもの書き人。今は諸々の事情により何も書けずサイトも停滞中。サイトは続けるけどこのままでは自分の創作意欲と感性が死ぬなと危惧し一念発起。短い文章ながらも1日1作品書けるよう自分を追い込んでいきます。
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